水増し請求と赤子問題

 袁紹にうまいこと一杯食わされた賈詡であったが、彼女は再び備蓄物資や馬車をかき集め始めた。
 なぜまた同じことを、と袁紹も田豊も沮授もこれには首を傾げた。
 また同じように物資や馬車を接収すれば良い。
 確かに袁家の金ではあるが、労せずして大量の物資を手に入れることができる、というのは魅力的であった。

 だが、賈詡は既に次の一手を打っていた。
 馬車作りに参加している職人達を彼女は家族ごと買い取った。
 勿論、彼らは奴隷ではないからその表現は正確ではないのだが、そうとしか言い様がない。
 賈詡は袁家の代理として雇うのではなく、彼女個人が雇うという形で彼らを雇い、更に自分がこの街を出たら支度金などを払うのでついてくるように、と彼らに約束させたのだ。
 職人達のほとんどは農家の三男や四男などの先祖代々の土地を継ぐことができず、かつ、農業が嫌になった連中だ。
 彼らとしてもしっかり金を払ってくれるなら、と賈詡の提案にのった。

 賈詡は変わらずに彼らを使い、袁家の金で馬車の製作を行った。
 同じように彼女は物資の集積も行った。
 ただし、物資の集積に関しては賈詡が全てやるのではなく、董卓、張遼、張勲の3人を交代制にし、一定量集めたら次の者へ、という風にした。
 無論、張勲が物資を集める場合、馬車製作の監督は賈詡が代行する。

 どうせ全て取られるのなら、補給物資集積に関する実習、馬車の製作実習と割りきって経験を積ませ、さらに効率的な手引書……いわゆるマニュアルの作成を賈詡は始めた。
 この辺は高順の指示など無しに全て賈詡が独断で決めていた。
 ある程度物資や馬車が集まったならば、彼女は袁紹の下を訪れ、全て集めたものを袁家に引き渡した。

 賈詡の行動が読めない袁紹らは首を傾げるしかなかった。
 まさか自分達の金で経験値稼ぎをしているだけなど、到底考えつかなかった。
 その一方で張勲はコソコソと水増し請求し、少しずつ袁家から金をむしり取っていく。

 そのようなことを賈詡は繰り返しつつ、袁紹に提案する。
 沿岸部や黄河を利用し、迅速にかつ大規模に物資輸送の為に船をもっと増やすべきだ、と。

 南皮は黄河に近い。
 それ故に袁家も当然、水軍を持っているが、水軍自体の規模は大きくはない。
 袁紹は田豊や沮授らにどうすべきか意見を求め、田豊らの軍師達は三日三晩議論を重ねた。
 そして彼女らは袁紹に告げた。

 「賈詡に任せ、全てやらせた上で接収するのが良い」と。

 袁紹はすぐさまその決定を賈詡に伝え、必要な権限と資金を与えた。


 それが賈詡の罠だとも気づかずに。







 トンテンカントンテンカン

 そんな槌音が木霊する。

 ドック……というような上等なものは未だ存在しない。
 造船所というようなものは存在するにはするが、それでも規模はかなり小さい。
 楼船などの大型船を造ろうと思えばそれこそ、太守直轄の大規模な造船所でなければ建造できない程に。

 賈詡は今、袁家の船舶調達官として動いていた。

 竜骨という概念がない、いわゆるジャンク船と呼ばれる船を大量に安く調達すること……それが袁家の調達官としての賈詡の仕事。
 だが、裏の仕事は高順の纏めた書にあった竜骨のある本格的な外洋航海船の建造の為に職人を調達することであった。




 賈詡は知っている。
 この大陸だけが世界の全てではなく、海の向こうにも大陸があることを。
 1000年以上先の世界ではその大海洋を股にかけ、列強諸国が今の時代では到底考えられない戦備でもって、大戦争を引き起こすことを。

 そして、その未来でこの大陸は列強の食い物とされていることも。

 早急にこの大陸を統一し、内政に努めつつ、従来の水軍――沿岸海軍ではなく、外洋海軍を整えねばならない……そう彼女は考えていた。





「あんたが袁家から派遣されてきた人か?」

 禿頭を手でかきつつ、半裸に手ぬぐいを首に巻いただけの壮年の男が賈詡に声を掛けてきた。

「そうよ。ところで、この造船所は袁家お抱えではないと聞いたのだけど?」

 問いに男は頷く。

「袁家の連中は確かに金払いはいいが、その分、無理を言ってくることも多いんでな。前来た奴は金は幾らでも払うから1ヶ月で200隻造れと言ってきた」

 賈詡もさすがにそれは無理だろう、と内心ツッコミを入れた。
 それだけ造ろうとすれば職人そのものを大幅増員し、かつ、造船所も大きく拡張せねばならない。
 そして、無理にそうすれば事故が多発し、到底マトモに仕事できなくなるだろう。

「ところで、私が聞いた限りではあなたをはじめとしたこの造船所にいる職人達の腕はここらで一番良い、と聞いたのだけど?」
「おうとも。数は造れんが、1隻1隻丁寧に仕上げる……それが俺達のやり方だ」
「じゃあ、袁家の調達官としてではなく、私個人としてお願いしたい」

 その言葉にこの造船所の親方である男は首を傾げる。

「お金は払う。あなた方の家族の生活も保障する。だから、私個人に雇われてくれないかしら?」

 親方は怪訝な視線を賈詡に向ける。
 彼は彼女の真意を図りかねていた。
 そんな彼の心を大きく動かすべく、賈詡は告げる。

「このちっぽけな大陸よりも、もっと外へ、大海原の向こうへ、荒波を超えて行ける船を造ってほしい」

 不敵な笑みを浮かべ、そう言う賈詡に親方は息を飲んだ。
 海を超える船……というのはこの時代の造船職人にとっては夢でもある。
 竜骨のない既存の船では沖に行けば行く程に不安定となり、やがて波に耐え切れずに自壊してしまう。

「……あんたは誰の味方だ?」

 目を細め、見透かすように親方は問いかける。

「私の主は将来的に天下を取る。袁家をも倒して」

 自信満々に胸を張り、賈詡は言い切った。
 その様は到底虚勢には見えない。

「その主ってのは……そうするだけの輩か?」
「言うまでもないわ」

 親方はじっと賈詡の目を見……そして、ふむ、と顎に手をあてた。

「俺が言うのも何だが、ウチは腕の良い奴が多い」
「あなた方のような職人は国にとって無くてはならない存在。言い値で払うわ」

 気風の良さに親方は感心してしまう。
 その様を見てとった賈詡はもう一押し、と頭を深々と下げ、大きな声で言った。

「お願いします!」

 その様に親方は頭をガシガシとかきつつ、告げる。

「わかった。後で必要な代金については後日伝える」
「ありがとうございます!」

 頭を下げたまま、賈詡はそう言ったのだった。
 その後、彼女はおまけであった袁家の依頼として船の発注も行った。
 勿論、無茶な要求ではなく、親方と相談した上で造れる最大の数を。





 賈詡は他の、袁家のお抱えではない造船所へと掛け合い、言い値で払う、として彼女個人が雇用していく。
 彼女は確かに言い値で払うと言ったが、彼女が出す金ではない。
 袁家の水軍増強費用としてキッチリ水増し請求するつもりであった。
 幸いなことに、袁紹をはじめ、袁家の多くの者は水軍に関しては疎い。
 どれだけ金が掛かっても、そういうものだ、としてしまえば金を払うだろう。

 無論、賈詡には余計なことをさせないように監視役として少数の細作が見張っていたが、護衛として連れてきていた張遼が見つけ出し、董卓の練習相手として処理されてしまった。
 客将を信じられずに細作を監視につけるような小心者――そんな評判を広められては堪らないので、袁紹らは細作を消されても文句は言えなかった。
 他の名のある武官や文官を監視役につければよかったのだが、そのときはそのときで賈詡は不幸な事故に遭ってもらうつもりだった。

 なお、今回、初めて人を殺した董卓であったが、独特の感触に若干顔を顰めた程度。
 彼女は確かに心優しいが、それでもこの生き馬の目を抜く峻烈な時代の人間であった。
 そして、残念ながら人間は人間を殺したとき、小説や映画にあるような重大な罪悪感を抱くということはない。
 殺した相手の家族がどうとか、そういうのは戦場での一時的な感傷に過ぎない。

 戦争神経症というのがあるが、アレはあくまで戦場という過酷な環境下において兵士が被る精神的消耗であり、人を殺したことへの罪悪感というものではない。
 人間がもし、人を殺すことでそのような重大な罪悪感を抱けるというのならば、人類は争いのない平和な世界を築けるだろう。


 閑話休題――


 賈詡は多くの造船所に話をつけると、南皮へと戻り、田豊へと水軍増強に関する要求書と銘打って膨大な枚数の書類を叩きつけた。

 そして、その要求予算は1000万銭以上。
 さすがにこれは、と袁紹は賈詡を問い詰めつつ、賈詡が行ったと思われる造船所へ使者をやり、彼女が水増ししていないか確認した。

 しかし、ここが賈詡のズルいところであり、彼女が揃えようとした船舶数が4年間で2000隻という馬鹿げた数。
 大量受注を受けた各造船所の親方達は対応する為に造船所の拡張や新規職人の雇用、昼夜兼行の突貫工事を行う為の諸費用などで金が多く掛かる、と答えた。
 勿論、その造船所の親方には1隻1隻丁寧に仕上げると言ったあの親方も含まれている。
 一気に職人の増員は無理があるが、少しずつ増員するなら何ら問題はないのだ。

 派遣された使者達の報告を聞き、袁紹は田豊らと相談した上で、賈詡の要求を受け入れることにした。


 しかし……袁紹らは少しだけ詰めが甘かった。

 4年間で2000隻、というのは一見とんでもない数に見えるが、1年間で500隻だ。
 つまり1年では500隻分の代金だが、賈詡は4年間分の代金を纏めて請求していた。
 そして、書類には4年間分の代金であるとは書いていない……すなわち、袁紹らは1年で1000万銭必要なのだ、と勘違いしてしまったのだ。
 その上で1年毎に500隻分の代金もしっかりと徴収する……こちらについては書類に小さく記載してある。

 また、その船舶の種類は全て小型船。
 これならば袁家領内の全ての造船所が一気に大量に建造することができ、造船所の拡張や職人の増員は最低限に抑えることができ、さらに量産効果でより安くなる。
 
 賈詡は提出した書類に船舶の種類を記載してあるが、膨大な数の書類の、ちょうど真ん中辺りのものの端っこに小さく書いてあった。
 また、造船所の職人達にもまだ伝えていないのでそこから洩れる心配はない。
 許可をもらってから伝えても、問題ないからだ。

 ともあれ、袁紹らは船舶の隻数の多さに目を奪われてしまった。

 袁紹は賈詡に全て任せ、その上に造船所と話をつけてあるという状況で却下することは袁家の信用上の問題からできなかった。
 また、こういった事態が予想できなかった、というわけではない。
 だが、どんなことをされても結局は自分達の軍備が整うだけ、とタカをくくっていた袁紹らにしてみれば、まさに衝撃であった。
 やり過ぎである、と賈詡を問い詰めたものの、真っ向からぶつかっては袁紹らに勝ち目はない。
 次々と彼女らは論破されてしまった。

 衝撃的な情報を叩きつけて相手の目を晦ませ、さりげなく肝心なところを隠す……使い古された手だが、故に信頼に足る有効な手であった。
 そして、これにより賈詡は膨大な金を秘密裏にせしめることに成功したが、横領ではなく、やり過ぎを危険視した袁紹から彼女は主要な政務から遠ざけられたのだった。
 そう、彼女らは賈詡の横領に気づけなかった。
 









 賈詡が苦労している間、高順は高順で賈詡程ではないが苦労していた。
 彼女は私兵の調練に勤しみつつ、曹操から詩や楽器、料理を習い、夏侯惇と競い合う……そういった生活をあのことが発覚するまではしていた。
 
 なお、平穏であったときに、賈詡からの手紙が来、袁紹は油断ならない相手と書かれ、領地を得ても何だかんだと理由をつけて援助してくれないだろう、とも書いてあった。
 しかし手紙の最後に予想される妨害への全ての対処法は既にある、とあった。

 絶大な信頼を置いているからこそ、高順は賈詡に「全て任せる。失敗しても構わない」と返事をしていた。

 そして、高順の平穏な暮らしをぶち壊した問題により、平穏な生活は一変した。



 
 私兵達の間で体調不良を訴える者が40人程現れたのだ。
 何事かと高順が医者に見せたところ、その症状から全員が妊娠していることが分かった。
 波才や張曼成が妊娠していなかったのは幸いだ。
 
 ここで問題となったのはその兵達だ。
 彼女らはきついが給金の良さから、妊娠で、あるいは子育ての為に休んだり兵士を辞めることを望まなかった。

 故に彼女らはこれまでと同じように――山賊であったときと同じようにした。
 産んだら子供を殺す、と。
 母親である彼女らが面倒を見ようにも、彼女らは兵士。
 それも高順の出自上、兵士の補充が効かないことが容易く想像できるが故に、できれば兵士でいてもらいたいという事情もある。
 困ったときの軍師頼み、と高順は賈詡に手紙で相談し、曹操や馬騰らに意見を求めるも、皆から返ってきた答えは同じ。

 養う余裕が無いなら殺せ、であった。
 
 養子に出そうにも、曰くつきの子供であり、貧しい者が多い今の世の中で好き好んでそんな子供を自分の子供のように育てる者はまずいない。
 そして、この時代、出産時の母親の死亡率は極めて高い。
 下手なことをすれば母子共に死亡という最悪な結果になりかねない。

 しかし、高順はそれでも抵抗があった。
 何万もの人を殺しておいて云々、とそういった的外れなことを言う連中はさすがにいない。
 自分についてくる者の為に、高順は最大限の便宜を図る義務がある。

 遊びでやったこととはいえ、自分の子供を殺すことに抵抗がない母親はあまりいない、という高順の考え。
 あまり、という接頭語がつくのは現代日本で子供への虐待や中絶の増加などそういったことをニュースで目にしていたからだ。

 また、託児所を創設しようにも、高順らは未だ根無し草であり、陳留はあくまで仮の宿。
 南皮へ行ったとしても同じ事……そもそもその道中が船に乗るとはいえ、妊婦にはきつい。
 故に、曹操に託児所について提案した。
 彼女はその有用性を認めつつも、今の財政状況からその余裕はない、とハッキリ言った。


 そして結論が出ないままに、時間は過ぎ去っていった。








「はぁ……」

 高順は溜息を吐いていた。
 月が忌々しいくらいに明るく彼女を照らしている。

 夜の城は静まり返っており、静寂に包まれている。
 そのような中、彼女は中庭にある石でできた共用椅子――いわゆるベンチに腰掛けていた。

 

 兵士達の妊娠を知り、早1ヶ月。
 妊婦となった兵士達には最低限の訓練を与え、給金を僅かに減らすことで当面は誤魔化すことにした。
 幸いなことは産まれるまで数ヶ月以上の間があることだ。
 高順はどこかに抜け道が無いか、と様々な者と相談し、賈詡だけでなく、董卓や張遼、張勲にも手紙を送り、自身も知恵を振り絞ってみたが、解決策は出なかった。

 1番いいのはどこかの土地でそれなりの地位となるか、それとも開墾して村でも作ってそこに託児所を設けることだが……そんな簡単に上手くいくわけがない。
 身内である羌族を頼ろうにも、ここから涼州までは遠く、あちこちを放浪している羌族を探しているうちに産気づく可能性は高い。


「邪魔するぞ」

 そんな声と共に横にどかっと腰を下ろしたのは馬騰。
 長い茶色の髪がゆらゆらと揺れている。

「……私は間違っているの?」

 高順は思わず問いかけた。
 馬騰が自分を説得する為にやってきたことは容易に予想がつく。
 他の面々でないことは馬騰が唯一の子持ちであり、かつ酸いも甘いも経験した大人であったからだ。

「間違っちゃいないさ。赤子を殺したくないって気持ちは誰も文句を言えない」

 だがな、と彼女は続ける。

「連中は遊び半分でやったんだ。子供ができるのを承知で。そして、できたら殺す……つまり、それは予定のうちだったんだろう」
「それが悪い、と私には言えない。私自身も華雄とそういう関係にあるの」
「知ってた。お前と華雄がただの友人というには無理があるしな。ああ、知ってるのは私と蒲公英くらいだから安心しろよ」

 高順は一応の秘密を明かしたが、既に知られていたことに驚きはない。

「こう言っちゃ何だが、お前と華雄は女同士だから子供はできんだろう?」

 そう告げる馬騰に高順は僅かに視線を逸らす。
 その反応にまさか、と馬騰は目を見開く。

「……お前、男だったのか?」
「正確には両性具有だったり……」

 自身の大きな秘密の一つを高順は明かした。
 馬騰ならば裏切らないだろう、とそういう判断が働いている。

 予想外の返事に馬騰は絶句。
 彼女とて両性具有の者がどれだけ貴重かは知っている。

 そして、ああ、と理解した。
 だから彼女は危ない橋を渡れるのか、と。

 故に気づいてしまった。
 いざとなれば……そう、いざとなれば自分達を捨てて身一つで権力者の庇護を受けることができる、と。

 しかし、そんな馬騰の心を見透かしたかのように、高順は告げる。

「私は曹操と賭けをした。どちらかが負けたら、その命も含め、全て勝者に渡す、と」

 そこで切り、高順は馬騰の瞳をまっすぐに見る。

「全ての中にはあなた達も含まれている。武人の誇りとか死ぬことが名誉とかそういったことを私は好まない。生きていてこそ、何でもできる。そして、曹操はおそらく捕虜にしても自らに仕えれば殺しはしないでしょう」

 もっとも、と高順は獰猛な笑みを浮かべる。

「私は戦で負けるつもりは毛頭ない。敵の陣は必ず落とす」

 そう言い切った。
 孫堅と並び、戦上手と謳われるあの馬騰に、年端もいかない、実績は1つしかない小娘が。

 そして、高順は更に言葉を続ける。

「で、話を戻すけども」
「……そういえば赤ん坊の話だったな。で、彼女は孕んだのか?」
「孕んでない。赤子ができないように、私にしか効かないおまじないがあってね」
「そうか……まあ、お前もそれなりの地位についたら跡継ぎが必要だから、そのときまではそうしてもらってだ」

 うん、と高順は頷く。
 それを見、馬騰は言葉を続ける。

「気持ち良いから、そういったことをするのは責められることじゃない。責任が云々と言えるのはそれだけの財力がある奴と性欲が無い聖人くらいだ。私だって若い頃は色々と……まあ、やることはやったしな……」
「燦はどう見ても20歳いっているようには見えないわ」
「こう見えても28だぞ。翠は私が15、6の時に産んだ」
「色々な意味で若すぎる……」

 高順には高校生にしか見えなかった。
 
「ともかく」

 ごほん、と咳払い一つ、話題を元に戻す馬騰。

「殺すのは皆やってることだから、と言うつもりは無い。だがな彩。あれもこれも、と欲張ってどうにもいかなくなっては本末転倒だ。お前はこの大陸全ての人間に笑顔をもたらしたい、とそういう目的だったのか?」

 問いに高順は首を横に振る。
 彼女の目的は民に幸福を、というものではない。
 未来を変え、英雄として歴史に名を残す為だ。
 民が幸福になる、というのはあくまでそれらの副産物でしかない。

「ならば背負え。お前は血に塗れた玉座に座りたいと願ったのだ。その程度、背負ってみせろ」

 その言葉に高順は真剣な表情で重々しく頷いた。
 それを確認した馬騰はにかっと笑い、ついで高順の頭を乱暴に撫でる。
 髪が乱れることに慌てる高順に馬騰は冗談交じりに言ってみた。

「ある程度、勢力基盤ができたら私も孕ませてくれ。翠だけでは不安で……蒲公英が私の実娘だったら良かったんだがな……」

 高順はその言葉にこくこくと何度も頷いたのだった。



 それから自室に戻った高順はふぅ、と溜息を吐きつつ、そういえば、と賈詡から別れるときにもらった手紙を思い出す。
 マズい状況に陥ったら開けろ、とそういう言葉と共に送られたその手紙を高順は背嚢から取り出す。
 
 机の上に広げ、高順は感動の余り身を震わせる。
 手紙には高順が1人ではない、ということが書かれ、いつでも自分――賈詡――を頼れ、とそう書いてあった。
 そのとき、ふと高順は思い出した。
 賈詡から送られてきた最新の報告では多くの職人達を召抱えることに成功したと。

「……職人達に預ければいいんじゃね? 金払えばしっかりやってくれる筈」

 ある意味、名案であった。
 産まれてから、職人達に引き取りに来てもらうなり何なりすれば良い。
 勿論、土地を得るまでの期間限定で。

 早速高順は今しがた別れた馬騰と相談すべく、部屋を駆け足で出ていったのだった。





 明けて翌日。
 高順は皆を集め、赤子の問題への解決策と共に波才らに男との性行為の禁止を宣言した。
 更に彼女は波才や張曼成に満足できない者がいるならば、自分のところへ来るようにと伝言を頼む。
 さすがにおおっぴらに両性具有である、と宣言するのは危険だ。
 勿論、兵士達から洩れるということも考えるが、自己宣言しない限りはただの噂として処理できる……そう高順は考えた。
 そして、高順の解決策は一応、受け入れられた。
 しかし、解決できない問題もまたあった。

 それは赤ん坊が道中で病に罹る可能性だ。
 こればかりは如何に金を払っていようと、この時代では対処が困難なことであった。
 赤ん坊が旅の途中で病気に罹れば、ほとんどの場合、死に至る。
 ある程度成長してから引取りにきてもらう、という手もあるが、いつまでも陳留にいるわけにもいかない。

 また、妊娠した兵士達にこの決定は伝えられ、喜ぶ……かと思いきや、その反応はあまり芳しくはなかった。
 馬騰が言っていたように、彼女達はあくまで遊びで性交したのであって、子供を持とうとは考えていなかったのだ。
 子供を殺すことに罪悪感はそれなりにあるが、逆に言えばそれだけであった。
 子供はいつでもできるものである、という認識であり、貞操観念は極めて低い……そのことは彼女であっても、さすがに予想外であった。
 羌族などの異民族だけが特別というわけではなかったのだ。
  

 今まで山賊稼業をやっていて、男と性交した経験は200人のうち、ほとんど全員があるだろう。
 だが、高順が彼女らを配下としたとき、誰も子連れではなかった。
 山賊をしていたときならば、子を殺すことが嫌ならば根城に数人の者を置いて、育児をさせておけば問題はなかったにも関わらず、だ。
 食糧が足りないから、という線も薄い。
 そんなに稼げない山賊団ならば200人も人が集まるわけがない。
 とはいえ、致し方ない面もある。
 これらのことは庶民達の間でも同じであり、それはひとえに娯楽の少なさであった。
 旅芸人などの公演を除けば、夜にできることといえば酒か性行為。
 読書などは読み書きもできない者が大半なので論外だ。

 また、彼女達は遊びでやったことで赤子を殺すが、庶民達の間で口減らしの為に赤子を殺すことと何ら代わりはない。

 高順は部下のことを気遣ったつもりで余計なことをしてしまった形だが、さすがにこれを予想しろというのは酷だろう。
 とはいえ、当の本人達が微妙な反応であっても、高順は初志貫徹することにしたのだった。
 いずれ、これが大きな財産となる、と信じて。  

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