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彼女の建前と本音





 陳宮が自己紹介を行い、また高順が彼女を雇ったこと、そして現状の異民族蔑視の風潮を無くし、大陸統一を成し遂げることを宣言した。
 宦官打倒後の明確な目標を高順が自ら語ったのだ。
 客将という立場である馬超や馬岱は士気を大いにあげたものの、華雄、そして馬騰は違和感を覚えた。
 彼女らが知る高順は少なくとも大義の為に動く輩ではない。
 そこが好ましいところであり、欠点でもある。

 高潔な者からすれば私利私欲で動く唾棄すべき輩に見えるだろう。
 とはいえ、少なくとも今この場にそういった高潔な輩はいない。
 敢えていえば幼いが故に汚いことを知らない陳宮や馬岱がそれにあたるかもしれないが、両者共、これまでにそれなりに汚いところは見ている筈だ。

 だが、馬騰は自らの立場を弁え、何も言わない。
 故に華雄は将来において内部分裂の元とならぬよう、敢えて嫌われ役を買って出ることにした。



「で、真意はどこなんだ?」

 華雄の言葉に高順は首を傾げる。
 そんな彼女に華雄はさらに続ける。

「お前が誰かの為に、と動くような奴ではないことはよく知っている。そこの公台がお前を1刻も経たないうちに話術で洗脳したというのはさすがにないだろう?」
「何を言っているのです! 高順殿は心の底でそう思っていたからそう言ったに決まっているのです!」

 怒る陳宮を相手にせず、華雄は視線を高順に注ぐ。
 その瞳は僅かな虚偽も許さぬ、と言っている。
 そして、華雄は僅かに高順の視線が自分から逸れたことを確認した。
 それだけで彼女にとっては十分過ぎた。

「……ふむ。だいたいわかったぞ」
「いや、何も言ってないじゃないか」

 腕を組み、頷く華雄に馬超はおいおい、とツッコミを入れる。
 そんな彼女に不思議そうな華雄。

「目は口程に物を言う……というではないか?」
「確かに言うけどさ……」

 一応の肯定をしつつ、母に視線を向ける。
 馬騰はそれを受け、ゆっくりと口を開く。

「華雄と高順は長い付き合いと聞く。そういうこともあるんだろう」

 そういうもんかなー、といまいち納得がいかない馬超であったが、とりあえず華雄の話を聞こうと口を閉じた。

「お前の本心は異民族蔑視をどうにかする為にそうするわけじゃないな」

 問いかけではなく、確信であった。
 華雄はさらに言葉を紡ぐ。

「お前は自分の為に動く奴だ。そこが好ましくもあり、欠点でもある。それから考えるに……欲を出したな?」

 悪戯した子供を咎めるように華雄は高順に問いかけた。
 言われた高順は僅かに体を震わせ、顔を俯かせる。

「公台の純粋な願いを体の良い隠れ蓑にして、王になろう……そして、歴史に名を残そう、未来を手に入れよう……大方そうではないか?」

 陳宮が高順に顔を向ける。
 彼女の顔は華雄の言葉を否定して欲しい、と言っていた。
 対する馬騰達は口を出すべきではない、と感じつつもようやく彼女の本心が聞けることに安堵していた。
 今まで目標とか夢とかそういうのをまったく言わなかった高順だ。
 宦官打倒までの関係だとしても、今は身内であるのだから、教えて欲しいというのが彼女達の偽りなしの本音。
 共感できるならば手伝いをするのもやぶさかではない。



 対して高順は混乱していた。
 それは彼女自身でも、華雄に言われた通り隠れ蓑にしようとしていたか、分からなかったからだ。
 あのときのことを思い出し、少なくとも功名心から出たものではない……と高順は言おうとしたが、そうすることはできなかった。
 高順自身、思っていたからだ。
 彼女は英雄になりたかった。
 歴史に名を残したかった。
 皆からちやほやされるような、そんな特別な存在に。

 陳宮に言われ、高順が思いついたあの考えを実現すれば名君と称されるに相応しい功績となるだろう。
 平和な世を体現した王として。
 1000年以上の後、歴史の教科書に載り、誰もが彼女の名と功績を知り、テレビでは特集が組まれ、コメンテーター達は誰も彼もが彼女を称賛する……そういう存在になりたかった。

 そう、賈詡の予想は見事に的中していた。
 

「彩」

 黙して語らない高順に華雄は優しく声を掛けた。

「私は別に怒っているわけじゃない。ただ本音を言って欲しいだけだ」

 穏やかな笑みを浮かべ、華雄はさらに言葉を紡いだ。
 別段、欲があるのを彼女は否定するわけではない。
 功名心も必要なものだ。
 だが、本音を隠して建前だけでは甘い汁を吸いたいが為のゴマスリはついてきても、本当の家臣は得られない。

「……本当に言っていいの?」
「勿論だ。お前がどんな欲望を持っていたとしても、私も文和も仲穎も受け入れるだろう」

 華雄の言葉に高順は遥か遠く、冀州にいる賈詡や董卓を思い浮かべる。
 久しく会っていないが為にとても懐かしく思えた。

「……私は英雄になりたい」

 ぽつり、と高順の口から言葉がこぼれでた。
 俯いていた彼女は顔を上げた。

「歴史に名を残したい。他の英雄から一目置かれたい」

 なるほど、と華雄は頷き、視線を陳宮や馬騰達に向ける。

「だ、そうだが?」

 その問いかけに一番に答えたのは陳宮であった。

「高順殿、その気持ちから出たものだとして、今も異民族蔑視をどうにかして平和な世をつくりたい、と思っているのです?」

 問いに高順は陳宮の琥珀色の瞳をまっすぐに見据え、頷いた。

「ならばねねは高順殿についていくのですぞ!」
「良いのか?」

 華雄の問いに陳宮は力強く頷く。

「ねねは別に名声とかそういうのはいらないのです。平和な世をつくって、それを見てニヤニヤしたいだけなのです」
「自己満足は最高の快楽だからな。で、その言葉はお前はそうしてくれる輩なら誰でもいい、と取れるんだが?」

 暗に裏切りは許さない、と告げる華雄に陳宮はやれやれ、と溜息を吐く。

「欲望をさらけ出してくれる方がかえって信頼できるのです」
「確かにな」

 うんうんと頷く華雄。
 そんな2人を横目に、馬騰が口を開いた。

「なあ、高順の言ってることは要するに名を上げたいってことだろ?」

 その言葉に高順は頷く。

「それって武人が己の武を誇りたいというのと同じことじゃないか?」

 その言葉に一同はそういえば、と気がついた。
 そう、何らおかしいことではない。

 そもそも華雄の旅の目的も強くなりたいから、というものだ。
 それは何ら恥じることではない。
 ならばこそ、高順の目的である英雄になりたい、歴史に名を残したい、というのも別に大して変わらない。

「……もしかして高順って、バカ?」

 馬岱の言葉に否定できずに俯いてしまう高順。

「と、ともかく、彩が表面取り繕って隠したり何だりしたのが悪い」

 華雄は強引に纏めにいく。
 確かに高順がさっさと自分の思いを打ち明けていれば回避できた事態である。

「よしよしですぞー高順殿はいい子ですぞー」

 しまいには傍にいた陳宮に頭を撫でられる始末。
 そんな高順を見た華雄は悲しみにくれている彼女もイイ、と思ってしまったが、そこは些細なことであった。













「何かおかしいような」

 顔良は執務室で1つの書類を見、呟いた。
 その書類は賈詡がもってきたもので、厳冬対策・飢饉対策として毛布、薪、食糧などの備蓄に関するものだ。
 それ自体は理にかなっていることだが、その量が半端ではない。
 桁を2、3個間違えているんじゃないか、と顔良が思ってしまうくらいに膨大な量である。

 袁家の財政からみればその購入費用は大したものではないが、それでも無駄遣いは顔良としては黙認できない。

「でも、文和さんだしなぁ……」

 顔良は賈詡が苦手……とまではいかないが、あんまり会いたくない相手だ。
 常に眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな顔でガミガミと口うるさい……というのが袁家内での賈詡への評価だ。
 しかもその言っていることが正論だったり、言われた通りにやればうまくできたりするのだからたまらない。
 おまけに当主の袁紹と真名を交換する程に仲がいい。
 これには側近というか、悪友といった方がいい顔良や文醜も首を傾げるばかりであった。

「……とりあえずいいか」

 顔良はその書類を可のハンコを押すと次の書類に取り掛かった。
 また賈詡からのもので、今度は馬車に関するもの。

 書いてあることは先程と同じようなもので、災害時に迅速に物資を運ぶ為に頑丈な馬車を量産したいとのこと。
 その為に必要な人材登用を行いたい云々と書いてあった。
 勿論、量産に必要な費用材料その他諸々についても。

「たぶん、もう話をつけてあるんだろうなぁ……」

 手回しが良い賈詡である。
 実際はもう材料その他諸々は揃っており、また生産責任者も決めてあるのだろう。
 ここでゴネたら賈詡本人が乗り込んできて完全に論破されることも予想がついた。

「田豊さんや沮授さんも口で勝てないみたいだし」

 そう言いつつ、可のハンコを押す。
 袁家の二大軍師が客将に勝てないのは何とも情けない話であるが、知っている人からすればあの賈詡が相手ならしょうがない、と納得することだろう。

「って、また文和さんの……」

 次の書類も提出者が賈詡であり、顔良はげっそりしたのだった。












「事後承諾で本当にいいんですか?」

 丁寧だけどもどこか小馬鹿にしているような口調が響く。
 言われた方はというと、ただ頷く。
 視線はそちらへと向かず、手元の紙に注がれている。

「怖い人ですねぇ」
「うるさいわよ、張勲」
「はぁい」

 賈詡は溜息を吐く。

 幽州発展の為に物流改善が必要。
 その為には街道整備と馬車が必要。
 街道整備に関してはともかくとして、馬車は今から作っておく必要がある。
 それ故の此度の登用……であったのだが、そういった職人達は袁家が抱え込んでしまっており、さすがに彼らを使うことは袁紹が許さなかった。

 ならば、と賈詡は工作が巧い人材を探し、見つけたのが張勲であった。
 聞けば袁紹のところで仕官を断られたので、袁術のところへ行こうか、と思っていたという。
 そこで賈詡は自分の部下として登用し、彼女を馬車作りの総責任者とした。
 それだけならまだしも、賈詡はあろうことか、必要な土地や作業員、材料を既に確保していた。
 顔良へ提出したものは実質的な事後承諾の書類。
 もっとも、承諾せねば賈詡が赴いて説き伏せてしまうので、どちらにしても顔良は承諾せざるを得ない。
 早いか遅いかの違いだ。



「ですけど、最低で1000台の馬車ってとんでもない数ですよ? 万単位の軍勢の輜重隊を組むことができますし」

 賈詡は視線を張勲へと移し、ただ一言。

「災害対策用よ」
「いえ、だって……」
「災害対策なの」

 災害対策の一点張りの賈詡に張勲は納得する。
 名目上はそうしておいて、謀反でも起こすのだろう、と。
 
「言っておくけど、袁紹を裏切ったりはしないから」

 心中を見透かされたことに張勲は冷や汗が垂れる。

「あと、ボクはただの軍師に過ぎないわ。決めるのは別の人」
「……え?」

 張勲は目を丸くした。
 君主がいるならば何故袁家に、とそういう疑問が彼女に湧くのも当然のこと。

「色々あるの。もう少しすれば来ると思うから、そのときに紹介するわ」
「文和さんを軍師にするなんて……見る目がありますねぇ……」
「当然よ」

 胸を張ってそう言う彼女に張勲はなるほど、と頷き、そして告げる。

「大好きなんですね」

 にっこり笑顔でそう言われ、賈詡は顔を一瞬で真っ赤にする。
 慌てて否定するが、その態度がもはや肯定しているに等しい。

「若いっていいですねぇ」
「……あんたも若いでしょう。ともかく、作る馬車は全て部品の大きさを統一しなさい」
「そうした方が修理とか楽ですねぇ」
「それと部品の数もできるだけ少なくしなさい」
「それだと作るのが楽になりますねぇ」
「あと、誰でも作れるように手引書を作りなさい」
「それだと私が用済みになって捨てられちゃいますねぇ」

 さり気なく返した張勲に賈詡は不敵に笑った。
 先ほどのお返しとばかりに。

「大丈夫よ。馬車なんてまだ第一歩だから。その後は船を作ってもらうわ」

 ピシリ、と固まる張勲。

「陸と海の物流改善、これで物資と人が流れ込みやすくする。馬車や船の製造と平行して街道整備、港湾整備、治安向上、農政改革……」
「わ、私は作るの専門でいいんですよね!?」
「悪いけどうち、人が少ないのよ」

 爽やかな笑顔でそう返す賈詡に張勲は項垂れた。

「ま、せいぜい頑張りなさい。睡眠時間くらいは確保してあげる」

 手をひらひらと振り、賈詡は視線を手元へと戻す。
 高順がもたらした未来と今での農業の相違点とそこに関する考察を思い出しつつ、再び作業を進める。
 賈詡が今行なっているのは抽象的な案であった高順の農政改革案を具体化する作業だ。

 対する張勲は自分の机であーでもないこーでもない、と馬車の図面を引いている。



「おーっす、暇やから呑もうや」

 勢い良く扉が開いたのはそんなときだった。
 入ってきたのは張遼。
 彼女の片手には酒瓶、もう一方にはつまみが盛られた皿。

「……霞、ボクの必殺技をもらいたくなければ今すぐに出ていきなさい」
「何や何や、詠はお冠か?」
「愛しのご主人様と会いたくて会いたくてイライラしてるんですよ~」

 からかいにのらない張勲ではない。

「さよか。月といい、詠といい、ほんまにあいつも罪な女やなぁ」

 張遼はうんうん、と頷く。
 これは、と思った張勲はすかさず問いかける。

「私、最近文和さんの部下として入ったばっかりなんで、そのご主人様について知らないんですけど……」
「ああ、ウチらのご主人様は巷で噂の」
「賈文和眼鏡斬りッ!」

 椅子から飛び上がり、賈詡は張遼目掛けて飛び蹴り。
 奇襲にも関わらず、張遼はひょいっと回避。

「眼鏡斬りとか言いつつ、飛び蹴りっちゅうのはあかんやろ」
「相手の虚をこちらの実で突くのは基本よ」
「確かにそうやけど……」

 何か納得いかんなぁ、と思いつつ、来客用の椅子にどっかりと座る張遼。
 こうなったらテコでも動かないな、と賈詡はすぐさま察知し、彼女に釘をさす。

「霞、悪いけどウチの大将に関しては来てから改めて紹介するわ。張勲を疑っているわけじゃないし、そもそも私達の目的は袁紹自体が認めていることだけども」
「なるほどな。ま、我らが軍師様がそう言うんなら従うまでや」
「えー、教えてくれないんですかー?」

 不満気な顔の張勲。

「あと1ヶ月かそこらで来ると思うから、それまでに馬車の設計と試作を終えておきなさい」

 賈詡の言葉に張勲は不満たらたらながらも、了解したのであった。

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