「……さすがの私もこれは予想できなかった」
「これを予想できるなら占い師でもやった方がいいな」
高順の言葉に華雄が答える。
今、2人の目の前にはとんでもない連中がいる。
山と積まれた料理が恐ろしい勢いで消えていく。
その体のどこにそんだけ入るんだ、と物理的にあり得ない量がたった5人の少女の腹に収まっていく様は一種の怪談のようなもの。
「奉先も大食いだったか……」
華雄の呟きに頷く高順。
呂布はともかくとして、これまでの旅路で陳宮が大食いであることが発覚したが、中々に意外であった。
成長期なのかもしれない。
今、一行は酒家で堂々と食事をとっていた。
彼女達は匈奴がきた街から移動していない。
匈奴がいなくなったことを悟った住民達が戻り、そこに残っていた高順達。
状況から見て追っ払ったことは明白であったが、匈奴ではないものの、高順と華雄は異民族であることは間違いない。
しかし、匈奴を追っ払ってくれた恩人でもあることから、どうしたものか、と街の顔役達が話し合い、街での滞在を許可された。
嫌悪感丸出しの住民達も恩人ではあるので、マトモに物を売ったり、こうして食事ができたり、とそういった意味で良い待遇をしてくれている。
ちなみにだが、匈奴退治のときは呂布とは自己紹介すらもしておらず、そのまま顔役との会合、そして酒家で食事となっている。
「どうして?」
食事が終わったのか、呂布はレンゲを置いて問いかけた。
主語がない問いに高順も華雄も首を傾げる。
その様子に呂布は更に問いかける。
「2人共、いい奴。なぜ嫌われてるの?」
呂布の純粋な問いに答えたのは2人ではなく、2人の様子を見ていた周囲の客であった。
「そいつらが異民族だからだ! 異民族は全部死んじまえ!」
酔っ払った男の言葉。
他の客は誰も否定しない。
「異民族? 匈奴?」
「私達は羌族よ。そして、私は高順。こっちは華雄」
その言葉に一瞬で酒家は沈默に包まれた。
高順の名は彼らに悪口を言わせない。
「高順……知ってる。強い奴。でも、お前、そこまで強くない。不思議」
小首を傾げる呂布。
彼女も20万の大軍を打ち破った高順の名を知っている。
だが、彼女が見抜いた高順の実力は自分には及ばない。
どうやって大軍を破ったのか、不思議でならなかった。
「……私に関しては何も言わないんだな」
肩を落とす華雄を高順はまぁまぁ、と宥めつつ、口を開く。
「お腹が減っては戦はできない。あなたもそうでしょう?」
高順の言葉に呂布は僅かに頷く。
「じゃあ、ご飯を無くしちゃえば100万だろうが1000万だろうが簡単に倒せるよね?」
「……なるほど」
「それに敵のご飯を奪って自分のご飯にすれば……」
呂布が喉を鳴らす。
「炒飯特盛」
次に出てきた言葉は注文。
どうやらご飯のことを考えたらお腹がまた空いたらしい。
「何とも、独特な奴だな……」
華雄は肩を竦める。
彼女の言葉は密かに聞き耳を立てていた馬騰達の心を代弁していた。
会話が一旦途切れたところを見計らい、高順は問いかける。
「あなた、私達と来ない? 三食のご飯をしっかり出すから」
「……セキトも一緒なら」
「了承。私は高順、よろしくね」
即答であった。
「真名。恋」
呂布の言葉にああ、と高順は告げる。
「彩」
そう言い、高順は手を呂布の前に差し出した。
呂布はその意味が分からないのか、上目遣いで高順を見つめ、僅かに首を傾げる。
真正面からその偉大なる一撃を頂いた高順は僅かによろめくが、何とか踏みとどまった。
「握手。信頼の証」
そう言えば、呂布はゆっくりと高順の手を握る。
「……いや、お前が主だから何も言わないが、少しくらいは相談しても……」
そう呟きつつ、華雄がジト目でその様子を見守る。
華雄はこの面々の中で一番早くから高順と共にいる。
故に最古参である自分に一言言って欲しかった。
早い話が拗ねているのだ。
ぶすっとした顔の華雄に高順は思わず笑ってしまう。
「嵐は可愛いわね」
そう言いつつ、高順は華雄を抱き寄せる。
いつもは受けな彼女の積極的攻勢に華雄はやや戸惑いつつも、態度を崩さない。
しかし、それも高順が華雄の耳元で囁いた言葉で陥落してしまう。
「今夜はいっぱい鳴かせてあげる」
一瞬で顔が真っ赤に染まった華雄。
彼女の中ではもはや呂布どころの騒ぎではない。
「でぇきてぇるぅ」
「気色悪い声だすな!」
妙な声を出した馬岱に馬超はげんこつを食らわせ、馬騰はやはりそういう関係だったか、と頷き……
「高順殿……ねねは……ねねは……」
何だか悲しそうな陳宮がいた。
そして、そんな騒ぎは知らない、とばかりに呂布はやってきた特盛炒飯の征服にかかっていた。
「ところで高順。たんぽぽ達とは真名を交換しないの? 奉先だけずるいー」
ぶーっと頬を膨らませる馬岱。
「いや、客将だし……」
そう言いつつ、馬騰へ視線をやる高順。
その視線を受けた彼女は笑みを浮かべる。
「絶対に必要な人と言われてしまったからな。本音も聞けたし、正式に仕官してやろう」
「ねねが言うのも何ですが……そんな簡単に決めていいのです?」
「人生で大事なことは面白いかどうかだ」
馬騰はそう言って陳宮の頭をがしがしと撫でてやる。
撫でられた方はやめるのです、ともがいている。
「改めて……姓は馬、名は騰、字は寿成、真名は燦」
朗々と彼女は名乗り上げた。
周囲の客達はもはやどう反応していいか分からず、ただただ事態の推移を見守るばかり。
なぜ、高順と馬騰が行動を共にしているのか……事情を知らねばさっぱり理解できない。
「我が名は姓は馬、名は超、字は孟起、真名は翠」
馬超もまた名乗り上げるが、口の端にご飯粒がついており、台無しである。
高順も華雄もそこらへんは見なかったことにした。
「たんぽぽは姓は馬、名は岱、字は伯瞻、真名は蒲公英!」
それらを受け、華雄がまず口を開いた。
「華雄だ。真名は嵐」
名乗った彼女に高順は視線を向けるが、華雄は微笑みを返す。
「真名、いいの?」
「構わん。これまでの旅でこいつらは信頼できると思うしな」
なるほど、と頷き高順もまた告げる。
「高順よ。真名は彩」
「ねねを忘れてもらっては困るのですぞー! 姓は陳、名は宮、字は公台、真名は音々音なのです!」
高順が名乗って流れ的に終わってしまいそうなところに陳宮が割り込んでくる。
「……恋」
いつの間にか炒飯を食べ終えていた呂布が呟くように言った。
うんうん、と満足そうに高順は頷く。
「で、盛り上がっているところ悪いんだけど、皆さんが呆気に取られてるし、迷惑だからさっさと戻りましょう」
高順のあんまりといえばあんまりな言葉に馬騰がすかさず口を挟む。
「いや、槍を捧げたりとかそういうことをしてもいいんじゃないか?」
「営業妨害は忌むべきことよ」
そう言いつつ、高順は巾着袋から銭の束を取り出す。
真ん中に空いている穴に紐を通し、100枚ずつの束だ。
「迷惑料込みでこれだけで」
合計5束、500銭を店主へ渡す。
1銭はおよそ100円程度なので現代日本円換算で5万円だ。
「こ、こんなに!?」
「お釣りはとっといて」
一度は言ってみたかったその言葉を言え、高順は微妙に機嫌が良くなる。
「ほらほら、お腹一杯になったらさっさと行くわよ」
高順の言葉に立ち上がる面々。
「邪魔したわね」
そう言い、高順は一同を引き連れ、酒家から出ていった。
彼女達が出ていった後、店主はぽつりと呟く。
「……意外と悪い奴じゃないのか」
その手に握られた銭はずっしりと重かった。
出した料理の代金を補ってなお余りある量だ。
「さっき俺はああ言ったが……異民族全部が全部、悪虐非道な連中じゃないのかもしれん……」
やや酔いが抜けた男が頭をかきながらそう言った。
酔った勢いとはいえ、彼の知る異民族にあんなことを言ったら、激昂して斬り殺されてもおかしくはない。
こうして高順達は地味に評判を上げたのだった。
酒家から出た一行は宿へと舞い戻った。
同行者が1名増えた為に今までの2部屋からもう一つ部屋を借りる。
山賊達から巻き上げている為に意外と路銀に余裕はある。
なお宿に入る際、どこからともなく現れた犬を呂布が抱え上げ、その犬を皆に紹介するということが起こったものの、それ以外は特に何もなかった。
そして、1つの部屋に集まってこれからのこと……目的は変わらず冀州南皮だが、そこに至るまでの細々としたところについて話し合うこととなった。
「個人的には途中で陳留に寄りたかったり」
「それなら洛陽見物もできる経路があるが……」
そう言い、ちらりと高順へ視線を送る馬騰。
案の定、高順は目を輝かせている。
「洛陽に行った後、黄河で船に乗って陳留近くの港で降りて陳留見物したら、また黄河で今度は南皮まで行く」
「それで決定……と言いたいところだけど、船酔いは大丈夫? 特にねね」
話を振られた陳宮はというと、自信なさそうな顔をしている。
「ねねはその、船に乗ったことがないのです。だから心配なのです」
「というか、私達も乗ったことがないと思うんだが?」
華雄の的確なツッコミに高順は心配いらない理由を述べる。
「ねね以外の全員は馬で長時間やんちゃする。船より馬の方が遥かに揺れるでしょ?」
「道理だな。だが、万が一、全員船酔いで倒れたとあっては喜劇にもならんぞ」
「でもね、嵐。今後、水上戦……いえ、もっとかっこよく言えば艦隊決戦があってもおかしくないでしょ?」
ピクリ、と華雄の体が震えた。
船のことなんぞさっぱりわからない華雄をしても、艦隊決戦という響きはそれほどまでに甘美なもの。
またその証拠にセキトと戯れている呂布を除いた他の面々も思い思いに空想し、危ない笑みを浮かべている。
「艦隊決戦の為には当然、船に慣れておかないと……こう、敵艦隊撃滅とか敵艦撃沈とかそういうこと、言ってみたいし聞いてみたいでしょ?」
こくこく、と華雄は首を縦に振る。
ちなみにだが……高順は当然海戦についても学んでいたりする。
彼女としても艦隊決戦はやってみたい、という個人的願望があった。
「なら決まりね。一応、船酔いに効く薬とか買っておきましょうか」
その願いが実現するかどうかはさておいて、馬騰の提案は満場一致で受け入れられたのだった。
だが、高順は忘れていた。
彼女の最も信頼する軍師が南皮で首を長くして待っていることに。
寄り道することでガミガミ言われるのはもはや確定したようなものであった。
一方その頃、陳留ではある少女が報告を聞き、微笑んだ。
未だ幼いながらも太守として赴任して早半年。
ようやく詳細な街の現状が分かり、街の発展の為にと動き出した真っ最中。
頼れる身内が多いために今のところは順調だが、将来的にはもっと人材を集めねばならない、と思っていたところにやってきたその報告。
「あの高順が、華雄が、并州で目撃された……」
報告によれば住民から嫌われながらも片っ端から山賊を退治しつつ、東へ進んでいるらしい。
普通なら恐れるところだが、少女は違う。
彼女にとって有能であれば異民族だろうが何だろうが全く関係がない。
そもそも、住民が嫌っているのは単なる先入観である、と容易に少女には判断できた。
高順達は住民を手にかけたり、略奪をしたりしていない。
それが何よりの証拠だ。
「現状、欲しいのは文官……無論、彼女達の力は来るべき戦乱の為に必要……」
だけども、と彼女は続ける。
「今、手に入れるのは朝廷に要らぬ疑いをかけられるわね。ならば、友好的な関係を結んでおくべきか」
だが、と少女は続ける。
「問題はどうやって会うか。彼女達がどこにいるか、きっかけはどうするか……」
自ら会う、というのも中々に問題だ。
涼州以外で羌族と太守が会えば、それだけで疑いをかけられるには十分過ぎる。
「賊を利用するか……」
徐々にではあるが、賊となる農民は増えつつある。
それは悲しい事だが、少女の周辺でも同じ事。
だが、それすらも利用すれば良い……そう彼女は考えた。
「使いを出し、賊退治の義勇軍として協力してもらいましょう」
断られたら断られたで、徹底的に追いかけて密会をすれば良い。
勿論、密会の時期は今ではなく、もっと世が乱れたそのときに。
とにもかくにも、自らの存在を知らせておくことが肝心であった。
少女は部屋の外にいるだろう兵に告げる。
「夏侯惇と夏侯淵を呼んできなさい」
面白くなりそうね、と少女――曹操は笑みを浮かべたのだった。
「これを予想できるなら占い師でもやった方がいいな」
高順の言葉に華雄が答える。
今、2人の目の前にはとんでもない連中がいる。
山と積まれた料理が恐ろしい勢いで消えていく。
その体のどこにそんだけ入るんだ、と物理的にあり得ない量がたった5人の少女の腹に収まっていく様は一種の怪談のようなもの。
「奉先も大食いだったか……」
華雄の呟きに頷く高順。
呂布はともかくとして、これまでの旅路で陳宮が大食いであることが発覚したが、中々に意外であった。
成長期なのかもしれない。
今、一行は酒家で堂々と食事をとっていた。
彼女達は匈奴がきた街から移動していない。
匈奴がいなくなったことを悟った住民達が戻り、そこに残っていた高順達。
状況から見て追っ払ったことは明白であったが、匈奴ではないものの、高順と華雄は異民族であることは間違いない。
しかし、匈奴を追っ払ってくれた恩人でもあることから、どうしたものか、と街の顔役達が話し合い、街での滞在を許可された。
嫌悪感丸出しの住民達も恩人ではあるので、マトモに物を売ったり、こうして食事ができたり、とそういった意味で良い待遇をしてくれている。
ちなみにだが、匈奴退治のときは呂布とは自己紹介すらもしておらず、そのまま顔役との会合、そして酒家で食事となっている。
「どうして?」
食事が終わったのか、呂布はレンゲを置いて問いかけた。
主語がない問いに高順も華雄も首を傾げる。
その様子に呂布は更に問いかける。
「2人共、いい奴。なぜ嫌われてるの?」
呂布の純粋な問いに答えたのは2人ではなく、2人の様子を見ていた周囲の客であった。
「そいつらが異民族だからだ! 異民族は全部死んじまえ!」
酔っ払った男の言葉。
他の客は誰も否定しない。
「異民族? 匈奴?」
「私達は羌族よ。そして、私は高順。こっちは華雄」
その言葉に一瞬で酒家は沈默に包まれた。
高順の名は彼らに悪口を言わせない。
「高順……知ってる。強い奴。でも、お前、そこまで強くない。不思議」
小首を傾げる呂布。
彼女も20万の大軍を打ち破った高順の名を知っている。
だが、彼女が見抜いた高順の実力は自分には及ばない。
どうやって大軍を破ったのか、不思議でならなかった。
「……私に関しては何も言わないんだな」
肩を落とす華雄を高順はまぁまぁ、と宥めつつ、口を開く。
「お腹が減っては戦はできない。あなたもそうでしょう?」
高順の言葉に呂布は僅かに頷く。
「じゃあ、ご飯を無くしちゃえば100万だろうが1000万だろうが簡単に倒せるよね?」
「……なるほど」
「それに敵のご飯を奪って自分のご飯にすれば……」
呂布が喉を鳴らす。
「炒飯特盛」
次に出てきた言葉は注文。
どうやらご飯のことを考えたらお腹がまた空いたらしい。
「何とも、独特な奴だな……」
華雄は肩を竦める。
彼女の言葉は密かに聞き耳を立てていた馬騰達の心を代弁していた。
会話が一旦途切れたところを見計らい、高順は問いかける。
「あなた、私達と来ない? 三食のご飯をしっかり出すから」
「……セキトも一緒なら」
「了承。私は高順、よろしくね」
即答であった。
「真名。恋」
呂布の言葉にああ、と高順は告げる。
「彩」
そう言い、高順は手を呂布の前に差し出した。
呂布はその意味が分からないのか、上目遣いで高順を見つめ、僅かに首を傾げる。
真正面からその偉大なる一撃を頂いた高順は僅かによろめくが、何とか踏みとどまった。
「握手。信頼の証」
そう言えば、呂布はゆっくりと高順の手を握る。
「……いや、お前が主だから何も言わないが、少しくらいは相談しても……」
そう呟きつつ、華雄がジト目でその様子を見守る。
華雄はこの面々の中で一番早くから高順と共にいる。
故に最古参である自分に一言言って欲しかった。
早い話が拗ねているのだ。
ぶすっとした顔の華雄に高順は思わず笑ってしまう。
「嵐は可愛いわね」
そう言いつつ、高順は華雄を抱き寄せる。
いつもは受けな彼女の積極的攻勢に華雄はやや戸惑いつつも、態度を崩さない。
しかし、それも高順が華雄の耳元で囁いた言葉で陥落してしまう。
「今夜はいっぱい鳴かせてあげる」
一瞬で顔が真っ赤に染まった華雄。
彼女の中ではもはや呂布どころの騒ぎではない。
「でぇきてぇるぅ」
「気色悪い声だすな!」
妙な声を出した馬岱に馬超はげんこつを食らわせ、馬騰はやはりそういう関係だったか、と頷き……
「高順殿……ねねは……ねねは……」
何だか悲しそうな陳宮がいた。
そして、そんな騒ぎは知らない、とばかりに呂布はやってきた特盛炒飯の征服にかかっていた。
「ところで高順。たんぽぽ達とは真名を交換しないの? 奉先だけずるいー」
ぶーっと頬を膨らませる馬岱。
「いや、客将だし……」
そう言いつつ、馬騰へ視線をやる高順。
その視線を受けた彼女は笑みを浮かべる。
「絶対に必要な人と言われてしまったからな。本音も聞けたし、正式に仕官してやろう」
「ねねが言うのも何ですが……そんな簡単に決めていいのです?」
「人生で大事なことは面白いかどうかだ」
馬騰はそう言って陳宮の頭をがしがしと撫でてやる。
撫でられた方はやめるのです、ともがいている。
「改めて……姓は馬、名は騰、字は寿成、真名は燦」
朗々と彼女は名乗り上げた。
周囲の客達はもはやどう反応していいか分からず、ただただ事態の推移を見守るばかり。
なぜ、高順と馬騰が行動を共にしているのか……事情を知らねばさっぱり理解できない。
「我が名は姓は馬、名は超、字は孟起、真名は翠」
馬超もまた名乗り上げるが、口の端にご飯粒がついており、台無しである。
高順も華雄もそこらへんは見なかったことにした。
「たんぽぽは姓は馬、名は岱、字は伯瞻、真名は蒲公英!」
それらを受け、華雄がまず口を開いた。
「華雄だ。真名は嵐」
名乗った彼女に高順は視線を向けるが、華雄は微笑みを返す。
「真名、いいの?」
「構わん。これまでの旅でこいつらは信頼できると思うしな」
なるほど、と頷き高順もまた告げる。
「高順よ。真名は彩」
「ねねを忘れてもらっては困るのですぞー! 姓は陳、名は宮、字は公台、真名は音々音なのです!」
高順が名乗って流れ的に終わってしまいそうなところに陳宮が割り込んでくる。
「……恋」
いつの間にか炒飯を食べ終えていた呂布が呟くように言った。
うんうん、と満足そうに高順は頷く。
「で、盛り上がっているところ悪いんだけど、皆さんが呆気に取られてるし、迷惑だからさっさと戻りましょう」
高順のあんまりといえばあんまりな言葉に馬騰がすかさず口を挟む。
「いや、槍を捧げたりとかそういうことをしてもいいんじゃないか?」
「営業妨害は忌むべきことよ」
そう言いつつ、高順は巾着袋から銭の束を取り出す。
真ん中に空いている穴に紐を通し、100枚ずつの束だ。
「迷惑料込みでこれだけで」
合計5束、500銭を店主へ渡す。
1銭はおよそ100円程度なので現代日本円換算で5万円だ。
「こ、こんなに!?」
「お釣りはとっといて」
一度は言ってみたかったその言葉を言え、高順は微妙に機嫌が良くなる。
「ほらほら、お腹一杯になったらさっさと行くわよ」
高順の言葉に立ち上がる面々。
「邪魔したわね」
そう言い、高順は一同を引き連れ、酒家から出ていった。
彼女達が出ていった後、店主はぽつりと呟く。
「……意外と悪い奴じゃないのか」
その手に握られた銭はずっしりと重かった。
出した料理の代金を補ってなお余りある量だ。
「さっき俺はああ言ったが……異民族全部が全部、悪虐非道な連中じゃないのかもしれん……」
やや酔いが抜けた男が頭をかきながらそう言った。
酔った勢いとはいえ、彼の知る異民族にあんなことを言ったら、激昂して斬り殺されてもおかしくはない。
こうして高順達は地味に評判を上げたのだった。
酒家から出た一行は宿へと舞い戻った。
同行者が1名増えた為に今までの2部屋からもう一つ部屋を借りる。
山賊達から巻き上げている為に意外と路銀に余裕はある。
なお宿に入る際、どこからともなく現れた犬を呂布が抱え上げ、その犬を皆に紹介するということが起こったものの、それ以外は特に何もなかった。
そして、1つの部屋に集まってこれからのこと……目的は変わらず冀州南皮だが、そこに至るまでの細々としたところについて話し合うこととなった。
「個人的には途中で陳留に寄りたかったり」
「それなら洛陽見物もできる経路があるが……」
そう言い、ちらりと高順へ視線を送る馬騰。
案の定、高順は目を輝かせている。
「洛陽に行った後、黄河で船に乗って陳留近くの港で降りて陳留見物したら、また黄河で今度は南皮まで行く」
「それで決定……と言いたいところだけど、船酔いは大丈夫? 特にねね」
話を振られた陳宮はというと、自信なさそうな顔をしている。
「ねねはその、船に乗ったことがないのです。だから心配なのです」
「というか、私達も乗ったことがないと思うんだが?」
華雄の的確なツッコミに高順は心配いらない理由を述べる。
「ねね以外の全員は馬で長時間やんちゃする。船より馬の方が遥かに揺れるでしょ?」
「道理だな。だが、万が一、全員船酔いで倒れたとあっては喜劇にもならんぞ」
「でもね、嵐。今後、水上戦……いえ、もっとかっこよく言えば艦隊決戦があってもおかしくないでしょ?」
ピクリ、と華雄の体が震えた。
船のことなんぞさっぱりわからない華雄をしても、艦隊決戦という響きはそれほどまでに甘美なもの。
またその証拠にセキトと戯れている呂布を除いた他の面々も思い思いに空想し、危ない笑みを浮かべている。
「艦隊決戦の為には当然、船に慣れておかないと……こう、敵艦隊撃滅とか敵艦撃沈とかそういうこと、言ってみたいし聞いてみたいでしょ?」
こくこく、と華雄は首を縦に振る。
ちなみにだが……高順は当然海戦についても学んでいたりする。
彼女としても艦隊決戦はやってみたい、という個人的願望があった。
「なら決まりね。一応、船酔いに効く薬とか買っておきましょうか」
その願いが実現するかどうかはさておいて、馬騰の提案は満場一致で受け入れられたのだった。
だが、高順は忘れていた。
彼女の最も信頼する軍師が南皮で首を長くして待っていることに。
寄り道することでガミガミ言われるのはもはや確定したようなものであった。
一方その頃、陳留ではある少女が報告を聞き、微笑んだ。
未だ幼いながらも太守として赴任して早半年。
ようやく詳細な街の現状が分かり、街の発展の為にと動き出した真っ最中。
頼れる身内が多いために今のところは順調だが、将来的にはもっと人材を集めねばならない、と思っていたところにやってきたその報告。
「あの高順が、華雄が、并州で目撃された……」
報告によれば住民から嫌われながらも片っ端から山賊を退治しつつ、東へ進んでいるらしい。
普通なら恐れるところだが、少女は違う。
彼女にとって有能であれば異民族だろうが何だろうが全く関係がない。
そもそも、住民が嫌っているのは単なる先入観である、と容易に少女には判断できた。
高順達は住民を手にかけたり、略奪をしたりしていない。
それが何よりの証拠だ。
「現状、欲しいのは文官……無論、彼女達の力は来るべき戦乱の為に必要……」
だけども、と彼女は続ける。
「今、手に入れるのは朝廷に要らぬ疑いをかけられるわね。ならば、友好的な関係を結んでおくべきか」
だが、と少女は続ける。
「問題はどうやって会うか。彼女達がどこにいるか、きっかけはどうするか……」
自ら会う、というのも中々に問題だ。
涼州以外で羌族と太守が会えば、それだけで疑いをかけられるには十分過ぎる。
「賊を利用するか……」
徐々にではあるが、賊となる農民は増えつつある。
それは悲しい事だが、少女の周辺でも同じ事。
だが、それすらも利用すれば良い……そう彼女は考えた。
「使いを出し、賊退治の義勇軍として協力してもらいましょう」
断られたら断られたで、徹底的に追いかけて密会をすれば良い。
勿論、密会の時期は今ではなく、もっと世が乱れたそのときに。
とにもかくにも、自らの存在を知らせておくことが肝心であった。
少女は部屋の外にいるだろう兵に告げる。
「夏侯惇と夏侯淵を呼んできなさい」
面白くなりそうね、と少女――曹操は笑みを浮かべたのだった。