勝手にやって勝手に帰ります




「どういうことですか!」

 バン、と賈詡は机を叩いた。
 彼女の前には村の長とその補佐役達。
 彼らは役人ではなく、この村の住民だ。

「しかしですね、そのような異民族の者に……」

 そう言い募る村長に賈詡は再び声を大にして告げる。

「彼女は董君雅様の下から派遣された者です! 異民族かどうかは関係ありません!」
「しかし、いつ彼女がこちらを襲ってくるか……」
「ですから! そんなことをするつもりならわざわざ董君雅様の部下になったりはしません!」

 昨日、村に着いた高順一行。
 だが、高順がいるが故に村長をはじめとした住民達は村へ入れることを拒否。
 仕方がないのでとりあえず村の外で一泊した後、こうして賈詡が抗議に赴いていたのであった。
 高順も責任者ということでついていきていた。
 ただし、武器は当然取り上げられ、周囲を彼女が連れてきた兵士達に囲まれ、さながら凶悪犯罪者の移送さながらに。
 これについても賈詡が猛抗議したが、高順は好きにやらせていた。

 話し合いは半刻程続いているが、平行線を辿っている。
 このままでは埒があかない、と歯を噛み締める賈詡。
 彼女が再び口を開こうとしたとき、それを手で制する者がいた。

「高順……」

 どういうつもり、と言いたげな彼女に高順は不敵な笑みを浮かべ、村長達に言い放つ。

「私の顔が見たくないならば、賊退治に協力してもらえませんか? 事が済めば私はさっさと帰ります。その方がうだうだ言っているよりも余程お互いにとって良いでしょう」
「だが、あなたのことは信用できない。いくら董君雅様の下から来たとはいえ……それに、もしかしたらあなたは賊と通じているのかもしれない」

 村長の言葉にそれもそうだなぁ、と高順は自分のことながら頷いてしまう。
 どれだけ異民族が嫌われているかはもう体験済みだ。
 村人の気持ちも考えると、勝手にやって勝手に帰るしかなさそうだ、と彼女は考えた。

 だが、それで済むのは彼女だけであって、お目付け役の彼女は我慢の限界であった。



「いい加減にしろっ!」

 思いっきり賈詡が机を叩いた。
 その顔は怒りにより真っ赤に染まっており、息は荒い。
 村長以下の村人達は少女とは思えぬ気迫に気圧されている。

「いくら何でも疑い過ぎよ! あんた達、董君雅様に陳情して、それでいざやってきた討伐軍の大将がたかが異民族だから、協力もできないなんてバカじゃないの!? 董君雅様が異民族とそれなりに親しくしているのは周知の筈よ!」
「だが、異民族に苦しめられた者も多い。それに彼女がこちらに刃向けてくることも……」
「あのねぇ……異民族は高順だけで兵士は違うわ。もしそんなことになったら兵士がさっさと取り押さえるでしょう!」

 ふーふー、と先ほどよりはやや落ち着いたものの、それでも息荒い賈詡。
 そんな彼女に村人の1人が問いかけた。

「お役人様、なぜそこまで彼女を信じるのですか? 異民族を信じるなんぞ到底できないと思いますが」
「いや、逆に何でそこまで疑うことができるのか聞きたいわ……」

 賈詡はすぐさまそう切り返し、うまくはぐらかす。
 実際のところ、彼女にも信じる明確な証拠は無かったりする。
 高順が間諜なのか、それとも別の目的があって董君雅の下にいるのか。
 さすがに一緒にいた時間が短すぎるが故に情報が少なく判断できない。
 
 賈詡は高順を悪い輩ではない、と判断してはいるが、いい人であるという演技をする輩も多い。

「まあ、わかりました。そちらは何もやらなくて結構。こっちで勝手にやって勝手に帰ります」

 高順はそう言い、賈詡の手を握る。
 いきなりのことに彼女は驚くが、高順はさっさと部屋から出て行ってしまった。







「……いいの?」

 村長宅から出、しばらく歩いたときに賈詡は問いかけた。
 その手は高順の手を握り返している。

「いいわ。あと賈詡、あなたに兵士達、預けるから」
「……え?」

 まさかの発言に彼女は目が点になる。
 そして高順は賈詡が何か言う前ににかっと笑って告げる。

「どうせ彼らは私の言うことなんぞ聞いちゃくれないでしょう。董君雅様の下では彼らは猫をかぶっていたけど、目が届かないところじゃ彼らも住民達と同じような風にやってもおかしくはない」

 賈詡は立ち止まり、その手を離し、高順の両肩を掴む。

「相手は100人を下らない数なのよ? たった1人で何て無茶よ!?」
「有能な敵より無能な味方の方が厄介よ。敵は倒せばいいけど、味方を倒すのは簡単にはできないから」
「だけど……」

 なおも食い下がろうとする賈詡に高順は告げる。

「今ここで私にとって本当の味方はあなただけ。だから、彼らが私に襲いかかってこないように頼めるかしら?」

 賈詡はじーっと高順を見つめていたが、やがて溜息を吐いた。

「あなたと付き合った時間は短いけど、とりあえず無茶をする人だっていうのはよくわかった」

 そう言い、再び溜息。

「わかったわ。そっちは私が何とかする。で、100人以上の賊相手にどうやるの?」

 問う彼女に高順は不敵な笑みを浮かべ、告げる。

「戦において真正面から戦うのは愚の骨頂。というわけで根拠地を焼き払う、もしくは毒でもって攻めるのがいい」
「いや、それは理にかなっているけど……敵の根拠地がどこにあるか分かるの?」
「この近くに山が幾つかあったから、大方その山中にある洞穴か、ちっぽけな砦でも築いているんでしょう」

 ふむ、と賈詡は顎に手を当てる。
 彼女には高順が異民族である、ということに偏見はない。
 少なくとも、そこらの腐敗官吏よりはよっぽどマトモだ。
 また、助けてもらったときのやり口から、そこらの役人よりも頭が回る。

 そして今の発言。
 賊の根拠地は確かにその2通りしかない
 口ぶりからして、そこに単身乗り込むらしい彼女。
 並の度胸では到底できまい。


「それじゃ、そういうわけで行ってくるから」

 手をひらひらさせて高順はその場を後にしたのだった。
 その彼女を見送り、賈詡はぽつりと呟いた。

「……とんでもないヤツみたいね……って、武器を持ってないじゃない!?」

 賈詡は高順の武器が取り上げられていたことにようやく気がついた。
 しかし、高順にとっては武器は必要なく、背中にある背嚢だけで十分であった。







 賈詡の前で自信満々に言ったのはいいものの、高順は大事なことを忘れていた。
 それは彼女がまだ人を殺したことがないということだ。
 とはいえ、高順本人としては誰かを殺すということに別段何も思えない。
 彼女は人間が人を殺すことを禁忌としていないことを知っている。
 人類の歴史は戦争の歴史。
 ならばこそ、その一員である自分が人を殺せないわけがない。


 トラウマにはなるかもしれないが、そこは後で考えればいい。
 何かに後悔するのは死ぬ時で十分。
 生きているうちは好きなようにやれば良い。


「さて……始めるとしましょうか」

 そう呟き、高順は適当に視線を巡らせ、山々を一つずつ見ていく。
 見るとはいっても、大雑把に全体を見る程度だ。

 そして、空を見上げれば太陽は高い位置にある。
 そろそろ昼時。

 ならばこそ、と彼女は炊煙を見つけるべく、再び山々に視線を向け、目を凝らす。
 するとどうだろう。
 高順の位置から最も近い山から微かに白い煙が立ち上っている。

「あっちね」

 まだこの時代にはない、第九を口ずさみながら彼女は歩き始めた。









 歩いて1刻程で高順は山中へと入った。
 木々が邪魔するものの、その都度、木の上に登り方角を確認。
 また途中でお昼休憩も取りつつ、日が傾き始めたときには賊の根拠地を視認。
 根拠地は砦ではなく洞穴であった。
 洞穴前には柵などはなく、見張りが2人。

 高順は火攻めで窒息死させようと思い至り、深夜まで待つこととした。
 2人の見張りを倒せないわけではないが、それでもこんなところで危機に陥るのも馬鹿らしい。
 万全を期す為にも寝静まり、見張りの集中力も乱れる時間帯を狙うべきであった。
 その為に高順は少し離れたところで仮眠をとることとした。






 数刻後、すっかり夜の帳が降り、満天の星空の下、高順は活動を開始した。
 彼女はまず背嚢を置き、胸元をはだけさせる。
 そして、深呼吸を数度して息を整えるとゆっくりと洞穴前へと歩み出る。

 すかさず賊2人が彼女に気づくが、女と気づくや否や、武器を放り出して近づいてきた。

「こんなところでどうしたんだ?」
「そんな格好で……誘ってんのか?」

 相手が異民族と見分けがつかないのか、それとも気づいているが、女だから問題ない、と思っているのか。
 不用意にも近づいてきた2人に高順はにっこりと笑った。

 そして、素早く2人の股間を蹴り、性器を粉砕。
 彼らは白目を剥き、口からは泡を吹いて声を発することなくゆっくりと後ろへ倒れた。

 まだ彼らは死んではいない。
 だが、死んだ方がいい痛みを味わったことだろう。


 敵の無力化に成功した高順は素早く背嚢を取りに戻り、それを背負って再び洞穴前へとやってくる。
 彼女は背嚢を下ろし、そこから松明をつける為に持ってきていた油の入った手のひらサイズの壺を取り出した。
 それを横に置き、近くにある枯れ木や草などを洞穴の少し中へと入ったところに積み上げていく。
 それなりの量が積み上がったところで、そこに油を撒き、火打石で火をつけた。

 たちまちのうちに勢い良く燃え上がるが、火は洞穴の通路を塞ぐだけだ。
 だが、ここからが肝心。
 少しでも煙が中へ入るよう、背嚢から手ぬぐいを取り出し、それを適当に折り扇ぎ始めた。
 団扇や扇子などと比べて疲れるが、そういったものを持っていないが故の代用品。
 贅沢は言えない。
 また彼女は復活されても面倒なので気絶させた賊2人の足の骨を折る。
 嫌な音に彼女は眉を顰めるが、我慢した。

 そして、彼女は適度に火に燃料を供給しつつ、また適度な休憩も取りつつ、扇ぎ続けた。



 夜が明けて、高順はようやくその手を止めた。
 特に時間制限があるわけもなし、燃料が無くなって火が消えるまで彼女は待ってから、見張りをしていた賊の槍をいただき、また布で鼻と口を覆い、洞穴へと入る。
 洞穴は一本道であり、特に抜け道とかはないらしい。
 やがて彼女は広い空間にでた。

 そこに倒れ伏す無数の賊達。
 誰もが皆、苦しげな顔で生き絶えているようだ。

 生き残りはいない筈であるが、高順は念の為、と倒れ伏す体に槍を突き刺していく。
 ぐちょり、という独特の感覚に彼女は眉を顰める。


 やがて全員に突き刺し終えた彼女は意気揚々とその場を後にした。







 そして、村へ戻った高順はすぐさま賈詡に会い、事の顛末を話す。
 話を聞いた彼女は呆れ顔でその場に連れて行くよう高順に言ったのであった。

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