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勉強会

 楼桑村へ高順らがやってきて2週間余りが経過した。
 この間、土嚢を積み上げ、柵を作るなどの防御陣地を村を取り囲むように構築を始めた。
 村には入らない、とはいったものの、さすがに村も取り囲まねば烏丸に人質に取られてしまう可能性が高いが故だ。
 これには村人達も進んで協力し、作業は捗っている。
 また、賈詡や陳宮は李穎と相談しつつ、万が一烏丸が攻めてきた場合の防衛計画の作成に励む。
 その一方で極めて重大な問題もあった。
 それは排泄物の処理だ。
 保護した住民に加え、援軍含めた高順一派は1万人近い。
 穴を掘って埋めるにも、疫病が発生する可能性があり、またその悪臭もとんでもない。
 常に移動していた今までは穴を掘って埋めて、というのでも何とかなったが、一箇所に留まるとなればそうはいかない。
 とはいえ、戦場が糞尿塗れになるのは珍しい話でもない。
 まさかトイレが置かれているわけでもなく、そして移動式トイレなどという便利なものもこの時代では当然ない。
 
 見目麗しい乙女達であっても、人間である以上、排泄物は当然出る。
 そして、その解決策を提示したのは劉備と陳宮であった。
 その解決策とは糞尿を堆肥にすること。
 
 一応、この時代であっても豚の飼料として糞尿は使われているが、さすがに糞尿で育った野菜を食べるのは、と主に賈詡達がかなりの抵抗を示した。
 対するのは提案した劉備と陳宮だ。
 劉備は村で畑のお手伝いもしており、糞尿から作った堆肥は野菜の育ちがいいと経験から語る。
 また陳宮は元々出身地で農業の指揮を取っていただけに、劉備よりも詳しかった。

 理詰めで攻めてくる陳宮と劉備に感情的抵抗しかできない賈詡達は高順が提案を聞くなり賛成したこともあって全面降伏するしかなかった。
 そういうわけで早速、肥溜めが防御陣地の外に無数に作られ、毎日の排泄物は集められ、その中に放り込まれた。
 
 できた堆肥は楼桑村に迷惑をかける代金として必要な分だけ譲渡し、残りは保管しておくこととなった。
 



 そのように問題を解決し、郭嘉らが数日以内に到着すると早馬がやってきた日の夜のこと。
 

 高順は足早に天幕へと向かっていた。
 その天幕は自分のものではなく、賈詡に割り当てられたものだ。
 高順が名乗り、天幕へ入れば賈詡は机に向かっていた。
 彼女の手元には紙の束がある。

「ちょっと待って……今、日記を書いているの」

 賈詡の言葉に高順は適当なところに座って待つことにする。
 この日記だが、高順はかなり前から賈詡をはじめとした主要な面々には勿論、末端の兵に至るまで推奨していた。
 表向きには後から読んで懐かしむ為、本音は後世の人にあるがままの記録を残す為だ。
 勿論、高順自身も書いている。

 やがて書き終えたのか、賈詡は高順へと向き直った。

「で、何の用?」

 問いかける賈詡に高順は行動で示した。
 素早く彼女は賈詡に抱きつき、その首筋に舌を這わせつつ、賈詡の匂いを胸一杯に吸い込む。
 かおる彼女の体臭と汗の匂い。
 風呂には滅多に入れない為、水で濡らした手ぬぐいで体を拭う程度だ。
 故にその匂いはかなり濃い。

 賈詡は高順が何の為に来たのか、容易に悟った。
 また、同時に嬉しく思う。
 高順はここに着いてからも誰も抱いていない。
 仮の拠点を持ったことから解禁されているにも関わらず。

 そう、高順は賈詡の仕事が落ち着くの待っていたのだ。
 賈詡は拒否するわけもなく、もはや言葉はいらないと高順の片手を掴み、それを自身の胸へと押し付けた。
 それを開始の宣言と取った高順は賈詡を押し倒したのだった。




 翌朝――
 
「賈詡の腰が抜けた……ですか?」

 陳宮は首を傾げながら確認の意を込めて問いかけた。
 彼女の前にいるのは困った顔の高順。
 その肌は妙にてかてかとしている。

「ええ。昨日、私が賈詡の天幕に行って今後について色々と話し合っていたんだけど、そしたらどこからともなく蛇が入ってきて、それを見た賈詡が驚いて飛び上がってその拍子に」

 いけしゃあしゃあとそんなことを告げる高順。
 勿論、真実はそんなものではない。

「むむ……それなら仕方がないのです。今日の仕事は全てねねがやっておくのです」
「ありがとう」

 高順は感謝し、陳宮の頭を撫でる。
 すると彼女ははにかんだ笑みを浮かべた。
 その笑みに罪悪感がを感じる高順であったが、さすがに陳宮に大ハッスルした結果、賈詡の腰が抜けました、なんて素直に言えない。

「それではねねはこれで!」

 そう言い、陳宮は張り切ってその場を後にした。

「さてと……私は私で……」

 基本的に高順や公孫瓚や魏延などの見習いを除いた武官達は日々の業務日誌を書く程度でそれ以外は暇である。
 何分、3000人もの文官を引き連れてやってきている。
 賈詡や陳宮に交易地にいたときから鍛えられた彼らは中々に優秀であり、彼らの処理能力はまだまだ余力がある。

 そんなわけで高順がやっていること、それは張遼ら他の武官連中と共に要塞や野戦陣地の青写真を描くことだった。
 如何にして騎兵を防ぐか、歩兵はどうするか、弓や投石機への対処などなど考えればこれまた面白く、またやりがいも十分ある。
 ちなみにこれには孫策らは参加させていない。
 ある種の切り札になりえるものであり、さすがに彼女らを参加させるのは問題だ。


「あ、高順。ここにいたのか」
「どうかしたの、伯珪」

 高順の問いに公孫瓚は重い表情で告げる。

「実は住民達からの志願兵についてだが……今まで募集して235人しか集まっていない」

 3000人以上いてたったそれだけであった。
 訓練すると言っても、やっぱり戦うのは怖いのである。

「まあ、そんなもんでしょ。これ以上増えそうもないから、曹操からの援軍が来たら打ち切りましょう」
「わかった……だけど、大丈夫なのか? たった8000の兵力じゃ、防御を固めるだけで精一杯なんじゃ……」
「8000もいれば大丈夫よ」

 高順は自信満々に胸を張って告げた。
 何分、率いるのは名将、名軍師である。
 高順一派だけでなく、援軍としてやってくる羊祜、杜預、郭嘉の3人も言うまでもない。
 無論、烏丸にも優れた者はいるだろうが、さすがに歴史に名を残すような者は残念ながらいなかった。

 高順の様子に公孫瓚は頼もしく思う。

「それじゃ、私は勉強会に行くから」

 高順は手をひらひらとさせ、その場を後にした。







 要塞あるいは防御陣地と一口に言っても、その種類は様々だ。
 時代が進み、火器が発達すると城壁は大砲の前に役立たずとなり、塹壕がその主力となる。
 とはいえ、このような古代において塹壕が役立たずとなるか、というとそうではない。
 この時代の飛び道具といえば投石機とあとは弩、そして個人携帯の弓となる。
 どれもこれもその使用用途は曲射であるが故に真上に対して何もない塹壕では被害を減少させることはできない。

 ならば答えは簡単だ。

 塹壕に地面から数十cm程の高さのところに屋根をつけてしまえばいい。
 屋根に火矢をぶつけられても、その屋根に水でも撒いておけば、あるいは屋根そのものを鉄板でつくれば問題ない。
 もはや塹壕というよりはトーチカもどきになってしまうが、有効な射撃兵器が無いこの時代においては排除するのは極めて困難だ。
 屋根を作ってしまえば塹壕に配置された側は弓による長距離攻撃が全くできなくなるが、そもそも射程距離が必要なのは攻撃側であって、防御側は目一杯引きつけて撃つので直射で十分と割り切れば問題ない。
 
 屋根のある塹壕は歩兵が直接乗り込むか、それとも間近で弓を撃って内部にいる防御兵を射殺すか、あるいは投石機により塹壕ごと吹き飛ばすかのどれかしかない。
 歩兵が直接乗り込むにしても、屋根がなければそのまま飛び込めるが、あれば塹壕の屋根を乗り越えて後ろに回りこみ、そこから出入り口を探さなければならない。
 そうこうしているうちに出入り口付近に防御兵が集まって迎撃できる。
 間近で弓を撃って射殺すにしても、そもそもそんな距離まで近づけたら防御側の矢も当たる。
 前述した歩兵による攻撃も塹壕を超えるまでに膨大な死傷者を出すことは間違いない。

 唯一怖いのが投石機だが、そもそも数を100、200と大量に揃えてぶっ放すならともかく、疎らな砲撃では射撃精度は期待できない。
 城のような明確な地上物が存在するなら照準も合わせやすいが、高順は地上にそんなものを作る必要性を感じなかった。
 また、塹壕は騎兵から防御側を守る。

 故に高順らは満場一致で屋根付き塹壕を採用していた。
 第一次世界大戦での塹壕戦のような、攻撃側が多大な被害を被るようなやり方を1000年以上先取りしてしまうのである。
 
 勉強会は案を高順が出し、他の武官らでその案について議論する、という形となりつつあるが、特に問題はなかった。
 






 勉強会の開かれる天幕では既に高順以外の全員が揃っていた。
 彼女らはつい先日、高順が出した漸減火力巣なる陣地について議論していた。
 漸減火力巣――何やら訳の分からない摩訶不思議な響きであるが、要はソ連軍の編み出したパックフロント陣地、それをこの時代に合わせて改変したものである。
 地雷の代わりに落とし穴を前面に配置し、そのすぐ後ろに無数の杭を針金で繋いだものを用意する。
 その杭の防御壁は一定間隔毎に設置し、開口部を構築する。
 そして、その後に鉄条網――所詮はただの鉄線の組み合わせなのでこの時代でも十分作成可能――を配置。
 鉄条網の中には塹壕――屋根のない――をジグザグに構築し、また鉄板を組み合わせて作った床子弩や銃眼を開けたトーチカもどきを配置するというもの。
 勿論、これはこの第一線で終わるのではなく、この陣地を後ろにどんどん同じように作っていき、縦深陣地とするのだ。
 


「やってるわね」

 高順が声を掛ければ彼女達は顔を彼女へと向けた。
 誰も彼もこの陣地をどう突破しようか、と考えている難しい顔だった。

「高順、これ、どうやって突破すればいいんだ?」

 開口一番に馬超が尋ねた。
 勉強は大の苦手から苦手程度にまでなった彼女だが、戦に関しては話は別だ。
 理論とかそういうのよりも、こういう具体的な陣地をどう突破するか、そういうことを考えるのは好きであり、また得意であった。

「私は騎兵で後方に回りこむのがいいと思うんだが、この陣地の設置場所が平野とは限らないしな」

 馬騰の言葉に張遼や華雄らが頷く。

「……真正面からじゃ、駄目?」

 そんな中、首を傾げながら問う呂布。
 彼女には迂回とかそういう戦術は無いようだ。

「お前はいいかもしれんが、兵達は障害物に手間取って的にされるぞ」

 華雄の言葉に呂布は僅かに頷く。

「あえて屋根をつけない塹壕にしたのって何で?」

 馬岱の問いに高順は頷く。

「簡単よ。これは防御であって攻撃なの。屋根付き塹壕はこの陣地が作れないとき、あるいは作るのに適しないところで使用する予定よ」
「味方の弓兵の射線を確保するんだね」

 なるほど、と頷く馬岱。

「これは私達が主力となりそうね」
「うむ……」

 黄忠と厳顔は何だか嬉しそうだ。
 この時代、戦場の華は騎兵。
 また、一騎打ちの機会もそれなりにある歩兵がその次にくる。
 弓兵とは練度が必要とされるわりには地味な兵種なのである。

「撃って撃って撃ちまくって敵を釘付けにして、たくさん死んでもらうわ。それが強大な敵に対する唯一の手段」

 そこまでいい、高順は言葉を切る。
 そして一同を見回した後にさらに続ける。

「ただし、これを曹操の援軍や孫策らに見せるとよろしくないことになる。絶対に漏らさないこと」

 高順の言葉に一同は頷いた。

 一番危険なのは曹操陣営だ。
 郭嘉に司馬仲達という軍略においては三国志でも一、二を争うコンビなら対抗策を見出してしまう可能性もある。

 臥龍鳳雛を高順が渇望するのは人材不足というのもあるが、何よりも2人が政略と軍略の専門家であるからだ。
 賈詡は極めて有能であるが、その得意分野は謀略だ。
 要は袁紹を騙して多額の金をむしり取ったりなんだりする、ああいうことが得意なのである。 

 ともあれ、諸葛亮は内政においてその力を発揮し、龐統は軍事において力を発揮する。
 よく、諸葛亮は軍事においてもその才能を発揮した、とあるが残念ながら戦場で彼が自ら意図した通りに勝ったことはあんまりない。
 諸葛亮の戦い方は基本的に堅固な陣地あるいは城塞を築き、それを敵に攻撃させ、敵が消耗したところで攻勢に打って出る、というやり方だ。
 一見合理的で効率的なやり方だが、諸葛亮の立場と魏の立場にしてみればどちらが勝ちを急いでいるかは明白だ。
 国力が豊かな魏に対し、蜀は国力が乏しい。
 その為、魏軍は蜀軍の兵站が限界に達したところを攻めてやれば蜀軍は撤退するしかない。
 それ故に諸葛亮は北伐を成功させることはできなかったのだ。

 しかし……諸葛亮の戦い方はハマれば効果絶大であることは否定できない。
 高順が未だ賈詡にしか明らかにしていない、反高順連合に対する大雑把な作戦計画も諸葛亮の戦い方に似ている。

 また、彼が開発したという元戎という個人が携帯できる連弩も高順には必要だった。
 

「しかし……戦の仕方が変わってしまいますね」

 関羽は苦笑しながら告げた。
 彼女としては習った兵法が無駄になってしまわないか、と不安なのだろう。

「戦が変わろうと基本は変わらないさ」

 そんな彼女に華雄が言った。
 彼女に続くように呂布が呟く。

「敵を倒す。それだけ」

 あんまりといえばあんまりな答えであるが、いきつくところはそこである。
 要はどれだけ効率的に敵を倒すか、殺すか。
 それが兵法なのだ。

「あのー、お茶でもどうですかー?」

 ちょうどそのとき、天幕の外から劉備の声が聞こえてきた。
 公孫瓚と魏延は陳宮が賈詡の代わりに教えるだろうが、劉備に関しては代役を賈詡が認めていなかった為に劉備は今日、やることがなかったのだ。
 その為、本来の職務である筵作りに励むと同時に彼女は雑用を自ら進んでやっていた。

 劉備の問いに高順は陣地図を隠した後に答える。

「もらうわー」

 高順の言葉に劉備は失礼しまーす、と言って天幕の中に入ってきた。
 彼女は居並ぶ面々を見ても驚いたりはしなかった。
 勉強会をしている、というのは劉備にも知らされていたからだ。

「はい、どうぞ」

 劉備は花の咲くような笑顔でお盆に載せたお茶を振る舞う。
 茶葉は元々高順一派が持ってきたものだが、何だかいつもよりも良い香りな気がした。

 馬超や馬岱、あるいは呂布といった面々は器を受け取ってすぐに飲み始めてしまうが、高順らはまず色、香りを楽しんだ後、ゆっくりと飲み干す。

「美味しいわね」

 高順の言葉に劉備は満面の笑み。
 笑顔で人を惹きつける、というのは彼女のようなことを言うのだろう。
 高順らは精神的にも癒され、気分がすっきりとした。

「ところでどんなお勉強をしてるんですか?」
「コレだ、コレ」

 劉備の問いに華雄は立てかけてあった己の得物を指さす。
 それで劉備はすぐに納得する。

「……早く平和な世の中になって欲しいです」

 その笑顔がたちまちのうちに曇った。

「まあ、それはそれとして……賈詡の様子はどう?」

 話題を変えるように高順が問いかけた。

「あ、えっと、賈詡さんなら腰が、腰がって言ってました。あと、ああいう激しいのもいいかもとか何とか……」

 華雄らの視線が高順に集中する。
 賈詡との関係を知っているからこそ、何が原因かも彼女達には容易に想像がついていた。

 もっとも呂布は首を傾げていたが。

「私はもう捨てられたのか? ん?」

 そう言いつつ、華雄は胸を高順に背後から押し付ける。
 中々に大きなその胸の感触に高順は思わず声を上げてしまう。

「え、えっと、あの……もしかして、彩ちゃんと賈詡さんって……ううん、華雄さんとも……」

 顔を真っ赤にしている劉備。

「あ、私もです」

 手を挙げる董卓。
 まさかの3人目に劉備は「きゃー」と声を上げる。
 その声は批難しているというわけではなく、単純にそういう関係を目の当たりにした興奮から出ているようだ。

「順番よ、順番。ともかく、勉強の続きをするから……」

 高順はそう言い、劉備を天幕の外へと出した。
 そして、高順は勉強会の再開を告げたのだった。

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