烏合の衆

 数日掛けて街に一行が辿り着いたとき、街は賊に襲われてはいなかった。
 何事か、と夏侯惇が街の顔役に問いただせば賊はいたが、官軍である夏侯惇達を発見し、逃げていったらしい。
 幸い、城壁で囲まれた街の中へは入られておらず、被害はほとんどないとのこと。
 しかし、被害がないからと放って置くわけにもいかない。
 そこで夏侯惇は街の外に陣を張り、さらに周囲に斥候を放つと共に高順と華雄、そして馬騰に意見を求めた。




「私なら補給と連絡の遮断だな」

 華雄は誰よりも早くそう言った。
 山賊に補給なんぞあるのか、と言いたげな視線が夏侯惇から向けられる。
 その視線を受け、華雄はすぐさま付け加えた。

「私が賊であったなら、だ。敢えて先遣隊を街へ引き入れ、本隊と先遣隊との連絡を徹底的に遮断、連絡が来ないことから心配になった本隊が急いで駆けつけ、街の近くまできたところで本隊後方にいるだろう輜重隊を横合いから殴りつける」

 えげつないが効果的な策に夏侯惇は寒気が走る。

「賊の数は200余りと聞いているが……おそらくもっと多いだろう」

 馬騰が口を開いた。

「陳留よりは小規模といえ、この街の人口は多く、千を超える。幾ら武器を持たない住民といえど、反抗されれば一溜まりもない。本隊はおそらく千人単位でいる筈だ」

 彼女の言葉に居並ぶ面々は頷く。

「高順はどう思う?」

 夏侯惇の問いかけに高順はゆっくりと口を開く。

「敵の退避した方角は北と住民達や自警団は言っていたけど、おそらく欺瞞行動ね。街が見えなくなったところで別の方向へ反転している筈。北にはだだっ広い平原しかない。そんなところに賊が陣取れば誰でも分かる」

 なるほど、と夏侯惇は頷く。
 本来なら彼女が全部考え、決めなくてはならないのだが、実戦経験は豊富とはいえない。
 
 それを言えば高順も経験が少ないのだが、何分、初めての実戦が馬騰率いる10倍以上の官軍との大戦の総司令官だ。
 夏侯惇ならずとも、意見を求めたくなるのはしょうがないことだろう。

「確か、ここから北東の方角には山があった。そこに陣取っているのではないか、と私は思うのだが」

 夏侯惇の言葉に高順達は同意とばかりに頷く。

「斥候はそちらにも?」
「一応出してあるが、増員しよう」

 高順の問いにすぐさま夏侯惇は答え、天幕の外に控えている兵に指示を下す。
 
「こちらの数は200余名。賊が本腰入れて攻めてきたならばどうにもならん」

 夏侯惇は溜息混じりに告げた。
 彼女は生来の性格から攻撃型指揮官であって防御は不得手だ。
 そもそも、今までの賊との戦闘は攻撃する側であったので、防御戦などしたことがなかった。

「いや、そうでもないぞ」

 華雄の言葉に夏侯惇はそういえば、と言った華雄、高順へと視線を向ける。

「20万を2万で破った連中がいたな」

 呆れたような、感心したような口調の夏侯惇。
 馬騰は敗れた側の総責任者なので苦笑しか出てこない。

「幸いにも親衛隊は全員騎兵であり、なおかつ練度も高い。ただ、私達が指揮をとってもうまく指示通りに動いてくれるか疑問がある」

 そう告げる華雄に頷く夏侯惇。
 少数で大軍を打ち破るときは失策は一つも許されない。
 故に部隊の全てを把握している夏侯惇が親衛隊の指揮を取るのは最もだ。

「そこでだ。街を囮にし、私達が左から突っ込んで列を乱すから、元譲は右から突っ込んでくれ」

 目を丸くする夏侯惇。
 策も何もあったものではない。
 彼女としては自分には思いつかないような凄い策が出てくるかと期待したのだが……

 不満そうな顔の夏侯惇に華雄は溜息一つ。

「敵情が分からないことにはそれくらいしかない。北東の山にいるならば、夜襲を掛けて一気に片をつけることもできるんだがな」
「数刻は掛かるだろうから、その間、ゆっくり休むとするか……」

 夏侯惇はそう言い、その場は解散となった。








 そして数刻後、斥候が返ってきた。
 その結果、北東の山から炊煙が多数上がっていることが報告され、その数から賊の数は1000人以上、2000人以下と推定された。
 馬騰の言が見事に的中という、あまり嬉しくない事態であるが、それでも逃げるという選択肢はない。
 自らの後ろには護らねばならない民がいる、という状況に夏侯惇はむしろ奮い立った。
 とはいえ、未だ戦場経験不十分な彼女は早速知恵を借りるべく、天幕に高順達3人を再び呼んだ。



「最大で2000人と考えると……打てる手はそれほど多くはない」

 状況を聞いた3人のうち、高順が誰よりも早く、そう告げた。

「とすると?」

 夏侯惇の問いに高順は頷き、答える。

「敵が寝ているときにこっそり襲撃するか、それとも敵を敢えて街の近くまでおびき寄せ、街を攻撃させる。それに夢中になっている間に後方より躍進し、両翼より急襲」
「何だ、私と同じじゃないか」

 そう言う華雄に高順は苦笑してしまう。
 
「あとは賊の中に紛れ込んで内側から崩すくらい」

 そう言いつつ、彼女は華雄を見る。
 その視線を受けた彼女は同じように高順を見た。
 互いに互いの顔を見、やがて華雄が告げた。

「適任者がいるじゃないか。私の目の前に」
「奇遇ね。私の目の前にも適任者がいるの」

 華雄は先の大戦でもって少数部隊でもって浸透し、後方撹乱により馬騰の官軍を散々に悩ませた。
 彼女の腕前は言うまでもない。

 対する高順はというと、そういった経験はない。
 そもそも高順がわざわざ戦場に立つ必要はないのだが、華雄は親友である彼女に手柄を取らせてやりたかった。
 華雄としては鍛錬し、磨いているその腕を腐らせておくのは勿体無い。
 華々しい大舞台でなくとも、少しでも武人としても名を挙げさせたい……という華雄の思いやりであった。

「……彩」

 そんな中、ポツリと呟かれた名前。
 全員がその発生源に視線を向ければ、いつの間にか入り口には呂布の姿が。

「大丈夫、問題ない」

 その手にある方天画戟を地面にどすん、と置いてみせる。
 何となく、それで彼女が何を言いたいのか、一同分かってしまった。
 そして、続いて出てきた言葉に一同はその思いが正しかったことが判明する。

「強い奴はいない……恋だけで十分……」

 並の輩がそう言うならそれが大言壮語であることが容易にわかるのだが、何分、言っているのは呂布である。
 未だ無名の存在とはいえ、高順一行の中で誰よりも強く、また夏侯惇を簡単に打ち負かしている。
 いずれ天下にその名が轟くであろう存在がそう断言しているのならば、真実問題がないのだろう。

 とはいえ……ここで呂布に全部倒してもらう、というのも収まりが悪い。
 正規軍が何もせず、圧倒的な強さとはいえ、ただの客将が全部やってしまうというのは住民から見て良い印象となるわけがないのだ。

 夏侯惇はその辺もしっかりと心得ている。
 
「奉先の申し出はありがたいが、それでも万が一ということもあり得る。故に……こういうのはどうだろうか?」

 夏侯惇が提案した作戦は明朗なものであった。
 山を少数戦力でもって奇襲し、賊が慌てて飛び出してきたところを夏侯惇率いる親衛隊が蹴散らす。
 
「啄木鳥みたいね」

 高順の言葉に一同、そういえば、と頷く。
 そして、夏侯惇が質問があるかどうか、と問いかければたちまちのうちに幾つかの質問が出てくる。
 初動の少数戦力が高順一行であることは間違いないので、そこは質問されなかった。
 出てきた質問は今夜の天候や敵が夕方や夜になって移動しないか、敵の増援や伏兵の有無、敵は砦などの拠点を持っているのか、それとも天幕生活なのかなどなどであった。

 夏侯惇は自分に分かる範囲で答え、分からなかった場合は斥候に赴いた兵を呼び、彼女に答えさせた。
 




 やがて質問が出尽くしたところで夏侯惇は告げた。

「敵を炙り出すのは高順及びその配下」

 予想通りの言葉に高順達は頷く。
 そんな中、1人、呂布が問いかけた。

「全部倒していい……?」

 その問いに夏侯惇は数秒思案し、頷いた。
 全て客将に任せるのは問題があるが、戦場での嬉しい誤算としてたまたま客将達が大活躍というのはどうしようもない不測の事態として処理できる。
 夏侯惇は自らの手柄の為に誰かに圧力を掛けるような愚物ではなかった。

「決行の時間は丑三つ時。ただちに移動を開始するので各自準備を」

 こうして、賊退治へと大きく動き出したのだった。

















 虫の鳴き声があたりから聞こえる中、高順達はゆっくりと歩みを進めていた。
 彼女達は夕方のうちに攻撃位置……すなわち、賊の根拠地を目視で確認できる程度の位置まで移動し、そこで夜を待った。

 幸いにも、敵は襲撃されるなんぞ思っていないらしく、あちこちで篝火を焚いており、容易に敵影を確認できた。
 闇夜でも目が利くように、と高順達は全員、片目を布などで隠した状態であったが、それは徒労に終わった。

 丑三つ時に決行……とはいったものの、時計という便利なものは存在しない。
 星の位置からおよその時間を割り出さねばならない。
 将軍や軍師にとって天文学とは最低限必要な知識の一つであった。

 故に呂布はともかく、他の面々――馬超や馬岱でさえも――それができた。


「そろそろだ」

 馬騰が短く、小声で告げた。
 一同は各々の得物やら持ち物を再確認する。
 立派な得物を持っている面々の中で高順はやっぱり普通の槍を持ち、腰には直刀を差している。
 出立する際に曹操が一時的に彼女に与える予定の剣を貸そうとしたが、自分のものになる前に無くしたら後が怖い、と高順は断っていた。

 さて、高順にとっては初めてに等しい自分で戦う実戦となるわけだが、不思議と緊張感はない。
 それは余裕ではなく、慢心であり油断であった。

 残念ながら、彼女は自らの体で死線を潜った経験は皆無に等しい。
 自分で戦ったという意味での実戦経験は陳留に至るまでに数十回以上、賊退治をしており、それなりに豊富といえる。
 とはいえ、その相手の賊は常に数十人程度……言っては悪いが、一番未熟な馬岱1人でも呆気無く全滅させられるくらいの少数の相手としか戦っていない。
 
 つまるところ、彼女は戦場を知っているようで知らない。
 どんな将軍であっても、下積み時代というものは存在し、またそれは非常に大事だ。
 現実として戦場がどういうものかを目の当たりにすることで、正しく認識し、戦場において冷静な判断ができる。

 この辺が将軍と軍師が対立し易い原因の一つでもある。
 軍師は確かに戦場に立つが、それでも実際に剣を取って兵士と共に戦うわけではない。
 そうであるからこそ、兵士を駒として見ることができ、冷徹な判断が下せる。
 故に兵士を知る将軍は時に軍師のやり方に反発する……そういうわけだ。

 高順が賈詡とうまくやれているのも、知識として賈詡を知っているというものも確かにあるが、同じような性質であるからかもしれない。

 確かに高順は夏侯惇に負けぬ程の力を持っている。
 だが、それとて殺し合いではなく模擬戦。
 戦場では一騎打ちなどはそもそも滅多に起こらず、数多の雑兵に取り囲まれ、それを跳ねのけるということが多い。

 高順は自らが雑兵に取り囲まれる、という事態に冷静に対応できるかどうかは未知数だった。










「行くぞ」

 馬騰がそう言い、歩み始めた。
 その後を華雄、高順、呂布、馬超、馬岱と一列になって進む。
 その際、音を出さぬよう気をつけながら、ゆっくりと。


 距離は然程なく、10分も経たないうちに彼女らは賊の陣の間近に辿り着いた。
 無用心にも、賊は天幕の回りを柵などで囲っておらず、また見張りも疎らにしかいない。

 余りの間抜けさに一同は拍子抜けしつつも、好都合とばかりにより進んでいく。
 見張りの間隙を抜い、陣の中へ。

 狙うは大将首……と言いたいところだが、これだけの賊が今になって急に出現したのはこの周辺一帯の賊達が寄り集まっただろうことは想像に難くない。
 つまるところ、明確な大将というものがおらず、賊集団の頭目が複数いるということになる。

 となれば高順一行はどこを目指しているか、という話になるが、そういった頭目連中は陣の真ん中、あるいは陣の一番奥にいると相場が決まっている。
 故にそこらにある天幕とは違う大きめなものを探し、一行は進んでいた……のだが、あちこちの天幕から喘ぎ声やら嬌声やらそういったものが聞こえてくるのである。

 一般に賊といえば男で構成されたイメージがあるだろうが、この世界では違う。
 男は確かに先天的に身体能力が高いが、伸びしろは女性が上回る。
 無論、男だけで構成された賊集団も存在するが、それは少数であり、多くは男女で構成されており、比率としては女性が多いくらいだ。

 そんな賊集団において夜になったらやることといえば一つしかなく、そもそもこの時代においては大した娯楽が存在しない故に、それは娯楽の一つともいえる。
 すなわち、情事である。


「……もったいない」

 高順が思わず呟いた。
 何がもったいないか、とは痴態を繰り広げているだろう女を殺さねばならないこと。
 陳留にやってくるまでに賊を何度も退治していた彼女達であったが、その度に高順はもったいないもったいない、と漏らしていた。

 高順のもったいないが出たことで、一同は緊張が程よく和らぐ。
 唯一、呂布は意味が分からずに首を傾げていたが、元より彼女に戦で緊張というのはあってないようなものだ。

 高順は確かに戦場を知らないが、それでも指揮官として為すべきことはしっかりと為していた。


 そこから更に歩いて数分。
 陣の外縁部にいた見張りは比較的真面目であったが、中の見張り達は人目につかないところで致しているらしく、一行はあっという間に奥まったところにある一際大きな天幕の群の前にやってきていた。


 それらは10以上あるが、こちらは6人。
 1人が1つの天幕に入ったとしても、なお余る。

「競争だな」

 馬超の言葉に笑みを浮かべる一同。
 すなわち、誰がどれだけ頭目の首をあげられるか。

「私はあれから」

 高順は端から3番目の天幕を指差す。
 それを皮切りに、次々と最初の獲物を決め、彼女達は位置についた。

 そして、一気にそれぞれの天幕へと突っ込んだ。
 

 高順が突っ込んだ天幕では壮年の男が1人、酒をちびちびと飲んでいた。
 彼女はその男を見るや否や、すぐさま手に持っていた槍を投擲。
 狙い過たずその左胸に突き刺さり、男は後ろへどうっと倒れる。

 彼女は素早く男に近寄り、直刀でもって男の首を取り、それを持ってきた麻袋に詰める。
 人間に刃を突き刺す感触は独特であるが、これまでの賊退治でそれなりに慣れている。

 首を袋に入れた後、高順はついでとばかりに目ぼしい金品をもう一つの麻袋に詰めていく。
 何をするにも金は必要である。


 高順が天幕から出ると3つばかり向こうの天幕から同じように出てきた馬超と目が合った。
 その背中には首を入れた麻袋と金品が入っているであろう麻袋だ。

 馬超が口だけ動かし、高順に告げた。

 負けない、と。

 すぐさま馬超は隣の天幕へと入っていった。
 高順も負けじとばかりに右側の天幕へと入る。

 次の天幕では情事の真っ最中。
 高順よりは背が低いが、それでも中々に長身な金髪の少女が男の上に跨っている。

 少女が動く度にその大きな胸が揺れる揺れる。

 情事に夢中で高順の存在には全く気がついていないらしい。
 これは好都合とばかりに彼女は素早く2人に近寄り、ようやくに気がついたところで男の首を槍でもって跳ね飛ばした。

「あ、え?」

 少女は呆然とした顔で高順を見つめる。
 そんな彼女に高順は冷徹な瞳を向け、問う。

「敵か?」

 穂先を少女の顔の真横に持ってくる。
 血塗れの刃に少女は小さく悲鳴を上げつつ、死体となった男から離れる。
 
「な、何もしないから……」

 少女はそう言いつつ、壁際に立てかけてあった剣を遠くへと投げ捨て、抵抗の意思がないことを高順に示す。
 その様子に彼女は槍を引き、直刀でもって男の首を取り、麻袋に詰める。

「お、お前……何者だ?」

 問いかけに高順は短く答える。

「高順だ。故あって陳留太守曹孟徳の客将をしている」

 敢えて威圧的な口調でそう告げ、高順は懐から小さな袋を少女の足元へと投げた。

「少しだが、それでどっかの街で達者に暮らすといい」

 高順はそう言い、手近な金品を麻袋に詰め、天幕から出ていった。
 少女が頭目である、という可能性も無いことはないが、それならば何故、剣を投げて寄越したのか、どうして叫んで助けを求めないのか、とそういう疑問が出てくる。
 故に、彼女は少女をどこからか連れてこられた被害者だと判断したのだった。






 1人、残された少女。

「高順ってあの高順かよ……勝てるわけねーじゃん」

 官軍に対抗する為に、と集まったのだが、どの山賊団や盗賊団も本当に官軍が来たらさっさと逃げるつもりであった。
 大きな獲物である街を襲ったところまではよかったが、自警団を城壁外へ釣り出せず、官軍を呼び寄せられてしまい、撤退。
 建前もあり、朝を待って進軍し官軍を叩くというのが数刻前の協議で決まったことだったが、どの賊集団も逃げ出す機会を図っていたに過ぎない。

 そして、やってきたのは20万の大軍を2万で破った高順だ。
 藪をつついたら蛇が出た、という騒ぎではなく、藪をつついたら鬼が出たようなものであった。

「俺を見逃したことを後悔させてやる……と言いたいが、本職の俺よりも鮮やかな手並みを見せられちゃ、奴に味方した方がいいかねぇ」

 誰にも気付かれずにこっそりと忍び込み、獲物だけを得て他には脇目も振らずに引き上げる。
 そこらの二流盗賊や山賊にはできない手口であった。

 少女はそう独り言ち、首がない男を蹴飛ばす。

「中々いいモノを持ってたんだが、まあいい。それに高順も中々に綺麗だった」

 男も好きだが、女も好きだということが分かる発言だ。

「陳留に潜伏するか……もしなれるならば、高順の兵隊にでもなればいい」

 少なくとも、今よりは遥かに快適な生活が送れることは間違いない、と少女は確信する。
 異民族である、ということや自らが山賊であるということには別段頓着していないようだ。
 というよりか、前者はともかく、好き好んで山賊になろうという輩もまずいないので、当然といえば当然だ。


 彼女は手早く荷物を纏め、天幕から外の様子を窺い、誰もいないことを見計らって駆けた。
 あっという間に彼女は己の配下達の天幕の群に辿り着く。
 

「おいお前ら! ずらかるぞ!」

 少女が天幕の入り口から顔を突っ込んで次々と言っていく。
 酒を飲みながら男に跨る者やあるいは女同士で致している者など、情事に耽っている真っ最中であったが、少女の声を聞くや否や弾かれたように行動を開始する。
 男とやっていた者はその男を絞め殺し、女同士の者はお互いに同僚なのですぐさまボロ布のような服を纏い、己の得物を持つ。

 少女の配下は総勢200余名であり、全員が10代前半から20代前半までの女で構成されている。
 
 この賊の連合の総数が1000名弱であることを考えれば彼女らは大勢力だ。

 少女は全員揃ったことを確認するや否や、そのまま食糧集積場へと押し入り、そこにあった食糧を持てるだけ持つと火を放ち、そのまま配下を引き連れ、山の頂上を通って裏側の麓へと逃走した。







「……元譲は伏兵でも送り込んでたのか?」

 華雄の問いにさぁ、と首を傾げる一同。
 彼女達は頭目と思われる連中を全員始末し終え、人目につかないところに集まっていた。
 これからいよいよ、というときに急に火の手が上がったのだ。


 頭目連中に伝令に来た賊徒らがいたが、発見を少しでも遅らせよう、ということで、彼らは使命を果たすことなく首が飛んでいる。

「で、どうするんだ?」


 馬超の問いに一同、考えこむ。

 当初の予定通り山から炙り出す、というのは……成功したといえるだろう。
 あちこちで悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように賊達は逃げ出している。
 わざわざ山頂から裏側へ抜けようという奇特な連中はおらず、彼らは一目散に麓へと駈け出している。

 既に頭目達もいない。
 軍隊であるならばいざ知らず、所詮はごろつき。
 統制を失ってしまえば後は各個撃破が容易な烏合の衆に過ぎない。

「誰がやったか知らないけど、私達の手柄にしておきましょう。ついでに金目のものはまるごと頂き」

 高順の言葉に他の面々は特に異論はないらしく、各々頷く。
 天下取り、その為には少しでも功績と金は必要なのだ。

「だが、手に持てるだけの戦利品なら孟徳殿も許すだろうが……さすがに全部は駄目じゃないか?」

 馬騰の言葉に高順は爽やかな笑みを浮かべる。

「穴掘って埋めましょう。で、ほとぼりが冷めたらこっそりと……うまくいったら全員、特別給金を支給するわ」

 馬超と馬岱が満面の笑みを浮かべる。
 2人共、主に遊興費として入用であった。
 そんな娘と姪に馬騰は溜息一つ。
 保護者として貯金をして欲しいところだが、致し方ない、と諦めていた。




 空が白く染まり始めたとき、夏侯惇が親衛隊を率いてやってきた。
 彼女は五月雨式に現れる賊を全て処理してからここにきていた。
 高順達は根拠地の調査にやってきた夏侯惇に笑みを浮かべて応対し、事の次第を全て話した。
 勿論、食糧集積場の件も自らの手柄として。

 その間にも、親衛隊員が賊の荷物を押収しているが、やがて報告にきた隊員が金品などが全くないことを夏侯惇に告げた。
 その報告を特に不思議に思うことなく、彼女は流した。

 夏侯淵……否、曹操であっても現場を見なければ見抜くことはできないだろう。
 何しろ、賊が困窮していた為に金品などは元々持っていなかった、ということが容易に考えられるからだ。

 夏侯惇は高順らの働きを労い、曹操を出迎えるべく、彼女達を連れて街へと戻ったのだった。
 
 


 そんな感じで今回の戦は呆気無い幕切れとなった。
 高順の油断や慢心が取り払われたか、というとそうでもない。
 これが彼女にとって吉と出るか、凶と出るかは未だ分からなかった。

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