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圧倒的戦力差

 洛陽目指して……ではなく、冀州南皮目指して進むことになった高順一行。
 道中特に何事も無く冀州の手前、并州へと入り、適当な街で宿を取ろうということになった。
 高順と華雄は顔をすっぽりと外套で覆ったことで、門番に怪訝な顔をされたものの、どうにか街へと入ることに成功した。


 そして、今夜の寝床となる宿を確保し、馬騰達が陳宮を連れて買い出しに行っている最中に溜まったものを吐き出してしまおう、と寝台の上で戦っているときであった。



「匈奴が出たぞおお」


 窓の外から聞こえるそんな声に華雄と高順はお互いに顔を寄せ合った体勢で動きを止める。

「……どうするんだ?」

 華雄はそう尋ねつつも高順の首筋に顔を埋め、口づけをしていく。

「どう、しよう……んっ」

 答えようとした高順を華雄は容赦なく責め立てていく。
 高順はどちらかというと被虐体質である。
 対する華雄はその逆で嗜虐体質である。
 何が言いたいか、というとこの2人、そっちの意味での相性も抜群によかったりする。


 窓の外の喧騒なんぞ遠い世界とばかりに再び燃え上がり始める華雄と高順。
 このまま後半戦に突入かと思われたが、次第にうるさくなる窓の外。
 子供の泣き声、物の割れる音。
 ちらり、と華雄と高順が窓から眼下へと視線を向けてみれば家財道具を荷車に乗せて避難しようとしている大勢の人々。
 2階ということもあり、実によく見えた。

 義勇軍やら官軍、あるいはこの街固有の自警団などがいてもいい筈なのだが、どうやらそんなものはおらず、あっさりと街を放棄するらしい。
 死を覚悟して立ち向かう、というのは中々にできないことだ。
 ましてや、それが異民族が相手ならなおのこと。
 匈奴もまた屈強な戦士が多いことを華雄も高順もよく知っていた。



「……うるさいな」

 興が削がれた、と不機嫌そうな顔となる華雄。
 無視できない程度にまで達した喧騒。
 そのとき、廊下を慌ただしく走る音が聞こえてくる。

 すかさず華雄と高順は慌てずにお互いに離れ、下着と服を手早く着る。
 事後処理はまだしてない為に下着が大変な状態となるが、背に腹はかえられない。

「大変だ! 匈奴が攻めてきた!」

 一番に飛び込んできたのは馬超。
 その脇から馬岱と陳宮が買い物籠を抱えて現れる。
 その中には野菜や肉がたくさん。
 数日は持つだろう。

「どうするんだ?」

 馬超を押しのけて入ってきた馬騰の問いに華雄は高順へと視線をやる。

「逃げましょう」

 即断であった。
 高順からすれば匈奴と戦ったところで旨味も何もない。
 というよりか、陳宮を入れても6人という戦力で街に攻め寄せてくるような数の匈奴と戦えるとは到底思えない。

「おいおい、住民を見捨てるのかよ? 連中、とてもじゃないが逃げ切れないぜ」

 納得いかない、と馬超が問う。
 彼女の言い分もある意味もっともだ。
 ここで漢族を助ければ異民族への印象……というよりか、高順への印象が良くなる可能性はある。

「何を言っているのです! 聞けば匈奴は100騎以上の騎馬でもって攻めてきているらしいのですぞ? ねね以外の皆さんが猛者であっても、回りこまれて袋叩きになるのです!」

 高順の意見に賛成する陳宮。
 さすがの馬騰も同意見とばかりに頷いている。
 おまけに彼女達は馬を持っていない。
 そして、たとえ馬がいても、幾ら何でも数に差がありすぎる。
 そんな中、華雄が口を開いた。

「彩、逃げるのはいいとしてだ……嫌がらせをするのはアリではないか?」
「嫌がらせなら任せて!」

 華雄の言葉に馬岱が手を挙げる。
 その言葉に高順はふむ、と顎に手をあて思案する。
 いつの間にか外からは喧騒が消えており、彼女が視線をやればそこには人っ子一人いない。

「馬超、さっき逃げ切れないって言ったのは街中から出られないという意味? それとも街から出てすぐに追いつかれるという意味?」
「後者だ。老若男女にそれぞれの家財道具なんてお荷物抱えてちゃ、すぐに追いつかれるだろう」

 なるほどなるほど、と高順は頷く。

「さっきの発言撤回。これなら勝てるわ」

 まさかの発言に誰もが皆、目を丸くする。
 嫌がらせを提案した華雄、それにのった馬岱も所詮は時間稼ぎのつもりであった。

「騎兵は平地での野戦においては最強だけども、市街戦ではどうかしらね……」

 怪しく笑う高順に一同、一歩後ずさる。
 彼女はやる気であった。
 つい先程、逃げようと言っていたとは到底思えない。
 朝令暮改は忌むべきことだが、それでもやれるならやってしまおう、というのが高順であった。
 そして、市街戦はこの時代では勿論、21世紀の米軍ですらもやりたくない戦闘の一つだったりする。
 何しろ、家屋の一つ一つが拠点となり、それらを一つずつ制圧していくという極めてまどろっこしい戦闘なのだ。
 しかも、どこから攻撃されるか分からない為に攻撃側は神経を張り詰めっぱなしとなり、精神的にも疲弊する。
 まあ、火でもって街ごと焼き払う、という手段もとれるのだが、今回攻めてくる匈奴は略奪が目的なのでそんなことはできない。
 慌てて逃げ出したが故に残っている物も多いのだ。

「馬超と馬岱は通りの中心に落とし穴を掘って。通りの幅一杯に。その後は適当な家屋に隠れて」

 2人が心得た、と頷いたのを確認し、高順は続ける。

「寿成殿と嵐は敵がやってくる門の付近に隠れ潜んで、敵の先頭が落とし穴に落ちたときに飛びかかる。で、2人が出た後に馬超と馬岱が家屋から飛びかかる」
「偵察も私と寿成殿が?」

 華雄の問いかけに高順は頷く。

「四方にある門のうち、どこの門からやってくるか連絡を。まあ、さっきの叫んだ輩がやってきた方角からだと思うけども」
「わかった。では早速行ってこよう」

 華雄は頷き、馬騰に目配せ。
 心得た、と馬騰は頷き2人は部屋から出ていった。

「ついにたんぽぽの悪戯が日の目を……!」
「蒲公英、さっさと行くぞ」

 馬超に引っ張られて怪しく笑う馬岱が部屋を出ていった。
 残ったのは陳宮と高順。

「高順殿とねねはどうするのです?」
「陳宮を1人にするわけにもいかないから、私とここでお留守番」

 高順の判断を臆病と見るか否かは人それぞれだ。
 とはいえ、無防備な陳宮を1人にするわけにもいかないのは確か。


 高順がぽんぽん、と自分の膝を叩けば陳宮はおずおずと彼女に近寄り、そしてその膝の上に座った。
 陳宮の帽子を取って横に置き、彼女の頭を優しく撫でる。
 さわり心地の良い髪に高順は頬を緩ませる。
 対する陳宮も何だか母親に抱っこされている気分となり、遠い故郷のことを思い出す。
 村を出されたのは辛いが、それでも懐かしかった。

「なぁ!」

 唐突にそんな声が窓の外から響いた。
 高順と陳宮が窓から顔を出せば眼下には馬超と見慣れぬ赤髪に褐色肌の女の子。
 その女の子の手にはどこかで見たような武器がある。

「こいつが街中で残ってて、何でも匈奴退治をするって言ってるんだけど!」

 赤髪の子が視線を上げ、高順のものとかち合う。

「……あなた、名前は?」

 高順の問いに女の子は呟くように答える。

「呂奉先」

 まさかの人物の登場に高順は後ろにひっくり返った。

「高順殿!? 傷は浅いですぞー!」

 慌てて陳宮は高順を抱き起こそうとするが、その身長差から中々彼女の体を起こせない。
 何やってるんだ、と馬超は呂奉先――呂布の手を引っ張って宿に駆け込んだ。








「いや、面目ないわ……」

 そう謝る高順。
 呂布が并州出身だとは知っていたものの、まさかこんなところで出くわすとは彼女からすれば予想外であった。
 もっとも、陳宮が出てきたときも予想外であったのだが。

「で、こいつどうすんだ? 一見しただけだとぼーっとしてて戦闘なんてできそうにないんだが」

 馬超の言葉ももっともで知っている高順ですらも、呂布は木陰で昼寝しているのが似合いそうな女の子にしか見えない。

「大丈夫。恋、強い」
「強いって言われてもなぁ……」

 がしがし、と頭をかく馬超。

「どうするのです?」

 陳宮の問いに高順は一も二もなく、呂布の両手を握り、頭を深く下げた。
 まさかの光景に馬超も陳宮も目を丸くする。

「ご協力、お願いします!」

 呂布はその勢いに僅かに驚いた。
 彼女にはこうやって誰かに頭を下げられ、お願いされる経験は無い。
 初めてのことに彼女は戸惑いつつも、ゆっくりと込み上げてくる感じたことのない高ぶり。
 誰かに期待されると心地良い、ということを呂布は初めて知った。

「わかった。恋に任せて」

 その言葉は短いが、力強い。

「ありがとう……馬超、彼女もあなたのところで。作戦を説明してあげて」
「わかった。まあ、お前がそう言うならコイツは強いんだろうから期待しておく」
「この大陸で1対1なら彼女より上の輩はいないと思う」

 そこまで言うか、と馬超は驚きつつも呂布を見る。
 視線を向けられた方は僅かに首を傾げる。

「……どうにも調子が狂うなぁ」

 盛大な溜息を吐きつつ、再び呂布の手を取り、馬超は部屋から出ていった。


「高順殿、奉先殿は強いのです? ねねにはどうもそうは思えないのです……」

 困惑した様子で問いかける陳宮。

「かつて存在した飛将軍と同じ程度には強いと思う。是非とも私の家臣となって欲しい」

 史実などを知っている高順からすればその史実通りの呂布であれば遠慮願いたいところだが、どうにもこの世界の呂布は裏切るようには見えない。
 であればこそ、将軍として是非とも欲しいところだ。

 そして、高順はあることに気がついた。
 馬一族を除けば集まっている面々が全員史実の董卓軍の人物であることに。

 これ、反董卓連合とか組まれたりしないよね、と思わず彼女は心配してしまう。

「高順殿?」

 陳宮は高順の胸中を察したのか、心配そうな顔で彼女を見つめていた。

「何でもない」

 そう言い、彼女は陳宮を再び膝の上へと招き寄せ、頭を撫で始める。
 そんな彼女に陳宮はぎゅっと抱きつき、そこで気がついた。

「……高順殿、何だか変な匂いがするのです」
「気のせい」

 そういえば後処理してなかったなぁ、とすっかり忘れていた高順であった。








 それから1刻後、匈奴と戦端が開かれたが、戦闘は極めて順調に推移した。
 落とし穴に落ちて不意を突かれた先頭集団、それを見、後方より襲い掛かる馬騰と華雄。
 後方に気が取られた瞬間に横から飛び出してくる馬超、馬岱、呂布。

 幾ら匈奴が数で上回っていても大通りに追い込まれ、前方には落とし穴、後方と側方からの奇襲である。
 機動力という最大の長所を封じられた状態で一騎当千の猛者に襲われてはどうにもならなかった。
 故に敵の指揮官はこれは拙い、と全滅する前に降伏したのだった。









「げぇっ! 高順!」

 捕まえた敵の指揮官である女性に高順が名乗ったら、そんな反応が返ってきた。

「傷ついた。謝罪と賠償を請求する……って何を言わせるのよ」

 高順はそう返しつつ、女性のほっぺたをつんつんと突っつく。

「いや、だって……お前、あの高順だろ? 10倍以上の官軍を打ち破ったっていう」

 つつかれながらそう答える女性。
 そんな彼女の言葉に華雄は咳払い。
 私を忘れるな、とさりげない自己主張。

「私はあくまで全体の指揮を取っただけで、直接の勝因となったのはこっちの華雄よ」
「げぇっ! 華雄!」

 そう紹介したら先ほどと同じ反応。
 その反応に華雄は満足気に頷いている。


「で、こっちがその官軍の指揮官だった馬寿成殿」
「あのときは輜重隊と伝令を潰されてどうにもならなかった」

 うんうん、と過去を思い出し頷く馬騰。

「……勝てるわけないだろう。というか、何でこんなところにいるんだ!」

 彼女の叫びももっともだ。
 好き好んで異民族が漢族の街にいこう、とは思わない。
 しかもそれがあの高順に華雄だ。

「冀州南皮の袁家に行こうとしているところなのよ」
「袁家に?」
「そうよ。あ、もしかしたら将来、どっかで旗揚げするかもしれないから、そのときは交易とかよろしく」

 その言葉に女性は声のトーンを落として尋ねた。

「……羌族が征服するのか?」
「いえ、これは私の独断だし、そもそも私の形式的な部下で羌族は華雄しかいない。あとは漢族よ」
「だが、お前がとれば羌族がとったことになるだろう?」
「私としてはあなた方とも仲良くしたいのだけども。その方が何より儲かる……ただ、最近は匈奴もよろしくないんでしょう?」

 高順の問いかけに女性は隠しても無駄か、と悟り、言葉を紡ぐ。

「鮮卑の檀石槐が台頭して以降、うちはやられ放題だ。烏丸は袁家と友好関係にあり、うちも袁家とはそれなりに仲が良いから烏丸と一応は平和な状態だ。で、その鮮卑の連中はどことも手を結んでいない」

 だが、と彼女は言葉を続ける。

「お前や華雄なら話は別だ。伝え聞けば烏丸や鮮卑にもその名が轟いているとか。ならば、漢族では成し得ない、鮮卑との協力関係も築けるかもしれない」
「まあ、どうなるかは分からないのが世の常」

 そう言い、高順は女性の縄を切る。

「って、おい、いいのかよ!?」

 まさかの行動に馬超が驚くが、高順は涼しい顔で返す。

「物資が足りないなら袁家の賈文和っていうのを尋ねなさい。高順から言われてきたって言えば何とかしてくれるわ」

 対価も物凄いだろうけどね、と心の中で高順は呟いておく。

「うちが蝗害だということを知っていたのか?」
「いえ。ただ最近になって并州に何度も大規模な略奪を行なっているらしいから、食糧とかそういうのが不足しているんだと思ったのよ。略奪ってほら、小遣い稼ぎみたいなもんでしょ?」
「……恐ろしい奴だ」
「マトモな頭を持っていれば誰だって気づくと思うけども」

 高順のその言葉に気づかなかった面々――呂布以外の者が落ち込む。

「というか、高順。お前、さり気なく情報収集しているんだな」

 馬騰は呆れたような感心したような、微妙な顔だ。
 そんな彼女に高順は不思議そうな顔をする。

「街中を歩いていればどこが襲われたとかそういうものが聞こえてくるでしょ? それを統合すればだいたい見えてくるわ」
「いや、普通できないから」

 馬騰のツッコミにうんうんと頷く面々。
 さしもの華雄も戦場以外でそこまでは気を払うことはできなかった。
 なお、2名は反応が違った。

「勉強になるのです」
「……お腹空いた」

 陳宮と呂布だ。
 陳宮はともかくとして、呂布は色々な意味でマイペースだ。
 こういうところがある意味、史実などの呂布に通じるところかもしれない。

「ともあれ、生き残りを連れてさっさと戻って私のことを伝えて頂戴」

 高順の言葉に女性は私達が攻撃したんだよな、と思わず困惑してしまったのは言うまでもなかった。

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