結局、アシュレイはアシュタロスが戻ってくるまでの間、その村で暇を潰した。
とは言っても、彼女がやったことは適当に知識を与えて、村の娘を全員美味しく頂いたくらいだ。
「ということがあったのだけども」
「まあ、いいのではないかね? そういうことも必要だ……多分」
彼女の1ヶ月間の暇潰しにそう言いつつ、アシュタロスはふと思う。
もしかしたら、彼女の精や魔力を受けて人間の中から突然変異が誕生するかもしれない、と。
「それはそれでまた面白い……」
「ん?」
「何でもない。さて、本日の勉強だ。そろそろ魔界の概念について本格的に教えておかないとな」
アシュレイは目を輝かせる。
彼女にとって魔界とは新天地である。
「言うまでもないが、魔界は地獄とも呼ばれる。サッちゃん……いや、サタンと我々7人の魔王でもって統治している」
だが、とアシュタロスは続ける。
「この世界は少々違う。時間軸的に過去にあたる世界だ。故に今、魔界を統治しているのはサタンや我々ではない」
「この前の会議はどこ行ってたのよ?」
「この世界ではない、時間軸的には未来にあたる別の世界の魔界だ」
なるほど、と頷くアシュレイ。
そして、彼女は閃いた。
すなわち、今ならリリスを自分のものにできるんじゃね? と。
魔王になっていない……否、そもそも存在しているかもわからないが、もし存在しているなら単なるサッキュバスの1人に過ぎない。
今のうちに手に入れてしまえばアシュレイ的にはバラ色の未来が待ち受けている。
「……ねぇ、今ってリリスっているの?」
「ああ、あの性悪か……」
渋い顔となるアシュタロス。
「何かあったの?」
「……アレは手に負えない。そうか……アシュレイ、君はそうするのか」
彼女が考えていることがわかったアシュタロスはなるほど、と頷いた。
彼としては……というか、彼だけでなく魔王連中はリリスによって非常に迷惑を被っていた。
お気に入りの魔族の子を寝取られたり、冗談では済まないイタズラをされたり……
「リリス被害者友の会が全面的に支援する」
「……苦労したのね」
思わずホロリ、ときてしまうアシュレイ。
「それはさておいて、魔神と魔王の区別はわかるかね?」
「どっちも同じじゃないの?」
「違う。かなり違う」
まじで、と返すアシュレイにアシュタロスは頷き、答える。
「魔王のほうが魔神よりも力が強い。そして魔神とは通称に過ぎない。正式名称は上位悪魔神族。上級魔族の中でも特に優れた者が魔神と呼ばれ、その魔神の中で一握りの者が魔王となる」
「なるほど……」
「私は魔王に限りなく近い魔神だが……君はおそらく魔王になれるだろう」
わーい、と万歳するアシュレイ。
彼女としては強ければ強いほどいいのである。
将来的には自分で新たな種族でも作ってハーレムを、と考えてしまう程に。
「ともあれ、厳密に言えばこの世界にはアシュタロスは存在していなかった。だが、君はもうなってしまった。この世界のアシュタロスに」
「どういうことなの?」
「私は確かに平行世界に無限に存在している。だが、この世界は同じでありながら時間の進みが異なる。故に私はまだこの世界には存在していない」
「それってわりと重要なことだったと思うのだけど?」
「まあ、別に知っても知らなくても特に変わりはない。君はアシュタロスになるのだからな」
確かに、と頷きつつ、彼女は続きを促す。
「君は人間達に知識を与えたらしいな。私は堕天する前は豊穣の神であった。これでこの世界では私ではなく、君がアシュタロスとして上書きされた可能性がある。そうなったと仮定すれば、この世界でのオリジナルのアシュタロスは君となる。つまり、この世界をオリジナルとして無限の平行世界が展開された可能性があるわけだ」
アシュレイは唖然とした顔を披露する。
彼女が与えた知識はそれこそとてもいい加減なものだ。
耕してもいないところに種をまいたりしていた村人達に畑の概念を教えたりした程度だ。
その程度で豊穣の神になるのか、そしてそこまで大事となるのか、甚だ怪しいが……
「まあ、しばらくしたらその村に行ってみるがいいさ。それで全てが分かる」
「やだ怖い。何この流れ……」
「これが世界だ。世界とはこういうものだ」
偶然は全て必然なのだ、と付け加えたアシュタロス。
彼としても色々と思い当たる節があるのか、複雑な顔だ。
「まあ、それはそれとして……リリスを探しに行きたいのだけども?」
「まだ無名の淫魔だろうから、魔界か、それとも人界のどこかにいるだろう……いや、まだ誕生すらしていないかもしれない」
「……助けて! アシュえもーん!」
「ハハハ、しょうがないなぁ、アシュレイくんは……」
というわけで、アシュタロスはリリス追跡機を1時間で作り上げた。
リリスのデータは嫌というほど持っているアシュタロス……正確にはリリス被害者友の会だ。
この機械、データを入力して5分で現在の居場所がでてくる優れものである。
「ところで……モノにするにはどうすればいいの?」
居場所が出てくるまでの時間、アシュレイはアシュタロスに問いかけた。
彼は肩を竦める。
「簡単なことだ。淫魔をモノにするには淫魔が欲しがるものを大量に与えて、中毒にしてしまえばいい。君のモノなら極上だろう」
「把握したわ……いわゆる、激しくやればいいのね」
「サドに振舞っていてもマゾであるのが淫魔だからな。激しくやればやるほどいい……らしい」
うきうきとした気分のアシュレイにアシュタロスは苦笑する。
リリスの悪行をどうにかしようとそれを実行したものの、返り討ちにあっている魔王達である。
アシュレイがモノにできるかどうかは微妙なところだ。
「ん?」
「む?」
ピンポーンという間の抜けた音。
2人は追跡機を見れば画面に追跡結果が出ている。
その居場所は……
「……邪淫地獄? なんだか胸と股が熱くなる名前だわ……」
「うむ、君の考えは正しい。人間は色々と責め苦を負わされるが……ぶっちゃければ淫魔の巣だ」
「ぶっちゃけたわね。よーし、私、淫魔全員モノにしちゃうぞ!」
俄然はりきるアシュレイ。
様々な種類の淫魔を妄想して気味の悪い笑みを浮かべている。
「ふむ……ついでに向こうの空気に慣れておくといいな。おそらく、君もそろそろ見た目が魔族のようになる頃合いだ」
「角とか翼とか……胸が熱くなるわ……角付きは強いという法則があるし」
「早速、いくかね? 修行は向こうでもできる」
「いく!」
そういうわけでついにアシュレイは地獄入りとなったのであった。
しかし、地獄に行くというのに彼女の喜びよう。
魔族になると感覚も結構変わるものらしかった。
「……うひひ」
アシュレイは笑う。
テレジア達はアシュタロスと共に地獄の別の場所へと案内し、そこで適当に魔族と戦ってレベルアップするように命令した彼女。
彼女の目の前には楽園が広がっていた。
地獄というからには暗い空、荒涼とした大地……そういうものを想像しがちだ。
だが、今、アシュレイの目の前には街が広がり、そこには淫魔が……具体的にはサッキュバスがわんさかといた。
幼女から大人までよりどりみどり。
餌となる人間がいない為か、道端で淫魔同士でサカっている。
人間の倫理観を持ち込んではいけない場所だ。
「うふ、うふふふふふ……」
気色悪い笑みを浮かべつつ、数度の深呼吸。
肺いっぱいに広がる淫靡な香り。
そんな彼女を近くにいた淫魔が見つけた。
彼女はすぐさま他の淫魔に知らせると同時に素早くアシュレイに近寄ってきた。
「ねぇ……あなた、やらない?」
「やる。すごくやる。てか、全員とやる」
そういうとその淫魔はくすり、と笑いアシュレイに抱きついてきた。
豊満な胸の感触、そして淫魔からの淫靡な匂いに彼女の理性はプッツン寸前。
その様子に淫魔はアシュレイの耳元で囁いた。
「いっぱいしてあげる」
アシュレイの理性は完全に崩壊した。
そして数時間後――
「さすが淫魔! 淫魔万歳!」
万歳三唱をするアシュレイ。
その周りには無数の淫魔達がぐったりと地面に体を横たえている。
色々な体液に塗れて眠っているのだが、その寝顔はとても幸せそうだ。
淫魔の主食は人間の精気……もっと具体的に言えば性欲だ。
ここで重要なところは別に人間でなくとも性欲があれば食料足りえるところだ。
言うまでもなく、人間の数は多く、その性欲は強い。
故に主食だ。しかし、別に魔族でも性欲が強ければ淫魔は栄養を取ることができる。
だが、魔族で性欲が強いという存在は中々いない。
そもそも、破壊欲や知識欲といったものが強い魔族は多いが、性欲が強い魔族というのは淫魔以外ではあまりいない。
色欲を司るのはアスモデウスであるが、トビト記によれば人間の少女に手を出すこともできなかった小心者とされている。
さて、そんな魔族の性欲事情に降って湧いたアシュレイだ。
人間的な性欲を持ったまま魔族となった彼女はキーやんの提案によりサッちゃんによって淫魔的体質にされ、底なしの絶倫にされてしまった。
早い話が、淫魔と同じように栄養を摂取することもできるし、淫魔と同じように他者を堕落させることができる上に淫魔達に栄養を与えることもできるのだ。
つまり、淫魔達にとっては最高の魔族。
そんなアシュレイがやりまくった結果が今の惨状であった。
「とりあえず、これだけ私の味を覚えさせておけばもう私しか目に入らなくなる……」
そう呟き、彼女は高笑い。
その声に目を覚ましたのか、1人の淫魔が這ってアシュレイの足に縋りついた。
背中にあるコウモリの如き翼、セミロングの美しい銀色の髪に紅い瞳、その白い肌は火照って朱に染まっている。
「もっと……」
そう呟き、潤んだ紅い瞳を向けてくる。
アシュレイは背筋がぞくぞくとした。
魔族になってよかった、と思いつつ、問いかける。
「あなた、名前は?」
「……リリス」
アシュレイは思わずほくそ笑んだ。
もうモノにしたも同然であった。
基本的に地獄は「力の強い者が偉い、弱い奴が悪い」というとてもシンプルな構造だ。
未来において魔王の一柱となるほどに強大な魔力を持つリリスといえど、今はただの淫魔にすぎない。
「リリス」
名を呼び、アシュレイは彼女の顔を両手で包みこみ、その紅い瞳をまっすぐに見つめる。
「未来永劫、私のモノになりなさい。毎日壊れるまでしてあげる」
淫魔にとってある意味最高の殺し文句にリリスはゆっくりと頷いた。
「うふふふふ……アシュからもらった加速空間でやりましょうか……淫魔全員入れないとね……ここにいる淫魔全部をね……」
アシュレイはバラ色の未来を妄想し、再び高笑いを始めたのであった。