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高順無双

 高順は張三姉妹を曹操に引きあわせた後、すぐさま手紙を書いて出した。
 曹操の息子達の件、そして黄巾の乱を起こすであろう張三姉妹を引き込んだことについて、意見を求める為だ。
 無論、張三姉妹については黄巾の乱の代わりに現状のままでは別の農民主体の乱が起こる可能性が高い、と付け加えて。



 その一方で張三姉妹を華雄達に紹介すべく、場を設けたのだが……


「何で旅芸人が必要なんだ? お前の目的はなんだ?」

 華雄は冷ややかにそう告げた。
 他の面々もどうしたものか、と困った顔だ。

 華雄には高順の目的に売れない旅芸人が必要だとは到底思えなかった。
 非友好的な視線に晒される高順に対し、張角と張梁が心配げな顔を向ける。
 ただ、張宝は華雄に何か言いたげな顔だ。
 しかし、ここで何かを言っても面倒な事態に陥るので彼女は我慢した。

「彼女達は民を癒すこと――すなわち、娯楽を提供することができる。たとえまだ蕾であっても、咲く花は大輪。私は彼女達を信じる」

 娯楽か、と呟き華雄は顎に手を当てる。
 そういった意味では士気高揚の効果がある、と言えなくもない。

 ここが押しどころ、と見た高順は更に続ける。

「それに好きでやっている者というのは強い。彼女達も歌が好きでやっている。だから、彼女達はきっと大成する」

 華雄の瞳をまっすぐに見据える高順。
 僅かも逸れないその視線に華雄はやがてフッと笑い、両手を上げた。

「降参だ。お前がそう言うならばきっとそうなんだろう」
「それはよかった。もし嫌というなら……夜に特殊なものを強要するところだったわ」

 華雄はその言葉に思わず一歩後ずさる。
 かつて……高順は無理を承知で華雄に頼んだことがあった。
 それは後ろでやりたい、というもの。

「……駄目?」

 小首を傾げて可愛らしく尋ねてみる高順。

「駄目だ! だいたいあそこは突っ込むところじゃない!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る華雄。
 それを見て、張三姉妹は彼女に対する印象を180度改めた。
 それは華雄にとって良いことなのか、悪いことなのかはさておいて。

「ねぇねぇ、たんぽぽ、歌を聞きたいなー」

 雰囲気が程よく解れたことを見てとった馬岱が言った。
 彼女に馬超が同調し、陳宮も口には出さないものの、聞きたそうな顔だ。

 それを見た三姉妹は我が意を得たり、とすかさず楽器を構え、自らの芸を披露。



 その歌や演奏に普段はぼーっとしている呂布すらも拍手する程であり、華雄もまた聞き入り、士気高揚の効果を認めた。
 その上で先程反対したことを謝罪し、これには張三姉妹が驚いた。
 ともあれ、こうして彼女達は受け入れられたのだった。








 三姉妹が受け入れられて2週間程が経ったとき、賈詡に出した手紙の返事が返ってきた。
 書かれていた文字がひらがなであったことに驚きつつも、読み、高順は安堵する。
 手紙を要約すれば以下のように書かれていた。


 未だ曹操は中核となるべき軍師や将を得ていない。
 無論、全員が全員、こちら側に引き込めるわけでもないが、相対的に考えれば曹操は弱体化する。
 宦官打倒後は幽州のどこかの太守、ついで幽州刺史となるよう袁紹と話をつけた。
 最初に太守となる際、希望する郡があれば書いて欲しい。
 黄巾の乱については了解した。
 それに代わる乱が起きぬよう、圧政を敷いている太守や刺史について袁紹に進言してみる。

 


 高順はすぐに返事を書き、賈詡からの返事が来た翌日には早馬で返事を出していた。












「遼東郡って……また最果てを選んできたわね」

 届けられた返事、そこにあった希望する郡に賈詡は呆れ果てた。
 匈奴との交易の中心である上谷郡や塩と鉄を生産する漁陽郡ならばともかくとして、遼東郡以東は百害あって一利なしの典型のようなところだ。

 ともあれ気を取り直し、賈詡は2枚目の便箋に移り……目を見張った。
 遼東郡の大雑把な地図がそこには描かれており、海に突き出した遼東半島の先端部周辺にある旅順に根拠地を置く、と書いてある。

 その理由もまた凄まじいもので、賈詡は思わず体を震わせる。

「あいつは本当にとんでもないわね……こんなこと、あいつしか考えつかない」

 そう呟きつつも、賈詡はどうせならば、と遼東郡以東全てを最初からもらおう、と考えた。
 遼東郡やそれ以東の郡に太守は一応存在している。
 しかし、その太守は中央から派遣されるということものではなく、地元の有力者である公孫氏などが太守に任命され、好き放題やっており、ほとんど独立状態だ。
 誰も彼も最果ての地に進んで行こうとは思わない上に、異民族やら高句麗やらがおり、面倒くさいことこの上ない。

 逆に言えば、異民族や高句麗をどうにかできれば他の諸侯から手を出されない土地でもある。
 おまけに、高順はその最果ての地を大陸随一の商業地区にしよう、とそんなことまで書いてあり、細々と色々書いてあった。

 賈詡に異論などある筈もなく、彼女は早速袁紹に会うべく、自室を後にした。
 そして、彼女は袁紹に遼東郡以東の全ての郡を宦官打倒後に高順に与えることを確約させることに成功した。








 剣戟の音が練兵場に響き渡る。
 戦っているのは夏侯惇と高順。
 夏侯惇の振るう七星餓狼。
 その剣は並の剣ならば容易く斬ってしまうほどの名剣だ。
 今までの高順ならば常に回避し、隙を見て一撃を入れるという防御一辺倒の戦い方しかできなかった。

 何故ならば彼女は己の得物を持っていなかったから。
 だが、今はどうだ。
 彼女は夏侯惇に果敢に攻め、その顔は実に楽しそうだ。
 対する夏侯惇もまた楽しそうに笑っている。

 そう、高順はつい先日、曹操から2振りの剣を報酬として頂戴した。
 青紅の剣と倚天の剣、その2振りだ。

 この世界の曹操は剣は使わず、鎌という何とも扱いにくものを得物としている。
 その為に演義や史実においてなら持っていた倚天の剣もいらないが故に、高順にあげたというわけだ。
 得物を持った高順は打ち合うということができるが故に、夏侯惇と決着をつけるべく戦いを挑んだ。


 既に半刻の時間が経っているが、まだまだ決着の気配は見えない。
 夏侯惇はもとより、高順もまた体力は相当なもの。
 ましてや、高順も夏侯惇も打ち合うができる喜びにその体は満たされ……早い話が大はしゃぎであった。

 刀身と刀身がぶつかり合う度に感じる金属的な手応え。
 響き渡る剣戟の音。
 それら全てが高順にも夏侯惇にも心地良かった。


 そして、そんな2人を見物する者達がいた。


「ああ、私もやりたい……」

 うずうずとしている馬超。
 勿論、彼女だけではなく、呂布も方天画戟を手に持ち、じっと高順を見つめている。

 そして、肝心のあの人はというと……笑っていた。
 これ以上ないほどに嬉しそうに笑っていた。

 その笑っている輩は言うまでもなく華雄。
 彼女は次は私の番だ、と言いたげに己の得物を手に持ち仁王立ちしている。

「……高順が男だったなら」

 はぁ、と盛大な溜息を吐くのは馬騰。
 優秀な子を欲する、というのはどの時代において何ら不思議なことではない。
 特にいつ死ぬかわからないとなればなおさらだ。
 さすがに実子が馬超1人、というのは馬騰としても心細い。
 馬超もまた死ぬかもしれないからだ。

 未だ戦乱の兆しは見えないとはいえ、このままの状態が続けば将来的には大規模な戦乱が起こるだろうことは馬騰にも容易に分かった。

「彩姉様……かっこいいかも」

 果敢に戦う高順の姿に馬岱は見蕩れていた。
 高順は個人的武勇という点に関しては彼女が姉のように慕っている馬超や華雄と比べて派手さが足りない。
 強さとしては華雄と同じくらいであるのだが、如何せん高順の戦い方は地味であった。

 しかし、その認識はもはや打ち砕かれ、馬岱は高順の戦いに夢中だ。
 槍を得物とする彼女であっても、高順の剣捌きは中々のものだと分かる。

 そして、そんな武闘派な彼女達とはまた異質な連中がいた。

「彩ー! がんばってー!」
「彩ちゃーん!」

 大声で応援する張宝と張角。
 対する張梁はそんな姉2人に溜息を吐きつつも、高順の強さにただただ驚いていた。
 ちなみにだが、張角、張梁共に三姉妹を華雄達に紹介した後に真名を交換している。

 その応援を受けてか、高順はより一層夏侯惇を攻め立てる。
 だが、敵もさるもの。
 夏侯惇はその果敢な攻めを真っ向から受け、より苛烈なる反撃を行うことで高順を追い詰めていく。

 しかし、その反撃を受けてもなお、高順は崩れない。
 お互いに笑みを浮かべ、斬り合う姿はまさに戦闘狂と呼ぶに相応しい。



 もっとも、終わりは唐突であった。
 ぐぅ、という音が鳴る。
 剣で斬り合っているにも関わらず、その音は妙に辺りに響き渡った。

 高順も夏侯惇も無言で剣を下げ、観客達に顔を向ける。

「ご飯休憩!」


 腹が減っては戦はできない。
 至極当然のことであった。

 そして、鳴ったお腹は高順と夏侯惇だけではない。

「お腹空いた」

 やはりというか、呂布もであった。








 ご飯を食べ、いざ再戦を、と夏侯惇も高順もやる気であったが、それを食堂に出現した曹操が止めた。
 彼女としては模擬戦は大いにやってくれて構わないが、夏侯惇が仕事をサボるのは頂けない。
 そういわけで連行された夏侯惇。
 残された高順は暇になってしまった。

 馬超や華雄といった武闘派達が次は私だ、と模擬戦を申し込もうと、あるいは張宝が午後は買い物に誘おうと口を開きかけたそのとき。

「彩ちゃん、午後は私とお買い物しない?」
「いいわよ。暇だし」

 普段はのほほんとしている張角が素早く問い、高順は了承。
 先をこされたか、と単純に残念そうな武闘派達。
 そして、むーっと睨んでいる張宝。
 妹の視線に気づいているのかいないのか、張角は高順に抱きついてその腕を絡ませる。

 そんな光景に耐性のない馬超は一瞬で顔を真っ赤に染め、華雄はおやおや、と笑っている。
 馬岱はにしし、と悪戯っぽく笑い、馬騰は何だか真剣に悩んでいる。
 呂布はというと……まだ炒飯を食べていた。
 良くも悪くもマイペース。
 それが彼女の持ち味である。


「えへへ~」

 頭を高順の肩に載せ、笑みを浮かべる張角。
 その様子は恋人同士にしか見えない。

「……ちぃ姉さん。天和姉さんは単純なのよ」

 諦めなさい、と言いたげに張宝の肩に手を置く張梁。
 要は簡単なことで、自分達の為に色々してくれて、なおかつさっきの模擬戦で凄くかっこよかったので好意を持った、とそういうことであった。

 まあ、それで好意――恋愛感情などではなく、いわゆるいい人――を持つは別に不思議ではないが……どうにも張角のそれはより一歩進んだものに発展しているようだ。

「彩に声を掛けられたのは私なのに……」

 ずーん、と落ち込む張宝。
 やっぱり胸なのか、と彼女は項垂れながらも姉の胸を見る。
 見れば見るほどにでかい胸だ。
 対する自分は……と考えて、溜息を吐いた。

 しかし、そんな彼女に思わぬところから援軍が。

「高順、やはりお前は胸が大きい方が好みなのか?」

 問うのは華雄。
 彼女は張角や馬超、馬騰などと比べれば胸は小さい方だ。

「私は胸は関係ないわね。あと背丈とかもあんまり気にしない」

 そう高順は答えつつ、さりげなく張角の腰に手を回す。

「それじゃ、私達は出かけてくるねー」

 にこやかな笑みを浮かべ、張角はそう言い、高順と共に食堂を後にしたのだった。










 張角をエスコートし、城下を歩く高順。
 彼女の顔も住民達にはよく知られたもので……また、夏侯惇との模擬戦の件もどうやら夏侯惇自身が高順の名前を出さずに広めているらしく、今となってはわりと好意的に受け入れられていた。

 そんな高順が通りを女の子を連れ立って歩けば調子のいい者が声を掛けてくる。

「仕事サボって女の子といちゃいちゃか!」

 そう言ってきたのは点心屋の親父。
 馴染みにしている店でもあって、そこにいる客達とも顔見知りだ。
 そういった連中と会えば調子に乗りたくなる。
 それが高順だ。

「こういう関係さ」

 そう言い、高順は張角の頬に口付け。
 点心屋の親父や客達は口々に歓声を上げ、指笛を吹き囃したてる。

「え、ええええ!?」

 されてから数秒経過してようやく張角は何をされたのか認識した。
 顔を真っ赤に染めて驚き、ついで俯いてしまう。

「このくらいは挨拶よ」

 西洋ではキスというのは親しい間柄ではわりとよく行われる。
 無論、唇にではなく、今回のように頬やおでこに。
 とはいえ、この時代の中国にそんな文化があるわけもなく、大いに誤解されることであるのは高順も重々承知だ。
 今までの反応からすればこの程度はセーフである、と高順は正確に読み取っていた。
 彼女は横に女がいて手を出さぬ程にヘタレでもなければ、ここまでしてくる相手の感情に気づかぬ程鈍感でもない。 

 そして、された張角はどうにか落ち着きを取り戻したものの、より高順にぎゅっとしがみついている。
 顔どころか耳まで真っ赤に染まっており、普段の呑気さは微塵もない。
 そんな張角は蚊の鳴くような声で高順に告げる。

「彩ちゃん……静かなところに行きたい……」

 その言葉に待ってました、と高順は内心飛び上がった。
 まさかのまさか。
 ほとんど何もしていない張角にこんな風に言われるとは高順としても嬉しい誤算だ。
 
 高順に異論はなく、すぐさま彼女は穴場的な宿へと張角を案内した。
 








 穴場的な宿は2階建てであり、大通りから幾つも通りを離れ、閑散とした場所にあった。
 その宿の周囲には何やら見慣れぬ連中が屯していたが、こちらを見てくるだけで特に何かをされるということはなかった。
 高順はその見慣れぬ連中を帰ったら曹操に報告すべく、頭の片隅にとどめつつも、目前に迫った情事に思いを馳せる。
 宿の受付で女将に口止め料込みの代金を渡し、高順は張角を連れ立って2階にある部屋へ向かった。



 道中、やはり見慣れぬ連中とすれ違うが、特に何かをしてくることもない。
 あっという間に部屋に辿り着いた。
 部屋は狭く、寝台は1つしかなかったが小奇麗であった。
 
 高順は邪魔が入らぬように、としっかりと鍵を掛け、張角に向き直った。
 すると彼女はまだ顔が赤いながらも何やら決心したような表情で高順をじっと見つめている。

「彩ちゃん……お願いがあります」

 改まって言う張角にはてな、と首を傾げる高順。

「私はどんなことでもします。だから……もし私達がうまくいかなくても、見捨てないでください」

 そう言い、頭を下げる張角。
 そんな彼女に高順は枕営業という言葉が頭の中を通り過ぎる。

 ともあれ、そういうのは高順としてはあんまりよろしくはない。
 気持ち良ければそれでいい、とそういう割り切り関係も別段悪くはないが、少なくとも張三姉妹に関しては別だ。
 ナンパとはいえ、高順が自らの足で探し、登用した者達。
 そんな彼女達の才能を信じ、華雄達にああ言ったにも関わらず、ここで枕営業を受け、手を出すのは良いわけがない。

 高順は張角の頬に手を当て、ゆっくりとその顔を上げさせる。
 決意に満ちたその翠の瞳。
 吸い込まれてしまいそうだ。

「見捨てるわけがない。だから、あなた達は黙って私についてきなさい。あなた達に天下を取らせてあげる」

 その言葉に安堵したのか、張角は花の咲いたような笑みを浮かべる。

「で、私が自ら登用したあなた達にこういう形で手を出すのは甚だ不本意」

 張角は高順の意図を正確に読み取り、あう、と再び顔を赤くして俯かせる。
 しかし、それだけで彼女は終わらず、上目遣いで問いかけてくる。

「……する? 私は……いいよ……彩ちゃんなら……」

 その仕草にくらっとくる高順。
 華雄は天地がひっくり返ってもこんなことはしてくれない。
 董卓ならしてくれるだろうが、そもそもその董卓はここにはいない。

 非常に、非常にもったいないが、高順はここで涙を飲んで我慢することにした。
 勿論、そんな悔しさは顔には出さない。
 どんなときでも、余裕があるように接する。
 それこそが女を落とす秘訣であると高順は考えていた。

「いや、やめておくわ。でも、可愛いから唾はつけておく」

 そう言い、彼女は張角を抱き寄せ、その顔を間近にもってくる。
 張角も何をされるかわかったのだろう。
 彼女は拒否するどころか、高順の背中へと両手を回し、ゆっくりと目を閉じた。
 高順は張角の可愛らしい顔を堪能しつつ、やがてゆっくりと自らの唇を彼女の唇へと重ね合わせた。

 柔らかい感触。
 高順もまたより堪能しようと、張角の腰に両手を回す。
 すると張角は口から少し舌を出し、高順の閉じた唇を突っついた。
 その行動に高順は答え、口を開け、彼女の舌と自らのものを絡ませる。
 おそらくは知識としては知っているが、実践するのは初めてなのだろう。
 張角の舌の動きはぎこちなかった。



 部屋に木霊する水音は数分程続き、やがてゆっくりと2人は離れた。



「えへへ……初めての接吻、あげちゃった」

 照れ笑いをする張角。
 高順は嫁にするならこういう子がいい、と素直に思った。
 華雄が、董卓が、あるいは賈詡が聞いたならばむっすとすること間違い無いが、残念ながら高順は今は張角に夢中であった。

「天和」

 無意識的に彼女は名を呼んだ。

「どうかした?」

 首を傾げる張角に対し、高順は今度ははっきりと意識して告げる。

「私はあなた達を、私が死ぬそのときまで見捨てないと真名に誓う」

 その宣言に張角は目を見開き、すぐにふにゃっと表情を崩した。

「とっても、嬉しいよ。そんな風に言ってくれるなんて……」

 再び、張角は抱きついた。
 身長は頭一つ分、高順の方が大きい。
 彼女は抱きついてきた張角の頭をよしよし、と撫でてやる。

 そのとき、高順はちくりと針が刺さったような、妙な気配を感じた。
 その気配は夏侯惇や華雄、馬超といった面々と模擬戦をする際によく感じるもの。
 いわゆる殺気であった。

 あの見慣れぬ連中が行動を起こした、と確信するや否や、高順は張角を自分から離し、寝台の上に座らせた。
 小首を傾げる張角に高順は不敵な笑みを向け、告げる。

「ちょーっとうるさくなるけど、そこにいてね」

 そう言い、高順は扉の鍵を開け、勢い良く開ける。

「……奇遇ね」

 軽い感じで彼女は声を掛ける。
 そこにいたのはどこかで見た金髪の少女であった。
 ただ、その雰囲気は剣呑で少女の背後には外にいた見慣れぬ連中が大勢――全員10代前半から20代前半程度の女――付き従っている。
 それだけならまだしも、その手には剣が。
 そして、高順にとってはそれで十分に過ぎた。

 ちょうどよく張角もいるところだ。
 かっこいいところを見せたいが故の気合十分。
 相手が何か言うよりも早く、高順は力任せに相手の胸ぐらを掴み、背負うようにし、廊下に叩きつける。

 一本背負い。
 この時代においては存在しない技に見慣れぬ連中は警戒し、一歩下がる。

 獰猛な笑みを浮かべ、高順はそんな連中に右手を前に突き出し、中指を前後に揺らす。
 かかってこい、そんな安い挑発。
 
 相手は無手だと怯んでいた彼女らが斬りかかる。
 とはいえ、狭い廊下。
 同時に攻撃できるのはせいぜい2人。
 
 右から、左から突き出される刃を高順はお辞儀をするかのようにして、避け、相手の下腹部に拳を見舞う。
 相手が女でもったいない、と言っている高順だが、基本的に容赦しない。
 わずかに身動ぎした2人に両手で顎にアッパーを叩きこむ。
 
 綺麗に決まった2人は後方にいた数人を巻き込んで倒れた。
 廊下は短く、これで廊下にいた連中は一掃したが、階段から続々と上がってきている。
 彼女らは倒れ伏している仲間を踏まないように気をつけながら、高順目掛け突進してくる。

 これは面倒臭いな、と感じた高順。
 彼女は気絶していた金髪少女を肩に担いだ。

 突進してくる連中の足が止まる。
 そんな彼女らに高順はにっこりと微笑む。

 ゆっくりと彼女らは下がり始めるが、もはや遅い。

「突撃ぃ!」

 高順は躊躇いなく気絶している少女をぶん投げた。
 結構な馬鹿力の高順により投げられた彼女を避けるわけにもいかない連中はどうにかその身を呈して抱きとめたが、纏めて全員後ろへと倒れた。

「私の弾丸はまだまだあるぜ!」

 高順は廊下に倒れている他の少女や女性をどんどこ投げる。
 これには堪らない、と襲来した連中はたちまちのうちに1階へと逃げていく。
 その様子に笑いつつ、高順はゆっくりと歩みを進め、1階へと降り……彼女はたちまちのうちに周囲を囲まれた。
 しかしながら、高順は涼しい顔。
 


 そこには意識を取り戻したらしい金髪少女がいた。
 
「よくもやってくれたな」

 若干お怒り気味らしいことに高順は一笑に付す。

「悪いが、逢引を邪魔されて笑って許せる程に私は寛大じゃあないの。お前たちはさっさと死ね……と言いたいところだけど、ここの法に従って太守に纏めて引き渡してやる」

 また、私の点数が上がってしまうわ、と締める高順。

「やれるもんならやってみな。俺を見逃したことを後悔させてやる」

 そう言い、剣を構える金髪少女。
 その様子に高順は溜息を吐き、おもむろにその剣の刀身を掴み、力任せに捻って折った。
 唖然とする少女達。
 手のひらが傷つき、血が流れ落ちるがそんなものお構いなしに高順は相手の致命的な隙を見逃さなかった。

 思いっきり少女目掛けて右ストレートを鳩尾に叩き込み、さらに左でアッパーカット。
 後方に放物線を描いて飛ぶ少女の足を引っ掴み、それをぶんぶんと振り回す。

 きっかり10回振り回したところで壁目掛けて投げ捨てた。


 ――轟音

 少女は壁に頭から突っ込んでぐったりとしている。
 そんな彼女に高順は告げる。

「私に勝てると思ってるの?」

 勝って当然とでも言うような澄ました顔で高順は告げた。
 確かに高順は個人的武勇においては派手さが無い。
 だが、その実力はそこらの雑兵が束になっても敵うようなものではない。

 高順は今、極めて冷静であった。
 慢心も油断も前の賊退治のときはあったが、今はない。
 それは張角という非戦闘員がいるから。
 万が一にも彼女に危害が及ぶことがあってはならない……故に、戦士として最高の冷静さを持ち、相手を無力化する。

 それが今の高順であった。
 
「ま、待って!」

 1人の長身の女性が前へと進み出た。
 対する高順はにべもなく告げる。

「死ぬか、大人しく捕まるか。その2択しかない。そちらの話なんぞ聞く必要がない」

 その言葉に怯むも、その女性は言葉を発した。

「我々はあなたの配下となりたく、このように試させていだたきました!」
「……へぇ」

 高順の表情が冷たいものへと変わった。

「試したい、と言ってからそうするのは一向に構わない。だが、こういうのは好かない」

 高順はおもむろに金髪の少女へと近づき、その髪を無造作に掴みあげた。
 苦悶の声を少女が上げるが、そんなことは関係なかった。

「一つ、言っておく。私は戦となったら容赦しない。徹底的に敵を叩き潰す。そうしなければ自分が叩き潰されるからだ」
 
 そう言い、高順は少女を女性へと投げ捨てた。

「だが、今回は戦場ではない。所詮は乱闘。さっさと失せろ」

 普段の口調とは全く違う。
 それほどまでに高順にとって今回のことは不快であったことが容易にわかる。

 長身の女性は少女を抱えると、すぐに宿から出ていった。
 その後を追い、残りの連中も宿から出ていった。

 宿は静けさをようやく取り戻した。
 高順は溜息一つ、適当な台の上に迷惑料と修理費を置き、張角を連れに部屋へと戻る。
 女将も直に戻ってくるだろう、ということを見越した処置だ。


 部屋の中では寝台に座って足をぶらぶらさせている張角の姿が。
 彼女は高順の顔を見るなり、満面の笑みを浮かべ、飛びついてきた。
 彼女を難なく受け止め、その背中に手を回したところで思い出した。

「ああ、ごめんなさい。ちょーっと相手にハッタリかましたら……」
「え? って、あー!」

 妙な感触に張角もまた気がついた。
 高順の手は血でべったりだ。
 そんな状態で背中を触れば当然、衣服に血がべったりと……

 張角の目に涙がみるみるうちに溜まっていく。
 これは拙い、と思った高順はただちに案を提示する。

「今すぐに着物買いに行きましょう。勿論、私のおごりで」

 無双をした高順であったが、女の涙には弱かった。
 


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