頑張る女の子達

「ふん……満足のいく政治体制は存在しない。絶対の権力は絶対に腐敗する」

 賈詡は敢えて聞こえるようにそう言った。
 その声を聞きつけたのは自分の理想を語っていた官吏達。
 彼らは気持ち良く話をしていたところに水を差され、むっとした顔を賈詡へと向けた。

 ここは河内郡温県。
 賈詡達はとある人物を登用する為にやってきていた。
 最優先で確保すべき、大陸で一、二の切れ者と高順はその人物の備考欄に書き記していた。
 そして、賈詡には分かっていた。
 並のやり方ではその目的とする人物は会ってもくれない、と。
 故にわざわざ董卓と張遼を連れずに街に繰り出していたのだ。

 そして、わざわざ官吏に喧嘩を売るような面倒くさい真似をしている。
 高順は馬鹿ではない。
 最優先で確保すべきとしたその人物は切れ者であり、かつ、それだけの価値がある、と賈詡は信じた。

「何者か?」
「名乗る名なんてないわ。で、あんた達、夢を語るのは結構だけど、現役の官吏がそんな甘い見通しでいいのかしら?」

 何だと、と息巻く男は制され、他の男達は続けるよう頷く。

「皇帝を頂点に据え、国を運営する。その為に働いて出世する。大いに結構。だけど、私の言葉は否定できない筈よ」

 きわどいところを賈詡は攻めた。
 その表現は曖昧であるが、ずばり今の漢を指している。
 皇帝への不敬罪とされるかどうか、ぎりぎりのところだ。

 そして、周囲には予定通りに野次馬が集まってきている。

「ではお前に案があるのか?」

 かかった、と賈詡は内心ほくそ笑む。
 相手はこれで勝ったと思っていることだろう。
 何しろ、まともに答えれば即刻反乱分子とされてしまうからだ。

 ならば、答えは一つ。
 まともに答えなければいい。

「何でボクがあなたに教えなくちゃいけないの? 現役の御役人様はそんなことも分からないのかしら?」

 そう言い、彼女は嘲笑を向ける。
 官吏達は反撃に一瞬で冷静さを失った。
 頭に一気に血が昇り、マトモな思考は失われる。

「言わせておけば小娘が!」
「その小娘に口で勝てないから、と力で無理矢理やるのかしら? まるで強姦魔ね」

 賈詡はひるまない。
 それも当然だ。
 彼女は既に味方を得ている。
 野次馬という味方を。
 彼らはもし官吏が飛びかかればその官吏を悪とするだろう。
 野次馬の目には少女に口で負けている情け無い官吏にしか見えていない。

「言っておくけど、そもそも私はあんた達を探していたんじゃなくて、もっと頭が切れる輩を探していたのよ。あんた達が私の言葉に勝手に怒って勝手に私を捕まえるよう手を回しても、奮起して大出世を果たしても知ったことじゃないわ」

 相手を煽っておいていけしゃあしゃあとそんなことをのたまう賈詡。
 このくらい図太い神経でなければ軍師なんぞやってられない。

「やれやれだわ」

 これ見よがしにわざとらしく溜息を吐き、彼女はその場を後にした。












 宿に戻った賈詡は張遼と董卓に出迎えられた。
 張遼はニヤニヤと笑い、董卓は困惑した顔であるのが対照的だ。
 2人は賈詡と官吏のやり取りを宿の窓から覗いていた。

「あんなことして大丈夫なの?」

 董卓の問いに賈詡は勿論、と頷く。

「ボクは何も悪いことはしてないわ。目撃者もたくさんいるし、もし何かしてきたらこの街の役所の評判が最低になるだけよ」

 最低になるように広めるのだろう、と董卓は分かったが何も言わずに頷いた。
 頼もしくも怖い先生なのである。

「そのちっこい口からあんな毒を吐くとは……いやーウチびっくりしたでぇ」
「うるさいわね……ともかく、これで撒き餌は終わったわ。あとは寄ってくるのを待つばかり」
「ほんまに釣れるんか?」
「釣れるかどうかじゃないの。釣るのよ」

 断定された言葉に張遼はおっかない、と自分の身を抱いてみせる。

「ただ問題は彼女は彩を凡百の人間と見るでしょう。そうなった場合、最後の最後で裏切るでしょうね」
「それは拙いんとちゃう?」
「拙いわね。でも、致命的ではない。最初からそうなると分かっていれば幾らでもどうにでもできるもの」

 出方さえ分かれば格上だろうと葬り去る、という賈詡の宣言に張遼は今度こそ寒気が走った。
 戦場で武を誇る武人とは根本的に違う。
 戦場で対峙すれば相手を打ち負かした後、逃すかどうかを決めることができる。
 だが、軍師と軍師の戦争は違う。
 武人のそれよりももっと冷徹で情の入る余地は全くない、冷たい戦争。
 それを張遼は感じたのだ。

「まあ、正直言って彩の武は素人のボクから見ても中々よ。頭も悪くない。でも、並よりも少しだけ上程度。はっきり言って個人的な武も、用兵術も霞には及ばないし、頭は下手をすれば月にも及ばない」
「そんなことないよ。彩ちゃんは凄いよ」

 うんうん、と頷く董卓。

「いいえ、そうではないのよ。知っているか知らないか。彼女は知っているからこそ格上を倒しうる。もし、彼女が知っていることをあなた達が知ればあっという間に彼女を追い越せるわ」
「何や何や……その口ぶりからすると詠は何か知ってるんか?」

 じーっと見つめる霞。
 董卓も同じくじーっと詠を見つめる。

「知ってるけど、今は言えないわ。言えるのは彩が死んだ後」

 断固とした決意でもって放たれた言葉。
 張遼も董卓もそれほどまでにとんでもない情報なのだ、と察した。

「ボクは前、彩がどれだけ高く諸侯に自分を売りつけるか、と言ったよね?」

 問いかけに2人は頷く。

「あれから改めて考えなおしたら、彩の考えが分かった」
「ほう……? それは教えてもらえるんか?」

 勿論、と賈詡は頷き、言葉を紡ぐ。

「彩はきっと夢を見たいんだと思う。苦しいことも、辛いこともあるけど、それでも素敵な夢を。自分が英雄達にどれだけ評価されるか、そしてあわよくば英雄達と肩を並べたい……」

 賈詡は重要な要素を前は見落としていた。
 それはとても重要だが、漢民族を見捨てるという選択肢ができることに霞んでしまっていたこと。

 高順はたとえ夢であったとしても、未来にいた。
 故に彼女は英雄達を知っている。
 歴史によって英雄であることを証明された彼女達に自分はどれだけ評価されるか、そして肩を並べられるかどうか。
 
 それは高順が自らを非凡ではない、と自覚しているからこそできる判断。
 故に賈詡は夢を見たいのだ、とそう評した。

 そして、きっと高順は自分にも、霞にも、月にも認められたいのだ、と賈詡は気がついていた。
 そうでなければ幾ら旧友の頼みだから、母がいるから、と負ける可能性が高い戦に勝ちに行く顔と張遼が称した顔をするのか。
 負け戦をひっくり返してこその英雄。

 そういう風に考えれば全てがうまく繋がる。繋がってしまう。

「だけど、彼女は気がついていない。英雄達が高評価を下すとき、それは彼女も英雄となったとき。英雄はなろうと思ってなれるものではない」

 賈詡の言葉を引き継ぐように董卓が呟くように言う。

「大勢の人の命を奪い、大勢の人の命を背負う。その手は真っ赤」

 張遼は彼女に似合わない難しい顔で告げる。

「高順は夢見がちな馬鹿っちゅうことか……一番性質の悪いやつやな。ほんで、軍師さんとしてはそこらへんどうよ?」

 高順の願いを叶えるのかどうか。
 その意味が隠されていた。

「ボクはたとえ彩にどういう意図があろうと、彼女はボクを心の底から信頼し、信用してくれている」

 そこで賈詡は言葉を切り、少し恥ずかしそうに頬を僅かに染める。

「それはとても……嬉しいし、応えたいと思う」

 だけど、と彼女は続ける。
 瞬間、冷徹な軍師の顔となった。

「彼女の夢はあくまで自分だけの夢。彼女が描く夢にいるのは自分と英雄のみ。この世の多くを占める庶民はそこにいない」
「こういうのもアレやけど、そうなるのも無理はあらへんと思う」

 一応擁護しておく張遼に賈詡は分かっている、と頷いてみせる。

「月、臣下は主君の為に何をする?」

 唐突に話題を振られ、目を白黒させるものの、それでも董卓はどうにか思考を巡らせる。
 賈詡が問いかけてきた言葉だけではなく、今までの流れから最適な解答を導き出さねばならない。

 やがて董卓は正解に辿り着いた。
 それと同時に安堵した。
 詠ちゃんは彩ちゃんを見捨てない、と。
 
 董卓は胸を張り、答えを告げる。

「主君の短所を補うこと」

 その答えに賈詡は満足そうに頷く。
 それを見、張遼は不敵な笑みを浮かべる。
 彼女にもわかったのだ。
 
 そして、その答え合わせをするかのように賈詡は告げる。

「彩の夢に庶民もねじ込む。嫌われたから彼女の夢から庶民が外れたと思う。なら、嫌われ者じゃなくなればいいのよ。元々、他の英雄達は民を救済したいとかそういう願いから戦に望むから不自然ではないわ」
「嫌われ者でなくした後、彩ちゃんが民を好きになるような出来事があれば……」
「一気に問題解決。高順も満足、民も満足、ウチらも満足や」

 明るい空気となる一同。
 
「で、問題はやっぱり高順はどっかの県令にならないと駄目なのよね。庶民の人気を得るのに手っ取り早いのが賊退治や荒廃した街や村を復興させ、繁栄させることだし」

 賈詡の言葉に2人は頷く。

「まあ、例の件がうまくいけば民衆から支持されるんだけど、雲の上よりも身近なところで実際にやったほうがいいし……そうすると人脈が必要ね」

 もはや2人の事は眼中にない、と独白し始める賈詡。
 会話から唐突に考えこみ、思考の海に入り込むという職業病みたいな癖が彼女にはあったので董卓も張遼も気にしない。

「次の目的地は決まったわ。ここでの登用がどうなろうと袁家に行く」

 ハッキリと賈詡は告げた。
 それは高順には言われていないこと、すなわち賈詡の独断。
 しかし、それは最適であった。
 高順は生きて帰ってくるだろうが、その功績をもってしても果たしてきっかけが掴めるかは怪しい。
 故の独断であった。

 そして、まるで狙ったかのようなタイミングで扉が叩かれたのはそのときであった。
 すぐさま張遼が誰何すれば、何と目的の人物からの使いだと言う。
 その使者は扉を開けずにいつでも来るように、と伝え、さっさと帰っていった。

「だ、そうやけど?」

 張遼の問いに賈詡はすぐさま答える。

「袁家に行きましょう」

 打てば響くような答えにそうかそうか、と張遼は頷き、数秒後目を剥いた。
 董卓も驚いた顔だ。
 そんな2人に賈詡は告げる。

「いい? いつでも来いって言ってきたというのは字面だけとれば、今すぐ行ってもいいってことになるわ」
「そりゃそうやろ」

 うんうんと頷く張遼と董卓。

「でも、わざわざそんなことを言いに来る?」

 あ、と董卓と張遼は気がついた。
 少なくとも家柄でみるならば相手の方が圧倒的に上なのだ。
 何故、わざわざ低い身分の自分達にそんなことを言いに来るのか。

「つまり、今の使者……本当にそうなのか怪しいけど、きっとボク達にこう言ってる。自分を登用したいなら使いっ走りじゃなく、主を連れてこい。それまで待ってやる……てね」
「先に誰かに登用されるんとちゃうか? そんなことしとったら」
「そのときはそのときよ。ともあれ、今ここで行くのは自分達はバカですって宣伝しに行くようなものだわ。さっさと次に行きましょう」

 恐ろしい、と身を震わせる張遼であった。
 これなら命のやり取りしてる方がまだ楽や……精神的に。
 そう彼女が思ってしまうのも無理はない。
 対する董卓は感心したように頷いている。
 そんな2人に対し、賈詡はあっさりと告げる。

「ま、こんなのは序の口でしょうね」

 ぬるいぬるい、と言いたげな賈詡に張遼は軍師には絶対逆らわない、と心に決めたのであった。











 一方その頃、どうしたものか、と高順は考えていた。
 問題といえば問題であるが、そこまで大きな問題というわけでもない。
 だが、どうするかで士気に関わることであった。

 敵の斥候が既に数日前から現れており、近いうちに会戦となることは間違いない。
 そこに出てきた母親からの疑問。
 すなわち、高順はどこにいるか、というもの。
 砦に篭るのか、それとも自分達と一緒に敵の側面を突くのか。

 高順的にはその2択ではなく、3番目の選択肢、すなわち伝令と少数の護衛と共に全体を見渡せる位置に陣取り、指示を出す、ということをやりたかったりする。
 そもそも高順からすれば将軍が敵陣真っ只中に突っ込むことが非常識なのである。
 大将がいなくなれば負けるというのはこの時代でも変わらない。
 なのにその大将は敵陣に突っ込んだりする。
 勿論、彼女自身の偏見もあるし、この時代、個人の武を示す為にはそういうことをしないといけないのもわかる。
 だが、指揮官が死ねばそれで終わりであるというのに変わりはない。
 高順には理解できないところであった。

 そして、それこそが賈詡が読み違えた点。
 高順は彼女の言う通り、意識的か無意識的かわからないにせよ、英雄になりたがっている。
 それは自分が凡人であるということから出た劣等感に由来することは間違いない。
 多くの人間はそういった特別なものになりたがる。
 それは自分が特別ではない、と無意識的に自覚しているから。

 だが、高順は無理をしない。
 自分の身を弁えているのだ。
 もし彼女が愚かな英雄志望者であるならばただちに死亡者となるだろう。
 つまり、戦への準備を万端整えた後、いざ会戦となったときに一も二もなく前線に立つと言うだろう。
 そして、一見勇敢な、しかし第三者が冷静に見れば無謀であると判断する突撃を行うことだろう。
 彼女はそれをすれば気分がいいだろうことは分かっている。
 だが、それこそが甘い罠であるということも知っていた。



 ふぅ、と彼女は息を吐き出した。
 思考をやめ、虚空を見つめる。

「……嵐に謝らないと」

 高順はぽつり、と呟いた。
 言われた彼女は困惑するだろうか、それとも怒り出すだろうか、笑って一発殴られるだろうか。
 彼女は溜息を吐いた。


 様々な小説に描かれるように未来から過去に行った人間は、自分がまるで全知全能の神にでもなったかのような錯覚に陥ってしまう。
 意識的に、あるいは無意識的に過去の人物を馬鹿にし、得意げな顔で自分の知識をひけらかす。
 実際のところ、大学で進みたい分野の基礎を学び、そこから関連する職業に就き、更に仕事の傍ら向上心高く勉学に励めば……あるいはその分野で一角の人物となれるかもしれない。
 だが、そこまでやる人物なら過去に行ったらまず絶望する。
 自分の今までの苦労が全て水の泡と化すからだ。
 彼らは強い人間に分類されるだろう。過去に行く、というイレギュラーな事態がなければ万事順調にいっていたのだから。

 その点、高順は弱い人間であった。
 イレギュラーな事態を歓迎し、こうしてここにいるのだから。
 彼女はそこに至るまでの過程をどうしてそうなるのか、自ら導き出すことはできないが、前提と結果のみを知っている。

 高順にとって、過去、華雄にやらかしたことは最大の汚点。
 本来ならもっと早くに気がつかなければならなかったこと。
 彼女は華雄と再会し、昔を懐かしんでいるときにそれを思い出したのだ。

 それは得意げな顔で未来の知識をひけらかしたこと。
 勿論、当時の彼女はただ華雄をからかってやろう、とそういう気持ちであった。
 だが、それがいけない。
 からかい方にも色々なやり方があり、彼女がやったことはからかいですらない。
 高順が華雄にやったことは無知であることを散々にまくし立て、自分は何でも知っている、と馬鹿にしたに過ぎないのだ。
 それは相手を侮辱することに他ならない。

 そして、その行いは反骨心を招き、華雄はいい方に化けた。
 だが、もし悪い方に化けていれば……悲惨な事態となっただろう。




「知識は独占するものに非ず、共有するもの……それを過去の私は忘れていた」

 驕っていたのだ、と高順は後悔する。
 勿論、見ず知らずの相手にほいほい知識を渡すわけにもいかない。
 危険視されて暗殺されるのはさすがに嫌である。
 そして、あのときのもっとも良い手はあんなことはしないのは当然として、さり気なく会話に混ぜるべきであった。

 まあ、結果だけ見れば華雄はいい方向に成長したことは間違いないのだが、それはそれ、これはこれである。

 高順は今は違う、と気を入れなおす。
 驕り高ぶった瞬間に蹴り飛ばしてくれる頼りになる軍師がついている。
 本当に彼女に会えたのは幸運であった、と高順は思う。



「邪魔するよ」

 そのとき、そんな声と共に指揮所に入ってきた者がいた。
 高順は声色から誰かを推測しつつ、そちらを向けば予想通りの人物がいた。
 入ってきたのは母であった。

「彩、どうするんだ?」
「私個人としては全体の指揮を取りたいから、先の選択肢のどちらでもないものを選びたい」
「だろうな。だが、それは……」

 母親の言葉を遮るように、高順は頷く。

「臆病者呼ばわりされるでしょうね。私が死んだら代わりに指揮できる輩がいるのって言いたいわ」
「……耳が痛い話だ」

 そう言い、彼女は地図が広がっている大机に腰掛ける。
 指揮所にあるのは大机と幾つかの調度品、そして高順の寝床。
 彼女はここに寝泊まりし、考えつく限りの敵の攻撃方法を思い描いていた。
 どんな攻撃がきてもすぐさま対応できるように。
 
 そんな熱心な娘に母――高廉は何気なく尋ねた。

「お前、何を隠している?」

 その問いに高順は不思議と動揺しなかった。
 先ほど、未来知識についてあれこれ考えていたせいかもしれない。

「私は未来を生き、過去に生まれた」

 ただ一言。
 それだけで高廉は何となく分かった。

「昔、西から来たヤツが仏教だの、転生がどうたらこうたらだのって言ってたが、それか?」
「それよ」

 そうか、と高廉は答え、ついで尋ねた。

「未来はどうだった?」
「今の時代の病気はほとんど治る。でも、貧富の差は相変わらず激しく、問題は山積み」
「……あんまり変わらんのか」

 安心したような、それでいて残念そうであった。

「人間が不完全である以上、誰もが満足のいく答えは存在しない。どれが妥当であるかを考え、お互いに妥協することによって社会を回さなければならない、と当たり前の答えが出ているわ」
「……もっと夢を見させてくれてもいいんじゃないか?」

 ジト目でそう言ってくる母親に高順は肩を竦めてみせる。

「夢物語を言うよりも、未来も今も変わらないって教えた方が何で今生まれたのか、と後悔せずに済むでしょう?」

 それもそうだ、と高廉はうんうんと頷く。

「ま、お前自身の件と指揮の件は分かった。指揮については私から説得しておいてやろう」

 そう言い、彼女は立ち上がり、ゆっくりと高順に近づき、そして抱きついた。
 それは母が娘にする抱擁ではなく、女が男にするもの。

「ん……汗の匂い……いいわ……」

 高順の首筋に顔を埋め、高廉はその匂いを嗅ぎ、舌でペロペロと舐め始める。
 彼女は高順の背中に回していた両手のうち、右手を自身と高順の体の間に滑りこませ、その股間へと持っていく。
 そして、そこにあるものを撫で回す。

「いい男、いい女になったわ。食べ頃ね」

 耳元でそう囁いた。
 対する高順はジト目で、だが、その顔は期待に染まりつつ答える。

「そうなるようにしたんでしょう? 自分の娘なのに」
「自分の娘だからこそ、母親が食べたいと思うのよ」

 そう答え、さらに高廉は続けた。

「女を、教えてあげるわ……」



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