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5人の山賊狩り


 賈詡は気が重かった。
 顔良からついさっき聞かされたとある連絡を董卓に伝えねばならないことに。
 その連絡は言うまでもなく、母の悲報。

 だが、それも予期できたこと。
 月には受け止めてもらわなくてはならない、とどうにか落ち込む気分を奮い立たせる。


 董卓はほとんど一日中、書庫で過ごす。
 彼女は貪欲に知識を吸収していく。
 さすがに名家なだけあって、蔵書の種類と量は豊富であり、賈詡もよく利用している。


 書庫の一角に設けられたもはや定位置とでも言うべきところに董卓はいた。
 机に向かい、農政に関する書を読んでいるらしい。

「月」

 賈詡が呼べば彼女は視線を本から動かし、賈詡の姿を見つけ微笑む。

「詠ちゃん、どうかしたの?」

 賈詡はそのまま言うのではなく、少しでも軽減すべく遠回しに告げる。

「来るべきときが来た」

 その言葉に董卓は僅かに身を震わせ、そして顔を俯かせる。
 賈詡のこわばった表情からどういう意味か察するのは容易であった。

「……母様が逝ったんだね」
「おそらくは彩の指揮ね。顔を知られているなら撹乱の為に潜入もままならない」

 董卓はその言葉に悲しみがより大きくなるのを感じた。
 彼女にとって母親も高順もどちらも大切な存在。
 その2人が相争い、母が死んだ。
 状況から高順を恨むこともできない。

 故に彼女は自分を恨む方向へ。

「私がもっとしっかりしてれば……」

 そう言い、頭を抱える董卓に賈詡は溜息一つ。

「あんたが稀代の大天才であったとしても、どうにもならなかったわ」
「でも……それでも……」
「無理なものは無理よ。もし、あんたが辛いんなら彩にどうにかしてもらいなさい。自分の思いを全部ぶつければいいわ」

 賈詡はそう言い、自分の胸の奥に針が刺さったような感触を覚える。
 彼女はそれの正体がおおよそ見当がつくが、敢えて無視した。

「とにかく、もう勉強は頭に入らないだろうから散歩でもしてきなさい。雑務はボクがやっておくから」

 そう言い、賈詡は董卓から書物を取り上げてしまう。
 一見すれば突き放しているようにも見えるが、彼女なりの不器用な優しさであることは董卓にはよく分かった。

「うん……ありがとう、詠ちゃん」
「ばっ、ばかっ! べ、別にあんたのことを心配してるわけじゃないんだからね!」

 素直な好意に弱いのが賈詡の特徴だったりする。
 そんな彼女の反応に董卓はくすくすと笑い、書庫から出ていった。
 後に残された賈詡は一応元気になったらしい董卓にほっとしつつも、何だか納得がいかない。

「……まあいいか」

 だが、それでも良し、として賈詡は取り上げた農政書を片付けるのだった。















 一方その頃、高順一行はあの会談から程なくして涼州を発ち、旅をしていた。
 とりあえずの目的地は洛陽。
 その人数は高順、華雄、馬騰、馬超、馬岱の僅か5人。
 
 ただ問題もあり、立ち寄った街や村で高順と華雄を見た住民達は怯えや嫌悪の視線を向け、それに馬超や馬岱が憤怒し……という事態に発展してしまうことだ。
 馬騰はそんな身内をぶん殴って止めるのだが、最終的に滞在することができなくなってしまう。
 宿に宿泊することは勿論、マトモに買い物もできない。
 無論、金はあるのだが、相手が売ってくれない。
 馬騰達に買い出しを任せ、高順や華雄は郊外にいればそれで済むのだが、買い出しをする側からすればあまり気分のいいことではない。

 ならばどうやって気楽に食料を得るか、とそういう話になってくる。
 山賊になるのは論外、となれば必然的にやることは一つ。







「……弱すぎるぞ」

 華雄は不満気な顔で死体の山にぷくーっと頬を膨らませる。
 その死体は数分前までここら一帯に蔓延っていた山賊達の成れの果てであった。

「それなりに溜め込んでるな」
「酒もあるじゃないか……」

 山賊達が溜め込んでいた食料やら酒を漁る馬超と馬騰。

「使えそうなものはこれくらいかな……」

 これまた山賊達が使ってた武器を集めている馬岱。
 そして、高順はというと……1人、木陰でのんびりくつろいでいた。
 一応、彼女はこの一行の代表であり、他の者は一応彼女の部下や客将となっている。

 そんな一応の部下達が戦闘において極めて優秀な為にたかだか20人程度の山賊相手に高順がやることはなかった。
 勿論、彼女も人を殺すのを間近で見て、先の戦よりは実感が湧いたが、それでも罪悪感に苛まれるということはない。
 殺す覚悟も殺される覚悟も彼女は持っていない。
 かつて賊を1人で窒息死させたときのように、誰かを殺すのにそんなものは必要ないのだ。

 結局のところ、彼女の殺人への立ち位置は敵か否か――それに尽きる。
 華雄もまたそれを悟り、高順の考えを否定も肯定もしなかった。
 こういうのに正解というものは存在しない、と彼女は知っていた。


 さて、高順達がどうやって日々を食いつないでいるかというと山賊狩りだ。
 山賊が溜め込んでいる食料、ついでに武器などの金目のものを奪っている。
 運ぶ為の荷車も当然山賊が使っていたものだ。
 幸いにも馬鹿力を誇る馬騰や馬超がいるのでそこらは全く問題がない。
 元々食料は罪もないどこかの農民達のものだが、返しに行くという考えは全くなかった。

 それは当然、これまでの漢人の仕打ちによる。
 馬超などはあんなことをする連中よりも山賊の方がまだマシ、とまで言ってしまう。
 少なくとも、山賊達は高順や華雄を見て、嫌悪感を示さずに獲物を見つけた、とそういう表情だったからだ。
 とても分かりやすい彼らはかえって好ましかった。



「彩、いつも通りに穴掘って焼くのか?」

 華雄がそんなことを聞いてきた。
 その言葉に頷き、肯定する高順。

「分かってるかもしれないが、山賊とはいえ、火葬は死者への礼を欠く行為なんだが……」

 横からそう言ってくる馬騰に高順はけんもほろろに返す。

「死者よりもまず生者を大事にしないといけないと思うの。火葬をしないと、土の中で死体は腐り、それにより疫病が巻き起こり、生きている人間が何千と死ぬ。死者を土葬するのは死者を増やす行為にあたり、それを死者は願っているのかしら?」

 口も達者な高順に馬騰は押し黙る。
 死体が腐ればどれだけ凄まじく、また神聖なものでないかは戦場でよく見ている。
 そんなものを埋めてしまえば疫病が発生するのも頷ける。
 だが、それでも中々受け入れられない考え方だ。

 聞けば華雄などの異民族でも基本は土葬。
 高順だけを異端とするのは簡単だが、彼女を黙らせるだけの論がなければ意味がなかった。

「死生観を変えるのは難しい。だけども、受け入れて欲しい」

 そう言い、軽く頭を下げる高順に馬騰は降参とばかりに両手を上げたのだった。










 そんなこんなで山賊達の死体を荼毘に付した後、一行は再び歩みを再開した。
 残念ながら、彼女達は馬を持ってはいない。
 飼料の問題がそこに大きく立ちはだかっている。



 それからしばらく歩いて休憩を取ることとなった。
 各々が好き勝手にしている中、高順がそれなりに平らな切り株の上で紙に何やら書いていた。
 華雄は不思議に思い、素早く後ろに回りこみ、内容を覗き込んだ。

「……輸送力強化に関する一考察?」

 その声に山賊達から拝借した酒を飲んでいた馬騰の耳がぴくりと動いた。
 補給で敗れたと言っても過言ではない彼女にとって、そういうものは極めて興味惹かれる事柄である。

「そうよ。騎兵の運用で弱点となりうるのは輜重隊の足の遅さ。そして、攻城戦や堅固な陣地を攻めるときに騎馬という最大の優位を活かせない」

 高順の言葉に馬騰が告げる。

「輜重隊はともかく、そういった場所を攻めるのは歩兵に任せればいいんじゃないか? 城や陣地は迂回し、後方にどんどん突っ込んでいけばいい」

 馬騰の言うことは一見無謀であるが、高順にとってはまさに驚きであった。
 それこそが彼女が思い描く騎兵による電撃戦。
 その発想をすることは中々に難しい。

「言い訳になるかもしれないが、先の戦、もし本拠地などの拠点を持った相手ならばあの砦群を私は迂回し、後方の手薄な拠点を攻めたぞ」

 そう言い、彼女は豊満な胸を張る
 そのときぷるんと震えるのはご愛嬌。

「補給を断たれた状態でそこまでやれたとは思えないがな」

 冷静な華雄のツッコミに馬騰はニヤリと笑ってみせる。

「補給に関してはアテがある。敵が対処できないような素早さで急襲し、奪えばいい」
「そんなにうまくいくわけないだろう」

 何を言ってるんだ、と言いたげな華雄に対し、高順は思わず馬騰を抱きしめた。
 思わぬ奇襲に華雄は呆然とし、馬騰は戸惑った声を上げる。

「あなたは絶対に私に必要な人!」

 高順の言葉に一番衝撃を受けたのは言うまでもなく、華雄であった。
 彼女は一歩二歩、よろよろと後退り、尻餅をついた。

「あ、え、えっと……」

 どうしたものか、と視線を巡らせる馬騰は馬超と馬岱をその視界に捉えた。
 しかし、馬超は高順の言葉の意味を深読みしたのか、顔を真っ赤にし、対する馬岱はおば様の旦那になるのか、と何とか呟いていた。

「さ、彩……お前と私は誓い合った仲なのに!? 契った仲なのに!」

 盛大な勘違いを披露する華雄、そして契った仲ということに反応する馬超。
 彼女は色々と限界にきたらしく、後ろへと倒れてしまった。

「……あのね、一言言わせてもらうと、私が言っているのは前線指揮官として極めて好ましく、是非とも私に仕えて欲しい、とそういう意味なのだけど?」

 ジト目で見つめる高順に華雄は冷や汗をかきつつ、笑って誤魔化す。

「まあ、誤解されるようなことをした私も悪かったわ」

 そう言い、馬騰から離れ、華雄に頭を下げる。

「べ、別に私は全然気にしてないぞ! 私は長生きするタチなんでな! そういう細かいことは気にしない!」

 華雄自身も何を言っているか分からないのか、中々に意味不明なことを口走っている。

「ともあれ、そういうことよ。で、肝心要の輸送の件だけども、大体的に馬車を使うしか方法がないわ」

 さすがに歴戦の戦士だけあって、冷静となるのは早く、高順の言葉にうんうんと馬騰も華雄も頷く。

「でも、馬車だと飼料が問題となるのよね」
「必要な費用だと割り切るしかないな。どうせなら歩兵も馬車で輸送したらどうだ? 専用の馬車を仕立てれば迅速な展開が可能だろう」

 華雄の言葉に高順はにっこりと笑う。

「嵐、あなたも絶対に必要な人ね」
「当然だ」

 先ほどの醜態はどこへやら、不敵な笑みを浮かべ、そう返す華雄。

「他に問題点は整備された道ばかりではないことか。頑丈で雨風もしっかりと凌げるものでないと使いものにならんな」

 馬騰の言葉に高順は重々しく頷き、言葉を紡ぐ。

「山道も砂漠も荒地も沢もどこでも行ける頑丈なものとなれば鉄で車体を作るしかないけど……」
「そうすると今度は重くて馬が何頭も必要だよ」

 横合いから馬岱が会話に加わってきた。
 彼女とて幼いとはいえ、馬一族である。
 戦に関しては強い。

「そもそも鉄をそんな風に加工できるのか?」

 ぶっ倒れていた馬超も復帰し、根本的な疑問をぶつける。

「その辺は将来、旗揚げするなりしたときに改めて職人達と相談しながらやるしかないわ。あと、もし造れたとしてもそれ1台作るのに馬鹿みたいに高いお金が必要なら普通の馬車を何台も揃えた方がいいし」

 高順の言葉に皆、頷く。
 前途は多難であった。

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