« (前)
(次) »

相互理解の重要性

「戦術的勝利を幾ら重ねようと戦略的敗北は覆らない」

 華雄隊が出陣して早数日。
 高順は部族の長達、そして部隊を率いる者達を集め、講義を開いていた。
 とはいえ、それは講義というよりか抗議に近い。
 元々彼女も略奪を容認していたようなものだが、事このような事態になっては自分のことは棚に上げても言う必要があった。
 というよりか、まさか漢がここまで本腰を入れてくるとは思いもよらなかったというのが本音だ。
 
 高順は居並ぶ面々の顔を見回し、そして誰も自らの言葉の意味を解していないことに溜息を吐く。
 ちなみにだが、その居並ぶ面々の中には彼女の母もいたりする。

「凄く簡単に言うと、敵を野戦で撃破しました。だけど、敵はどんどん兵を繰り出してきます。こちらは勝利を重ねるけど、最終的に兵隊がいなくなって負けました」

 高順の言葉に面々はわかったらしく、なるほどと頷いている。

「今回、こうなったのは我々が漢に対して反乱みたいなことをしていたから。つまり、こうならないようにする為には元々そういうことをやらないか、やったとしても漢のご機嫌をとっておけばよかった」
「いや、だけどなぁ……」

 そんな声を出す母の高廉。
 他の者達も似たような反応だ。

「まあ、私が略奪を止めるよう言わなかったこともあるし……いや、言ったとしても止められるかどうか怪しいし、そもそも私が生まれた時点でもうそうなってたし……」

 これみよがしに溜息を吐いてみせる。
 変えよう、と頑張ったところで当時の腫れ物扱いを考えればどうにもならない。
 ともあれ、高順本人としても略奪には興味があったのは確か。
 その興味が今の様なのである。


 この場に高順を若輩者が、と怒るような者はいない。
 そもそも高順の知恵を頼っているのだ。
 若輩者どうこう言うような面倒くさい輩がいるなら、さっさと彼女はここから母を連れて逃げ出すだろう。

「ともあれ、もう略奪なんて終わりにして交易と適当に山賊でも退治して過ごせば万事うまくいく。そもそもただの小遣い稼ぎで一族全てを危険にするようなことを誰も気づけなかったのか……」

 これ以上ない程の正論に誰も彼もが黙って俯いてしまう。
 昨今の漢の駄目っぷりを見ればそんな本腰入れてこないだろう、という予想があったのだろう。
 高順としても漢の本気は予想外であったのでそこは責められないが……それでももうちょっと頭を使ってもいいんじゃなかろうか、と思う。

「とにかく、終わったことは仕方がない。私は10万だか100万だか知らないけど、敵を打ち破る。その為には私の指示をしっかりと聞いてもらう」

 そう前置きし、高順は暇を見つけて作ったお手製の大地図を広げた。
 正確な測量なんぞできやしないので大雑把なものだが、およその位置関係くらいは把握できる。
 その地図を見ようと大勢の者がその身を乗り出す。

「ここが砦。ここには歩兵のみを篭らせ、絶対に抜かせないし、別命あるまでは砦から出さない」

 これまた適当な木の枝で作ったお手製の指示棒で中心にある砦群を指し示す。

「本命の騎馬隊はここより後方」

 すーっと指示棒を砦群の下へと持っていく。
 丘陵地帯を抜けたその先の平原で彼女は指示棒を止める。

「この辺りに待機し、敵軍が砦へと押し寄せ、落とそうと躍起になっている間、その素早さでもって……」

 砦を迂回し、弧を描くように敵の布陣するだろう場所へと指示棒を持っていく。

「これにより前面の砦に気を取られていた敵軍は側面からの奇襲攻勢に対応できずに瓦解。勿論、連中も馬鹿じゃないから、これは1回しか通用しない。この一戦で敵兵力を大きく削るか、敵の大将首を討ち取らねばならない」

 おお、とざわめきの声が起きる。

「これは防御だけど攻撃よ。そして、恐ろしく早く戦闘は推移する。急流のように。伝令は数多く用意し、半刻よりももっと速く命を下すわ。疑問に思わずただ言われた通りにやりなさい。そうすれば勝利は勝手に転がり込んでくる」

 そう言いつつ、ふむ、と高順は顎に手を当てる。

「……華雄は今、600の手勢で夜襲に出ているんだけど、主力8000の騎兵でもって夜襲は可能かしら?」

 高順の問いは彼女自身でも無謀だと分かっていた。
 歩兵による夜襲ならばいざ知らず、騎兵による夜襲は危険過ぎる。
 華雄はやれる、と言っていたものの、それは人員少なく、また彼女の部隊の練度が極めて高いからだ。
 夜となれば視界悪く障害物などがあれば危険であり、かつ人馬共に多大なストレスが掛かる。
 それが8000という大兵力ならばなおさらで、行軍するだけでお互いに衝突し、いらぬ損害を受ける可能性は高い。
 
 だが、同時にそれを成し得れば敵の最大の隙を突くことができる。
 騎兵による夜襲なんぞ華雄隊が成し遂げればそれが最初の事例となるだろう。
 その結果は数日中には判明する。

 対して、大規模な騎兵による夜襲は未だかつてない。
 高順が知る未来においても、歩兵による夜襲は数多くあれ、騎兵のみの大規模な夜襲は無い。

 故に高順は尋ねてみた。
 虎の子の騎馬隊を消耗覚悟で使うか否か。

 そもそも、機動防御だけでもどうにかできるだろうし、そうなるように策を巡らす。
 だが、それだけで敵の士気を挫けるかどうかは怪しいものだ。
 寡兵でもって大軍を相手にする場合、思いも寄らぬ方法でなければ中々に厳しい。

「……舐めてもらっては困る」

 今まで静かに聞いていたまとめ役の老婆が口を開いた。
 高順が母から聞いたところによれば若い頃はそれはもう大変な暴れん坊だったという。

「我ら一族、馬と共に生き、馬と共に死ぬ。ならばこそ人馬一体、その程度こなせずして何が羌か……」

 静かだが、力強いその声に賛同するかのよう他の者は頷く。
 その答えに高順はならば、と続ける。 

「蹂躙しましょう。連中に我々の恐怖を刻み付けてやりましょう」
 
 その為には、と高順はすぐさま提案を行う。

「みっちりと訓練を行う必要がある。早速今日から夜間訓練を。華雄が敵を撹乱し、時間を稼いでいる間に……」

 高順には確信めいたものがあった。
 華雄はただ馬鹿正直に夜襲を掛けるだけでは終わらない、と。









 そして、それは正しかった。









「ただ夜襲を掛けるだけでは面白くも何ともない」

 夜襲へと出かけた華雄隊。
 彼女達は今、休息をとっていた。

 その際、華雄は配下の者を集めてそう言った。
 色々と学んだ彼女は自らの武を誇ることをやめ、何よりもまず他人を驚かせることを好むようになった。
 武は誇るものではなく、勝手についてくるもの、とそういう考え方に変わったのだ。
 ならば、他に何か楽しみはないか、と考えた彼女が見出したのが他人を驚かせること。
 相手の吃驚した顔は何よりも面白いものである。

 とはいえ、華雄はやりすぎて痛い目に遭う程に愚かでもない。


「だが、まずは馬鹿正直に夜襲をし、ついでに敵の兵糧やら何やらを燃やそう」

 そう言いつつ、彼女は続け懐から小壷を取り出した。
 部下達が何だ、と不思議がる中、華雄は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべる。
 彼女の持つ壺には染料が入っていた。

「これで髪色を黒くし、義勇軍として諸侯の中に潜り込もうではないか」

 何とも単純な手だが、華雄は成功を確信していた。
 数が多ければ多い程にその詳細は把握し難くなる。
 木を隠すなら森の中とはよく言ったものだ。

 その決定に不服がある者がいるどころか、面白い、とばかりに笑みを浮かべる者しかいない。
 それもそうだろう。
 何しろ、獅子人中の虫となることで、大将である馬騰をはじめとした諸侯を刈り取り放題なのだから。

「彩、お前には悪いが、美味しいところは頂いていくぞ」

 呟いた華雄は夜空に親友の膨れっ面が見えたような気がした。









 一方その頃、張遼は賈詡を問い詰めていた。
 何か、致命的な事態となったわけではないが、それでもそれになりうる懸念を張遼は見つけたのだ。
 つまり、宦官を倒した先にどうするか、ということ。

 ただ地位や名誉が欲しいならば普通に賊退治やら何やらを行えば地味だが、確実に、安全に、そして合法的にそれなりのものが手に入る。
 だが、高順はそうはせずに宦官を倒そうとしている。
 諸刃の剣もいいところだ。

 賈詡も張遼の言い分は最もだと思う。
 何よりも、彼女自身も高順本人から宦官を倒した先にどうするか、とは聞いていない。
 そして致命的矛盾を賈詡は見つけてしまった。

 武官が政治に手を出すべからず。 例外の荒療治と高順は言っていたが、それでも宦官を倒した後、政治から抜けることができるようには到底思えない。
 つまり、政治的な宦官を倒すということは倒した者も結局政治に関わるということ。
 
 賈詡は悩む。
 張遼は彼女の返答を待つべく、地面にどっかりと座っている。

 対する董卓は眉間に皺を寄せ、思案していた。
 彼女とて暗愚ではない。
 確かに普段は恋する乙女なのであるが、その頭脳は確かなものだ。

「……何進の後ろ盾を得た後、より手っ取り早く重要な地位に就く為?」

 中々に物騒な話であるが、周囲がだだっ広い草原であり、野宿しているという現状なら誰かに聞かれるという心配はない。
 そして、董卓にもとうの昔に賈詡達は旅の目的を話していたので問題はない。
 

 賈詡は自ら口に出した言葉を直ちに否定する。

「思うんやけど、前提からして間違っとるんやないか? こう言うのもあれやけど……何で異民族の高順が漢に手出ししてくるんや?」

 張遼の言葉に続き、董卓が口を開く。

「彩ちゃんは街で嫌われ者だった。自分を嫌ってくる人の為を思って、勅命を使い、色々と悪さをしている宦官を倒そうなどとは思わない……」

 高順が底抜けのお人好しであるならばそうなるかもしれないが、董卓から見たところ、とてもそんな風には見えない。

 董卓の言葉を聞き、賈詡は自分が何か忘れていることに気がついた。
 それが何か、と懸命に記憶を探る。

「しかしあれやな……今でも別れたときの高順の顔を思い出すんやけど、ありゃ死に行く顔やあらへん。勝ちに行く顔や。10万を超える官軍相手に。これでほんまに勝ってもうたら、高順の名は大陸全土に響き渡るやろうな」
「勝ってくれなきゃ困ります!」

 負けたら死ぬ可能性が高いだけに董卓は頬を膨らませて張遼を睨む。
 董卓としては本気で怒っているのだが、迫力は全く無く、張遼はただ微笑むだけであった。

 そして賈詡は張遼の言葉に忘れていたものを探り当てた。
 そう、高順は曹孟徳を高く評価し、仕えてもいい、と言った。
 それに対し、自分は負け犬根性は許さない、と返した。
 高順の答えは曹孟徳の軍勢を幾度も打ち破り、やめてくれと泣いた段階で軍門に降ってやる、というもの。

 それらのやり取りから賈詡は高順の目的が見え……そして背筋が震えた。

「彩は……自分を諸侯に売り込む為に宦官を倒すつもりよ……」

 震える声で賈詡は告げた。
 張遼と董卓はたっぷり数十秒の時間を掛け、その言葉の意味を理解する。

「ちょう待てや。そんなことの為だけに? 下手をすれば逆賊として殺されるんに?」
「信じられないけど、その可能性が高いわ。少なくとも、高順は自分を嫌っている連中を助ける為に宦官を倒すようなお人好しではない。彼女は少数で都の中枢を襲い、奸賊を討ち果たしたという煌びやかな功績を諸侯に見せつけ、そして諸侯がどれだけ自分に高い値をつけるか試すつもりなのよ……」

 高順が宦官を討ち取ると言ったとき、賈詡はその表情をはっきりと覚えている。
 自信に満ち溢れ、万に一つの失敗もあり得ない、とそういう顔であった。

「もう言ってしまうけど、ボクは高順に天下をとって欲しい。彼女の知識は凄い。少なくとも、漢王朝よりは遥かに多くの人に衣食住を与えることができる」

 賈詡が何よりも感銘を受けたのは医療。
 特に様々な病の原因が目に見えない程に小さな菌によるものだということは医者でない彼女をして納得がいってしまった。
 そして、それを治す為には主に抗生物質が必要である、と。
 アオカビから作られるペニシリンというものだということまで書かれていた。

 彼女が夢の中でいた1000年以上先の未来では今、大陸にある病気のほぼ全てを治してしまえる、とも書いてあった。
 だが、それは今の時代ではどうあっても治せない、という証明でもある。
 

「だけど、高順は天下を取りたいとは思っていない」

 賈詡はそう言葉に出し、ああ、そうか、と納得した。
 かつて彼女は高順に天下をとれ、と言い、そしてつい数秒前も自らの意志として言った。

 如何に知識が凄いとはいえ、その王になるまでの道のりが半端ではなく険しいのだ。
 そもそも異民族である高順に好き好んで従うような民は存在しない。
 つまり、最初の取っ掛かりすら掴めないのだ。
 異民族というだけで。

 そして、高順の性格上、そんな自分を嫌っている連中の為に働こうとは思わない。
 なら、せいぜい利用してやろう――そこまで賈詡は思い至った。

 彼女は「ああ」とまるで熱に冒されたような声を出した。
 そんな声にどうしたんか、と張遼は目を白黒させ、董卓は心配そうに湯呑みに水を注いで渡す。
 賈詡は董卓の気遣いに感謝しつつ、それを一気に飲み干し、告げた。

「ボクの主はとんでもない」

 彼女はそう前置きし、自らの考えを一気に捲くし立てる。
 張遼も董卓も一言も聞き漏らすまい、と耳に神経を集中させる。


 数分後、賈詡は全てを語り終えたとばかりに口を閉じた。
 その顔は恍惚としている。

「……偏見は強いからなぁ」

 張遼はしみじみと呟いた。
 彼女は高順にされた仕打ちを間近で見ているだけに、その気持ちが痛いほどに理解できた。
 問答無用であんなことをされたら誰だって怒るだろう。
 張遼は高順と過ごし、少なくとも一般的な異民族への印象は間違いであることを知っている。
 確かに略奪などをしているのは彼女の部族であるのだろうが、それでも彼女は違う。
 そう言い切れるだけの情報を持っている。

 対する董卓は張遼とは違い、一歩進んだところへと切り込んだ。
 それは賈詡が気づきながらも、敢えて触れなかったことであり、彼女がとんでもない、と称した肝心の部分である。
 董卓はそれが張遼にとって不快なことだろうと気づきながら敢えて話題に出した。

「文和さん、ということは彩ちゃんはこの大陸に住む漢民族全てを己の為に切り捨てることもできる……そういうわけですね?」

 その発言に対する両者の反応は分かれた。
 張遼はハッとし、賈詡をマジマジと見つめ、対する賈詡は……

「よくそこに気づいたわね、仲穎。必要とあらば彩は切り捨てるでしょうね。彼女にとって顔も知らない上に自分を嫌う漢民族などどうでもいい存在に過ぎない」

 その言葉に張遼は口から出そうになる怒声をどうにか飲み込み、ゆっくりと深呼吸する。
 そんな彼女が何かを言う前に賈詡はただ一言告げる。

「文遠、あなたの瞳に高順はどう映ったの?」

 張遼は賈詡の一言により、自らの高ぶった感情が冷水を掛けられたかのように、急激に冷えるのを感じた。

「そうやな……少なくとも、欲に塗れた俗物のように嫌われているからといって民を食いものにするような輩やない」
「それが答えよ。ま、余程のことが無い限り、高順はそんなことはしない」

 それに、と賈詡は張遼の緑の瞳をまっすぐに見据え、告げる。

「ボクが、この賈文和が主と定めた相手にそんなことをさせると思っているの?」

 絶対の自信。
 並の者ならただの虚勢にしか聞こえないその言葉も賈詡が言うならば事実となる。

 つまり、異民族である高順を異民族嫌いな漢族に受け入れさせてしまうような、そんな策があるのだ、と張遼は悟った。

「……ウチもまだまだやなぁ」

 しみじみと張遼は言った。
 感情を抑えてこそ冷静な判断が下せるというもの。
 情に流されては真実を見失うというのは至言であった。

 一方、董卓は悔しげに顔を俯かせていた。
 彼女は今、高順と賈詡の絆の強さとでも言うべきものを見せつけられたような気がしたのだ。
 賈詡が様々なものを高順から託されたのに対し、董卓は高順から何も受け取ってはいない。
 それだけ自分は信頼されていないのか、彩を思う気持ちは誰にも負けないのに……

 どんどんと悪い方へと転がる気持ち。
 1人であったならこのまま悪化の一途であったのだろう。

 だが、ここにいるのは彼女だけではない。


「詠よ」

 素っ気なく賈詡は言った。
 その単語に董卓は顔を上げる。
 彼女が見たものは何やら恥ずかしそうな賈詡の顔。
 その視線は彼女にしては珍しくあちらこちらを彷徨っている。

「その……あんたはそこのまだまだなヤツが気づかなかったことに気づいたから、見込みはあると思う。だから、その、えーと……」

 どんどん尻すぼみになる言葉。
 まだまだなヤツと言われた張遼は苦笑い。

 やがて賈詡は意を決したのか、董卓の瞳をまっすぐに見据えて言った。

「私の真名、預けるわ。はっきり言うけど、うちは人材不足なの。だから猫の手も借りるし、世間知らずな頭でっかちの手も借りたいわ」
「へぅ……」

 合っているが、そこまではっきり言わなくても、と思う董卓である。
 だが、不思議と不快な気分にはならない。

「つまり、あんたは私が育てて政略も軍略もどっちもできるようにする。いいわね?」

 問いかけはただの確認に過ぎず、董卓の意志はそこにはない。
 だが、高順の為ならそれは望むところ。
 彼女は賈詡の視線に怯むことなく、凛とした表情で僅かに頷く。

「……詠ちゃん、今、思ったのですが」
「詠ちゃん……いや、まあいいわ……あと敬語でなくていいから……で、何? 月」

 何の気なしに董卓はたった今、思いついたことを告げる。

「彩ちゃんが嫌われているなら、私を旗印に、彩ちゃんは表向きに私の臣下ということにすれば丸く収まるんじゃないかな?」

 賈詡は思わず笑ってしまった。
 天下を取るのを嫌がる高順に天下を取らせるには地方とはいえ、太守の娘である董卓を旗印にするしかない……賈詡が策の一つとして思い描いていたことを、目の前の世間知らずな頭でっかちが言ってのけた。

 自分は傀儡になる、と宣言したようなものだ。
 マトモな神経では到底できない。
 さすがの張遼もこれには驚いた顔をしている。
 しかし、賈詡は承知していた。
 高順に依存している董卓なら、彼女に言われたならばどんな汚れ仕事もするだろう、と。

「悪いけど月、私はあなたの旗ではなく、彩の旗がいいの。それにあなたの母親が仕出かした失態は旗揚げした際に隙となり得る」
「へぅ……」
「まあ、彩も董君雅殿も運が悪かったのよ。もし涼州が連合して羌族と戦うなんて事態になっていなければその案でいったかもしれない。いざとなったら旗なんて彩に決めてもらえばいいし」
「母様の失態って彩ちゃんを部下にしちゃったこと?」

 董卓の問いに賈詡は頷き、口を開く。

「連合に参加しようがしまいが、どちらにせよ董君雅殿は難癖つけられるわ。敵である異民族を配下とするとは何事か、と」

 辺境とはいえ太守となりたい者は多くいる。
 その者達が見逃すわけがないのだ。

「羌族と戦うってことさえなければこんな事態には陥っていないでしょうね。で、続けるけど、難癖つけられた董君雅殿の娘もまた異民族に味方する云々と難癖をつけてくるでしょう」
「へぅ……」

 思った以上に厳しい現実に董卓はしょんぼりと肩を落としてしまう。
 そして、そんな董卓の肩を張遼が叩く。

「そこのとんでも軍師さんの頭ん中にはとんでもない策が詰まっとるんやろ。ほなら、見習いは先生のお手伝いしつつ、その技をゆっくり盗んでいけばええんや」

 張遼の元気づけに董卓は小さく頷く。

「で、文遠。もうあんたも真名を教えなさい。ここまできたら途中で引き抜かれることも、自分の意志で抜けることも許さない」

 そう言う賈詡に張遼は待ってました、と言わんばかりの表情。

「ウチの真名は霞や。気軽に神速の霞ちゃんって呼んでーな」

 そう言い、ウィンクする彼女に賈詡はコメカミを抑えて告げる。

「……極寒の霞と呼んであげるわ」
「きついなー」

 笑う張遼に賈詡は咳払い一つ。

「ボクの真名は詠。よろしく、霞」
「おうおう、よろしゅうなー」

 そんなやり取りに董卓は微笑みつつ、自らも口を開く。

「私の真名は月です。よろしくお願いします」
「はい、よろしゅう。いやーやっと仲間に加わった感じがするでぇ」

 うんうんと満足気に頷く張遼。
 そんな彼女に処置なし、と肩を竦める賈詡。

「詠ちゃん、それでどうするの? 彩ちゃんを認めさせるには」

 董卓の言葉に賈詡は申し訳なさそうな顔をする。
 その顔にはてな、と首を傾げる張遼と董卓。

「いや、何も奇を衒った策っていうわけじゃないわ。ただ単純に異民族の中にもいいヤツはいるってそう喧伝するだけよ。宦官を倒したのは民の貧困の喘ぎに見て見ぬ振りはできぬ、と義憤にかられてとか何とか……」

 そもそも賈詡がもらった高順からの書状にもそんなことが書いてある。
 故に何ら問題はない。
 高順が心からそう思っているかは別として。

「……いや、こういうのはアレやけど、何だかんだで詠も宦官を倒すっちゅうのは既定事項なんやな」
「当然じゃない。その為に今、ボク達は旅をしているのよ?」

 何を今更、と言いたげな賈詡に張遼は溜息を吐く。

「常人を超えたところにあるんやな……いや、ウチとしては何だかんだでウチの名も上がるだろうから大歓迎やで? でもな、もうちっと色々と失敗したときのこととか……」
「逃げ道なんて幾らでもあるじゃない。四方を海に囲まれているわけじゃあるまいし」
「いやもうその考え方から斜め上やわ……」

 涙目になる張遼と不機嫌そうな表情となる賈詡をまぁまぁ、と宥める董卓。
 何だかんだでバランスの良い3人であった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

« (前)
(次) »