はじめてのへいたい



 張角との一件と乱闘から1週間が経過した。
 高順は賊徒らしき連中が陳留内に入り込んでいることを曹操に報告。
 それを受け、彼女は厳しい予算の中、ただちに警邏の人員を増員すると共に高順達に警邏を命じた。
 これにより件の賊徒らしき連中以外の泥棒やら何やらが多く捕まえられることになるが、件の賊徒らしき連中は全く尻尾を表さなかった。

 高順はさすがに少しやり過ぎたかな、と思わないでもなかった。
 とはいえ、どう見ても命狙いに来ていた相手が悪いのも確か。

 困った彼女は未だ忙しくて閨に呼んでくれない曹操に相談してみることにした。
 無論、狙うのは彼女の食事の時間だ。
 仕事中にさすがに私事を相談するのは問題がある。



「忠誠を誓うならば、私は自分の命を狙ってきた輩だろうが受け入れるわ」

 曹操は毅然とそう告げた。
 ただ、その手にある点心の為に微妙に締まらない。
 その言葉に考えこむ高順。
 そんな彼女に曹操は何となく理由がわかった。

「その賊徒らはあなたの配下になりたいとやってきた連中なのね?」

 問いに高順は小さく頷く。
 曹操はこれみよがしに溜息を吐いてみせる。

「もったいないことを、本当にもったいないことをしたわね。言っちゃ悪いけど、異民族で、しかも官軍を倒した悪の親玉みたいなあなたの兵隊になりたい漢人は……賊とはいえ、滅多にいないわよ?」
「命を狙われたのよ? それを試したって……」
「でも、叩きのめしたんでしょう? それすらも笑って済ませる程度でなければならないわ」

 むぅ、と高順は唸る。
 そんな彼女に曹操はさらに告げる。

「私のようになれ、とは言わないわ。でも、それくらいの度量を持ちなさい。その賊徒らしき連中の件はあなたがケリをつけなさいよ」

 話は終わり、とばかりに曹操は点心の征服に取り掛かる。
 高順はその言葉が彼女なりの優しさであり、激励である、と感じた。
 故に、自然に言葉が口をついて出た。

「ありがとう、華琳」

 礼に対して曹操はそっぽを向く。
 しかし、その頬は羞恥からから僅かに朱に染まっているのを高順は見逃さなかった。








 陳留の本城から出、高順は一路、乱闘を行ったあの宿へと向かっていた。
 その場所は高順によって既に警邏隊に報告されており、高順自身も華雄らを連れ立って何度か巡回した場所であり、宿の女将や他の周辺住民に聞き込みも行っている。
 だが、特に何も発見できなかった。
 それでも、彼女は1人で赴いたならば何かがありそうな予感がした。


 果たして、それは正解であった。
 宿の前にはかつて、高順に事情を説明した女性が1人、立っていた。
 その表情は険しい。

「どこに隠れていたのかしら?」
「役人の知らないところは幾らでもあります」

 なるほど、と高順は頷き、更に問いかける。

「その顔から察するにあなた方の大将は死んだのかしらね? あの程度で私の配下になろうなんて、片腹痛い」

 思いっきり挑発しているが、高順からすれば下手に謝罪をするよりかは徹底的に怒りを煽った方が良い、とそう判断してのことだ。
 このあと、戦闘にならないとは言い切れない。

「生きております。後遺症などもなく」
「それは重畳。で、大将はどこ?」

 こちらへ、と女性は歩き出した。





 女性の案内で高順がやってきたのは穴場の宿からほど近い、掘っ立て小屋の群であった。
 空き地に勝手に建てたものらしい。

 そして、小屋の外にはこの間の乱闘をした連中が屯しており、こちらに好奇や嫌悪など色んな感情の混じった視線を送ってくる。
 その歓迎に高順は肩を竦めつつ、1つの小屋に入った。

「……随分な歓迎だこと」

 冷たい声で高順は相手をこれ以上ない程に見下しながら告げた。
 案内役の女性もこれは予想外だったらしく、可哀想な程に狼狽している。
 高順の腕は前の乱闘で十分過ぎる程に思い知っているからだ。
 機嫌を損ねてしまえば一瞬で殺されることは目に見えていた。

「仕方ねーだろ。やりたくなったんだから」

 悪びれもせずにそう言う金髪少女。
 彼女の股には1人の少女がその顔をつけており、その左右にも少女が寄り添っている。

「で、いい加減、あなたの名前を聞きたいのだけど?」
「ああ、そういや名乗ってなかったな」

 こほん、と少女は咳払い一つし、告げた。

「俺は波才だ。ついでに、そっちの長身で茶髪の奴は張曼成。俺の右腕だ」

 高順はたっぷり30秒掛けて、その名前を頭に浸透させた。
 その様子に少女――波才は何を勘違いしたのか、愉快そうに笑う。

「俺の名を聞いてそんなに驚くとは……いやいや、光栄なもんだ」
「そういうわけでもない。こちらにも色々と事情があるのよ。それで、私の兵隊になりたいそうだけど?」

 高順の問いに波才はああ、と頷く。

「山賊は気楽だが、最近はここの太守が頑張っていてな。商売が上がったりでね。で、そこに異民族で嫌われ者のあんたが現れた。ならば、そんなあんたについてやればあんたは感謝して俺達に高い金を払ってくれる……そういうことだ」

 どうだ、と言いたげな顔の波才。
 高順は心の中で曹操に問いかける。
 こう言われたらあなたはどうするか、と。
 思い描いた曹操はにっこりと笑って言った。
 そして、その答えは高順が出そうとした結論と同じでもあった。
 
 すなわち、屈服させろ、と。

「私はそういう兵隊は望んではいない。忠誠を誓ってくれるからこそ、金を支払いたくなる。そういう兵隊が欲しい」
「金くれるなら忠誠くらい誓ってやるさ」
「より多くの金を敵が支払ったら寝返る……冗談じゃないわ。そういう兵隊は前線で突撃させて、後ろから撃つに限る」
「穏やかじゃないな。俺は平和主義者だぜ。無用な戦いは御免被る」
「無用な戦いかどうかは私が決める。残念ながら、兵隊に求められるのは自分で判断して戦いの意味を見つけるとかそういうことじゃないの。上からの命令を忠実に遂行することよ」

 高順はゆっくりと腰に下げている青紅の剣を抜こうとするが、波才はそれを押し留める。

「あんたの腕は嫌って程知ってる。それは公平じゃないな」
「今はまだ山賊のあなたがそう言うのは滑稽ね」

 もっともだ、と波才は頷きつつ侍らせていた少女達を下がらせる。
 波才の裸体が露わになるが、彼女自身は気にも留めない。

「あんたは今、どうやって俺を屈服させようかと考えている。俺をどうやって這いつくばらせ、喜んで足を舐めるようにさせてやろうか……とな」
「……言っていることは正しいわね」
「で、俺は大義がどうとか、正義がどうとかそういうのじゃ、全く響かねぇぞ。もっと単純な、獣みたいなことでいい」

 そう言い、波才は自らの胸を下から包み込むように持ちあげてみせる。
 高順は容易にその意味が分かった。
 もくもくと欲望が込み上げてくる。

「少し、席を外します」

 そう言い、張曼成はそそくさと小屋の外へ出ていった。

「言っておくけど、私をそこらの女と一緒にしない方がいいわよ」

 不敵な笑みを浮かべ、高順は告げた。

「大層な自信だな。いいぜ、きなよ」

 対する波才は余裕綽々といった様子でそう返した。
 そして、高順は波才に飛びかかった。
 彼女の細く白い両腕をがっちりと掴み、その唇を強引に奪う。
 それだけにとどまらず、無理矢理口をこじ開け、舌を波才の口内に侵入させ、その内部を蹂躙する。
 波才もまたそれに応じ、高順の舌と自分の舌を絡み合わせる。

「いい……あんたいい……」

 ぷは、と自分から口を離した波才はうっとりとした顔でそう言った。
 対する高順はニヤリと笑う。

「まだまだこんなもんじゃないわ」

 そう言い、更に波才の耳元に口をつけ、囁いた。

「お前を支配してやる」





 それからしばらく小屋内に嬌声が響き渡った。






 そして1刻後――

「あー、お前ら。俺は高順様の配下となった」

 艶々とした肌で200余名の部下の前でそう宣言する波才。
 それだけならまだ良いが、彼女は高順に抱きついている。

「で、俺と一緒に高順様の配下となりたい奴は残れ。ならない奴は……どうしよう?」

 高順にそう問いかける。
 問いかけられた方は溜息一つ。

「どこへでも行くといいわ。ちなみに、私の兵隊は三食飯付き寝床付きで給金もそれなりに出すつもりだけど、調練は死ぬ程厳しいからそのつもりで」

 高順は21世紀のアメリカ海兵隊と旧日本陸軍式をミックスさせたやり方でやるつもりだ。
 気合が足りん、と上官や先任が精神注入棒という樫でできた棍棒で尻をひっ叩くのはさすがにやらせない。
 軍隊内の陰湿なイジメというのは百害あって一利なしだ。

「あの」

 恐る恐るといった感じで手を挙げるのは張曼成。
 彼女はどういう経緯で波才と高順がそうなったのかは知っているが、彼女自身としてはいまいち納得ができていなかった。
 あれだけ煽られたのだから、それも当然だ。

「私は異論はありませんが……ただ、何となく納得がいかないような」
「高順様にボコされた俺がいいって言ってるのにか?」
「いえ……色々と言われましたので……」

 じーっと高順を見つめる曼成。

「だって、あのときはまだどうなるかわからなかったもの」

 いけしゃあしゃあとそう答える高順。
 もうちょっと言い方というものはあったが、ともあれ終わったことは仕方がない。

「あなたの腕は知っています。ですが、ケジメとして……」

 前へと進み出、曼成は腰に差した剣を抜いた。
 手入れはしっかりとしているらしく、刀身に陽光が反射し煌く。

「アイツは昔……といっても、1年くらい前だが、官軍の一員だったんだ。真面目そうな性格してるが、がめつい」
「私以外の輩が金を持っているのが嫌なだけです」

 そう答える曼成に波才は笑い、高順から離れる。
 対する高順は無手で十分と判断したのか、腰にぶら下げている青紅の剣を抜かない。
 その余裕に曼成は苛立ちを覚えた。

「ここで殺してしまってもよろしいのでしょうか?」
「あなたが夏侯元譲よりも強いならできるでしょうね。それ以下なら、波才が横から奇襲しても2人纏めて瞬殺できるわ」
「俺の立場がねーんだが……」

 虚しい気持ちになる波才。
 あれだけコテンパンにされたのだから、実力差は嫌という程に分かっているが、それでもそう言われるとくるものがあった。

「いきます」

 短く告げ、曼成は高順目掛け突進。
 剣を腰だめに構え、そのまま腹へ突き刺そうとし……

「はい、ご苦労さん」

 ひょいっと横へ高順は避け、曼成の頭に拳骨一つ。
 これから配下になってくれるかもしれない輩に怪我をさせるわけにもいかないので、軽く小突く程度だ。

「うぅ……」

 悔しそうに唸る曼成。
 その様子に思わず笑い、高順は提案する。

「じゃ、受けてあげるからかかってきなさい」

 ゆっくりと青紅の剣を抜いた。
 波才の目は剣に釘付けだ。
 見た目こそ飾りなども然程ない無骨なものであるが、その刀身は今までに彼女が見たことがない程に綺麗であった。

「いきます」

 気を取り直し、再び曼成は突っ込んだ。
 彼女は攻める暇を与えるものか、と連撃を見舞う。
 しかし、高順は涼しい顔でそれら全てを剣の腹で受ける。
 下手に刃で受けようものなら、そのままスパッといってしまう可能性が高い。

 そんな高順にますます曼成は苛烈に攻める。
 上下左右、あらゆるところから刃を振るう。

 それでも高順の防御は崩せず、いたずらに曼成は体力を消耗していく。
 その様子に高順は告げる。

「曼成、あなたが満足するまで付き合うわ」

 夏侯惇と何時間も打ち合うのは伊達じゃない。
 その言葉に曼成は僅かに笑みを浮かべ、連撃をやめ、一撃一撃に力を込め始めた。

 



 そして半刻後、曼成はぐったりと地面に倒れ伏していた。
 対する高順は涼しい顔。
 彼女の体力は夏侯惇と長時間打ち合えるだけある。
 生半可な者では持久戦に持ち込まれたら到底太刀打ちできないのだ。


「これで文句ないわね?」

 高順の問いに曼成は小さく返事をする。
 それに満足気に高順は頷き、彼女は告げた。

「とりあえず、駐屯地等については後日伝えるから。2、3日はここにいなさい」




 こうして高順は初めての私兵を得た。
 そして、それから数日の間に彼女は張り切って必要な書類等を曹操に提出すると同時に華雄達を集め、兵達と顔合わせ。
 山賊上がり、ということを聞いても意外なことに華雄達は嫌な顔一つしなかった。
 「経験がある分やりやすい。よく配下にしたな」と馬騰から褒められる始末。
 そんな中、曹操は約束通りに駐屯地などを提供したが、抜け目なく私兵達のこれまでの罪について高順に問いかけてきた。

 山賊上がりと公言しているので、犯罪の一つや二つはやっていることは間違いない。
 また、先の賊連合に参加した彼女らを打ち取りそこねたということがバレると高順としても拙い。
 故に彼女はそれらについて問わないよう、曹操へ6000銭という大金を支払った。
 確かに曹操は覇王として名高く、公明正大であるが、汚い部分も当然ある。
 必要とあれば賄賂も送るし、今回のようなこともする。
 そこら辺の、決して聖人君主などではないところがまた彼女の魅力を高めていた。
 そして、政治家にとって清濁併せ持つというのは必要な資質でもあった。

 ともあれ、財布の中がすっかり寂しくなってしまった為に高順は兵隊達に装備を買ってやることができなくなってしまう。
 一応、彼女らは自前の武器を持ってはいるが、あんまりいいものではない。
 そんなわけで、これに困り果てた彼女はへそくりの発掘を決定。
 特別演習と称して賊連合が根城にしていた山へと向かい、隠していたへそくりに波才らは呆れるばかり。
 やっぱり山賊やらないか、と高順の手際の良さにそんなことを言い、高順は苦笑で返した。
 

 陳留ではない、別の街でそれらを換金し、財布の中身が回復した高順は必要なものを購入し、兵隊達に渡した。
 一応、見た目は兵士っぽくなったが、それだけに過ぎない。
 そして、装備が行き渡った翌日から早速、高順による鬼のシゴキが始まった。
 そのシゴキの壮絶さから高順は兵達から人殺し高順と当初、恐れられたが、彼女らの練度がメキメキと上がったことから、愛称として定着することになった。


 こうして高順は一応勢力を作れる下地を得たのだった。



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