楼桑村会戦から早1ヶ月が経過していた。
涿郡の中心である涿県、その主城と城下では駐屯する烏丸兵達がのんびりとしていた。
つい2週間程前、敗れた楼班はここに休息がてらに寄り、潜り込んでいたのが高順であり十分な警戒をするよう警告した後、再び手勢を率いてより北へと戻っていった。
しかしながら、楼班の言によればこちらも大損害を受けたが、高順に与えた被害も甚大とのこと。
それだけ被害を受ければしばらくは大丈夫だろう――そんな楽観的思考が涿県の主城に駐屯する烏丸の上から下まで蔓延していた。
何よりも、高順は野戦においては凄まじいが、攻城戦の実力は未知数であり、幾ら高順でも城に篭れば手出しできないだろう、とも思われていた。
そのような中、数十台の馬車を連ねてやってくる輩がいた。
「何者だ!」
そう言いつつ、先頭の馬車の御者台に座る者へ穂先を向ける烏丸兵達。
彼女らは現れた馬車の群に驚きつつも、職務を遂行せんとしていた。
しかし、そこまで警戒はしていなかった。
何故ならば、そこに座っていた者は見るからに漢族ではなかったからだ。
「あんたらバカァ?」
その者は御者台から飛び降りるなり、烏丸兵らに指を突きつけて言い放った。
「この羌族である私がわざわざこんな北の果てまで物資融通してやりにきたんじゃないの!」
銀髪の少女の剣幕に押されながらも、烏丸兵はそんな話は聞いていない、と告げる。
すると少女は盛大に溜息を吐き、懐から書状を取り出した。
烏丸兵達はそれを覗きこみ、思わず息を呑んだ。
それは高順が書いたものらしく、漢を欺く為にうまく負けてくれてありがとう云々と書かれていた。
嘘か真か、高順の拇印まで押してある。
「だいたい、ウチの高順が漢の連中に大人しく従うと思ってるの?」
そう言われてみればそうだな、と烏丸兵達は思う。
「というわけでこの高賛にさっさと道を開けなさい」
はいそうですか、と開ける訳にもいかない烏丸兵達はとりあえず上司に連絡すると同時に積荷を検分させてもらうことにした。
高賛と名乗った銀髪の少女はさっさとしなさい、と御者台に座ってしまった。
その際、彼女の腰に吊るされている剣がかちゃり、と音を立てた。
彼女の隣には銀髪を短く切った少女が戦斧片手に座っている。
烏丸兵達は馬車の幌で包まれた荷台を見、積まれた野菜や麦、米、酒が入っていると思しき壺などを確認。
先頭の馬車だけではなく、他の馬車の積荷も全て検分したが、どこにも不審物などはない。
「やぁ、どうされましたか?」
そこへ現れたのは青い髪の少女。
彼女は最後尾の馬車の御者台に座っていたが、騒ぎを聞きつけて出てきたのだ。
彼女もまた二股に分かれた槍を肩に担いでいる。
髪色は違うが、肌の色から羌族なのだろう、と烏丸兵達は検討をつけるが、2台目以降の馬車の御者は首輪がついた漢族と思しき女達であった。
見るからにみすぼらしい外見をしていることから、慰み者兼奴隷なのだろう、と烏丸兵らは思いつつ。
「ああ、趙覧。こいつらが通してくれないのよ」
高賛がそう言った。
その言葉になるほどなるほど、と数度頷く趙覧。
「毒が入っているとお思いか?」
そう言いつつ、彼女は荷台から手近な野菜を掴み、がぶっとそのまま食べてみせる。
その様子にどうやら本当に物資を届けに来てくれたらしい、と烏丸兵達は思い込んだ。
そのとき、連絡に行った兵が戻ってきた。
その者はただちに開門し、迎え入れるように、と残った兵達に上の決定を伝えた。
馬車を指定場所に止めた後、積荷運びの指揮を趙覧、そして戦斧を持っていた少女、葉雄に任せ、高賛は涿郡一帯の統治を任されている烏丸のお偉いさんと会っていた。
「私は蹋達だ。よくここまで来てくれた……手紙の真偽はともかくとして、物資は有難い」
そう告げる烏丸のお偉いさんこと蹋達。
事実、高賛が持ってきた物資には毒など入っていなかった。
また、高賛が連れてきた人数は漢族の奴隷含めても100名程度であり、馬車内や高賛らの持ち物も自衛の武器くらいなもので、毒薬などは無かった。
何よりも、高賛らが自ら進んでそういった検査に協力したことが、烏丸側の信用を得ていた。
「ウチとしてもそちらが負けてしまっては困りますので……ところで失礼ながら、あなたは大人の1人、蹋頓殿の……?」
「ああ、私は娘だ。よく知っているな」
「蹋頓殿の武勇はこちらにまで届いておりまして……武勇に優れ、命令はよく行き届くとか」
蹋達はその煽てに気分良さげに頷いている。
「高賛よ、ゆるりと休まれよ。後で案内などを行う者をやろう」
など、というところに高賛はピンときた。
いやらしい笑みを浮かべる彼女に蹋達も同じような笑みを浮かべる。
「何か希望はあるか?」
「年齢低めでお願いします」
うむ、と鷹揚に頷く蹋達であった。
それから高賛は烏丸兵の1人に部屋に案内され、一息ついた。
城下の案内などを行う者は部屋に案内した者とは別であり、すぐに来るとのこと。
彼女に与えられた部屋はかつては漢族の役人が使っていたのだろう、豪華な部屋であった。
高賛は部屋まで案内してくれた烏丸兵に趙覧や葉雄の部屋も手配してくれるよう頼み、寝台に寝転がることにした。
「……ぐへへ」
これからのことを考え、これ以上ない程に間抜けな笑みを披露する高賛。
もはや彼女が誰か言うまでもないが、高順であり、趙覧は趙雲、葉雄は華雄であった。
この時代、誰が誰なのか、実際に目の当たりにしなければ分からない。
似顔絵という手段もあるが、それでもやはり不正確だ。
そうであるが故の、堂々たる侵入作戦。
高順と郭嘉が立てた作戦は簡単であり、城内に潜り込んで烏丸の偉い人達を捕縛してしまおうというもの。
戦力は高順、趙雲、華雄のたった3名かと思いきや、馬車にはちょっとした細工がしてあった。
「しかし、本当にどうしよう……」
烏丸の扱いだ。
高順個人としてはエロくて強いので是非とも傘下に加えたいところ。
「異民族が嫌われる原因って結局のところ、略奪とかしまくってるせいなんだよなぁ」
羌族はあれ以来、漢へ全く手を出していない。
故に時間が記憶や感情を風化させ、100年か200年もすれば遺恨は無くなる……かもしれない。
「略奪とかやめさせて、規律正しくすれば問題はないけど……漢人は納得しないだろうなぁ」
納得しない、というのは被害を被った民衆だけでなく、他の諸侯もそうだろう、と高順は考える。
諸侯や朝廷は自分が強大化するのをよろしく思わない。
「ぶっちゃ略奪とかウチの部族がやったことを棚に上げて被害者面した方が同情もらえるし……21世紀の中国とかも同じことやってるし……これまで通り被害者面した方が利益出るかなぁ」
褒められたことではないが、綺麗事では回らぬ世の中だ。
もっとも、配下の者からは建前的には差別されて可哀想みたいに思われているが、実際のところ、部族単位で略奪とかしてたんだから嫌われても自業自得だよね、と思われているだろう確信が高順には強くあった。
しかしそのとき、高順はピンと閃いた。
「……今までみたいに被害者面して差別ダメ絶対とか訴えるよりも、異民族を私が指導して悪さしないようにして漢族との融和政策を推進した方が後世の評価的にいいかも」
高順は考える。
どちらにしても反高順連合は組まれる――遅いか早いかその違い――
どんなことしても今までのことから大多数の漢人から嫌われている。
ならば、少しでも自軍の戦力が強化できる方を選択するべきだ――
彼女の腹は決まった。
だが、彼女はそれだけでは満足しない。
この作戦が終わったら、賈詡や陳宮に聞いてみよう――
自分のやりたいこと、やってみたいことを決めた後に軍師達に相談する。
指導者として当然のことであった。
そのとき、扉が叩かれた。
高順が許可を出せば入ってきたのは女の子。
背丈は高順の肩辺りまでであり、金髪を肩口で切り揃えていた。
「高賛様の案内を仰せつかりました亥倫と申します」
ぺこり、とお辞儀する彼女、亥倫。
高順はじーっと彼女を見て、にやけそうになる顔をどうにか引き締める。
「年は幾つ?」
「今年で12になります」
生きててよかった。古代中国万歳。おお、偉大なる大中華。
何だかよく分からないものが迸る高順であったが、咳払い一つして何とか気を鎮める。
さてさて、どうしたものかと高順は考える。
このまま勢いに任せて押し倒したところで別に問題はない。
だがしかし、烏丸を自分の味方につけようとつい先程考えたばかりである。
「そうね……じゃ、とりあえず案内してもらいましょう」
高順は無難な選択肢を選んだのだった。
城下を亥倫の案内で歩く高順はあることに気がついた。
それは男や老人がいないこと。
また店などは全て閉まっており、歩いているものといえば非番の烏丸兵とここの住民の女達。
その女達も烏丸兵――勿論こちらも女――にいいように扱われており、中々に乱れた秩序であった。
「男と老人がいないようだけど?」
高順の言葉に亥倫は頷き、告げる。
「男は種として全部連れていきました。老人は邪魔なので処分しました」
「連れていくのはいいとして、老人皆殺しって面倒で大変だったでしょう?」
「はい……1人1人斬り捨てるのも面倒ですので、纏めて火あぶりにしました」
なるほどね、と高順は頷きつつ同時にこんなことしてるから異民族は嫌われるんだろうなぁ、と思った。
街並みは寂れに寂れており、独特の精の匂いが充満している。
「休みは一日中、女を抱いてるのかしら?」
「はい、そうです。ここに住んでいた女共で遊んでます。ただ、勃つ男がおりませんのであんまり満足できません……私も女としかやったことなくて」
しょんぼりする亥倫。
高順は辛抱たまらん、とばかりに欲望のままに行動した。
高順は彼女の肩を掴み、そっと耳元へ口を近づけ囁く。
「あなたの中にいいもの入れてあげるから……ね?」
え、と亥倫は驚いたような、困惑したような顔を見せた。
そんな彼女ににこにこと笑顔で高順は告げる。
「私の真名は彩よ。そう呼んで頂戴」
「あ、えっと、私は、星奈です……その、どういうことですか?」
その顔に僅かな期待を浮かべながら、亥倫は問いかけた。
「私、ついてるの」
高順はにこにこ笑顔でそう言いつつ、アレ何かしら、と問いかけた。
亥倫がそちらへ目を向けると、そこには長蛇の列が。
並んでいるのは烏丸兵達ばかりだ。
「あれは稚児遊びです」
「稚児遊び?」
「はい。精の出ない、幼い男の子を抱いてるんです。勃たなくても、男は男ですし……ただ、入れることができませんので物足りないです」
なるほど、と高順は頷く。
彼女としては男の娘ならば問題ないが、普通の男には興味が全く無かった。
男は烏丸のように種としてしか思われていないのではないか、という女尊男卑のこの世界。
高順の思考は至って普通であった。
そんな風に世紀末状態な城下を亥倫と共に歩いていると、ちょっとした広場に出た。
そこでは烏丸兵達が地べたに座って酒とつまみで一杯やっており、彼女らの傍には裸の女達。
年齢も様々で亥倫よりも幼い子もいれば高順よりも年上そうな者もいた。
その裸の者達の目は虚ろであり、また痩せ細っていた。
「亥倫、そいつは誰だ?」
ある烏丸兵の少女が声を掛けてきた。
高順と同じくらいの年齢だろうか、烏丸の特徴ともいえる金髪碧眼であった。
少女は怪訝そうな顔で高順を見ている。
「この方は羌族の高賛様です」
「あ、どうも」
軽くお辞儀しつつ、高順は漂う色気に内心にやけまくっていた。
「ああ、お前か。確か、高順の手紙を持って色々運んできたとかいう……」
「その羌族よ……ところで、皆さん方は相当な手練の様子」
高順の言葉にその烏丸兵は無論、他の烏丸兵達も獰猛な笑みを浮かべた。
何をやるか、察しがついたらしい。
「漢族とは違い、我々はたった一つ、とても単純なことで上と下が決まるわ」
「ああ、そうだな。とても単純な話だ」
にっこりと高順は笑みを浮かべ、告げる。
「私が勝ったら私のものに、そっちが勝ったらそっちのものに。どう?」
「上等だっ!」
その烏丸兵は逆袈裟に高順を斬り捨てんと猛烈な勢いでもって斬りかかってきた。
しかし、高順は余裕の笑みを浮かべ、彼女の手首を掴み、その勢いを利用して巴投げ。
綺麗な放物線を描き、彼女は積み上げられていた桶に突っ込んだ。
「やっちまおう!」
誰かが発したその声に一斉に烏丸兵達が斬りかかってきた。
その表情は仲間をやられたことへの怒りではなく、面白い娯楽を見つけたと楽しげなもの。
高順はとりあえず亥倫を横へ退避させ、こちらもまた好戦的な笑みを浮かべて、迎え撃った。
一番速く近づいてきた突きを放ってくる烏丸兵の少女を高順は身を屈め、足払いをかます。
バランスを崩し、倒れる彼女の襟を掴み、一気に背負投げ。
地面に叩きつけられた彼女は肺から強制的に息を吐き出され、痛みに苦悶の表情を浮かべる。
2人目を倒した高順は無手のまま、3人目と4人目へ向き直る。
剣を使っては相手に勝ち目が無くなるが故のハンデ。
3人目の少女は剣を振り上げ、4人目は逆に下段に構えながら突っ込んでくる。
高順はさっと手を伸ばし、2人の剣を持っている方の手首を掴み、逆に捻る。
あまりの痛みに剣を取り落とした2人をそのままパッと手首を離し、鳩尾に素早く拳を叩きこんだ。
崩れ落ちる2人。
高順は背後から忍び寄っていた5人目の綺麗な顔に後ろ回し蹴りを叩きこみ、昏倒させる。
そのとき、横合いから迫ってきた6人目にバックステップで一度下がる。
6人目の刃が高順の胸と迫るが、一気に腰を深く落として鳩尾に正拳突きを叩きこむ。
高順の方へそのまま倒れこんできた6人目。
高順は素早く彼女の襟首を掴み、突っ込んでくる集団目掛けてぶん投げた。
この人間砲弾をマトモに食らい、数人が纏めて大地に倒れ伏す。
「って、どんだけ湧いてんのよ!」
そこで高順、烏丸兵に取り囲まれていることに気がついた。
どうやら娯楽が飲む、食う、抱くの3つしかない烏丸の皆さんはちょうどいい娯楽だ、と思ったらしい。
しかし、高順はエロの為なら100万馬力。
ここにいる連中を倒せばそれだけ自分のものになる。
何よりも、ここで多数の烏丸兵を痛めつけておけば、事を起こすときに非常に楽になる。
「亥倫! ここに駐屯している兵力は!?」
輪の外にいる亥倫に高順は問いかけた。
「約6000です!」
ふむ、と高順は見渡す。
ざっと見て200人はいそうだ。
「それじゃ、ちょっと本気を出すとしようかしら」
ゆっくりと高順は腰に吊り下げていた剣を抜き放った。
陽光が刃にあたり煌く。
気配が変わった――
歴戦の猛者である烏丸兵達は明確に感じ取った。
戦場にいるかのような、チリチリとした空気。
対峙する烏丸兵らは喉がカラカラに乾き、それでいて寒気を感じた。
「はぁあああ!」
自らを鼓舞する為か、大声を発し、最も高順に近かった烏丸兵が突っ込んだ。
迫る敵兵に対し、高順は笑みを浮かべていた。
一番に突っ込んできた烏丸兵。
怪我をさせるわけにもいかないので高順は彼女の持つ剣に狙いを定めた。
振り下ろさられる白刃。
高順は勢い良く倚天の剣を振るった。
「……え?」
攻撃を仕掛けた烏丸兵の可愛らしい顔が驚愕に染まった。
目の前には刃。
その刃は自分のものではなく、相手のもの。
自分の剣は――
「斬れた……」
誰かが声を発した。
他の烏丸兵達も余りの事態に動きを止め、ただ呆然と見ていた。
攻撃した烏丸兵の彼女はゆっくりと視線を手元へと落とした。
そこには綺麗に半ば辺りから切断された自分の剣があった。
高順は迫りくる刃をただ受けるのではなく、受け、そのまま斬ったのだ。
倚天の剣、青紅の剣にはとある伝承があった。
この2振りの剣は岩を泥のように斬り裂くという――
烏丸兵達は悟った。
武器が意味をなさないことを。
そして、無手の状態で目の前の者には到底勝てぬことを。
「この勝負、私の勝ちね」
高順はゆっくりと剣を収める。
彼女の宣言に烏丸兵達は誰も異を唱えなかった。
さて、と高順は亥倫へと歩み寄る。
彼女は驚きと興奮が入り混じった顔であった。
「高賛様……!」
「それよりも真名で呼んでくれないかしら」
高順の言葉に亥倫はすぐに「彩様」と呼び直した。
そんな彼女に高順は笑みを浮かべ、そのまま亥倫の唇を奪い、そのまま彼女の口内へと舌を入れた。
驚きの余り目を見開いた亥倫であったが、やがて目を閉じ、高順の求めに応じて舌を絡ませる。
突然始まった情事に戦闘で気が高ぶっていた周囲の烏丸兵達も便乗し、周囲に嬌声が響き渡った。
数刻後――綺麗な夕焼けが差し込む蹋達の部屋にて高順は再び彼女と会談していた。
あの乱痴気騒ぎは蹋達にも当然知れたらしく呼び出しを受けたのだ。
普通なら咎められるところだが、目の前の蹋達は豪快に笑っていた。
「さすが羌、あの高順がいるだけのことはある」
ひとしきり笑った蹋達はそう褒めた。
褒められた高順はというと、高順本人です、なんて言うわけにもいかないので歯がゆい気持ちだ。
しかし、貰えるものは貰っておく主義の高順はその称賛に感謝しつつ、蹋達の次の言葉を待った。
異民族や漢族を問わず、何かしらの武勲を上げた者に対しては報奨が出るのが基本。
その武勲は戦だけではなく、身内の武術大会などで何人抜きを達成したなどでも良い。
「さて、何かやらんといかんのだが……悪いが、やれるものはそう多くはない。馬や酒をやろうにも、補給がアレでな……かといって金もあまりない」
中々に厳しい懐事情に高順はすぐさま提案する。
「それじゃ、亥倫と同じくらいの子を何人かください」
「ああ、それくらいなら問題ない……亥倫が気に入ったのか?」
「ええ、気に入りました。可愛いですね……あと、亥倫とは接吻していただけなのにいつの間にか周りで乱交が始まってました」
「そんなもんだ。羌はどうか知らないが、烏丸は飲む、食う、抱く、それに加えて戦いがあれば満足だ」
蛮族とみるか、ありのままの人間らしいとみるか、意見が分かれるところだが、高順的にはエロいというのは大歓迎であった。
本人としては英雄、色を好むっていうから私がエロいのも問題ないわ、とそういうテキトーな理屈である。
そもそも英雄、色を好むという表現は自分で言うものではない。
「亥倫に加え、4人ほどやろう」
蹋達の言葉に高順は深々と頭を下げつつ、今宵の情事に胸を膨らませるのであった。
総大将の高順が烏丸の意図していないハニートラップに勝手に引っかかっている頃、趙雲は華雄と共に城内を適当に散策していた。
あの手紙が功を奏しているのか、特に行動の制限は受けていない。
烏丸側からすれば漢に対して大損害を与えた高順が今更、漢の手先になる筈がないという先入観があるようだ。
というよりも、高順側の事情を知らなければ漢に味方している、と見抜くのは中々難しい。
高順に参加要請を出したのは他ならぬ宦官筆頭の張譲と大将軍何進。
彼女らは烏丸側に敢えて伝えることで高順と戦わせ、お互いの勢力を減少させるということもできたが、さっさと戦争を終わらせることを優先したが故に、烏丸側に情報を漏らすということは一切無かった。
元より、わざわざ情報を伝えずとも高順陣営を前線に出せば兵数が少ないことから勝手に消滅してくれる、とそういう判断も働いていた。
どんなに将が強くとも、兵がいなくなれば戦線は支えきれないのだ。
事実、張譲と何進の狙い通りに高順は大損害と脱走により文官を含めなければ1700名程度にまで減少し、文官も当初の3000名から脱走や辞表により2500名程度になっていた。
閑話休題――
「……何というかだらけているな」
華雄の言葉に同意と趙雲は頷いた。
城内の散策をして目につくのは見張りの兵同士がイチャついていること。
抱きつき、接吻程度ならまだいい方で往来でイタしている輩までいた。
この散策の目的は御者として連れてきた奴隷役の100名近い兵士――積荷降ろしを終えた後、彼女らは牢獄へと入れられた――の居場所や、城内の主要地点の割り出しだ。
ついでに警備状況を見てみたのだが……色々な意味で残念なことになっていた。
「戦場で烏丸と対峙したときはまさに鬼神の如き強さと恐ろしさであったが……」
趙雲は失望と呆れが混じった顔で溜息を吐いた。
「100どころか、我らだけで落とせるんじゃないか、コレ」
「だろうな……というか、華雄殿だけでいけるかもしれん。げに恐ろしきはここまで読んだ神算鬼謀の郭奉孝、そしてウチの大将か……」
趙雲の言葉に華雄は僅かに頷く。
しかし、華雄としては郭嘉はともかく、あの駄目なところを数えた方が多いような幼馴染がここまで読んでいたとは思えなかった。
どっかの戦記物か何か読んで、こっちが大損害受けてるけど攻めた方がカッコイイよねみたいな、適当な思いつきだろうとそう思っていた次第。
しかし、トントン拍子に具体的な作戦が決まり、何だか幼馴染は郭嘉といい雰囲気になり、いつの間にかここまできてしまった。
「相性がいいんだろうな」
「相性?」
尋ねる趙雲に華雄はああ、と頷き答える。
「奉孝殿とウチの大将」
「……言われてみればそうかもしれん。常人には考えつかないという意味で」
敵地のど真ん中で際どい会話をする2人だったが、これくらいの刺激はむしろちょうど良かった。
「で、事の始まりは予定通りに?」
趙雲の問いかけに華雄は頷きつつ出発前、郭嘉とのやり取りを思い出す。
高順殿はおそらく烏丸兵にデレデレしているでしょう。
ですので、高順殿には決行は2日目の深夜と伝えておきます。
華雄殿と子龍殿は2日目の払暁、伯符殿らと共に決行してください。
仲間外れにされた高順は怒るのではないか、と華雄は問いかけた。
だが、郭嘉はメガネを光らせ答えた。
高順殿の慌てっぷりを見た烏丸兵達は高順殿の策などではなく、本気で羌族が味方する、と信じ込む筈。
そこをうまく突いてください。
私は2日目の昼に到着するよう、騎兵1000を率いて向かいますので。
勝利の為なら大将すら騙す――
普通なら大将は激怒するところだが、郭嘉には確信があった。
彼女は高順は絶対に自分を処罰せず、まるで孟徳様のように笑って済ますだろう、と。
曹操陣営の風紀委員長と恐られている真面目で堅物の陳羣が聞けば不良軍師の本領発揮と嘆くことだろう。
郭嘉は確かに生真面目だが、勝利の為なら余程酷い手段以外はポンポン使ってしまうのだ。
正道だけでなく邪道も使う――そこら辺が彼女が曹操陣営にて不良軍師と言われる所以であった。
「葉雄様! 趙覧様!」
呼ぶ声に2人が振り向けば、後ろから走ってくる小柄な少女。
その背丈は華雄や趙雲の肩辺りまでしかない。
「何か用か?」
華雄の問いに少女は愛嬌のある顔で元気良く告げた。
「宴の用意ができたそうです。大広間までご案内します」
宴と聞いて華雄と趙雲は顔を見合わせ、にやりと笑った。
2人共、そこらの酒豪よりもよく飲む。
烏丸兵達を多く酔わせて眠らせてしまえばそれだけ事は簡単となる。
自分達が潰れないように気をつければちょうど良かった。
宴会場となっている大広間には既に高順がいた。
彼女を見た華雄と趙雲は「やっぱりな」と納得した。
高順の周囲にいる可愛らしい5人の少女達。
彼女らは皆、高順よりも幼かった。
郭奉孝、恐るべし――
華雄と趙雲は正確にこの展開を読んだ郭嘉に最大限の賛辞を送りつつ、自分達の席へ座った。
そして、宴会が始まる。
高順はガバガバ酒を飲み、自分のものとなった少女達に接吻したり脱がしたりとどんちゃん騒ぎであった。
涿郡の烏丸の総大将である蹋達も高順に負けじと酒を飲んだり何だりのどんちゃん騒ぎ。
華雄と趙雲もこの後の計画に支障が出ない程度に飲みつつ、烏丸兵達を1人でも酔い潰そうと酒を飲ませた。
そして、夜が深くなった頃――遂に彼女らは動いたのだった。