寝台での大戦

 高順は宴の後、わりとしっかりとした足取りで亥倫ら5人と共に部屋へと戻っていた。
 酔い潰れて爆睡――などという勿体ない時間の使い方を彼女がする筈がない。
 
 ともあれ、部屋に着いた高順はいきなり飛びかかるなどという三流のようなことはしない。
 夜はたっぷりとある。
 そして、目の前の5人の幼い少女達は自分のもの。
 そうと決まればじっくりねっとりと自分好みに調教するしか選択肢はなかった。






「ここまでうまく行き過ぎるとは……逆に恐ろしい」

 趙雲はそう独りごちた。
 彼女は今、城内を駆け足で移動し、地下にあると思われる牢獄へ向かっている最中だ。
 宴には城内のほとんどの烏丸の者が参加していた為、警備は手薄。
 疎らにしかいない警備兵達も酒を飲んだのか、寝ていたり情事に耽っていたりした。


 特に妨害を受けず、あっという間に牢獄へと辿り着いた趙雲は酒瓶抱えて寝ている看守の傍にあった鍵を失敬。
 そして、牢屋を見て回り……

「……拷問が行われた、というようなことはないようだ」

 意外なことに趙雲は驚きつつ、奴隷に扮した兵達を牢から解き放っていく。
 趙雲は知らなかったが、烏丸は牢屋に連れ込んで拷問などというめんどくさい真似をせず、屋外で公開拷問という形をとっていた。

 ともあれ、趙雲は解放した兵達を引き連れ、城内各所の制圧へと赴く。
 武器などはそこらで寝ている烏丸兵から奪えば良かった。





 一方の華雄は馬車を止めた場所へと来ていた。
 彼女は周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると素早く馬車の中に乗り込み、その床板をまず3回、次に2回、最後に3回叩く。
 そして、そのまま馬車の外へと出、他の馬車にも同じようにしていく。


「あー、よく寝た」

 そんな声と共に床板がそのままぐいっと押された。
 二重底というなんとも古典的な手であった。
 それはさておき声の主がゆっくりと馬車から降りた。
 月光に照らされ、その美しい姿が露に。
 彼女は肩や首、腰を軽く解し、腰にぶら下げた剣を抜く。
 
 剣を月光にかざして一言。

「今宵の南海覇王は血に飢えている……」
「語呂悪すぎやから」

 そう横からツッコミを入れたのは張遼。
 彼女も己の得物である飛龍偃月刀を肩に担いで、首をポキポキと鳴らしている。

「そう? それじゃ虎徹に改名しようかしら、この剣」
「そんなポンポン変えてええんか、それ?」
「いいのよ、だって私が元服したときに母様からもらった一振りだもの。で、銘をつけたんだけど、それが南海覇王」

 2人が他愛もないことを話している間にも次々と馬車の中から武器を携えた兵士達が降りてくる。
 その数、200余名。

「状況は簡単だ」

 全員を起こし終えた華雄が孫策と張遼の下へ駆け寄り、告げた。
 その言葉に2人は獰猛な笑みを浮かべる。

「烏丸の連中は飲み潰れているか、寝ているか、情事の真っ最中だ。マトモな戦闘は起こらんだろう」

 2人が予想していた言葉とは違い、大きな衝撃を受けた。
 そんな2人を放置し、華雄はさっさと兵達に予定通り城門――表門と裏門――を抑えるよう指示を飛ばしていく。
 予め班分けがなされており、その通りに従い、兵達は駆け足で門へと向かっていく。
 
「私は城内へ行く。伯符殿は表、文遠は裏の門を頼んだ」

 そう言うや否や、華雄はさっさと城内へ戻ってしまった。
 白く煤けたような孫策と張遼はお互いに顔を見合わせ、盛大な溜息を吐いた。

 戦闘ができると思ったのに――

 2人の心境はそれに尽きた。
 





「……何かうるさいわね」

 高順は不機嫌そうにその形の良い眉を顰めた。
 存分に攻めに攻めまくった亥倫は横で涎を垂らしながら気絶しており、現在2人目である崔竪を調教している真っ最中であった。
 崔竪はその幼い肢体の全てを高順に見せ、ゆっくりと愛撫してもらっていた。

 高順はチラリと横目で残る3人を見てみる。
 亥倫の痴態、そして崔竪の痴態を起立させた状態で見せつけたところ、とてもではないが子供とは思えない表情を披露してくれていた。
 息は荒く、崔竪と高順から目が離せないようだ。

 しかしである。
 高順としては廊下から響いてくる音や外から聞こえるザッザッザッという駆け足の音も気になった。

 というわけで彼女は命令することにした。

「ちょっと外行ってくるから、璃亜の腋と股と足の裏を適当に舐めてなさい」

 残った3人はその声を聞くなり璃亜――崔竪の真名――に飛びついた。
 嬌声を響かせる崔竪に後ろ髪を引かれつつ、高順は廊下へと出た。



 廊下に出た高順は深呼吸し、とりあえず気を静めた。
 彼女は好色だが馬鹿ではない。
 予想外の事態が起き、決行が早まったのではないか、とまず考えた。
 趙雲と華雄に合流すべく、駆け足で彼女は2人の部屋へと向かう。


「あ、高賛様!」

 すると2人の烏丸兵に出会った。
 彼女達はつい先程まで情事に耽っていたのか、お互いに上半身裸でその豊満な胸がむき出しだ。

 高順はつい欲望に流されそうになるが、理性を総動員してグッと我慢する。

「何か妙に騒がしく……」

 高順はその言葉に僅かに頷きつつ、自分についてくるように命じる。
 本来ならお客さんの高順に命令権は無いのだが、あの大立ち回りは既にここに駐屯する烏丸兵達には知れ渡っている。
 故に2人の烏丸兵はついていくことに異論はなかった。


 高順一行はそのまま趙雲と華雄の部屋へと向かいながら、さらに数人の烏丸兵を加えた。
 そして、目的地となった2人の部屋には誰もおらず――

「どういうこと? 何が起こっているの?」

 高順は今まさに作戦が開始されたことを確信しつつ、本気で驚いているように言ってみた。
 烏丸兵達も緊張した顔だ。

「ただ、そうね……とりあえず……」

 高順はそう言いつつ、部屋の扉を素早く閉め、鍵を掛けた。
 急な行動に呆気に取られる烏丸兵達を余所に、高順はにっこりと笑った。

「さて、悪いけどもちょーっと寝ていて欲しいの。安心なさい、あなた達は私のものだから」

 高順はその言葉と同時に動いた。
 一番近くにいた烏丸兵の鳩尾に拳を叩きこみ、そのまま襟を持って一本背負い。
 そこでようやく我に返った烏丸兵達。
 彼女達の1人が恐る恐る問いかけた。

「あの、これはどういう……?」
「すごく簡単に言うと、実は私が高順でした……みたいな? まあそんなわけで、私の戦果稼ぎに協力してちょーだい」

 そう言うや否や、高順は問いかけてきた烏丸兵に回し蹴りをかました。
 壁へとぶち当たり、そのまま気を失ってしまう。

 やっちまえ、と普通なら怒り心頭になる筈だが、既に高順は高賛であったときに武勇を示している。
 故に、烏丸兵達も手を出せない。

「私達をどうするつもりですか!」

 別の烏丸兵が問いかけた。
 もう敬語にする必要もないが、畏れなどの感情があるのだろう。

 対する高順は不敵な笑みを浮かべた。

「私の女になって、私の為に戦うか、それとも再び烏丸として私に戦いを挑むか、好きな方を選びなさい」

 高順の言葉に烏丸兵達は顔を見合わせた。

 前者はともかくとして、後者はまるで逃がしてくれるような――

 その胸中を見透かした高順は告げる。

「私にとって重要なのは勝ち負けであって、生死はさして重要ではないの。ただ、あなた達は強くて情事も凄いから殺すには惜しい。故にできれば逃げるか、私のものとしたい」

 これには烏丸兵達は衝撃を受けた。
 こんなことを言ってくる敵はまずいない。
 何よりも、あの高順と思われる人物からこう言われたのだ。
 衝撃を受けるな、という方が無理であった。

「ま、この城は私がいただく。それはもう確定よ」

 高順はそう言うと部屋の鍵を開け、そのまま扉を開いた。

「扉は開けておく。逃げるのなら逃げて。ただし、抵抗はおすすめしない。私以外にも華雄や孫策、趙雲、張遼が来ているから」

 それじゃーね、と手をひらひら振り、高順は歩き出した。
 涿郡方面の総大将、蹋達と雌雄を決する為に。
 
 



 ずんずんと歩き出した高順は道中、烏丸兵にも華雄らにも会うことなく、目的地――蹋達の部屋へと辿り着いた。
 扉に耳を当てて中の様子を探ってみると、何やらお取り込みの最中のようだ。

「3Pって素敵よね」

 そんなことを言いつつも、高順は軽く扉を叩く。
 すると喘ぎ声が止まった。
 もう1度叩いてみると、扉越しに誰何する声。

 高順はさてどうしたものか、と考えた。
 ネタに走ってみるべきか、それともマトモに答えるべきか。

 しかし、彼女の悩みはすぐに打ち切られることになった。

「……お前か」

 扉が開き、蹋達が顔を出した。
 彼女は素っ裸だが、何も隠すところはない、と堂々としている。
 漂う蹋達の体臭と汗の匂いに高順は思わず顔がニヤけそうになるが、必死で堪える。

「ちょっと貰いに来た」
「……? 何を?」

 首を傾げた蹋達に高順はにっこりと笑みを浮かべる。

「この涿郡を。私の名前は高順。華雄と趙雲と張遼と孫策を連れてやってきた」
「冗談は寝て言え。高順はウチと手を組んでいるんだろう? というか、そもそも大損害を受けて到底、攻勢には出れない筈だ」

 あしらおうとする蹋達に高順は仕方がないので最終手段に出た。
 彼女は蹋達の頭へ素早く手を伸ばし、そのまま頭を固定し、自らの唇を蹋達の唇と重ね合わせる。
 急なことに目を白黒させる蹋達であったが、すぐに高順の背中へと手を回し、そのまま部屋の中へと連れ込んだのだった。










 東の空は白み始めた。
 夜明け間近、城内各所を制圧した華雄と趙雲は兵を数名伴い、蹋達の下へ急いでいた。
 元より、高順は頭数に含まれておらず、部屋でよろしくやっているうちに全てを終えてしまう予定だ。
 それ故に彼女の様子を探りに行く、ということはする必要がなかった。


「……おかしい」

 華雄は妙に静か過ぎることに気がついていた。
 趙雲も同じことに気がついていたらしく、槍を握る力が強まった。

「烏丸の連中がどれほどに間抜けだとしても、いい加減気がついても良い筈……」

 続けられた華雄の言葉に趙雲は僅かに頷きつつ、言葉を紡いだ。

「もしや、ウチの大将が人質になっている……という展開では……」

 華雄は妙に具体的な想像ができてしまい、慌てて頭を振る。
 そうこうしているうちに一行は蹋達の部屋の前へと来ていた。

 見張りがいても良い筈だが、その見張りすらいない。

 コレは何かある、と思った華雄と趙雲はお互いに顔を見合わせ、僅かに頷く。
 そして、そっと扉を開け、中の様子を窺った。


 そこには高順と蹋達がいた。
 ただし、趙雲の言葉と違った点があった。
 それは蹋達が高順に寄りかかっており、お互いに全裸であるということ。





 華雄と趙雲はそっと扉を閉めた。

「……高順殿は色々な意味で美味しいところを取るのが得意だな」

 趙雲の言葉に華雄は何ともいえない複雑な気持ちとなった。
 





 親友を困らせている高順はというと、中々に美味しい状況となっていた。
 言うまでもないが、彼女は蹋達と既に一戦どころか十戦は交えており、その全てで勝利を収めていた。
 また、蹋達が部屋に連れ込んでいた相手は何でも涿郡の県令とのことで、高順はついでに彼女も美味しく頂いていた。


 彼女の横には蹋達が全裸で座りつつ、その手で高順の股間を触っている。

「もうやりたくなったの?」

 与えられる感触にまた欲望がむくむくと出てくる高順は思わずそう問いかけた。

「もっとやりたいんだ。あんな風にされたのも、気絶したのも初めてで……」

 そう言いつつ、その碧い瞳を期待で満たしている。
 彼女の更に横では役人さんが白目を剥いて気絶していた。
 体を鍛えている蹋達が気絶する程に激しいもの……文官には耐えられないのは道理だ。


 高順は怪しく笑う。
 本来なら一騎打ちも覚悟していた彼女としてはベッドの上での戦闘は望むところ。
 よくよく考えれば高順は生死に関わる戦場よりも、夜の寝台上での戦場の方が回数が圧倒的に多かったりする。
 色々な意味で駄目であるが、殺し殺されと比べたら遥かに穏やかで平和的であった。 

 ともあれ、高順はそろそろ本題を切り出すことにした。
 蹋達の顎をぐいっと掴み、自分の顔に近づけた。
 互いの瞳を見つめ合う。

「桜霞、お前をよこせ」

 その言葉に蹋達は一変した。

 熱に侵されたような表情――
 その息は荒くなり――

 高順はその様子に笑みを深め、よりハッキリと告げる。

「私の女になれ」

 そのまま高順は押し倒し、その首筋に顔を埋め、痕が残るよう強く吸う。
 高順はそのまま、耳元で答えをよこせ、と告げる。
 その間にも高順の手は黙ってはいない。
 彼女は僅かに体を上げると、片手で蹋達の股間を愛撫し、もう一方の手で彼女の首を握る。
 僅かに首を締めてやれば蹋達は苦しさと快楽の狭間で悶々とし、とてもではないが烏丸を束ねる将の1人には見えなかった。

 どうだ、と高順は問いかけた。
 蹋達は苦痛と快楽に染まった表情で頷く。
 高順は良い子だ、とそのまま蹋達に覆いかぶさったのだった。








 華雄はジト目で、その口は逆三角形にして如何にも怒ってます、という表情で高順を見据える。
 彼女の横には烏丸の蹋達がいた。
 それは別段おかしなことではないのだが、借りてきた猫のように大人しかった。
 そして、趙雲、張遼、孫策の3人は笑い転げていた。

「まあ、いいんだろうけどな……結果的にみれば誰も死なず、殺さずに目標を達成したのだから」

 華雄は溜息を吐いた。

 あれからしばらくの時間をおいて高順は蹋達を伴って部屋から出てきた。
 高順曰く「淑女的な話し合い」が行われたとのことだが、何が起こったかは華雄らには容易く想像がついた。

 その後、蹋達は書面にて高順が用意した正式に降伏文書――蹋達は高順の側仕えとなるとか怪しい条項が盛り込まれていたが――に調印し、涿郡方面の烏丸はその大将を失ったことになる。
 とはいえ、蹋達によれば涿郡にいる烏丸の兵力は合計して約1万程度。
 元々はその倍はいたらしいが、連合軍の攻勢正面と思われる地域へと引き抜かれていったとのこと。
 この涿県主城駐屯の烏丸はおよそ6000名であり、涿郡における烏丸の事実上の主力。
 そっくりそのまま主力を失ったここらの烏丸はその脅威を大幅に減じたことになった。

「武人として一騎打ちとかそういうことをしようとは思わなかったのか?」

 華雄の問いに蹋達は驚いた。

「あの高順に華雄だぞ!」
「いや……強敵だからこそ燃えるというか……」

 華雄のツッコミに対し、蹋達は恥ずかしそうに顔を俯かせた。

「……だって、本当に高順がこっちの味方になったと思ったんだ。情事の最中にやってきて……」

 華雄はジーっと高順を見つめる。
 対する高順は何故か胸を張った。

「私が高順だと信じてくれなかったから、接吻してそのまま寝台へ」
「あー、分かった。分かりすぎるくらいに分かった」

 裸で出てきたのだろう。
 さすがに色々なところが丸見えの状態では華雄とてやっぱり戦えない。
 そんな彼女の胸中を悟ったのか、高順は胸を張ったまま告げた。

「私なら裸だろうが何だろうが必要に応じて戦う。むしろ、私の反り返ったアレを見て相手が降伏する」
「夜は終わりだ色ボケ」

 コツンと高順の頭を軽く小突く。
 あぅ、と情けない声を上げる友人に華雄はやれやれ、と溜息を吐いた。

 蹋達の気持ちは分からないでもない、と心の中で呟きつつ。

「それで残った兵達はどうするつもりだ?」

 蹋達の言葉に高順はあっけらかんと言い放った。

「あ、5963と言って逃しちゃって。ただし、私についてきたいヤツはそのまんま。あと、私を殺す為に残りたいヤツもそのまんま」
「5963? ああ、ゴクローサンか……」

 華雄はそこだけ引っかかったのか、それ以外は特に何も言わず。
 張遼や趙雲、孫策もそれで異論はないらしく、特に何も言わない。
 彼女達はあまりに笑い過ぎたのか涙が出ていた。
 
 綺麗な彼女らの笑い泣きに高順は眼福眼福と心で呟きつつ、蹋達へと告げる。

「そういうわけだから、5963で」
「いや、それでいいのか? 私が言うのもアレだが……」
「だって、6000人も兵隊を養う余裕がないもの。ここの宝物庫は空っぽだし、唯一残されていた県の予算も役人共が経済の立て直しだとか言って持ってったし、商人から買おうにも商人いないし」

 ちなみに、高順が抱いた県令の子は公私両方の面でお付き合いをこれからもしていきましょう、とそういうことを言われていた。
 要するに癒着のお誘いだが、高順は渡りに船とばかりに快諾していた。

 汚職、癒着は役人の華――

 そういう妙な考えが高順の頭にはあった。
 とはいえ、現実問題、広大な中国を統治するときに汚職を撲滅するのは不可能。
 ならばこそ、ある程度の求心力を得る為には既得権益保持者に制御できる範囲で甘い汁を吸わせてやるのも統治者の務め――そう高順は考えていた。

 ここらが曹操と高順の違いであった。
 曹操は自分が漢の事実上のトップないしは国を興し、禅譲により帝位につけば全てがうまくいく、と考えている節がある。
 しかし、高順は曹操程に能力は無いが、未来を知っているという武器がある。
 何も技術的に先んじることができることだけが、未来を知っているというアドバンテージではない。

 中国の情報は常日頃ニュースで流れている。
 それらは立派な武器であった。
 そこから拾える情報は幾つもある。

 偽物ブランドの横行、人が倒れていても救急車を呼んだ人が治療費を請求されるので誰も助けない、走っていた自動車が突然爆発した、子供の夢が汚職官僚――

 そこから独自のブランドを生み出せないということや、制度や社会秩序が最悪、安かろう悪かろうの製品しか造れない――

 これらは高順と彼女が教えた賈詡しか現時点では知りえない情報だ。
 故に、高順らには大陸を手に入れた後の明確なビジョンがある。 

 対する曹操は大陸を手に入れるまでの道筋は描けているが、その後が描けていない。
 曹操自身も朧気ながらその自覚があるのだろう。
 そうであるが故に高順に執着している。
 無論、高順が自身を孕ませることができる、ということもあるが。


 閑話休題――

 蹋達は高順の切実な言葉にどう答えていいのやら迷っていた。
 あの高順が兵を養えない、と言っているのだ。
 蹋達をはじめとした多くの者からみれば信じられない事態。

「それに今回の戦で報奨金とかあげないといけないし……ああ、財布がどんどん寒くなる……」

 どんよりとする高順に孫策は首を傾げた。

「あんたんとこ、そんなに財政ヤバイの?」
「どちらかというと凄くヤバイ。伯符殿が酒を飲まないというくらいに」
「……それは拙いわね。略奪とかしてないの? よく異民族ってするじゃない」
「ウチは略奪しない新時代の異民族を目指してるの」

 へー、と孫策は感心したように頷き、蹋達は驚きの表情をみせた。

「……しないのか?」
「するわけないじゃない。やってはみたいけど、それは私の好奇心であって、常にやるというものではないわ」
「懐が苦しいのに?」
「うん。貧すれば鈍するにはなりたくないわ」

 そう告げる高順にそういえば、と孫策は思い出した。

「あんた、前の戦いで負傷した烏丸兵、2000人だかを保護してたわね。誰も彼もが斬れと言ったのに」
「ええ、だって熾烈な戦いを生き残った彼女達は英雄であり、尊敬すべき相手だもの。何より、戦が終われば敵も味方もない。私にとって重要なのは勝ったか負けたであって、敵の生死は重要ではないもの」

 高順の言葉を聞き、蹋達は更に問いかけた。

「次に戦うときに敵の兵力が少しでも減少していれば簡単に勝てるのではないか?」

 すると高順は不敵な笑みを浮かべた。

「どれだけの数がいようとも、敵がいれば撃破する。それくらい、簡単なことでしょう?」


 ああ、勝てない――

 蹋達は言葉を聞いた瞬間、直感した。
 彼女がそう思っている間にも孫策が問いかける。

「随分と自信満々ねぇ……何ならウチと戦ってみる?」

 獰猛に笑う孫策だが、高順は笑みを深めながら返す。

「私が今まで指揮を取って負けた戦があったかどうか、知っているの?」

 江東の孫策と言えば孫堅の長女として、何よりも母譲りの戦上手として有名だ。
 その孫策相手にこんなことを言ってしまうのは余程の馬鹿か大物のどちらかだろう。

「……あんたがもし異民族の出で無かったなら、きっと今頃は曹操と同じくらいの勢力を誇っているわね」

 孫策は素直に高順を讃えた。
 曹操を超えそうな程の、馬鹿と言っても過言ではない度胸に広すぎる懐。
 そして、数は少ないながらも優秀な配下達。
 これだけ揃っていて勢力を拡大できない方がおかしい。

 孫策は高順が漢人ではなかったこと、財政難であることに心の中で感謝した。

「で、どうするんや? とりあえず烏丸の兵隊達に知らせた方がええんちゃう?」

 張遼の言葉に全員がハッと我に返った。



 それから大慌てで蹋達による降伏宣言と高賛らの正体明かしなどなどが行われ、烏丸兵達はあの高順の下で戦える、と配下となる者、納得がいかない、と再戦を期す為に逃亡する者などでちょっとした騒ぎが巻き起こった。
 しかし、そこまでの大きな混乱は無く、数刻もしないうちに主城とその城下からは高順の配下となることを望む烏丸兵のみとなった。
 とはいえ、その残った兵も然程多くはなく、1000名程度であった。





 そして太陽が天高く昇ったとき――彼らは来た。
 彼らは初夏の日差しに照らされながら4列縦隊を組み、ゆっくりと進軍してくる。
 やがて彼らは城下へと入った。

 高順配下となった烏丸兵達は最前列に位置する騎兵が持つ軍旗と主城にはためいている軍旗を交互に見つめた。

 翩翻とひるがえる旭日昇天旗――

 郭嘉は予定通りに騎兵1000を率いてきた。
 彼女は心憎いことに連れ来てきた騎兵の最前列には高順の騎兵を置いていた。
 たった30名程度であるが、その姿は堂々としたもの。

 烏丸兵達に見つめられる中、軍勢は主城の前へと達した。
 こういう式典に拘る高順は既に準備万端整えていた。

 表門前には左右それぞれ剣を構えた兵士が並んでいた。
 誰も姿勢を崩さず、声を出さずにいるその様は郭嘉をして練度が自軍よりも上と言わしめた高順兵そのものであった。
 
 そして、高順は兵達からやや前へと出たところにいた。
 彼女の左右には華雄と趙雲が直立不動の姿勢で立っている。

 やがて、騎兵の列から郭嘉が悠々と馬に乗って先頭へと出てきた。 
 彼女は優雅に地面へと降りると高順と対峙した。

「予定通りね」

 高順の言葉に郭嘉は僅かに頷きつつ、告げる。

「既に孟徳様へは涿郡の烏丸を放逐したと連絡してあります。まだ少々の敵兵は残っておりますが、あちこちの県に分散しており、大した脅威ではありません。遠からぬうちにここに連合軍の一隊が進出してくるでしょう」
「北方を主攻、こちらを助攻として下から突き上げる形になるわけね」
「はい。烏丸は兵力を広く分散させねばならなくなります」
「そして、その薄いところを食い破る、と」

 高順の言葉に郭嘉は頷く。

「ところで、私が聞いていた計画と華雄達が聞いていた計画に食い違いがあったようだけども?」

 高順はそう言い、郭嘉に挑戦的な視線を向ける。
 対する郭嘉は不敵な笑みを浮かべ、呟くように問う。

「敵を欺くには味方から……効果絶大であったでしょう?」
「ええ、全く。ただ、美味しいとこは私が頂いたからいいわ。ただの一兵も失わず、全てを終えることができたもの」

 郭嘉はその言葉に怪訝な顔となった。
 さすがの彼女も烏丸の規律が乱れに乱れていたことまでは予期できなかったらしい。
 一本取った、そう思い高順はにこにこと笑みを浮かべた。

「ま、積もる話は中でしましょうか。ささやかな宴の支度もしてあるわ」

 郭嘉の肩を抱き、城内へと案内する高順だった。










 涿郡方面の烏丸、降伏す――

 その一報は曹操からただちに全ての諸侯へと伝えられた。
 その報告を聞いた孫堅は集められる諸侯を集めて軍議を開き、涿郡への兵力の抽出及び攻勢開始を2ヶ月以内に行う、と定めた。
 涿郡へ赴く者は曹操、劉璋と決まった。

 本来ならば北平を守っていた劉璋軍であったが、前線にいて戦っていた劉表軍が烏丸の反撃により、甚大な被害を被った為に劉表軍の代役として前へと出てきていた。
 なお、孫堅も劉璋の駄目さは理解していた為に何もするな、言われた場所に張り付いていろ、と厳命していた。

 曹操はともかくとして、劉璋を行かせることに他の諸侯は不安と同時に安堵を覚えた。
 不安は劉璋軍が早々に壊滅して烏丸に戦線を破られるのではないか、ということ。
 安堵は生意気わがままうるさい、と三拍子揃った劉璋の相手をせずに済むということ。

 また劉璋本人としても、妾が援軍として黄忠と厳顔を送ったからこそ高順は勝てたのだ、と思い込んでおり、その2人の功績を2人の主としてもらう為に行く気満々であった。
 曹操は部下の手柄を自分のものにする気満々の劉璋に溜息を吐きながら、無能な味方である彼女をどう排除したものか、と頭を悩ませた。


 曹操と劉璋はともかくとして他の諸侯は幾つかの例外を除いて高順をより恐れる結果となった。
 特に孔融などは異民族であるというだけで拒絶反応を引き起こしており、即刻処刑すべし、と非常に空気の読めない発言をして有力諸侯の失笑をかっていた。

 ともあれ、方針が決まったことで連合軍は動き出したのだった。

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