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それぞれの状況

 高順達が旧交易地にやってきて早半年。
 この間、状況は更に変化しており、烏丸は幽州を席巻し、并州や冀州に迫らんとその勢力を強めていた。
 無論、こうなる前に幽州の諸侯は幽州刺史劉虞の号令の下に兵力を集め、また匈奴も彼らに協力し、烏丸に対抗しようとしたものの、練度がバラバラの軍勢を纏め上げることができる有力な将や軍師がいなかったが故に機動力に優れる烏丸により各個撃破されてしまう。
 その頃になってようやく皇甫嵩を中心とした官軍の第一陣が冀州や并州などの太守や豪族らの協力の下に展開し始め、どうにか膠着状態に持っていくことに成功した。
 
 しかし、いつまでも対峙しているわけにもいかない。
 故に膠着状態が始まって2ヶ月後、戦場に到着していた孫堅が全軍の総指揮を取り、攻勢に出たが、烏丸の突騎兵――いわゆる弓騎兵の猛反撃に遭い、敢えなく頓挫している。
 孫堅は確かに戦上手であるが、彼女の得意分野は歩兵戦であり、水上戦だ。
 騎馬戦は不得手であり、ましてや、弓騎兵との戦は情報を得ているとはいえ。彼女にとって未知の戦いに等しかった。
 だが、それだけで終わらないのが孫堅だ。
 彼女は弓騎兵の携行できる矢数の少なさに注目し、まず大盾で矢を防いだ後にこちらの騎兵を押し出す、あるいは弩でもって攻撃するという戦法を即座に編み出し、調子に乗って突出してきた烏丸を撃破した。
 
 また袁紹、曹操などの少しでも名を上げておきたい連中がこぞってそのやり方を真似、烏丸を散々に撃破する。

 だが、烏丸も馬鹿ではない。
 彼らは数部隊を用意し、時間差をつけて攻撃を仕掛けてきたり、あるいは多方向から時間差をつけて攻めたり、とあの手この手を使い、その練度の高さも相まって対烏丸連合軍に打撃を与えていた。


 そんな一進一退の戦いを烏丸と連合軍が続けている中、旧交易地の高順達は……極めて平和であった。








「平和ね……」
「ええ、とても平和です」

 高順の言葉に関羽が答えた。
 冀州の州境では烏丸と連合軍が睨み合っているが、ここは冀州の南端に近い。
 戦場からは数百里以上離れており、物価が高いことを除けば平穏そのものだ。

「愛紗も慣れたみたいね」

 高順はそう言いつつ、お茶を啜る。

「はい、おかげさまで」

 そう言いつつ、関羽もまたお茶を啜る。
 彼女は高順の補佐――現代で言うならば秘書的な位置に就いていた。
 昼下がりののどかな陽気。
 絶好の昼寝日和だが、残念ながら高順と関羽には書類仕事というものがあった。

 賈詡が連れてきた5000名にも及ぶ人々。
 彼女はそのうち、実戦部隊として使うのは2000名程度にとどめ、残りは全員文官とした。

 戦場で斬り合うことを好き好んでやる輩はまずいない。
 とはいえ、志願制にすれば文官に希望者が殺到することが容易に想像がついたので、賈詡は全員に簡単な筆記試験を施し、文字の読み書きができる者とできない者に選別した後、さらに分野毎に細々とした試験や面接を行い、より細かく選別した。

 その後、賈詡や董卓、陳宮が先生役となり講義を行うことで知識の補強を行なっている。
 今ではそれなりに使える輩が増えてきた、と賈詡から報告が上がっていた。
 それはまことに喜ばしいことであるが、当然ながら、そういうことをしていれば必要な書類もまた増えるわけで。
 それに加えて波才らも加えた2200余名の兵士の調練。
 その進捗状況の報告書やら装備の予算書やら何やら……
 また、南皮から戦場への輜重隊の通り道でもあり、そこでもまた書類が出てくる。

 にも関わらず、高順と関羽の前にはそこまで多く書類が積まれているというわけでもない。
 高順は賈詡にほとんど自分と同じ権限を与えている為に大抵のことは彼女とその補佐官となった陳宮が処理してしまう。
 そのおかげで高順とその補佐官の関羽もまた書類仕事に関してはそこまで忙しいというわけでもなかった。

「愛紗……私はあなたが生真面目な性分だから、私がしていることに関して非難すると思ったんだけど」

 そう言い、高順は関羽を見る。
 対する関羽は苦笑するだけだ。

 関羽が非難するかもしれなかったのは高順による女兵士の為の性欲処理。
 このお仕事は役得かと思いきや、毎日10人近い女を相手にしなければならない。
 その上で昼間もしっかりと仕事がある。
 波才らも含めて女兵士は800名程。
 しかも、全員が若いときているので、性欲も旺盛で全員が高順との情事を希望した。
 80日で一巡する計算なので一巡した後は8日間の休憩日が設けられている。

 補佐官という間近の立場だからこそ、関羽は高順の体調の変化には敏感だ。
 補佐官になってすぐ、高順はげっそりとした体で幽鬼のように仕事をこなしていることを目撃する。
 高順に事情を聞いてみれば件の夜のお仕事を聞かされ、関羽は非難するよりも、高順を可哀想だと思ってしまった。
 止めようとした関羽であったが、高順は女兵士が子供を孕むことの問題点と兵の補充が効かないという問題点を挙げた。

 賈詡がいれば問題ないのでは、と関羽は問いかけたが、高順は袁家のお墨付きがあったおかげで集めることができた、と返した。
 ついでに高順は彼女なら問題ない、とこのとき自身が両性具有であることを打ち明けているが、そんなことよりも関羽にとっては高順の体調が心配であった。
 そんなこんなで関羽は渋々ながら承諾したものの、せめて滋養のあるものを、と料理に精を出していたりする。

「初めは何だかよくわからない、勘違いの産物が出てきたけど……今じゃもう、立派に台所番もできるようになって……」
「さすがの私も、今ではどうやったらあのような料理を作れるのか……不思議でなりません」
「賈詡が毒として使おうかと本気で考えてたわよ」
「あははは……」

 笑って誤魔化す関羽。

「まあ、今は休憩日だし……しばらくはのんびりしたいわ」
「明日は調練ですね。腕が鳴ります」

 弾んだ声の関羽。
 彼女は部屋で仕事をすることもできるが、どちらかといえば外で存分に得物を振るう方が得意であった。

「戦闘は戦争の華ではあるけど、戦争は……」
「戦争は始める前から終わり方を考えなければいけない……耳にタコができましたよ」

 そう言い、肩を竦める関羽。

「賈詡の勉強はきついでしょ?」
「正直に言えばきついです。ですが、今まで自分の知らなかったことが分かるというのは楽しくもあります。特に兵法関連は目から鱗といいますか……」

 なるほど、と頷きつつ、高順は呟く。

「私も休憩日は賈詡に勉強教えてもらおうかな。うちは少数精鋭にならざるを得ないから、文武両道の者が1人でも多く欲しいと思う」
「彩様は既に十分かと思いますが……」
「そう思っていると足元を掬われるってことがよくあるのよ。事実、私は見抜けなかったり、先を見ることができなかったことも多いしね」

 陳留での妊娠騒ぎや、波才らのことがその最たるものであった。
 関羽は高順の言葉をどうやら謙遜として受け取ったらしく、感心した顔だ。

「まあ、あれよ。賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ……私は欲張りな上に恥をかきたくないから、歴史から学び、他人の経験からも学ばないといけない」

 その言葉に関羽はますます尊敬してます、という視線を高順に向ける。

「……私は尊敬されるような人間じゃないわよ?」

 素直に高順はそう問いかける。

「いえ、実に良いお言葉です。他にも何かこう、目標といいますか、信念といいますか……そういったものは……?」

 目を輝かせる関羽。
 彼女は将来大成するのであって、今はただ正義感の強い少女でしかない。
 まだ彼女は14歳だという。

「そうね……政を行う人物は自分の信じた民の利益の為にあらゆる手段を使わなければならないと思う。言葉で穏便に済めば良いけど、既得権益者の抵抗にあってより多くの民の利益が阻害されてしまうことは本末転倒。ならばその既得権益者の排除には汚い手を使ってもやらなければならない」

 うんうん、と関羽は頷き、彼女は熱心にメモを取り始めた。
 あの関羽に物を教えるという何とも奇妙な体験に高順は畏れ多さと同時に妙な興奮を覚えた。
 関羽は私が育てた――そんなことを将来、どや顔で言っても、この世界ならバチは当たらないよね……そんなことを考えてしまう。

「あと、理想と現実を混同しないこと。理想の為に邁進するのは良いことだけど、大抵の場合、理想は届かないからこそ理想。現実と理想の差をうまく埋めて、妥協しないと自分も周りも巻き込んで破滅することになる」

 そう言う高順の頭には100年と保たなかったソ連が頭にあった。
 地上の楽園とされた彼の国やその衛星国は経済の悪化に苦しみ、最終的にはほとんどの国家で共産党政権が倒れてしまう。
 勿論、高順はこの国を中国共産党にやるつもりはさらさらない。

 高順の言葉を書き留め、関羽はもっともっとと視線でねだる。

「現実を否定したり、自分がこうだからきっと相手もこうするだろう……という希望的観測に基づかないで、厳密な根拠に基づいて行動することが大切ね。またそれでいて柔軟な思考も大事よ。物事を多くの面から見ることね」
「それについては賈詡殿も仰られておりました。しかし……まさに目から鱗です」

 感動したのか、体を僅かに震わせる関羽。
 とはいえ、高順からすれば当たり前のことを言葉にしただけに過ぎない。

「偉そうに言ったけど、それらは書物を読めばわかることよ。私には自分だけのものにまで昇華したものがない。ほとんど書物の受け売りよ。私のしたことは得意顔で知識をひけらかしただけ」

 その言葉に関羽は首を傾げる。

「それなら教師は皆、そうなのではないですか? 大半の者は書物の受け売りで、また自分の知識をひけらかす……」
「……そう言われると困るなぁ」

 高順は頭をかく。
 そういう意味で言ったのではないが、どうも関羽の誤解を解くには至らなかったようだ。
 高順の意図を悟ったのか、関羽が口を開く。

「彩様の仰られたことは私にとっては不愉快でも何でもありません。ましてや、今ここにおらぬ部外者があなたの言葉に文句を言う心配をしているのでしたら、その部外者は全くのお門違いです。あなたは部外者に言ったのではなく、私に言ったのですから」


 毅然とした関羽に高順は苦笑してしまう。

「一番上の者は発言一つするにも断りを入れたり、前置きをしたり、理由を説明したりしないといけないのよ。でも、さっきのはいらない言葉だった。忘れて頂戴」

 その高順の言葉に関羽が頷いた直後、扉が叩かれた。

「物流の大革命だわ!」

 入ってきたのは賈詡だった。
 彼女は興奮気味に高順へと詰め寄り、がしっと彼女の両肩を掴む。

「彩、あんたは最高の荷車を教えてくれた!」

 がくがくがく、と揺らす賈詡。
 彼女がここまで興奮するのも珍しい。
 長い付き合いの高順ならともかく、こんな賈詡を初めて見る関羽は唖然としている。
 しかし、このままでは高順が大変なことになってしまいかねないので、慌てて賈詡を後ろから羽交い絞めとする。

 それからお茶を飲ませ、どうにか賈詡を落ち着かせることに成功した。


「で?」
「ああ、うん。リヤカーできた。アレ凄いわ。張勲どころか作った職人達も、使わせてみた農民も吃驚してる」
「そうでしょうそうでしょう。何しろ、祖国が世界に誇る人力車だもの」

 たかがリヤカーと侮るなかれ。
 これは21世紀の自衛隊でも使われている程の代物だ。
 燃料要らずで悪路に耐え、構造も簡単なことから故障も少ない……世界最強の人力輸送車なのである。
 リヤカーは日本で大正時代に従来の大八車からヒントを得て発明されたもので、この時代でも十分に再現可能であり、かつ極めて有用なものであった。

 関羽は高順の祖国という言葉に首を傾げるものの、他人の過去は詮索するべからず、と聞かなかったことにした。

「ただ、車輪はさすがに木製よ。あんたが言ってた……ゴム? だっけ? アレはさっぱり」
「あれは南蛮に行かないと原材料が入手できないからしょうがないわ」
「そう。ま、いいわ。今でも十分使えるし。予定通りに袁紹とかの目につかないように少量だけ生産するわ」
「そうして頂戴」
「ああ、あと、鉄製の円匙もできてたわよ? 掘ってよし、殴ってよしですって張勲が笑いながら言ってた」

 賈詡の言葉に満足気に頷く高順。
 軍隊といえば円匙……いわゆるショベルである。
 張勲が言ったように掘ってよし、殴ってよしの道具だ。

「あの、よろしいですか?」

 関羽がおずおずと声を掛ける。

「何か用?」
「リヤカーとは如何なる代物ですか?」
「簡単に言えば馬車の人力版よ。1人で大量の荷物を運ぶことができるわ。勿論、馬に引かせることもできる」

 賈詡の説明に関羽は感心してしまう。
 聡明な彼女はそのリヤカーが庶民達の間で馬車に代わる輸送手段となることが容易にわかった。
 また、関羽はあることに気がついた。
 重い物を載せ、人力で容易に移動させることができる……そこにあるものを載せれば戦場で有効な兵器となりえないか、と。

「そのリヤカーに弩を載せるというのはどうでしょうか?」

 その言葉に高順と賈詡は顔を見合わせる。
 関羽の言ったことは予定にあったからだ。

「愛紗、あんた今、月給3000銭だったっけ?」
「あ、はい」
「今月から4000ね」
「は……え?」

 ポカンとしてしまう関羽。

「リヤカーと弩を組み合わせるという発想をしたのは彩を除けばあんたが最初よ。これからもそういうことはどんどん言いなさい」

 賈詡は余程機嫌がいいのか、笑みを浮かべ、何度も頷き、部屋を出ていった。

「えーっと……?」

 困惑した顔の関羽は視線を高順へと向ける。
 向けられた方はにかっと笑ってみせる。

「柔軟な発想というのは大事よ。伝統とかもいいんだけど、それだけじゃ駄目」
「はぁ……」

 それがどうして急な給与増加に繋がるのか分からないが、もらえるものはもらっておこう……そう思った関羽だった。






「こんなんウチの柄やないー!」

 うがー、と喚いているのは張遼。
 そんな彼女に困った顔をしているのは董卓。

「あの、霞さん。もう任命されて結構経つんですから……」
「せやけどな、月。ウチが軍事の総責任者やで? ええか、一部隊の長やなくて全部隊の総大将やで? ウチは少数の兵隊従えて華々しく戦場を駆けたいんや!」

 うわー、と頭を抱いて机に突っ伏す張遼。
 彼女の傍には書類の山。

 董卓からすれば事務仕事が嫌でそう言っているようにも見える。

 高順がいつも前線に出るとは限らない。
 たとえば少数の賊退治などでは一々全軍出陣なんぞしていては財政が保たないし、他にも多方向から敵が攻め寄せてきた場合に軍を2つに分けなければいけないなどといった事態に対応する為、高順は軍事部門の総責任者を張遼に任命した。
 高順が出るとき以外は張遼が軍権を全て握っており、張遼の命令に従わねばならない。
 馬騰や華雄などの張遼よりもベテランであったり、また張遼よりも有名であったりする者も例外ではなく、このことについては高順は全員に徹底させてあった。
 更に張遼が倒れた場合の次席指揮官も定められており、明確な指揮系統が定められており、大将が討たれても戦闘が継続できるよう理論的にはなっていた。
 
 そして、その次席指揮官が董卓であると同時に彼女は張遼の副官であり、また事務仕事のお手伝いであった。

「でも、彩ちゃんは霞さんを信じてそうしたんですから……」
「まぁ……嬉しくないといえば嘘んなるけどな。でもなぁ、やっぱりなぁ……」

 顔を上げて複雑な表情となる張遼。
 董卓としても、彼女の気持ちは何となく分かるので何とも言えない。

「霞さん、彩ちゃんから聞いたんですけど……彩ちゃんは何でも電撃戦? という戦のやり方をしたいそうですよ?」
「あー、ウチも聞いとるで? 何でも、騎兵と馬車で素早い部隊を幾つか編成して、敵の砦とかは全部無視して敵の本拠地を一気に突いたり、敵軍を包囲したりっちゅうやり方やろ?」
「はい、それです。彩ちゃんは霞さんは神速だからきっとやってくれるって言ってましたよ?」

 ぴくり、と張遼の耳が僅かに動いた。

「神速……やと?」
「はい、神速です。霞さんの偃月刀捌きは勿論、操る馬の速さはまさに神速と……」

 にっこり笑顔でそう言う董卓。
 勿論、高順本人は言ってはいないが、董卓は事後承諾で言ったことにしてもらうつもりである。

「そーかそーか……神速か……」

 にへら、とだらしなく笑う張遼。

「電撃戦の具体的なやり方について研究したり、軍事の総責任者として辣腕を振るえば……霞さんの神速という異名も漢の隅々どころか遥か西方まで響きますよ?」

 ダメ押しとばかりに董卓は告げた。
 すると張遼は急に真面目な顔になり、董卓の両肩をガシっと掴んだ。

「月、さぁ仕事やで? ウチの副官としてあんたも気張り!」
「はい、頑張りましょう」

 なぜ、張遼に董卓をつけたのか、高順の意図がよく分かる構図であった。








 旧交易地の一角に設けられた舞台では昼の公演が終わろうとしていた。

「みんなーありがとー!」
「みんなー生きて帰ってきてー!」
「……頑張って」

 張三姉妹の言葉に観客達は笑顔で手を振り、答える。
 彼らは輜重隊として南皮からここへやってきて、これから戦場へ赴く者達だ。

 張三姉妹は当初は高順の兵士や文官見習い達向けに公演していたが、賈詡の提案により、彼女達は南皮からやってくる、あるいは戦場から戻ってきた輜重隊向けの公演も行い始めた。
 売れない旅芸人であった彼女達だったが、その歌や楽器演奏の腕は確かなものであった。
 故に、しかるべき舞台を与えられた彼女達は存分にその才を発揮したのは当然といえば当然だ。
 なお、輜重隊向けの公演は勿論、高順の兵士や文官見習い向けの公演も全て無料であり、代金は一切取っていない。
 張三姉妹はあくまで歌を歌いたいだけであり、金儲けしようとは思っていなかったことと、高順が彼女達に給料を支払うという形を取った為に実現した。
 日本の芸能界の汚さを雑誌や新聞などのスキャンダル記事から知っていた高順としては彼女達の純粋さは目から鱗であり、彼女達にちょっかいを出そうとする任侠などではないただのゴロツキ連中から全力で護ることを決心させていた。




「ふぅ、今日もいっぱい歌ったねー」

 楽屋に帰ってきた張角は手ぬぐいで汗を拭きつつ、そう言った。

「あの人達、死なないといいなぁ……」

 そう言いつつ、張宝は竹でできた水筒を取り出し、水をがぶ飲みする。

「烏丸は強敵だけど、輜重隊が襲われるという話は聞かない。大丈夫」

 姉の心配を打ち消すように張梁が告げる。

「そっか……それなら大丈夫だよね」

 ほっとした顔の張梁。

「……私達、たくさんのお客さんの前で歌ってるね」

 ぽつりと張角が呟いた。

「彩はちゃんと私達の約束叶えてくれてるよね。警備も何だか凄いし……」
「一時はどうなることかと思ったけど……」

 張宝に続いて張梁が言った。
 彼女は当時のゴタゴタを思ってのことだろう。

「人和ちゃんは心配性なんだからー」

 笑顔でそう言う張角。

「姉さんが呑気なのよ」

 さらりとそう返す張梁。

「お姉ちゃんとしてはこのまま彩ちゃんにくっついていこうと思うんだけど……どうかな?」
「賛成。てか、三食出て、給料も月に1人2000銭も出てるんだから、ここを出ていくなんて嫌よ」
「異論はないわ。他所へ行くより安全だし、支持者も順調に増えていると思う」

 張角の問いに張宝も張梁も賛同する。
 張梁の言う支持者は現代風に言うならファンのことだ。
 勿論、熱狂的な信者というわけでもなく、極々普通のファンである。

 驚くべきことに、高順は張三姉妹の純粋な願いの為にグッズ販売なども一切行なっていない。
 賈詡や陳宮は財源の一つとして行うべきだと主張したものの、下手に利権をつくると張三姉妹が振り回されると反論し、断固として譲らなかった。
 この一件はグッズに関して問い合わせてきた多くのファンを中心に口コミで広まっていった。
 歌姫達の純粋な願いを穢さない、という高順の行動は事の次第を聞いた文化人達に好意的に受け止められ、ほんの僅かだが高順に対する印象が良いものへと変わっていたりする。

「話は変わるけど新曲はこんなご時世だから物静かなものよりも、元気が出るものにしようと思うんだ。どうかな?」

 張角の問いに2人は頷く。

「夢があって、それで綺麗な感じがいい!」

 張宝の言葉に続くように張梁が言う。

「綺麗な感じなら……蝶を入れればいいと思われる。今はまだ蛹でも、綺麗な蝶となるように……」
「じゃあ新曲はそれで!」

 張角がそう纏めたが、ぽつりと張宝が呟く。

「……何年掛かるかしら、できるまで」
「前は2年掛かった。今は公演もしなくちゃいけないから、もっと掛かると思われる」
「ま、のんびりやっていこー」

 張角が持ち前の呑気さでそう言ったのだった。

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