大晦日スペシャル

「今年も残り僅かね……」

 アシュレイは玉座に座り、ぽつり呟いた。
 12月31日――いわゆる大晦日だ。
 とはいえ、加速空間込みで何億年、抜きにしても数千年という年月を過ごしてきた彼女にとって、大して変わらない。
 人間が大晦日で感慨深くなるのはひとえに人間の寿命が短いからであり、永遠を生きるアシュレイら神魔族にとってはそこまで特別なものでもない。
 ただ、宴会好きな者は神魔族には多く、その宴会の口実として使われる程度であった。
 12月30日から1月10日までは神界・魔界共に完全休業日となっており飲めや歌えやのお祭り騒ぎがあちこちで繰り広げられる。


 当然、アシュレイの城でも宴会の準備が進められている……かと思いきや、意外にも何にもなかった。
 なぜならば、彼女の勢力が完全な縦社会であるからだ。
 アシュレイのいる前で羽目を外すような命知らずな部下は存在しない。
 その為、部下達は各々仲の良い連中と宴会して過ごすのである。

 宴会でアシュレイが女といちゃいちゃ……というのもなかった。
 そもそもそれは普段の光景と変わらない。
 知り合いや同僚は多くても友人が皆無なアシュレイはぼけーっと玉座に座っているのである。

 ベルゼブブらの同僚達は一匹狼な為にお互いにそこまで深く干渉したりはしない。
 また、婚約者のフレイヤは神界に帰省しており、比較的気安いエヴァンジェリンはエヴァンジェリンで嫁と世界旅行に行ってしまっている。



「姫納めでもしようかしら……」
「姫納め?」


 ちょこんと出てきたのはリリス。
 彼女はさりげない動作でアシュレイの膝に乗り、そのまま首筋に口付ける。

「今年最後の子作り。新年最初は姫初めね」

 ふーん、とリリスはそう言いつつ、アシュレイの手を自らの胸へともってくる。

「姫納め……私でしない?」
「どうしようかしらね……」

 そう答えつつも、リリスの胸をしっかりと揉むアシュレイ。

「お願い……」

 潤んだ瞳でリリスはアシュレイの紅い瞳を見つめた。
 普段ならこれで嬉々として襲い掛かる彼女であるが、どうにも今はそういう気分ではなかった。
 それにも関わらずに胸を揉んでいるのは簡単で、そこに胸があったからである。
 

 そして、テレジアが現れたのはそんなときであった。
 彼女はいつもの黒いゴスロリチックなメイド服を身に纏っている。

「アシュ様、地上に買出しに行きますが、何かお望みのものはございますか?」
「……暇だから私もついてくわ」

 そう言い、よっこらしょ、とアシュレイは立ち上がる。
 リリスは当然お姫様抱っこしており、それを見たテレジアは羨望の眼差しをされている彼女に向けた。

「あ、私も行くわ」

 リリスがそう答えるとどこから聞きつけたのか、リリムが、ベアトリクスが、シルヴィアが、エシュタルが、ディアナが、フェネクスが、レイチェルが、ベルフェゴールが、ニジが、須臾が、そして玉藻が現れた。
 私も私も、という感じで彼女達が言う。

 随分とまあ大所帯である。

「ま、いいんじゃないかしら」

 そう答えつつ、アシュレイは人間達に私の妾を見せ付けてやるいいチャンスだと思ってしまう。
 彼女、実は悪魔になってから人間のスーパーに行ったことがない。
 そもそもそんなことをしなくても、テレジアに命じれば手元にやってくるのだから。

「とりあえず……玉藻」
「何じゃ?」
「何だか凄い久しぶりに見た気がするんだけど、元気だった?」
「酷いのじゃ……」

 ふっくらとした柔らかそうな狐耳と尻尾が垂れる。
 ペットにしておきながらこの仕打ち。
 さすが悪魔であった。

「妾はずーっと主がこっちに連れてきた近衛の者達の世話をしていたのじゃぞ……」
「そういえばそんなことを言ったような記憶があるような」

 アシュレイはそう呟きつつ、須臾へと顔を向ける。
 14歳程の姿となった彼女は太刀を片手に持っている。
 雰囲気は如何にも歴戦の猛者といった風であった。

「お嬢様……この須臾、修行の旅を一時中断して戻って参りました」
「……月詠は?」

 アシュレイはそう問いかけつつ、須臾の頭を撫でてやる。
 撫でられた彼女は気持ち良さそうに表情をとろけさせつつ、答える。

「魔族を斬るのは飽きたとかで数年前から人間界に行っています」

 らしいといえばらしかった。
 何しろ、月詠は妖刀ひなの化身なのだ。
 今年最後の斬り納めでもやってるんだろう。

「ニジ、生きてたのね」

 そして、アシュレイはニジに視線を向け言った。
 酷いものである。

「わ、私……ずっとずっと地下で頑張ってたのに……」

 うぅ、と泣き崩れるニジ。
 彼女がやっていたのはコスモプロセッサの調整であった。

「ベルフェゴール、久しぶりね」
「アシュ様もお変わりなく……」

 ベルフェゴールはそう言いつつ、アシュレイの頬に口付け、言った。

「久しぶりにください」
「あとでね、あとで」

 何をくださいなのかは言わずとも分かる。

「……ふむ」

 アシュレイはエシュタルに視線を向け、顎に手を当てる。

「来年はロリペド強化年とかどうだろうか? いや、私からすれば大抵の輩がロリペドになっちゃうんだけども」
「あの、アシュ様。なぜ私を見ながら……」

 エシュタルの問いにアシュレイは笑みを浮かべるだけで答えない。

「アシュ様、最近出番が無くて暇でした」
「同じく暇でした」

 ディアナが、フェネクスがそう言った。
 そんな彼女達にアシュレイはすぐに答える。

「だって、2人を出そうと思った矢先に諸々の事情から止めなくちゃいけなくなったし」

 言うまでもなく、近衛近右衛門に泣きつかれたからだ。

「まあ、大丈夫よ。あなた達の出番は必ずつくるわ」

 そう言い、アシュレイは2人の胸を片方ずつ鷲掴み。
 あん、と声を漏らす2人にアシュレイは満足気な顔となった。

「アシュ様……」

 レイチェルが自分も、とアシュレイの名を呼んだ。
 呼ばれた方は優しく微笑み、レイチェルの額に優しく口付ける。


「ともあれ、さっさと行きましょうか……」

 ふふふ、と怪しく笑うアシュレイ。

 そのときであった。
 次々と様々な者が転移魔法で現れる。
 41の軍団の軍団長や淫魔達、果てはヘルマン、コンロン、ダイ・アモンやアシュレイが連れてきた特殊能力を持った少女達、他にも多くの下っ端達が現れ、あっという間に大広間はいっぱいになった。

 その光景にアシュレイは笑いが込みあげてしまう。
 無論、その意味は嘲りなどの負の感情ではない。

「……あなた達皆ついてきなさい。買い出しよ。好きなもの買いなさい……そうね、偶には皆で宴会するのもいいかもね。テレジア、そうしなさい」
「畏まりました」

 恭しく、テレジアは頭を下げた。



 アシュレイは確かに友人がいないし、その配下達からは恐れられている。
 だが、それでもこうしてちゃんと彼女を慕ってくれていたのだった。










 そして、この12月31日の午前11時前。
 日本の某所にある大型スーパーにベンツやらフェラーリやらポルシェやらで乗りつけ、大量の食材を買っていく謎の集団があった。
 その合計金額は100万を軽く超えたが、黒髪の少女が差し出した真っ黒なカードに店員は仰天しながらも、対応した。
 そのとき、店員が見た少女の財布にはプラチナカードや同じようなブラックカードがところ狭しと突っ込まれていた。

 この日、アシュレイは小売業界で伝説となった。









 そして始まる飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。
 アシュレイは開始宣言として何をしても無礼講とした為に非常に賑わいを見せた。
 その騒ぎは夜まで続き……


 時計の針が23時59分を指し、カウントダウンが始まった。
 大勢の魔族――魔王も下っ端も関係ない――の声と共に短針は動いていく。


 やがて……長針と短針が重なった。

『あけましておめでとう!』

 大広間に様々な声が響いた。
 一斉にクラッカーが鳴らされ、シャンパンがあちこちで開けられる。

 悪戯好きなリリスにアシュレイはシャンパンをぶっかけられ、大変な状態となったが笑っていた。
 それを見た他の者達も我先にとアシュレイにシャンパンをぶっかけていく。

 それでも彼女は笑っていた。
 シャンパンのおかげで彼女が涙を流していることもバレなかった。



 アシュレイは……ただ嬉しかった。

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