夢はでっかく世界征服

「暇だ。暇だ。暇だ暇だ暇だ」

 アシュレイはひたすら暇と連呼する。
 加速空間に建っているアシュタロスが用意した豪邸。
 その自室で彼女はあーだこーだ言っていた。
 もはや数えるのもバカになるほど時間が経過した加速空間内でのある日のことだ。

 アシュタロスが魔界の会議に出席するために1ヶ月ほど家庭教師を休むことになった。
 宿題として時間制御に関する理論の考察やら世界システムへの干渉への考察、空間と時間の相関性に関する考察などなど色々なものが出されていた。
 いたのだが、1ヶ月の期間というのは当然現実空間での時間。
 これを加速空間に直せばだいたい744年。
 どんなにのんびりやっても恐ろしく時間が余る。
 予習や復習をしても、さすがに飽きる。
 
 そういうわけで彼女はどうせなら、と使い魔達に色々とえっちぃことをイタして、そこで初めて自分が底なしの絶倫になっていることに気づいたりしたのだが……それでも時間を潰すのには限界があり、彼女はとにかく暇であった。
 時間の感覚も相当鈍っており、だいたい10年が1日のように感じられる。

 そして、恐ろしいことだが……彼女が吸血鬼になって今に至るまでの時間は現実空間では1年と経っていない。
 1日24時間であり、1日で加速空間では24年の時が進む。
 1ヶ月を31日とすれば現実空間での1ヶ月間は加速空間でおよそ744年。
 現実での1年はおよそ8760年。
 あまりにも効果が強烈過ぎて、寿命の無い種族にしか使えないシロモノであった。

「わかった、もう勉強すればいいのね……」

 最初の200年くらいで予習にも復習にも飽きた彼女であったが、またやることにした。
 あまりにも暇すぎるが故に。
 これもまた寿命のない種族の持つ弱点であった。
 退屈は最大の敵なのだ。
 あまりにも退屈過ぎると本気で死にたくなる……これは寿命のある種族には到底理解できない感覚であった。



「アシュ様」

 傍に控えていたテレジアは主の退屈を少しでも紛らわそうと提案する。

「そろそろアシュ様の御力を人間に知らしめても問題はないかと存じます」

 テレジアの提案にアシュレイは目を輝かせた。
 彼女の体感としてはもう呆れ返る程に長い時間、加速空間で勉強の日々。
 確かに力を蓄えるのは大切だが、少しくらいは暴れた方が体にいい、と彼女としては心の底で思っていたこと。

「テレジア」

 おいでおいで、とアシュレイは手招きする。
 テレジアはススス、と音もなく近づく。
 傍にきた彼女を少し屈ませて、アシュレイはその頭を撫でる。

「全く、もっと早く思いつけばよかった。そうだとも、私こそがアシュタロスなのだから」

 将来、彼女が正式にアシュタロスとなると今のアシュタロスが行った数々のことが全て彼女がやったことと世界の歴史が書き換わる。
 未来で起こったことが過去にまで影響を及ぼすという非常に稀な事例だ。
 つまり、彼女がこの時代でアシュレイとして行ったこともアシュタロスの行ったこととなる。


「一種の存在不適合なのよね、アシュタロスは……」

 え、と不思議な顔を向けるテレジアにアシュレイはくすり、と笑う。

「詳細はアシュタロスについて調べればわかるわ。好きで堕天したわけじゃないのよ、彼」

 ともかく、と彼女は立ち上がる。

「シルヴィアとベアトリクスを呼びにいこう。アシュには……ドグラに伝えておけばいいか」







 
 銀色の光と金色の光がぶつかり合うたびに周辺の木々は薙ぎ倒され、地面には穴が空く。
 空には太陽に模して造られた太陽が燦々と光を地上へと降らせ、その喧騒には興味などないと言わんばかりに変わらず浮かんでいる。

 1時間で数百にも及ぶぶつかり合い。
 シルヴィアもベアトリクスもまた額に珠の汗を浮かべ、纏った鎧のあちらこちらに傷をつけながら戦っていた。
 今回で通算何回目になるか、数えるのもバカらしい、力比べ。
 お互いに声も無く、ただ無心に剣を振るう。

 しかし、両者共動きを止める。
 自身の主の気配を察知したからだ。
 2人は示し合わせたように剣を収め、直立不動で主がやってくる方向へと体を向ける。


「またやってたの」

 あなた達も暇ねー、とアシュレイは声を掛ける。
 勉学に励む傍ら、暇さえあればとにかく張り合う2人だ。

「アシュ様、何か御用ですか?」

 シルヴィアの問いにアシュレイはこくり、と頷く。

「ベアトリクスを抱きにきたの。今ここで」

 一瞬でベアトリクスの顔が真っ赤に染まった。
 あわあわ、と狼狽する彼女にアシュレイはくすくすと笑う。
 シルヴィアはベアトリクスに殺気混じりの視線を送るが、当の本人はそれには気づかずにただ混乱するばかり。

「まあ、それはいいとして、シルヴィアを抱きにきたの」

 シルヴィアの顔が歓喜に染まる。
 そして彼女はゆっくりと身に纏う鎧を脱いでいく。
 今度は一転、ベアトリクスが赤い顔のままシルヴィアを睨みつけている。

「まあ、それも今度にとっておいて、本題はそろそろ人間達に私の力を示してやろう、と思って。いわゆるひとつの出撃よ」
「あの、アシュ様」

 もじもじとシルヴィアは声を掛ける。
 既に彼女は鎧を脱ぎ去っており、鎧の下に着ていた黒いアンダーウェア姿だ。
 アシュレイ的には大きな胸が非常に眼福で全くもって問題のない姿だ。

「その……駄目、ですか?」

 伏し目がちに、アシュレイと同じ紅い瞳で見つめるシルヴィア。

「ちょっとくらい遅れても問題ないわ……ええ、1年くらいは問題ない」

 そのまま一行は住居に戻った。
 寝室でナニかが行われたのは言うまでもなかった。











「何か10年くらい家に引きこもってヤッてたけど、まあ問題ないわね」

 元々暇潰しだし、とアシュは続けた。
 彼女の背後に控えるのはテレジア、シルヴィア、ベアトリクス。

 4人は現在、加速空間から現実世界へと戻ってきていた。



「とりあえず、村か何かがないかどうか調べなさい」

 出た場所は見たことのない場所であった。
 あの草原ならどうにかそれなりに分かるのだが、ここは森の中だ。

 アシュレイの命を受けて、すぐさま3人が探索魔法を展開する。
 数秒と経たずにテレジアが口を開いた。

「ここから少々離れた場所に多くの生体反応があります。数はおよそ300、そして多少大きな魔力を持った者がいるようです」

 魔族かと思われます、と付け足したテレジアにアシュレイはどうしたもの、かと思案し、すぐに答えを出す。

「私の許可無く人間を虐めるとは何事か……そこに可愛い女の子がいるなら尚更」

 断っておくが、如何に高精度の探索魔法を用いても、そんなところまではさすがにわからない。

「私は宣言する! 今この瞬間にこの世界は私のものだ!」

 傍目から見れば頭の痛い人にしか見えないのだが、幸か不幸か、ここには彼女の使い魔しかいない。
 当然、使い魔達は尊敬やら何やらの好意的視線しか向けない。
 世界征服なんてことをすれば神界・魔界から総攻撃を食らうのだが……今この場に彼女を止めるものはいなかった。

 彼女の第一目標は言うまでもなく世界征服。
 何かもう暇だし、面白そうだから人間を支配してやるぜ、というノリである。
 誰もが成し遂げられなかったことをやってこそ価値があるし、何より最高の暇潰しになる。
 そのついでとして、各地の王女やら貴族の令嬢やら町娘やらを誘惑して自分のモノにしてやる、という第二目標。
 第二目標に関してはアシュレイは達成したも同然と確信している。
 永遠の命、永遠の若さ。
 世の女性達が喉から手が出る程に欲しいものであった。
 そして、アシュレイは吸血鬼化させることでそれを与えることができる。

「ふふふ……」

 これからのバラ色の人生に彼女は思わずほくそ笑む。

「とにかく、何かちょっかい出してる魔族ブッ潰しに行く。何、軽いもんだわ」













「どうしてこうなった!」

 アシュレイは思わず天を仰いで叫んだ。
 キーやんが彼女に囁いた。

『あなたがやったことですよ』と。

 時間は5分ほど遡る。
 アシュレイ一行は空を飛んで堂々とその村に現れた。
 とにかく派手に、ということから各々が魔力を垂れ流して。
 さて、ここで重要な点は彼女らの魔力だ。
 アシュレイは言うまでもなく、その使い魔達も皆、上級魔族……早い話が、魔神を除けば上から数えた方が早い、膨大な魔力を持っている。
 そんな連中が魔力を垂れ流して、自分の存在を誇示しつつやってきたのだ。
 村にいたのはアシュレイ達と比べるのも可哀想な程に低級の魔族。
 その魔族は顔を真っ青にして、全身から冷や汗を垂らして一目散に逃げ出してしまった。
 村人達は残念ながら極々普通の人間なのでそういったことには鈍い。
 故に若干の寒気を感じた程度で済んだ。
 魔族が大慌てで逃げ出していくのを察知したアシュレイは人間達が魔力を間近で浴びて死んでしまわないように、とわざわざ抑えたところが妙に律儀である。



「よくぞ村をあの魔物から救っていただき……ありがとうございます」

 村長が深々と頭を下げ、残った村人達も同じように頭をアシュレイ達に下げている……というのが現在の状況だ。

「い、いや、あの、べ、別にあんた達の為に来たんじゃないんだからねっ!」

 思わずそんなことを言ってしまうアシュレイ。
 この概念はあと1万年は経たないと理解されないだろう。
 時代を先取りしすぎである。
 そして、その発言を謙遜と受け取った村長以下村人達はより尊敬の眼差しを向けている。
 残念ながら、アシュレイ達は翼も角も今のところ生えていないので、見た目は単なる人間だ。

「と、というか! 私たちも魔族で悪魔なんだから! 人間じゃないの! がおー! たべちゃうぞー!」

 両手を挙げて、牙をむき出しにしてみるアシュレイ。
 鋭い牙が丸見えだ。
 しかし、村人たちは微笑ましいものを見るような目を向けてくる。

「あれ? 何だか失敗した系の予感……」

 おっかしいなー、と首を傾げるアシュレイ。
 残念ながら彼女には迫力が全然無かった。
 修行が終わる頃には迫力はある……かもしれない。

「どうぞ、お名前をお教えください」

 その言葉にアシュレイはここで怖さをアピールしようと告げる。

「我が名はアシュタロス! 今は故あってアシュレイと名乗っているが、魔界の魔王である!」

 迷うことなく彼女はそう言った。
 勿論、将来的にはそうなるのであって、今はそうではない。
 ハッタリかましてもいいかな、と彼女は思ってしまった。

「魔界という国の王様ですか……素晴らしいお方です……」
「ちょっとテレジア! どうなってるの!」

 何だか勘違いされているらしいので、アシュレイはとりあえず忠実なる従者に尋ねた。

「アシュ様、魔界……というか、地獄の概念自体がまだ出ていないのでは……?」
「……それもそうね」

 それなら仕方がない、とやれやれ、と溜息を吐くアシュレイ。
 この時代、まだまだ原始宗教が盛んであり、悪魔の概念はあっても、地獄とかそういった概念はまだ登場していない。
 
「何か萎えたから帰る。私の凄さを知らしめてやろうと思ったのに……」

 ブツブツと愚痴を言いつつ、帰ろうとするアシュレイを村長が引き止めた。

「よろしければこの村の用心棒をしてはいただけませんか? 恐ろしい魔物もあなた方ならきっと……」
「何をくれるのかしら? お供え物をして欲しいわ。ほら、私、一応魔王だから」
「では若い娘を……」

 若い娘と聞いてアシュレイは口元を歪めた。
 その顔を見、村人達からどよめきが起きる。

「……言っておくけど」

 不安そうな村人達にアシュレイは告げる。

「殺して食べようとかそういうことはしないわよ? そんなもったいない……じゃなかった、悲惨なことはダメ、絶対」

 本音がポロリとこぼれるが、ともあれ、彼女の言葉に村人一同は胸を撫で下ろす。

「血をちょこっともらうかもだけど、基本的に夜のこととかそういうことだけ」
「アシュ様! ぜひ、うちの娘を!」

 そんな声が飛んできた。
 思わず目を丸くするアシュレイ。
 その声をきっかけにうちの娘も、うちの娘を、とあちこちから声が上がる。

「魔族の私が言うのも何だけど……倫理観どうなってんの! 夜に性的な奉仕を要求するのよ!」
「酷いことをされなければ十分です……それだけ、我々はあの魔物に……」

 村長は力無くそう告げる。
 どうやら結構酷いことをしていたらしい、とアシュレイはあたりをつける。

「何より王様にお仕えできるとは光栄なことです」
「……ああそう」

 投げやりになるアシュレイであった。


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