「んー……」
アシュレイは背中に生えてきた魔族の……というか、悪魔の証である真っ黒い翼を動かしつつ、手で触る。
滑らかでいつまで触っていても飽きない、そんな感触に思わず彼女は笑みが溢れる。
その様子をリリスは微笑を浮かべて見ている。
「角はまだ違和感があるわね……」
そう言いつつ、彼女は頭に生えてきた角を触る。
ヤギのような角だ。
そんな彼女にリリスは手を伸ばし、彼女の髪を弄る。
「私の可愛いご主人様」
ふふふ、と笑い、髪にキスをする。
終始、リリスはこの調子。
これにはさすがのアシュタロスも唖然であった。
リリスの悪行を知っている彼としてはこんな借りてきた猫のように大人しいリリスは初めてであった。
彼の世界のリリスとは違うとはいえ。
「アシュレイ」
バカップル……というよりか、リリスの一方的なアプローチを見なかったことにして、アシュタロスは声を掛けた。
「そろそろ地上に戻らないかね?」
「えー」
不満そうな声を上げるアシュレイ。
「いや、確かに勉強は捗った。実践的なことも地獄でなら行える。だが、そろそろ君が人間達にとってどういう存在になっているか、確かめに行っても問題はないだろう?」
「今日でどのくらいだっけ?」
「加速空間換算で8万7600年、現実だと10年だ」
アシュレイはなるほど、と頷いて体をほぐすべく伸びをする。
翼がピンと左右に張る。
やがてアシュレイは伸びをやめて翼を僅かに動かしつつ、リリスの頭を撫で始める。
「まあ、いいじゃないの。というか……アウゴエイデスだっけ? 天使とか神とか悪魔の究極武装形態よね?」
「うむ」
「なんで私はドラゴンっぽいの?」
「さすがにそれは私にもわからない」
アウゴエイデス、主神や天使達は光体、悪魔のものは暗黒体と表記されるこれらは高次元での神や悪魔の肉体だ。
通常空間における肉体とは大きく異なり、その肉体のもつエネルギーは霊格にともなって上昇し、魔王クラスともなれば下手なブラックホールやクエーサーよりも遥かに大きいものとなる。
人間レベルで考えれば途方もないものであるが、魔王や魔神、神々や天使レベルで考えれば極々当たり前のことだ。
「しかも、何か頭が三つ、尻尾が七つあるし。慣れないと視界がきついんだけども」
「だからわからないと言っているだろう。ともあれ、どうするのだ? 戻るのか?」
「んー、新しい出会いがありそうな予感がするのでもうちょっとだけいるー」
「……この前も新しい出会いが何とかと言って、ケルベロスの子供を拾ってこなかったかね?」
「ドレミのこと?」
「そうだ。そのドレミは今どこに?」
「ベアトリクスが騎士道精神を叩き込むとか何とかって地獄連れ回してるらしいの。シルヴィアとテレジアも何か地獄巡りして修行してるとか何とか」
「……犬に騎士道精神……いや、そもそもベアトリクスは悪魔ではなかったか……」
「一応、ドレミも人型になれるからいいんじゃないかしら? あ、それとドレミって正式名称じゃないから。右からドーラ、真ん中のレナ、左のミーアね。それと両性具有だから。地獄の魔物って無性か両性具有が多いのね」
「どうでもいいな」
本当にどうでもいいことだった。
ともあれ、今しばらく地獄に滞在することにアシュタロスはどうしたものか、と考える。
別に彼としては地獄だろうが地上――いわゆる、人間界だろうがどこでも構わない。
ただ問題は今の魔界において、アシュレイが目立ち始めていることであった。
まだ魔王クラスは動いていないが、下っ端が調子にのっている新入りを潰そうとあちこちで動き始めている。
加速空間には滅多なことでは弱い連中はやってこないとはいえ、騒がしくなるのは勘弁して欲しいアシュタロスだ。
「さて」
アシュレイはリリスの頭を撫でるのをやめた。
名残惜しそうなリリスに後ろ髪を引かれつつ、彼女は宣言した。
「ちょっと自分の部下が欲しいの。淫魔じゃなくて、使い魔でもなくて、ペットでもない自分の部下が。狂信的な部下が欲しいの」
彼女の今の部下はリリスをはじめとした淫魔の皆さんと数人の使い魔、そしてペット1匹だ。
彼女としても、さすがにアンバランスなので強化しようと思った次第。
将来的には数億の悪魔の大軍団をつくってやるぜ、と密かな野望を彼女は抱いていたりする。
「そこらの魔族でもさらってくるのかね?」
「んー、暇だから弟子でもとろうかなと」
膨大な年月を勉強によって過ごした結果、アシュレイはアシュタロス並とはいかないまでも、結構な知識を蓄えている。
弟子をとって教えても問題はないレベルだ。
「悪魔が弟子……?」
「そういうこと言わない。新しい概念を取り入れることによって常に進化せねばなるまい」
「いや、君がいいなら問題ないが……極稀にだが寝首を掻かれることがあるから、基本的に魔族は弟子なんぞ持たない。完全な力による上下関係のみということを頭に入れておくように」
「はーい。でも、リリスは私に逆らわないよね?」
アシュレイの問いにこくこくと頷くリリス。
彼女から……というか、淫魔からすればアシュレイは最高の食事を提供してくれる存在だ。
文字通り、アシュレイ抜きでは生きていられない。
「ともあれ、ちょっと弟子探してくる。ついでに適当な悪魔ブッ殺してくる。絶望の悲鳴とか最高にぞくぞくするのよね。あ、リリス、ついてきなさい。殺すと昂ぶるのよ」
悪魔らしい嗜好に変わっている彼女。
人間からすれば最悪であるが、彼女は悪魔なので全く問題なかった。
そして彼女達が加速空間を飛び出して1時間。
早くもアシュレイは苦難に直面した。
「いいのがいなくて悲しさで包まれた私」
アシュレイはそう呟いた。
早い話、ピンとくる相手がいなかった。
そんな彼女は現在、適当に歩きまわって因縁つけてきた魔族をブッ殺し、ついでにその場にいた無関係の魔族に因縁つけてブッ殺し、その屍の山の上に座り、リリスの頭を撫でていた。
「ん?」
ふとアシュレイが視線を向けると、物陰からこちらを窺う翠の瞳。
視線が合うとすぐさま物陰に消えた。
はて、と思い、彼女は探査魔法を走らせる。
その物陰付近から彼女から見れば極めて小さい魔力反応を察知した。
よくて中級魔族の下、下手をすれば下級魔族クラス。
今、アシュレイとリリスがいるところは地獄の第9圏、反逆地獄、またの名をコキュートス。ここは四層に分かれており、そのうちの上から二番目、アンティノラだ。
将来的には堕天した天使達が封印されるところであるが、まだ何もない。
そんなところにこんな弱い存在がいるというのは極めて希少だ。
いたとしても大抵の場合、より強い魔族に嬲り殺しにされるか、拷問する為にペットとして飼われるか、そういう未来しか存在しない。
「そこにいるヤツ、ちょっと出てきなさい。怒らないから」
そう声を掛けると、物陰からその魔族は現れた。
小柄な少女だ。
金髪を背中の半ば辺りまで伸ばし、頭には渦巻状のアモン角、その耳は尖っており、背中からは小さな翼が生えている。
恐怖からか、その体は震えていた。
「誰?」
「わ、私はエシュタルです!」
名乗った少女をじーっと見つめるアシュレイ。
その様にエシュタルの緊張はピークに達する。
「なんでここにいるの? 素直に教えてみなさい」
エシュタルは口を数度、開きかけては閉じるという動作を繰り返したが、どうにか言葉を紡ぐことができた。
そして、彼女は今まで様々な強い魔族に媚びを売って生き、今回もまたそのご主人様が遊びついでにたまたま見かけたアシュレイに喧嘩を売って瞬殺されたという経緯を話した。
弱いヤツが生き残る為の必須技能がゴマスリであるのは人間社会と微妙に共通しているなぁ、と妙なところで感心してしまうアシュレイ。
もう彼女が人間であった頃は太古の昔のこと。
魔族である為か、そこまで記憶は薄れてはいないが、価値観や常識は大きく変化している。
今ならゴマスリするぐらいなら、その相手の喉笛を掻っ切る、という選択肢を彼女は取ることだろう。
ともあれ、彼女はゆっくりとエシュタルに近寄り、その顎をつかみ、エシュタルの顔をじっくりと眺める。
エシュタルは恐怖に顔を歪めつつも、されるがままだ。
どう足掻いても倒すどころか絶対に逃げられない絶望的な力の差が2人の間には存在した。
やがてアシュレイは顎から手を離し、エシュタルの髪を触り始めた。
心地良い肌触りに彼女は機嫌を良くしつつ、ふと気がついた。
エシュタルの翼は少々独特であった。
コウモリのような形状の翼であるが、その翼の上側部分から飛膜の後ろ側へとかけて髪色と同じ金色の体毛が生えている。
レアだ、と瞬時に悟ったアシュレイは躊躇なく告げた。
「ねえ、あなた。私に弟子入りしない?」
「……え?」
思わずアシュレイの顔をまじまじと見つめるエシュタル。
なぜという疑問が彼女の頭を過ぎる。
「私、アシュレイっていうの。将来的にはアシュタロスなんだけど、あなた、弟子ついでに部下にならない?」
「えっと……」
「あ、殺したりしないわよ? もったいないもの」
「それじゃ……よろしくお願いします」
何だかよく分からないが、命が助かるなら、とエシュタルは彼女の申し出を承諾したのであった。
「それじゃ戻りましょうか。帰ったら早速……」
怪しい笑みを浮かべるアシュレイにエシュタルは慄く。
もう早速美味しくいただいてしまおう、と思っているアシュレイであった。
数時間後――
「君の性癖から予想はできていたが、こんな赤子を拾ってくるとは……」
呆れ顔のアシュタロスにアシュレイはベッドの上で首を傾げる。
彼女の右横にはエシュタルが裸で寝息を立てており、その左にはやっぱり裸のリリスが満足そうな顔で寝言を言っている。
「赤子って……魔族に見た目と年齢は比例しないでしょう」
そう言いつつ、彼女はベッドから降りる。
彼女もまた全裸なのだが、アシュタロスは気にも止めない。
彼には性欲というものが皆無に等しいからだ。
「……彼女の魔力から判別できなかったのかね?」
「小さいとは思ったけど、単なる下級魔族でしょ?」
「いや……私が見たところ、生まれて100年経ってるかどうか、というところなんだが……?」
言うまでもなく、神や悪魔というのは基本的に不老不死であり、殺されない限り存在し続ける。
勿論、殺しても復活する主神や魔王、魔神クラスは例外であるが……ともかく、寿命がないので、100年程度ではまだ赤ちゃんに等しい。
つまり、アシュレイはロリどころかペドをも突き破った幼い赤ちゃんとイタしてしまったのだ。
「……あ、悪魔だから問題ない!」
都合良く正当化したなぁ、とアシュタロスは苦笑する。
「ともかく、エシュタルは傍におく。テレジア達もそろそろ呼び戻す。以上」
「ま、私は関係の無い話だ。好きにやってくれたまえ」
そう言ってアシュタロスは締めくくったのだった。
アシュレイは背中に生えてきた魔族の……というか、悪魔の証である真っ黒い翼を動かしつつ、手で触る。
滑らかでいつまで触っていても飽きない、そんな感触に思わず彼女は笑みが溢れる。
その様子をリリスは微笑を浮かべて見ている。
「角はまだ違和感があるわね……」
そう言いつつ、彼女は頭に生えてきた角を触る。
ヤギのような角だ。
そんな彼女にリリスは手を伸ばし、彼女の髪を弄る。
「私の可愛いご主人様」
ふふふ、と笑い、髪にキスをする。
終始、リリスはこの調子。
これにはさすがのアシュタロスも唖然であった。
リリスの悪行を知っている彼としてはこんな借りてきた猫のように大人しいリリスは初めてであった。
彼の世界のリリスとは違うとはいえ。
「アシュレイ」
バカップル……というよりか、リリスの一方的なアプローチを見なかったことにして、アシュタロスは声を掛けた。
「そろそろ地上に戻らないかね?」
「えー」
不満そうな声を上げるアシュレイ。
「いや、確かに勉強は捗った。実践的なことも地獄でなら行える。だが、そろそろ君が人間達にとってどういう存在になっているか、確かめに行っても問題はないだろう?」
「今日でどのくらいだっけ?」
「加速空間換算で8万7600年、現実だと10年だ」
アシュレイはなるほど、と頷いて体をほぐすべく伸びをする。
翼がピンと左右に張る。
やがてアシュレイは伸びをやめて翼を僅かに動かしつつ、リリスの頭を撫で始める。
「まあ、いいじゃないの。というか……アウゴエイデスだっけ? 天使とか神とか悪魔の究極武装形態よね?」
「うむ」
「なんで私はドラゴンっぽいの?」
「さすがにそれは私にもわからない」
アウゴエイデス、主神や天使達は光体、悪魔のものは暗黒体と表記されるこれらは高次元での神や悪魔の肉体だ。
通常空間における肉体とは大きく異なり、その肉体のもつエネルギーは霊格にともなって上昇し、魔王クラスともなれば下手なブラックホールやクエーサーよりも遥かに大きいものとなる。
人間レベルで考えれば途方もないものであるが、魔王や魔神、神々や天使レベルで考えれば極々当たり前のことだ。
「しかも、何か頭が三つ、尻尾が七つあるし。慣れないと視界がきついんだけども」
「だからわからないと言っているだろう。ともあれ、どうするのだ? 戻るのか?」
「んー、新しい出会いがありそうな予感がするのでもうちょっとだけいるー」
「……この前も新しい出会いが何とかと言って、ケルベロスの子供を拾ってこなかったかね?」
「ドレミのこと?」
「そうだ。そのドレミは今どこに?」
「ベアトリクスが騎士道精神を叩き込むとか何とかって地獄連れ回してるらしいの。シルヴィアとテレジアも何か地獄巡りして修行してるとか何とか」
「……犬に騎士道精神……いや、そもそもベアトリクスは悪魔ではなかったか……」
「一応、ドレミも人型になれるからいいんじゃないかしら? あ、それとドレミって正式名称じゃないから。右からドーラ、真ん中のレナ、左のミーアね。それと両性具有だから。地獄の魔物って無性か両性具有が多いのね」
「どうでもいいな」
本当にどうでもいいことだった。
ともあれ、今しばらく地獄に滞在することにアシュタロスはどうしたものか、と考える。
別に彼としては地獄だろうが地上――いわゆる、人間界だろうがどこでも構わない。
ただ問題は今の魔界において、アシュレイが目立ち始めていることであった。
まだ魔王クラスは動いていないが、下っ端が調子にのっている新入りを潰そうとあちこちで動き始めている。
加速空間には滅多なことでは弱い連中はやってこないとはいえ、騒がしくなるのは勘弁して欲しいアシュタロスだ。
「さて」
アシュレイはリリスの頭を撫でるのをやめた。
名残惜しそうなリリスに後ろ髪を引かれつつ、彼女は宣言した。
「ちょっと自分の部下が欲しいの。淫魔じゃなくて、使い魔でもなくて、ペットでもない自分の部下が。狂信的な部下が欲しいの」
彼女の今の部下はリリスをはじめとした淫魔の皆さんと数人の使い魔、そしてペット1匹だ。
彼女としても、さすがにアンバランスなので強化しようと思った次第。
将来的には数億の悪魔の大軍団をつくってやるぜ、と密かな野望を彼女は抱いていたりする。
「そこらの魔族でもさらってくるのかね?」
「んー、暇だから弟子でもとろうかなと」
膨大な年月を勉強によって過ごした結果、アシュレイはアシュタロス並とはいかないまでも、結構な知識を蓄えている。
弟子をとって教えても問題はないレベルだ。
「悪魔が弟子……?」
「そういうこと言わない。新しい概念を取り入れることによって常に進化せねばなるまい」
「いや、君がいいなら問題ないが……極稀にだが寝首を掻かれることがあるから、基本的に魔族は弟子なんぞ持たない。完全な力による上下関係のみということを頭に入れておくように」
「はーい。でも、リリスは私に逆らわないよね?」
アシュレイの問いにこくこくと頷くリリス。
彼女から……というか、淫魔からすればアシュレイは最高の食事を提供してくれる存在だ。
文字通り、アシュレイ抜きでは生きていられない。
「ともあれ、ちょっと弟子探してくる。ついでに適当な悪魔ブッ殺してくる。絶望の悲鳴とか最高にぞくぞくするのよね。あ、リリス、ついてきなさい。殺すと昂ぶるのよ」
悪魔らしい嗜好に変わっている彼女。
人間からすれば最悪であるが、彼女は悪魔なので全く問題なかった。
そして彼女達が加速空間を飛び出して1時間。
早くもアシュレイは苦難に直面した。
「いいのがいなくて悲しさで包まれた私」
アシュレイはそう呟いた。
早い話、ピンとくる相手がいなかった。
そんな彼女は現在、適当に歩きまわって因縁つけてきた魔族をブッ殺し、ついでにその場にいた無関係の魔族に因縁つけてブッ殺し、その屍の山の上に座り、リリスの頭を撫でていた。
「ん?」
ふとアシュレイが視線を向けると、物陰からこちらを窺う翠の瞳。
視線が合うとすぐさま物陰に消えた。
はて、と思い、彼女は探査魔法を走らせる。
その物陰付近から彼女から見れば極めて小さい魔力反応を察知した。
よくて中級魔族の下、下手をすれば下級魔族クラス。
今、アシュレイとリリスがいるところは地獄の第9圏、反逆地獄、またの名をコキュートス。ここは四層に分かれており、そのうちの上から二番目、アンティノラだ。
将来的には堕天した天使達が封印されるところであるが、まだ何もない。
そんなところにこんな弱い存在がいるというのは極めて希少だ。
いたとしても大抵の場合、より強い魔族に嬲り殺しにされるか、拷問する為にペットとして飼われるか、そういう未来しか存在しない。
「そこにいるヤツ、ちょっと出てきなさい。怒らないから」
そう声を掛けると、物陰からその魔族は現れた。
小柄な少女だ。
金髪を背中の半ば辺りまで伸ばし、頭には渦巻状のアモン角、その耳は尖っており、背中からは小さな翼が生えている。
恐怖からか、その体は震えていた。
「誰?」
「わ、私はエシュタルです!」
名乗った少女をじーっと見つめるアシュレイ。
その様にエシュタルの緊張はピークに達する。
「なんでここにいるの? 素直に教えてみなさい」
エシュタルは口を数度、開きかけては閉じるという動作を繰り返したが、どうにか言葉を紡ぐことができた。
そして、彼女は今まで様々な強い魔族に媚びを売って生き、今回もまたそのご主人様が遊びついでにたまたま見かけたアシュレイに喧嘩を売って瞬殺されたという経緯を話した。
弱いヤツが生き残る為の必須技能がゴマスリであるのは人間社会と微妙に共通しているなぁ、と妙なところで感心してしまうアシュレイ。
もう彼女が人間であった頃は太古の昔のこと。
魔族である為か、そこまで記憶は薄れてはいないが、価値観や常識は大きく変化している。
今ならゴマスリするぐらいなら、その相手の喉笛を掻っ切る、という選択肢を彼女は取ることだろう。
ともあれ、彼女はゆっくりとエシュタルに近寄り、その顎をつかみ、エシュタルの顔をじっくりと眺める。
エシュタルは恐怖に顔を歪めつつも、されるがままだ。
どう足掻いても倒すどころか絶対に逃げられない絶望的な力の差が2人の間には存在した。
やがてアシュレイは顎から手を離し、エシュタルの髪を触り始めた。
心地良い肌触りに彼女は機嫌を良くしつつ、ふと気がついた。
エシュタルの翼は少々独特であった。
コウモリのような形状の翼であるが、その翼の上側部分から飛膜の後ろ側へとかけて髪色と同じ金色の体毛が生えている。
レアだ、と瞬時に悟ったアシュレイは躊躇なく告げた。
「ねえ、あなた。私に弟子入りしない?」
「……え?」
思わずアシュレイの顔をまじまじと見つめるエシュタル。
なぜという疑問が彼女の頭を過ぎる。
「私、アシュレイっていうの。将来的にはアシュタロスなんだけど、あなた、弟子ついでに部下にならない?」
「えっと……」
「あ、殺したりしないわよ? もったいないもの」
「それじゃ……よろしくお願いします」
何だかよく分からないが、命が助かるなら、とエシュタルは彼女の申し出を承諾したのであった。
「それじゃ戻りましょうか。帰ったら早速……」
怪しい笑みを浮かべるアシュレイにエシュタルは慄く。
もう早速美味しくいただいてしまおう、と思っているアシュレイであった。
数時間後――
「君の性癖から予想はできていたが、こんな赤子を拾ってくるとは……」
呆れ顔のアシュタロスにアシュレイはベッドの上で首を傾げる。
彼女の右横にはエシュタルが裸で寝息を立てており、その左にはやっぱり裸のリリスが満足そうな顔で寝言を言っている。
「赤子って……魔族に見た目と年齢は比例しないでしょう」
そう言いつつ、彼女はベッドから降りる。
彼女もまた全裸なのだが、アシュタロスは気にも止めない。
彼には性欲というものが皆無に等しいからだ。
「……彼女の魔力から判別できなかったのかね?」
「小さいとは思ったけど、単なる下級魔族でしょ?」
「いや……私が見たところ、生まれて100年経ってるかどうか、というところなんだが……?」
言うまでもなく、神や悪魔というのは基本的に不老不死であり、殺されない限り存在し続ける。
勿論、殺しても復活する主神や魔王、魔神クラスは例外であるが……ともかく、寿命がないので、100年程度ではまだ赤ちゃんに等しい。
つまり、アシュレイはロリどころかペドをも突き破った幼い赤ちゃんとイタしてしまったのだ。
「……あ、悪魔だから問題ない!」
都合良く正当化したなぁ、とアシュタロスは苦笑する。
「ともかく、エシュタルは傍におく。テレジア達もそろそろ呼び戻す。以上」
「ま、私は関係の無い話だ。好きにやってくれたまえ」
そう言ってアシュタロスは締めくくったのだった。