Categotry Archives: 第3章 悪魔の戯れ

彼女の悪巧み

 かつん、かつんという音が広い部屋に木霊する。
 硬質なものが触れ合う音だ。

 その音の正体は2人の悪魔がやっているチェスであった。
 その様子を横から観戦している1人の悪魔。
 ここは万魔殿にある魔王専用のサロン。
 7人いる魔王のうち、3人がここに集っていた。

「チェックメイトよ」

 そう宣言したのはアシュレイ。
 対戦していた方は肩を竦める。

「やれやれ、君には勝てないね」

 そう返す悪魔の名はベルゼブブ。

「おい、アシュタロス。次は俺と勝負だ」

 観戦していた悪魔がそう言ったが、アシュレイは鼻で笑う。

「負けそうになったら盤をひっくり返して、直接戦った方が早いとか言っちゃう方はお断り」
「過去は過去。今は今だ」

 開き直る彼の名はベリアル。
 ルシフェルと共に堕天してきた天使の1人であった。

「やめておきなよ、ベリアル。どうせまた同じ結果だ。僕やサタン様でも勝てないんだからね」

 ぐぬぬ、と言葉に詰まるベリアル。
 そんな彼にアシュレイは胸をはってみせる。

「これで552戦552連勝……圧倒的強さ。さすが私」

 高笑いするアシュレイを憎々しげに見つめるベリアル。
 気性が激しく、そして負けず嫌いの彼としてはアシュレイ相手であっても、負けるのは嫌であった。
 そんなアシュレイは今や押しも押されもせぬ魔王の1柱。
 サタンを首班とした新生地獄政府の運営が開始されたのはおよそ1300年前。
 そこで正式に魔王となったアシュレイはアシュタロスとして、ベルゼブブと並ぶ地獄のNo2として地獄政府の要職に就いていた。

「何や、3人しかおらへんのか」

 そんな関西弁と同時にサタン……サッちゃんが現れた。
 彼は七大魔王のうち、3人しかいないことに落胆してしまう。
 

 堕天した当時は標準語であった彼は最高指導者となってから、ヤッさんを見習って関西弁を喋り始めた。
 そういうところは見習わなくていい、と誰もが皆言ったのだが、サッちゃんの決意は固く、今に至るまで関西弁が続いている。

「サタン様、決まったのですか? 神魔交流会の日程が」
「せや。1ヶ月後、神族側の地上の拠点である妙神山でやることになった」

 先の戦争のゴタゴタは最近になってようやく片付き、デタントの一環として神魔族で集まり、色々話し合おうというもの。
 もっと砕けていえば、もう戦争のことは忘れて仲良く宴会でもしようぜ、という会である。

「女神は? 女神はくるのっ!?」
「来るんとちゃうかー」

 興奮気味なアシュレイに答えるサッちゃん。
 彼としてはアシュレイは一応部下ではあるものの、頭が上がらないという非常に扱い難い存在であった。
 何しろ、アシュレイがサッちゃんが最高指導者になることに対して支持を表明したおかげで、元天使ということで反対していた連中が一斉に黙ったからだ。

「あと帝釈天とかも来るらしいから、一応こっちから手を出さないようにな」

 微妙な表情になるアシュレイ達。
 その場で宣戦布告なんて最悪な事態も考えられるだけに色々な意味で怖かった。

「ところでそろそろ私も身を固めたいと思うのだけども」

 唐突にそんなことを言い出したアシュレイに全員の視線が集中する。

「女神と結婚したい。フレイヤとかフレイヤとかフレイヤとか」
「フレイヤが地獄に来るとか……神話を書き換えんとアカンやろ」

 そう言ったものの、サッちゃんはふと思い出した。
 ベルゼブブとベリアルもまた神界にいた頃、何度か会ったフレイヤについて思い出したのか、何とも言えない表情となる。

「……ある意味、お似合いかもしれへん……アカン、やばいわ。戦争んなる」

 フレイヤはアース神族とは敵対していたヴァン神族に属し、美・愛・戦い・豊饒・死・魔法を守護する女神であり、美しい女性だ。
 その性格は自由奔放であり、欲望のまま行動し、性的に奔放であった。
 性格がどこかのアシュなんとかという魔王と非常に似通っていることがよくわかる。

 サッちゃんが戦争になる、と言ったのはもしフレイヤが来たのなら、アシュレイが口説いて、妙神山でイタしてしまう可能性が高かった。
 フレイヤは夫のオーズとはとうの昔に離縁しており、愛人も過去にはいたが、人間であった為にもういない。
 つまり、何の問題もないのだ。
 ただ、それを神魔交流会でやるというのがとても問題がある。
 フレイヤの父親のニョルズや兄のフレイが黙っていないだろう。

「ヤるなよ! 絶対にヤるなよ!」

 思わず標準語になってしまうサッちゃん。
 デタントを初っ端からをぶち壊しかねないからしょうがない。

 アシュレイは一応了承したものの、頭の中ではフレイヤをどう口説こうか熱心にシミュレーションしていた。
 どうせ魂の牢獄に囚われているのだから、地球にさえ影響が出なければアシュレイとしてはハルマゲドンを何回やっても別に構わなかった。

「ところでアシュタロス。てめぇ、何か火星で色々やってるそうじゃねぇか」
「ええ。それが何か?」
「俺も暇だから参加させろ」
「やだ」

 なんだと、と激昂するベリアルにアシュレイは臆することなく返す。

「だって、あそこは私の世界だもの。あと、世界システムの観測実験もやり始めたから、ベリアルとペイモンだけは入れたくない」
「俺はあの脳天気女と同レベルなのか……」

 ずーん、と落ち込む彼。
 アシュレイとしては妙なことをされて、実験をぶち壊されたくなかった。

 ともあれ、アシュレイが言った観測実験はサッちゃんの了承を得た上で当然行なっている。
 サッちゃん自身としても、興味があったのだ。

 火星にある異界はもはや一つの世界といっていいレベルに達している。
 ならばこそ、世界の中に世界があるという状態で、火星にある世界が滅びに向かうとき、その滅びを抑止する為に世界システム――すなわち、宇宙意思が動くのかどうか。
 それを観測する為にコスモプロセッサを使い、火星異界の大気中に存在する魔力素を徐々に減らしていっている。
 これにより、近い将来――とはいっても、魔族の時間感覚での近い将来――魔力枯渇という問題に火星の異界は直面することになる。

「そういえば君はその為にわざわざ新しい組織まで立ち上げていたよね」

 ベルゼブブの言葉にアシュレイは頷く。

「完全なる世界って名前よ。これで引っ掻き回して、適度に戦争も起こして、一致団結しないようにしてもらわないと、世界システムが現れてこないの」

 つまり、異界住民達が一致団結して解決に当たれば世界の後押しというものが表に出てこないのだ。
 より見える形にする為に、そうならないようにする必要がある。
 その為にアシュレイはわざわざ地球から魔力を持つなどの素質ある人間達を異界に強制的に移住させていた。
 現地住民と彼らが摩擦を起こさない筈がない、という確信を持って。
 無論、実験が終了すれば魔力枯渇なんぞコスモプロセッサで瞬時に解決し、また問題を起こしている地球人達も火星異界内であるからコスモプロセッサでもって因果律そのものから消去できる。
 因果律からの消去とはすなわち、元から存在しなかったという状態になる。
 火星異界住民たちのあらゆる記録・記憶から消えてなくなり、地球人が作った都市すらも消えてなくなる。
 存在しない存在が作った都市は存在しないのは当然のことだ。


「ちゅーか、アシュタロス。あんさん、最近使い魔作りすぎとちゃうか?」
「完全なる世界の上層部は全部私の使い魔にしたから、まあ、いいじゃないの」
「アーウェルンクスシリーズやったか? それとデュナミスとかっちゅーヤツ」
「私のお気に入りは3番目と6番目。デュナミスは彼らの助言者みたいなものね」

 とはいっても、とアシュレイは続ける。

「私がマジで使い魔作ったら、上級魔族の上位とかになって神族にいらんちょっかいをかけられるから、かなり手抜きなんだけどもね」
「一応デタント考慮してくれとるようで有り難いわ」
「そういうこと。あと闇の福音計画もようやくスタートしたわ……ただ、素質のある子が中々いないの」

 そう言ったアシュレイにベルゼブブが提案する。

「もうそろそろヨーロッパで100年程戦争が始まる。そのときの混乱に紛れて適当な人間を攫ってきてはどうかな?」

 アシュレイはピンときた。
 百年戦争、オルレアンの乙女、異端審問、処刑……
 彼女は満面の笑みを浮かべ、何度も頷いた。

「神に裏切られた可哀想な少女を助けるのはやっぱり悪魔の役目よね」
「……神魔交流会の件、忘れんといてなー」

 こうと決めたら一直線なアシュレイは神魔交流会をすっぽかすという大変な事態を引き起こしそうでサッちゃんは気が気ではなかった。
 神魔交流会に出席するのは魔族側からはサッちゃん含め、8人。
 アシュレイを除けば全員が堕天使だ。
 対する神族側は隠居したヤッさん含め、大勢の主神達。
 元々はヤッさんとキリスト……キーやんなどの数名の主神のみであったが、アシュタロスの顔を見てみたい、と大勢の主神達が参加を表明したのだ。
 いわゆる怖いもの見たさであった。

「サタン様、他の連中にも?」
「ああ、ベリアル、伝えといてくれんかー」

 御意、と頷くベリアル。
 さすがの彼も天使であったときから上司であるサタンには頭が上がらない。

「ところでエナベラの子孫捜索だけども」

 アシュレイは切り出した。

「神魔交流会で私は自分の軍団全てを投入して探すって言うから」
「それくらいならええんとちゃう? わいからあらかじめキーやんに伝えとくわ」
「そうして頂戴」

 アシュレイは満足気に頷いたのであった。
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