董君雅は頭を悩ませていた。
先の高順の賊退治についていった兵士達を問い詰めてみれば埃が出るわ出るわで呆れてしまった。
そして、とどめは先日、戻ってきた董卓からの報告だ。
彼女が高順や賈詡をお供に外を見に行く、と言ったときは心配ながらも許可を出したが、持ち帰ってきた報告は非常に苦いものであった。
領民に根付いた異民族への恐怖と憎悪。
それらを払拭するのは並大抵ではない、と董君雅は改めて思い知らされた。
懸念はまだある。
高順が配下をまた増やしたことだ。
それだけならば別に問題はないが、これまで散々な目に遭った彼女がこちらに反旗を翻さない保障はどこにもない。
友人の娘だから大丈夫だろう……というのはもはや何の根拠にもなりえなかった。
そして、その友人も娘にされたことを知ったなら激怒するだろう。
もっとも、当の高順は董君雅の都合など知らぬといった顔で自分の部下だから、と董君雅に賈詡を手伝わせると言ってきた。
給金はいらない、と断ってきたことから経験を積ませる為だということはすぐに予想がついた。
今は僅か3人だが、この分だと董卓が高順についていくことはありえる事態。
そして、董君雅には彼女らを説得する言葉を持たない。
かといって、暗殺なんぞすればそれこそ大事だ。
どんなに誤魔化そうとしても問答無用で彼女の母――晴が部族を率いて襲いかかってくることは間違いない。
否、そもそも暗殺しようにもそれが成功するかどうかも怪しいものだ。
高順はもとより、新たに彼女の配下となった張遼も若いながら相当な武を誇っており、また賈詡はこちらの心情を見透かしているかのような気もする。
何よりも董卓が四六時中張り付いていることが問題だ。
そこまで考え、董君雅はゆっくりと息を吐き、手元にあった茶を啜る。
そして一息ついたところで考えを変える。
「懐柔した方がいい、か……」
そうすれば反旗を翻されても少なくとも悪い方には……自分が殺されたりするようなことはないだろう、と彼女は思った。
だが、領民に危害が及ぶ可能性がある。
高順は聡明だ。
そのような短慮なことはしないだろうが、それでもよろしくない事態が起こる可能性は高い。
「……いえ、何も嫌われているここで興そうとは思えない。もっと南か東の、異民族など対岸の火事と思っているようなところで勢力を興すとすれば……」
早めに太学へ追いやった方がいいか、と彼女は考える。
「とりあえず給金を増やしましょう」
台所事情は苦しいが、それでも反乱を起こされるよりは余程マシであった。
また実際に仕事もキチンと行い、それで結果も出していることからある意味これは妥当な処置であった。
「彩、ちょっと聞きたいんだけど」
賈詡は高順と2人きりとなった時を見計らい、声を掛けた。
これから聞くのは董卓に、あるいは董君雅に知られると拙いことだ。
高順とてそれが分かったのか、真面目な顔となり、賈詡を自室へと誘った。
部屋に入るなり賈詡は尋ねる。
「これからどうするの? まさかずっとここにいるわけじゃないでしょ?」
「私個人としては太学に行こうと思ってる」
賈詡はまさかの言葉に唖然とした。
異民族の高順が漢族のエリート養成の太学に入る……そういうことが到底できるとは思えなかった。
「だけども」
高順は続ける。
「どうも私が想像していたよりも差別というか、恐怖というか、そういういものが酷いことが分かったわ。きっと生半可な後ろ盾じゃ、駄目でしょうね」
「あくまで太学に行くことは諦めない、と?」
賈詡が鋭い視線で問い詰めた。
「そうよ。だって、異民族の癖に太学卒業したとなれば大抵の輩の度肝を抜けるでしょう? 太学卒業してないなんて……という感じに笑うことができるし」
「いや、それはそうだけど……っていうか、ボクも太学は行ってないんだけど……」
行きたくもないし、と告げる賈詡。
「ま、そこらは個人によると思う。それに学歴というものがあると色々と融通が利くものよ」
「でも、どうやって? 董君雅殿じゃ、最低限の保障にしかならないよ」
「私は自分の体を稀有な才能であると思っているの」
「体……?」
はて、と賈詡は首を傾げる。
異民族生まれである、ということが稀有な才能なのだろうか、と。
そんな様子の賈詡に高順はそういえば、と気がついた。
彼女には自分の特異体質のことを話していなかったということに。
「んと、詠。あなたのことを信じてこれは話す……っていうか、見せるんだけど……」
高順はそう言い、ゆっくりと自らの衣服を脱いでいく。
まさかの事態に賈詡は顔を真っ赤にし、両手で覆いながらもその指の隙間からしっかりと高順の体を覗き見ている。
美しい、シミ一つない白い肌。
それなりに豊満な胸。
賈詡は思わず唾を飲み込みつつ、ゆっくりと視線を下へとやり……あるモノに気がついた。
「……両性具有」
ポツリ、と賈詡は呟いた。
そして、彼女はしっかりと事実を受け止めるべく自らの手を顔からどけた。
生まれたままの姿となっている高順を上から下までしっかりと見る。
「私は自分の体の価値について正確に理解しているつもりよ。今をときめく大将軍何進に自分を売り込めば膨大な金と共に太学でも誰も文句は言えない強力な後ろ盾となる」
「確かにそうだね。それにうまいことして、太学卒業後は太守は無理でも県令にしてもらえれば……」
賈詡の言葉に高順は頷く。
「でも心配事もあるわ」
「心配事?」
「うん。仲穎の件」
「このままだとついてくるよねぇ……」
賈詡は溜息一つ。
彼女は……というよりか、城にいる全ての者が董卓が高順に依存ともいえる程に懐いていることを知っている。
張遼は城に来てからの董卓の振る舞いに高順に恋人かどうか聞いてきた程だ。
「董君雅様がどうするか否か……そこにかかってくる」
「ここを離れるときはどうするの? 置いていくの?」
高順の策通りに何進の後ろ盾で太学に行ったら、そのままこちらにはもう戻ってこないだろう。
そのとき董卓がついてくることは容易に予想がつく。
「私個人としては連れていきたいと思う。精神的な癒しを得ることができるし」
「それは分かるけど……董君雅殿はどうやって説得するの? 跡継ぎがどこかへ行くとなれば猛反対すると思うんだけど」
「そこが問題なのよね……」
うーんと悩む高順であったが、彼女は閃いた。
「それなら彼女も太学に行かせればいいんじゃない?」
「……その発想はなかった。確かに彩が誘えば彼女は頑張ると思うし、そのままお願いすれば政……は無理だとしても、それでも任せられる部分は任せることができる」
妙案だ、とうんうんと頷く賈詡。
そして、彼女は何進に取り入ったときになるだろう事態について、敢えて問うことにした。
「でも、何進に抱かれるんでしょ? いいの?」
「いいわ。気持ちいいことは嫌いじゃないもの」
何進の肖像画というのを高順は見かけたことがある。
中々に美人であった。
そんな美人に初めてを奪ってもらえるなら悪くはない……どころかむしろ良い。
高順は肉体関係において愛など無くても気持ち良ければそれでいい、とする人物であった。
高順の答えに賈詡は胸の奥に針が刺さったかのような、微かな痛みを覚えた。
その痛みに不思議に思いながらも、彼女は告げる。
「それならいいわ。でも、あんまり深入りして情が移ったりしないようにして。最近だと宦官との仲が悪いって噂を聞くし、面倒な政争に巻き込まれるのは御免よ」
「でも、何進は使えると思う。政争に敗れた後の何進を保護し、再び朝廷で力をつけさせるのはどうかしら?」
「言うは易し、行うは難しの典型ね。宦官だって馬鹿じゃないよ。そうなる前にこっちを逆賊として討つよう諸侯に命じる筈」
「ならば宦官を排除してしまえば?」
「それができるならきっと何進から褒賞を貰えるわね」
「策はあるけど、兵力が足りないわ。しばらくは力を蓄える……臥薪嘗胆ね」
「そういうこと。で、ボクは2人が太学に行くことになったら、文遠と一緒に情報収集や人材登用の為にあちこち回ってみる。勿論、高順が異民族っていうことを明かした上でやるよ」
その言葉に頷きつつ、高順は口を開く。
「あと、要注意人物がいるわ。曹孟徳、孫文台、袁本初、彼女らには気をつけるべき」
「後者2人はともかくとして、曹孟徳?」
はてな、と首を傾げる賈詡。
そんな彼女に重々しく頷き、高順は告げる。
「彼女は私よりも君主として一回りも二回りも優れている。何より彼女の下には有為な人材が集まりやすい」
「……もしかして彩、曹孟徳に仕えたいとかそんなこと思ってる?」
ジト目で見つめる賈詡に高順は肩を竦めてみせる。
「私は武官が政治に手を出すべきではないと思う。あくまで戦は政治の延長線上にあり、手段であるべき。それ自体が目的となってはならない」
賈詡は思わず感嘆する。
それを分かっていないが為に数多の国が滅んだことを彼女は書物で知っていた。
「私は政の真似事はできるだろうけど、あくまで真似事に過ぎない。あなたとて万能ではない。最終的にどこかの勢力に呑み込まれてしまう可能性がある」
高順は自らの限界を素直に賈詡に吐露した。
未来の知識とて万能ではない。
確かにこの時代から見れば優れているものは多いが、こと、政治に限っては余り進歩していないのが現実だ。
民主主義などは古代ローマ、ギリシア、インド時代に成立したものである。
現代において多少の形は変わっているとはいえ、その本質は変わらない。
あくまで行政というシステムが洗練化されているのであり、結局のところどうするかを決めるのは人間だ。
その意思決定システムは独裁か、それとも少数の者が決定するか、結局のところそこに尽きる。
民主主義とて実際に政策を決定するのは民衆に選ばれた少数の人間なのである。
本来、上司は部下に弱いところを見せてはならない。
見せてしまえば部下にまでその不安は伝達されてしまう。
だが、高順は賈詡を信用し、信頼するが故に敢えて吐露した。
賈詡はやや顔を俯かせ何も言わない。
高順はこれは拙いか、と思いつつ、彼女の言葉を待つ。
やがて彼女は顔を上げ、まっすぐに高順を見つめた。
「あなたは聡明な人だ。ボクはそこまで多くの人を見てきたわけじゃない。だけど、あなたはきっとそうだと思う」
そう言い、彼女は片膝をつき、臣下の礼をとった。
弱みを承知した上でなお、賈詡は従うことを選んだ。
「……ありがとう、詠」
その言葉に詠は恥ずかしいのか、顔を赤らめつつも告げる。
「言っておくけど、最終的にそうなるのは容認できるわ。でも、初めから負け犬根性で行くのは許さないから」
そう言う彼女に高順は不敵に笑う。
「こちらから低姿勢となるのは面白くない。曹孟徳の軍勢を幾度も打ち破ってもうやめてくれと泣きついたときに軍門に降ってやろう。私とあなた、そして張文遠がいれば間違いなくそれができる」
詠はその言葉につられて笑ってしまうのであった。
そんな彼女を見つつ、高順はいそいそと服を着る。
「ともあれ、文遠の説得もしないとね。まあ、彼女は何とかなるでしょう」
高順の言葉に頷く詠。
その顔はまだ赤い。
ともあれ、こうして大雑把な方針が決まったのであった。
先の高順の賊退治についていった兵士達を問い詰めてみれば埃が出るわ出るわで呆れてしまった。
そして、とどめは先日、戻ってきた董卓からの報告だ。
彼女が高順や賈詡をお供に外を見に行く、と言ったときは心配ながらも許可を出したが、持ち帰ってきた報告は非常に苦いものであった。
領民に根付いた異民族への恐怖と憎悪。
それらを払拭するのは並大抵ではない、と董君雅は改めて思い知らされた。
懸念はまだある。
高順が配下をまた増やしたことだ。
それだけならば別に問題はないが、これまで散々な目に遭った彼女がこちらに反旗を翻さない保障はどこにもない。
友人の娘だから大丈夫だろう……というのはもはや何の根拠にもなりえなかった。
そして、その友人も娘にされたことを知ったなら激怒するだろう。
もっとも、当の高順は董君雅の都合など知らぬといった顔で自分の部下だから、と董君雅に賈詡を手伝わせると言ってきた。
給金はいらない、と断ってきたことから経験を積ませる為だということはすぐに予想がついた。
今は僅か3人だが、この分だと董卓が高順についていくことはありえる事態。
そして、董君雅には彼女らを説得する言葉を持たない。
かといって、暗殺なんぞすればそれこそ大事だ。
どんなに誤魔化そうとしても問答無用で彼女の母――晴が部族を率いて襲いかかってくることは間違いない。
否、そもそも暗殺しようにもそれが成功するかどうかも怪しいものだ。
高順はもとより、新たに彼女の配下となった張遼も若いながら相当な武を誇っており、また賈詡はこちらの心情を見透かしているかのような気もする。
何よりも董卓が四六時中張り付いていることが問題だ。
そこまで考え、董君雅はゆっくりと息を吐き、手元にあった茶を啜る。
そして一息ついたところで考えを変える。
「懐柔した方がいい、か……」
そうすれば反旗を翻されても少なくとも悪い方には……自分が殺されたりするようなことはないだろう、と彼女は思った。
だが、領民に危害が及ぶ可能性がある。
高順は聡明だ。
そのような短慮なことはしないだろうが、それでもよろしくない事態が起こる可能性は高い。
「……いえ、何も嫌われているここで興そうとは思えない。もっと南か東の、異民族など対岸の火事と思っているようなところで勢力を興すとすれば……」
早めに太学へ追いやった方がいいか、と彼女は考える。
「とりあえず給金を増やしましょう」
台所事情は苦しいが、それでも反乱を起こされるよりは余程マシであった。
また実際に仕事もキチンと行い、それで結果も出していることからある意味これは妥当な処置であった。
「彩、ちょっと聞きたいんだけど」
賈詡は高順と2人きりとなった時を見計らい、声を掛けた。
これから聞くのは董卓に、あるいは董君雅に知られると拙いことだ。
高順とてそれが分かったのか、真面目な顔となり、賈詡を自室へと誘った。
部屋に入るなり賈詡は尋ねる。
「これからどうするの? まさかずっとここにいるわけじゃないでしょ?」
「私個人としては太学に行こうと思ってる」
賈詡はまさかの言葉に唖然とした。
異民族の高順が漢族のエリート養成の太学に入る……そういうことが到底できるとは思えなかった。
「だけども」
高順は続ける。
「どうも私が想像していたよりも差別というか、恐怖というか、そういういものが酷いことが分かったわ。きっと生半可な後ろ盾じゃ、駄目でしょうね」
「あくまで太学に行くことは諦めない、と?」
賈詡が鋭い視線で問い詰めた。
「そうよ。だって、異民族の癖に太学卒業したとなれば大抵の輩の度肝を抜けるでしょう? 太学卒業してないなんて……という感じに笑うことができるし」
「いや、それはそうだけど……っていうか、ボクも太学は行ってないんだけど……」
行きたくもないし、と告げる賈詡。
「ま、そこらは個人によると思う。それに学歴というものがあると色々と融通が利くものよ」
「でも、どうやって? 董君雅殿じゃ、最低限の保障にしかならないよ」
「私は自分の体を稀有な才能であると思っているの」
「体……?」
はて、と賈詡は首を傾げる。
異民族生まれである、ということが稀有な才能なのだろうか、と。
そんな様子の賈詡に高順はそういえば、と気がついた。
彼女には自分の特異体質のことを話していなかったということに。
「んと、詠。あなたのことを信じてこれは話す……っていうか、見せるんだけど……」
高順はそう言い、ゆっくりと自らの衣服を脱いでいく。
まさかの事態に賈詡は顔を真っ赤にし、両手で覆いながらもその指の隙間からしっかりと高順の体を覗き見ている。
美しい、シミ一つない白い肌。
それなりに豊満な胸。
賈詡は思わず唾を飲み込みつつ、ゆっくりと視線を下へとやり……あるモノに気がついた。
「……両性具有」
ポツリ、と賈詡は呟いた。
そして、彼女はしっかりと事実を受け止めるべく自らの手を顔からどけた。
生まれたままの姿となっている高順を上から下までしっかりと見る。
「私は自分の体の価値について正確に理解しているつもりよ。今をときめく大将軍何進に自分を売り込めば膨大な金と共に太学でも誰も文句は言えない強力な後ろ盾となる」
「確かにそうだね。それにうまいことして、太学卒業後は太守は無理でも県令にしてもらえれば……」
賈詡の言葉に高順は頷く。
「でも心配事もあるわ」
「心配事?」
「うん。仲穎の件」
「このままだとついてくるよねぇ……」
賈詡は溜息一つ。
彼女は……というよりか、城にいる全ての者が董卓が高順に依存ともいえる程に懐いていることを知っている。
張遼は城に来てからの董卓の振る舞いに高順に恋人かどうか聞いてきた程だ。
「董君雅様がどうするか否か……そこにかかってくる」
「ここを離れるときはどうするの? 置いていくの?」
高順の策通りに何進の後ろ盾で太学に行ったら、そのままこちらにはもう戻ってこないだろう。
そのとき董卓がついてくることは容易に予想がつく。
「私個人としては連れていきたいと思う。精神的な癒しを得ることができるし」
「それは分かるけど……董君雅殿はどうやって説得するの? 跡継ぎがどこかへ行くとなれば猛反対すると思うんだけど」
「そこが問題なのよね……」
うーんと悩む高順であったが、彼女は閃いた。
「それなら彼女も太学に行かせればいいんじゃない?」
「……その発想はなかった。確かに彩が誘えば彼女は頑張ると思うし、そのままお願いすれば政……は無理だとしても、それでも任せられる部分は任せることができる」
妙案だ、とうんうんと頷く賈詡。
そして、彼女は何進に取り入ったときになるだろう事態について、敢えて問うことにした。
「でも、何進に抱かれるんでしょ? いいの?」
「いいわ。気持ちいいことは嫌いじゃないもの」
何進の肖像画というのを高順は見かけたことがある。
中々に美人であった。
そんな美人に初めてを奪ってもらえるなら悪くはない……どころかむしろ良い。
高順は肉体関係において愛など無くても気持ち良ければそれでいい、とする人物であった。
高順の答えに賈詡は胸の奥に針が刺さったかのような、微かな痛みを覚えた。
その痛みに不思議に思いながらも、彼女は告げる。
「それならいいわ。でも、あんまり深入りして情が移ったりしないようにして。最近だと宦官との仲が悪いって噂を聞くし、面倒な政争に巻き込まれるのは御免よ」
「でも、何進は使えると思う。政争に敗れた後の何進を保護し、再び朝廷で力をつけさせるのはどうかしら?」
「言うは易し、行うは難しの典型ね。宦官だって馬鹿じゃないよ。そうなる前にこっちを逆賊として討つよう諸侯に命じる筈」
「ならば宦官を排除してしまえば?」
「それができるならきっと何進から褒賞を貰えるわね」
「策はあるけど、兵力が足りないわ。しばらくは力を蓄える……臥薪嘗胆ね」
「そういうこと。で、ボクは2人が太学に行くことになったら、文遠と一緒に情報収集や人材登用の為にあちこち回ってみる。勿論、高順が異民族っていうことを明かした上でやるよ」
その言葉に頷きつつ、高順は口を開く。
「あと、要注意人物がいるわ。曹孟徳、孫文台、袁本初、彼女らには気をつけるべき」
「後者2人はともかくとして、曹孟徳?」
はてな、と首を傾げる賈詡。
そんな彼女に重々しく頷き、高順は告げる。
「彼女は私よりも君主として一回りも二回りも優れている。何より彼女の下には有為な人材が集まりやすい」
「……もしかして彩、曹孟徳に仕えたいとかそんなこと思ってる?」
ジト目で見つめる賈詡に高順は肩を竦めてみせる。
「私は武官が政治に手を出すべきではないと思う。あくまで戦は政治の延長線上にあり、手段であるべき。それ自体が目的となってはならない」
賈詡は思わず感嘆する。
それを分かっていないが為に数多の国が滅んだことを彼女は書物で知っていた。
「私は政の真似事はできるだろうけど、あくまで真似事に過ぎない。あなたとて万能ではない。最終的にどこかの勢力に呑み込まれてしまう可能性がある」
高順は自らの限界を素直に賈詡に吐露した。
未来の知識とて万能ではない。
確かにこの時代から見れば優れているものは多いが、こと、政治に限っては余り進歩していないのが現実だ。
民主主義などは古代ローマ、ギリシア、インド時代に成立したものである。
現代において多少の形は変わっているとはいえ、その本質は変わらない。
あくまで行政というシステムが洗練化されているのであり、結局のところどうするかを決めるのは人間だ。
その意思決定システムは独裁か、それとも少数の者が決定するか、結局のところそこに尽きる。
民主主義とて実際に政策を決定するのは民衆に選ばれた少数の人間なのである。
本来、上司は部下に弱いところを見せてはならない。
見せてしまえば部下にまでその不安は伝達されてしまう。
だが、高順は賈詡を信用し、信頼するが故に敢えて吐露した。
賈詡はやや顔を俯かせ何も言わない。
高順はこれは拙いか、と思いつつ、彼女の言葉を待つ。
やがて彼女は顔を上げ、まっすぐに高順を見つめた。
「あなたは聡明な人だ。ボクはそこまで多くの人を見てきたわけじゃない。だけど、あなたはきっとそうだと思う」
そう言い、彼女は片膝をつき、臣下の礼をとった。
弱みを承知した上でなお、賈詡は従うことを選んだ。
「……ありがとう、詠」
その言葉に詠は恥ずかしいのか、顔を赤らめつつも告げる。
「言っておくけど、最終的にそうなるのは容認できるわ。でも、初めから負け犬根性で行くのは許さないから」
そう言う彼女に高順は不敵に笑う。
「こちらから低姿勢となるのは面白くない。曹孟徳の軍勢を幾度も打ち破ってもうやめてくれと泣きついたときに軍門に降ってやろう。私とあなた、そして張文遠がいれば間違いなくそれができる」
詠はその言葉につられて笑ってしまうのであった。
そんな彼女を見つつ、高順はいそいそと服を着る。
「ともあれ、文遠の説得もしないとね。まあ、彼女は何とかなるでしょう」
高順の言葉に頷く詠。
その顔はまだ赤い。
ともあれ、こうして大雑把な方針が決まったのであった。