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勝利への道筋

 翌日から夏侯楙を傍に置いた高順は彼女に仕事を与えるということはせずに徹底的に聞き取り調査を行った。
 実際に研修した自らの配下は勿論、曹操陣営らの者にも聞き、ようやく高順は夏侯楙がどういうタイプなのか分かってきた。



 夏侯楙は一言で言ってしまえば公務員であったのだ。


 曹操は抽象的な課題あるいは目標を部下に与え、それに対して具体案を描くよう命じる。
 高順陣営においても陳宮や張勲といった面々はそういう風に夏侯楙に仕事を与えた。

 だが、夏侯楙はそれができなかった。
 逆に、彼女が体力的制約を除けばマトモにできたのは具体的な仕事内容を与えられた場合。

 良く言えば言われたことを完璧にこなす、悪く言えば自分で考えて行動する、ということができない。
 
 曹操とてそれに気付けない程愚かではないのだが、如何せん彼女の陣営にいるのは軒並み自分で考えて行動することができる人材ばかりであった。
 それ故に夏侯楙だけがどうしても悪い意味で目立ってしまい、曹操の目を曇らせてしまった。

 それはさておき、そのことが分かった後の高順の動きは早かった。
 書類整理のやり方を教え、書類整理を命じた。
 すると夏侯楙はあっという間に書類整理をやり終えてしまった。
 高順は陳宮を呼び出し、書類を全て確認してもらったが、間違いなどは無かった。
 その為に陳宮は仰天してしまった。

 あの子林が、間違いを犯さずにやり終えた――

 その事実に対し、陳宮の子供っぽさが幸いした。
 彼女は無邪気に夏侯楙を褒めまくり、機嫌良く自分の分の書類整理を命じようとしたので高順は慌てて陳宮を押し留め、夏侯楙の特性について説明する。
 
 陳宮はなるほど、と納得がいったのか手を叩き、早速夏侯楙に色々と説明し始めた。
 その説明を慌ててメモに書き込んでいく夏侯楙。

1刻程かけて事務に関連することを説明し終えた陳宮は満足気な顔で戻っていった。
 残された夏侯楙は覚えることがあり過ぎてぐったりとしていたが、高順は残酷にも更なる書類整理を命じたのだった。




 公務員タイプの人間は上から命令されると忠実に実行する。
 故に具体的な仕事を与えれば完璧にこなしてくれる。

 こういったタイプは上司がしっかりしていれば本領を発揮するのは言うまでもなかった。







 さて、その一方で夏侯楙が持ってきたお土産の軍馬達の処遇に賈詡は頭を悩ませていた。
 騎馬戦が得意なのにその騎馬が僅か30騎という諸侯と比べれば泣けてくる数字であった高順陣営。
 しかし、200頭の軍馬が加わったことでその戦力を大幅に増強できるようになった――わけではなかった。

 言うまでもないが、騎兵とは馬に乗って戦闘ができなければ意味がない。
 鐙があるとはいえ、中々に難しく、高い練度を要する特殊兵科なのであった。
 更にはその200頭の軍馬が食べる飼葉や水などの代金がかかってくる。
 一応、曹操からのもう一つの土産である1万銭もあるが、到底足りない。

 賈詡はありがた迷惑なこの贈り物に頭を抱え、孫策らに売却の提案をしてみたが、周瑜ににっこり笑顔で拒否された。
 また張遼らからは折角の軍馬を売却するなんてとんでもない、と猛抗議された。
 仕方がないので賈詡は騎兵編成を下命し、赤字にならぬようどうにかして利益を出そうと高順に対して幾つかの提案を行うこととなった。




「赤字は不倶戴天の敵よ」

 賈詡はメガネを光らせながら言った。
 高順も同感とばかりに頷く。
 
 なお、天幕には2人しかおらず、夏侯楙は陳宮のお手伝いに赴いていた。

「だけど、どこから収入を得るの?」

 高順の問いに賈詡はうーん、と頭を抱える。

 基本的に軍事行動というのは金ばかりかかって、新たに金を得るということはできない。
 無論、傭兵になって行動するとか、現地で略奪をするとかそういうことは例外だ。

「烏丸を捕まえて持ってる物を全部おいていってもらうとか」
「こんな大規模な追い剥ぎ集団なんて史上初だわ」

 賈詡の言葉に高順は笑うが、しばらくして真剣な顔となった。

「それいいかもしれない。烏丸の連中は占領下の城や役所にしこたまどこかの誰かから奪ってきた金銀財宝をため込んでいる筈……」
「どこかの誰かってことは返すアテが分からないから、ボク達が戦利品としてもらっても問題はないわ」
「ええ、全くもってどこも問題ないわ……とはいえ、それも恒久的収入源となるかというと無理ね」

 そう言った高順は賈詡の体に目を向ける。
 幼い体であったが、その体で高順が触れていないところはない。

「……アレがあったわ」

 賈詡に視線を固定したまま、高順は呟いた。
 彼女の脳裏には戦場で、あるいは行軍中において困ったアレの処理をする為の器具が出てきていた。

「やっぱり兵士の性欲処理って大切よね」
「どういうこと?」
「持ち運びできる穴を作る……それだけよ。ちょっと待ってね」

 意味は理解できるが、どうやって作るのかさっぱりな賈詡とは反対に高順は自信満々であった。



 そして半刻後、高順は賈詡の前にソレを持ってきていた。
 ソレは巻物だった。
 ただし、その中にはびっしりと獣の毛があり、その毛の上に布があった。

 賈詡はジト目で高順を見つめ、問いかけた。

「……ソレにアレを突っ込むの?」
「うん」
「……そんなので良いの?」
「タブン……ちなみに使い方は自分のアレを開いた巻物の上に置いて、巻きつけて手で巻物を持ってしごくの」
「まあ、発想はいいんじゃないかしら……使ってみたの?」
「一応……手よりは突っ込んでる感があるわ」
 
 そりゃ手と比べたらなぁ、と賈詡は思うが口には出さず、肝心なことを問いかける。

「気持ち良かったの?」
「……も、もっと改良する余地はあると思う! で、でも性欲は永遠に人類についてまわる問題だからこれをどうにかできれば大儲けができるわ!」
「性欲に関しては娼婦でも雇ったらいいんじゃないの? 曹操とか袁紹とか孫堅とかそうやってるみたいだけど……勿論、携帯で個人でできるっていうのは魅力的だけど、衛生面から考えて問題があるわ」
「娼婦に関しては検討しましょう。あと、携帯のコレは使い捨てよ。大量に作って諸侯に売り込めば大儲けだわ」
「……もっと何とかならないの? せめて見た目だけでも女に近づけなさいよ」
「じゃあ、エロ本を描きましょう。それを見ながらシコシコと……」

 賈詡は溜息を吐いた。
 もうちょっとマトモな手段で――十分に有効な策であるのは理解できるのだが――稼ぎを得たかった。
 漢を恐怖のどん底に叩き落としたあの高順がエロ本と携帯用性欲処理器の開発に一生懸命だなんて、誰も信じちゃくれないだろう。
 もっとこう、自分の武力を生かしたりなんだり――

 そこまで考えた賈詡はピンと閃いた。

「そうよ、武術大会を開いて観客から料金取って稼ぐっていうのがいい……うちの武官は一流揃いだから良い見世物になる……」

 ふふふ、と怪しく笑う賈詡。
 金を稼ぐ手段はわりとそこらに転がっているらしかった。
 しかし、高順も賈詡も民の為に何かして評判を高めるとかそういうことをやらない辺りが自分達の立場をよく認識しているといえる。
 とはいえ、各地の民に広く情報操作を行うことを高順も賈詡も重視しており、莫大な資金を賈詡に工作費用とするよう袁家にいた頃から命じてあった。
 袁家の頃から賈詡が各地に作り上げた情報網は緻密であり、2、3年もあれば幽州の噂が益州まで広まる……かもしれない程度にはなっていた。

「あ、そうだ。誰か、子龍を呼んで頂戴」

 高順は何やら思いついたらしく、天幕の外に待機している伝令に趙雲を呼ぶよう告げた。

「何か思いついたの? エロ本以外で」

 賈詡の問いに高順は鷹揚に頷いた。
 彼女の頭には満漢全席があった。
 前世では食べたくても食べれなかった高級料理であり、もっと言ってしまえばそもそも満漢全席はもっと時代が下ってから出てくるもの。
 だがしかし、この世界はおかしな世界だ。
 麻婆豆腐や炒飯が大衆食堂で安値で食べれてしまう。

「趙子龍、参りました」

 その声と共に趙雲が天幕へと入ってきた。
 彼女を見た高順はかつてない程に真剣な顔で告げた。

「メンマを……1000年後まで残る至高のメンマを作ってもらえないかしら?」

 趙雲は数秒かけてその言葉を脳に浸透させ、重い表情となった。
 さらに長い時間を掛けて考え込んだ後、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……その大任、引き受けましょう」

 まるで数十万の大軍に単騎で突撃するかのような悲壮感溢れる表情であった。
 対する高順も趙雲の両肩をがしっと掴み、告げる。

「必要な経費や職人の雇用については私に直接……」
「畏まりました。この趙子龍、立派にその役目を果たしてみせましょうぞ」

 そして趙雲は意気揚々と、それでいて悲壮に満ちた雰囲気で天幕から出ていった。
 それを横で見ていた賈詡はポツリと呟く。

「何この茶番劇」

 そんな彼女に高順は胸を張る。

「料理をもっと開発しましょう。食材にもっと拘りましょう……他の諸侯が目をつけない分野をやれば自ずと道は開かれる」

 マトモなことを言っているようにみえるが、長年連れ添った賈詡は容易に見抜いていた。

「あんたが美味しい料理食べたいだけなんでしょ?」
「うん」

 あっさりと頷いた高順に賈詡は溜息を吐く。

「だけど、もったいない使い方よ。趙雲は腕も立つし、頭も良い」
「大丈夫よ。彼女にはメンマも戦闘もやってもらうから」

 高順の言葉に賈詡はどちらかというとメンマのついでに戦闘になりそうだと思ったが、彼女としてはしっかり働いてくれればどっちでもよかった。

「しばらくは動きはないでしょうし、そこまで忙しくは……」

 そう言いかけたとき、天幕に転がるように伝令が飛び込んできた。
 それを見、高順も賈詡も来るべきものがきたことを悟った。

「烏丸襲来! 楼桑村から北、馬で半日の地点! 数1万以上!」
「ただちに大天幕に全員を集めなさい」

 賈詡がそう告げ、その伝令は再び天幕から出ていった。

「おいでなすったわね」

 そう告げる高順はめんどくさそうな顔だった。
 彼女としては戦場に立つよりも、後方であーだこーだ言ってる方が好きであった。
 
「ええ……まあ、あっという間に叩き潰せると思うわ。ただ、馬で半日ということはあと数刻程度で会敵するわね」
「でしょうね。見つけたら即司令部に情報が伝わるようなものが欲しいわ」

 高順は確かにローテーションを組み、早期に敵を察知できるようにした。
 だが、いくら早く偵察兵が見つけたところでそれを伝えるには一度、戻らねばならない。
 当たり前のことだが、この場合は距離が敵となる。
 遠くで察知できても、それを伝える為に自陣に戻っている間もなお敵は進む。
 結局、伝えられたのは敵が目前に迫ってから、ということもあるのだ。
 その欠点により、高順は狼群戦術の失態後から偵察に出る騎兵の数を少なくしていたのだが、それは裏目には出なかった。

 ともあれ、たとえ目前に迫ったとしていても報告により奇襲されない、僅かだが準備を整える時間があることが救いといえば救いだった。

「で、どうするの? あんた、出たくないんでしょ?」

 賈詡の言葉に当然とばかりに高順は頷く。

「馬騰を大将に、補佐を郭嘉に任せればあとは問題ないんじゃないの?」
「それでいいわね」

 それでいいも何も、その布陣を野戦で破れる者はあんまりいないだろう。
 烏丸が可哀想だ、と思いつつ2人は大天幕――作戦会議用の天幕へと足を運んだのだった。




 天幕の中には将達が既に勢揃いしていた。
 馬超や張遼が戦だー、と楽しそうに踊っているが、賈詡と高順は見なかったことにした。

「今回の戦だけど、総大将は馬騰に、補佐は郭殿に任せるわ。最適と思う布陣を考えて……」

 そう言う高順にあのー、と杜預が手を挙げた。

「私は戦上手と呼ばれる高順殿の指揮を是非、拝見させていただきたく……」
「そういえば私も見たことないわねー」

 杜預の言葉に孫策が便乗してきた。
 余計なこと言いやがって、と思う高順であったが、そんなことは表には出さずに告げる。

「部下をうまく使うのも上の仕事よ。孟徳殿は常に前線で指揮をしているのかしらね?」
「していますが……」

 杜預の返答にがくっと高順は倒れそうになった。
 何やってんの華琳、と心の中で叫びつつ、ごほんと咳払い。

「いいわよ、あのマンシュタインに並びたいと願っているこの私が指揮をとってやろーじゃないの!」
「マンシュタインという人物は知りませんが、何か情けなく聞こえるような……」

 郭嘉の冷静なツッコミに高順は再び咳払い。
 余程指揮を取りたくないらしい。

「まあ、それは置いておいて……前軍に関羽を大将に趙雲と華雄、補佐に奉孝殿。中軍に馬騰を大将に馬超、馬岱と伯符殿達、補佐に叔子殿。後軍は私が直率で残り全員」
「打って出る……ということですか?」

 周瑜の問いに高順は頷く。

「最低でも1万の敵を相手に?」

 周瑜の更なる問いかけに高順は不敵な笑みを浮かべる。
 
「ええ、連中はきっと腕利きの突騎を揃えているでしょうけど、分かっていないのよ。所詮はただ突撃するだけしか脳がない」

 戦略的なものはともかくとして、戦術レベルにおいては精強な烏丸を相手にしてそう言い切る高順。
 これには新参の趙雲や黄忠、厳顔らや孫策達、郭嘉達は目を剥いた。

「そんなに見たいのならば見せてやるわ……芸術的な戦争をね」

 気を良く、高順はそう言い切った。
 その傍らで賈詡は額に手をあてていた。
 この軍議が解散した後、高順が泣きついてくるのが良く分かっていたからだ。
 助けて詠~と情けない声を上げて。

 しかしであった。
 高順は既に自分の頭の中に案があるらしく、更に口を開く。

「奉孝殿、改めてではあるけれど、そちらの騎兵を使わせてもらう」
「どうぞ存分に……」

 そう言う郭嘉は高順がどのような戦術を、作戦を立てるか期待に胸を膨らませていた。
 今まで高順は斜め上の発想から奇策を生み出し、実行している。
 あの狼群戦術も高順側にとっては汚点ではあったものの、郭嘉らにとっては将さえいれば少数部隊による後方浸透という戦術は極めて有効である、ととても参考になった。

「前軍には歩兵全て、中軍には騎兵3000、残りの騎兵は後軍に。前軍で敵の勢いを殺し、中軍で敵を受け止めなさい。受け止めている間に全てを終わらせる。個々の陣形についてはそれぞれの軍師に一任する」

 以上、と高順は告げ、軍議は解散となった。
 それを受け、戦支度をすべく大急ぎで天幕を飛び出していく将達。
 また、軍師達はどの部隊をそれぞれの軍に配置するかなど決めねばならないことは多々あり、彼女らもまた天幕から走って出ていった。







 軍議解散から半刻。
 それぞれの者が戦支度をある程度整え、慌ただしい雰囲気から変わって独特の緊迫感が漂い始めた。
 そんな中、とある天幕では――

「大丈夫か?」

 馬超は自分の武具の支度をしつつ、傍らの公孫瓚に問いかけた。
 彼女はこれが初陣というわけでもないのにガチガチに緊張していた。
 それもその筈で彼女にはなんと高順の采配により騎兵500が与えられた。

「だ、だいじょうぶだ、問題ない……」

 そう言う公孫瓚だが、とても大丈夫そうには見えない。

「まあ、気楽にやれよ。高順のヤツ、夏侯元譲と互角なのにいつも安全なところに閉じこもる癖があるんだ。だから、あいつの傍にいれば敵はこないって」

 そう励ます馬超だったが、公孫瓚の緊張は中々解けなかった。


 そんな2人がやり取りしている一方で別の天幕では関羽がゆっくりと深呼吸していた。
 一軍の総大将を任せられた彼女。
 これまで山賊退治や少数部隊の指揮をやったことがある程度であり、大部隊の指揮がうまくやれるか自信は無い。

「不安ですか?」

 横からの声に関羽が振り向けばそこには郭嘉が立っていた。

「正直に言えば、な。うちはそちらと違って数が少ない。必然的に指揮をするのも少数部隊。今回は伯符殿らを含めても3000名近い兵を指揮することになる」

 なるほど、と郭嘉は頷きつつもメガネを僅かに動かし告げる。

「ご安心を。高順殿のように10倍は無理ですが、3倍程度なら私も潰せますので」

 さらりと告げる郭嘉。
 自信に満ちているというわけでもなく、虚勢を張っているというわけでもない。
 ただ、純然たる事実を告げている――

 そういう印象を関羽は抱いた。

「孟徳殿のところには貴殿のような軍師が大勢いるのだろう。羨ましい限りだ」
「何でしたら、うちに来ますか? あなたでしたら……というよりか、高順殿やその配下の者でしたら我々は快く迎え入れることでしょう」

 勧誘に関羽は苦笑する。

「もし、高順様に出会う前ならばその誘いにのっていただろうが……悪いな」
「それほどまで、ですか?」
「恐られているが、実際に接してみると面白い人でな。よく文和に尻を蹴飛ばされている」

 郭嘉は意外そうな表情で更に問いかける。

「この間のように失敗することも?」
「私も最初からいたわけではないが、私が加わった当時は失敗した、というのは余り聞かなかったな。ただ、色々と悩んだりしていたそうだが」

 郭嘉は「そうですか」と相槌を打った後、必ず訪れるだろう未来をゆっくりと告げる。

「烏丸が終わった後にあなた方は敵視されるでしょう。そして、10年もしないうちに全ての諸侯から袋叩きにされるでしょう……それでも、構いませんか?」

 問いに関羽は不敵に笑う。

「負けるのがこちらとは限らない……そうだろう?」

 郭嘉は信じられない、といった顔で関羽をまじまじと見つめた。

「あなたは、あなた達は本気で勝てると思っているのですか!? 100万を超えるだろう漢の連合軍に!」

 郭嘉にしては珍しく、声を荒げた。
 そんな彼女に対し、関羽は静かな声で告げる。

「孟徳殿に譲れぬものがあるように、高順様にも譲れぬものがある。彼我の戦力差は最低でも10倍だろう……真に面白い戦になりそうじゃないか」

 郭嘉は絶句した。
 そんな彼女に対し、関羽は更に告げる。

「私とて虐げられる民について色々と思うことはある……だが、その民が高順様や華雄へ向ける視線は忘れもしない。無論、官軍を破った異民族というのもあるが、それでもなお酷い……孟徳殿が天下を取れば民は幸せになれるかもしれないが、高順様や華雄がどうなるかはわからんよ」

 郭嘉は己の頭脳を恨みたくなった。
 関羽が言った通りになった場合を想像してしまったのだ。

 高順や華雄は確かに孟徳様は重用されるだろうが、それが民からどう写るか――?
 曹操は異民族を重視している、という風評が瞬く間にたち、民に不満が募る。
 不満が募ればそれを利用し、孟徳様の治世の転覆を謀る輩が出てくる。
 それらを消す為に孟徳様は高順や華雄を斬るだろう、と。
 
 荀彧の件を確認すべく、郭嘉は曹操に報告書と共に問い合わせの書簡を送っていた。
 曹操からの返事は肯定であり、高順に対して行ったことは全て事実である、と。

 真名を呼び合う程に親しい孟徳様と高順。
 もし、高順を斬る、という事態に発展してしまえば――

「主君の心を護るのも臣下の務めです。私がそうならぬようにしましょう」
「そうか……まあ、それはそちらが勝った後に勝手にやればいい。もし、そうなったとしても、私はそこにいない可能性が高いからな」

 そう言って笑う関羽に郭嘉は渋い顔となる。
 そんな彼女に関羽は更に告げる。

「何でも、高順様が言うには孟徳殿がもうやめて、と泣く程の大損害を与えた後なら軍門に降ってやってもいいそうだ。降伏するときは100万だか200万だかのうち、半数が死んだ後かな」

 関羽の言葉に郭嘉は背筋が寒くなった。
 彼女は関羽が強がっているようにも見えず、ただ事実を告げているようにしかみえなかった。

「……あなたは先程、孟徳様の陣容が羨ましいと仰られましたが、私はあなたのような豪傑を従えている高順殿が羨ましい。きっと孟徳様も同じことを仰られるでしょう」

 関羽はその言葉に苦笑する。

「私を褒めても何も出んぞ? まあ、先のことは後で考えるとして、とりあえず目の前に迫った雑兵共を片付けるとしよう」






 そして2刻後、太陽は高く昇り、どこまでも続くような雲一つない蒼天が広がる中――楼桑村から北に数里程離れた平原にて、烏丸と高順らは対峙した。


 

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