巡る季節・早咲きのヒルガオ


 アシュレイは京都の一件を上――すなわち、日本政府に非公式に調査依頼を要請した。
 この一件は政府高官及び軍高官の間で京都某重大事件あるいは陸軍甲事件、またその料亭の名前から池田屋事件と呼ばれ、内部の犯人探しと責任の押し付け合いに発展した。
 無論、その依頼した本人は独自の情報網を駆使してあっさりと犯人と黒幕を見つけていた。
その犯人――というか、実行犯は日本古来から住む鬼などの妖怪達であり、黒幕はその妖怪達に入れ知恵した人間達であった。
 その人間達を手助けした輩もいるらしいことも彼女は掴んでいたが、絞り込めていなかった。
 さて、この妖怪達はかつて天ヶ崎千草に対し、彼女の母親が言っていたあのきな臭い妖怪達だ。
 彼らにとって、アシュレイ――明日菜は目の上のタンコブであった。
 自分達の勢力圏に西洋からやってきた余所者が好き勝手振る舞っているように彼らからは見える。

 弱肉強食の世界とはいえ、やはり感情的には極めて不快であり、納得がいかない。
 またその妖怪達からすればアシュレイが人間の味方をしているように見えることも、彼らがそう考える理由の一因であった。

 妖怪とは人間に恐れられることが誉れである、というのが妖怪共通の……というよりか、西洋の悪魔達も含めた万国共通の考え。
 アシュレイがやっていることはこれまでの彼女の行いとは一見正反対のものであり、今更善に目覚めたか、と言われても仕方がないものであった。


 
 
 妖怪相手では普通の人間では分が悪い。
 単純に襲いかかってくるならまだしも、今回のように化けられたら始末に負えない。
 そんなわけで無駄な争いをしている日本のお偉いさん達を一喝して黙らせた後、犯人らについて説明した。
 その上でアシュレイは居城の警備に回している親衛隊の本隊を投入しようとした。
 これにはさすがの首相達も待ったをかけた。


 魔族で構成され、ハルマゲドンを経験したアシュレイの41の軍団だけで総数3000万。
 コレとは別に吸血鬼化した元人間や不老不死化した人間で構成された親衛隊――Schutzstaffelであり略称SS――が別に存在する。
 総数1000万とも2000万ともいわれる主に女性で構成された組織であるが、このSSには本来の歴史ならばナチスの親衛隊に所属し、悪名を轟かせる連中が数多く吸血鬼化あるいは不老不死化した上で在籍している。
 有名な輩をあげれば親衛隊情報部の長ラインハルト・ハイドリヒ、人間収容所の総監督官であるテオドール・アイケ、畸形人種創造及び人体改造研究所所長ヨーゼフ・メンゲレなどなど……
 役職は彼らにもっとも適したものをアシュレイが与えている。
 そんな彼女の登用のやり方は狡猾であり、彼らが経済的あるいは精神的に困窮しているときに手を差し伸べた。
 特にハイドリヒには幼少期から接触し、彼が学校でいじめられていたときからアシュレイは手を差し伸べた。
 幼い頃からアシュレイの影響をこれでもかと受けまくってしまったハイドリヒは史実以上に歪んでしまい、大変なことになっていたりする。

 そんな風に自らを彼らに信頼・信用させたアシュレイは心置きなく、そういった連中を部下として使っていた。



 これらからアシュレイが人材を登用する際にどこに着目しているところがよく分かる。
 彼女が好きな人間はただ狂っている輩ではなく、冷徹な知性を持ち、目的を遂行する確固たる意志がある狂った人間だ。


 要するにアシュレイはただの人間には女や男の娘などの彼女の性欲をくすぐらせるものを除けば全く、完全に興味がないのである。
 類は友を呼ぶと言うが、まさにその典型かもしれない。
 アシュレイのぶっ飛んだ会話に人間がついてくるには頭のネジがダース単位で飛んでいなければダメなのだ。


 さて、そんな史実でも悪名高い連中とアシュレイに狂信している見目麗しい女達の親衛隊。
 そんな連中が日本でドンパチする為に投入されたらどうなるか、火を見るより明らかだ。
 余計な被害が大量に出てしまう為に首相達はどうにか控えてもらいたい。
 無論、彼らは史実のハイドリヒらを知らないが、そこに属している連中が頭のネジが外れていることだけは知っていた。

 故に彼らはアシュレイのご機嫌を取りつつ、今回の一件とこれまで続いた妖怪達との確執に終止符を打つべく、まずは話し合いをしてみてはどうか、と提案した。
 彼女としても下手に動くと神界がそれなりにうるさいのは予想がついていた。
 また、彼女はいい加減フレイヤと結婚したかった。
 信仰乗っ取り作戦以後、神界から無期限延期とされているが、ここでドンパチすればより先に伸びるのは当然。

 何よりも、日本の妖怪は西洋のものとは違う、姿形をした者が多い。
 そこでアシュレイの性欲センサーが働き、そういう子って素敵と思ってしまったわけである。



 それからはトントン拍子で話が進み、早速陰陽寮を通じてアシュレイは話し合いたい、という旨を妖怪達へ呼びかけた。
 妖怪達も気は長い方だ。
 人間の数年数十年は彼らからみれば人間の数カ月程度。
 すぐに返事はこないだろう、と陰陽寮内に専門の部署をつくり、定期的に呼びかけることとなった。








 そして、季節は巡り、翌年の春。


 麻帆良学園では入学式が執り行われ、式が終わった新入生が上級生に歓迎されつつ、あちこちの部活動から勧誘されている最中。

 通りを歩く1組の男女がいた。

 男はすらりと伸びた背。
 父親譲りの赤毛、その顔には柔和な笑み。
 そんな彼と腕を組むのは橙色の髪をツーテールにした、彼と比べてやや小柄に見える少女。
 そんな傍目からはカップルにしか見えない2人であったが、彼らを見て絶句する者がいた。

「あ、あす、あすあすすすす……!」

 わなわなと震え、彼女は腕を組んで歩く少女を指さした。

「あすなぁあああ!」

 周辺に響き渡る声に通行人は足を止め、呼ばれた本人もまた足を止める。
 そして声の発生源を確認し、あー、と声を上げた。

「なんだ、美砂じゃん。どうかしたの?」
「どうかしたってどうかするわよ! あんた、何イケメン捕まえてんのよ!? 答えろ!女子中等部1年アスナ・ウェスなんたらかんたら!」

 そう言いつつ、近くに寄ってきた彼女――柿崎美砂はうがーとまくし立てた。
 小学校6年のときに転校してきた彼女は明日菜と同じく今年で中学生1年生だが、その体はとてもではないが中学生には見えない程に成熟したものであった。

「いや、私あんたみたいに盛ってないから。あと略すならアスナにして」

 答え、手を左右に振る彼女――アスナ。
 そんな身内オーラ全開で話す2人に彼は尋ねた。

「失礼……僕はネギ・スプリングフィールドと申します。見たところ、あなたはアスナさんのご友人と思いますが……?」
「あ、はい! 私、女子中等部1-Aの柿崎美砂です! 現在、彼氏募集中です!」

 そう言い、直角にお辞儀する美砂にネギは苦笑しつつ、彼女に手を差し出す。

「初めまして、アスナさんの親戚のネギ・スプリングフィールドです。この度、麻帆良学園男子中等部1-Aに入学しました。どうぞよろしく」
「は、はい! こちらこそよろしく!」

 美砂は差し出された手を両手でぎゅっと握る。
 そんな様子をアスナはジト目で見ていた。
 彼女は知っていた。
 これはネギが素でやっているのではなく、分かった上でやっているということを。

「あいつ……本当にとんでもないことを……ああ、でもこれはナギ譲りか……いや、分かった上だからなおタチが悪い……」

 ぶつぶつ呟くアスナ。
 その恨みの矛先はネギの容姿と言動・行動に気づかせたアルビレオ・イマに向けられている。
 彼がネギに教えたことは魔法を含め多岐に渡るが、その中で最も力を費やしたのは狙って女を落とす方法だった。
 とはいえ、彼が何か特別な方法を伝授したというわけではなく、前述した通りにネギに自らの容姿が良いことを気づかせ、その振る舞いや発言に対し、女性がどう思うかということを一から論理的に教えただけだ。

「あ、あの良かったらメールアドレスと番号教えてくれませんか?」
「勿論です。僕もまだまだ麻帆良は分からないところが多いので是非、案内してもらいたいですね」

 アスナはその言葉に内心溜息を吐いた。
 ネギは加速空間に入っていた為に実年齢と見た目の差がある。
 少し前は油断させる為に子供の姿の方がいい、ということであったが、エヴァンジェリンやフェイトからリーチの長さを補った方がより効果的という意見が出され、程々に油断され、程々にリーチがある14歳程度の姿がベストとされた。

 それに加えて近右衛門がどうせなら学校生活を体験してみては、という意見が出され、ネギ自身も学校への憧れがあったので今回の入学となったわけである。

 そんなわけで子供の姿のネギも知っているアスナとしては色々と複雑なのである。

「はいはい、美砂、あんたは何の用なの? まさかナンパしに通りを歩いていたわけでもあるまいし」
「あ、そうそう。中学から入った子達の歓迎会やるから買い出しに来たのよ」
「私が言うのも何だけど、中学生とは思えない連中が多いわね」
「そうねぇ……長瀬さんとか鳴滝姉妹とか龍宮さんとか……」

 長瀬さんとか龍宮さんとかどう見ても殺し屋でしょう、とアスナは内心呟いた。
 彼女は昔からネギの修行を見ており、また途中からその修行に参加している。
 自衛の為というのが彼女の建前だが、その本音は賢すぎて逆に危なっかしいネギがほうっておけない、というものだ。
 そんなわけでアスナもアルビレオやらガトウやら高畑やらから色々と教わっており、パッと見ただけで相手がどの程度の実力の持ち主か、見抜けてしまうという何とも中学生らしからぬ技能を会得してしまったのだ。

「あと、綾瀬さんだっけ? 何か不思議系というか、電波系?」
「あー……真面目で頭もいいだろうけど、何か変よね」
「それと超さん。あの子も何かおかしい」

 アスナは美砂の言葉に頷きつつも心の中で付け加える。
 超さんはともかく、綾瀬さんは人間外れの魔力を持ってるし、と。

 そんな風に展開される新しくやってきたクラスメートへの評価。
 ネギは聞かない方がよかったかなぁ、と思いつつ、キリの良いところで会話へと割り込んだ。

「あの、すいません。よろしければ買い出しを手伝いましょうか?」
「そうだ、忘れてた。缶ジュースとお菓子! 是非お願いします!」

 アスナはそこで思考する。
 このままクラスメートにネギを近づけたら落としまくるだろう、ということを。
 彼が行なっているのは八方美人やただナンパというのではなく、明確な目的に基づいた情報収集活動であり、自らの味方を増やすという行為であった。
 早い話がコネ作りだ。
 親が国家公務員や企業の取締役、あるいは権威ある研究者という社会的地位の高い家庭の子供も東京との交通の便が良いこともあり、麻帆良には多い。
 そこら辺、抜け目がないネギであった。

 ネギの立場を考えたら否定することもできない為、アスナとしてはやっぱり複雑だ。
 彼の立場はイギリスからの留学生ということになっている。
 冷戦終結後、WTOとNATOとの間の確執はほとんど消えているとはいえ、完全に消えているとは言い難い。
 また彼を狙う悪魔のこともあり、とにかく味方が必要な状況なのだ。

「ところでネギさんはどこの国の?」
「僕はイギリスです。ああ、でも国家と個人は違いますので」

 そう言い、美砂の瞳を覗き込み、微笑むネギ。
 こいつ、絶対いつか刺される……むしろ刺されろとアスナは強く思う。
 事情を知っていても、個人の感情は別なのであった。

「そういえば那波さんは結局帰ったの?」

 ふとアスナは思い出した。
 家の用事があるとかで早めに帰るかもしれない、と言っていたのだ。
 彼女ともアスナは小学校からの長い付き合いであった。

「あ、帰ったよ。歓迎会に出れなくてごめんなさいだって。あといいんちょも帰ってた」
「なんだ、いいんちょも帰ったのかー」

 幼稚園からの付き合いのいいんちょはアスナにとって最も付き合いの長い人物であった。


 ネギはその会話でピンときた。
 いいんちょ、という人物はともかく那波という人物について。

 那波という見慣れぬ苗字―東京から程近い麻帆良―帰らなくてはならない程に優先される家の用事。

 そこから導き出される推測、その子は那波重工の令嬢ではないか――?

 無論、ネギは明確な根拠が無い限りそうである、と断定することはない。
 故に頭の引き出しにその可能性はある、としまいこんだ。

「ともかく、買い出しに行くわよ。美砂、あんたもネギにデレデレしない!」
「えー、アスナのイケズー」

 ぶー垂れる美砂にアスナは処置なし、と溜息を吐いたのだった。









 一方その頃――帝国ホテルの桐の間にアシュレイはいた。
 大きな窓からは皇居や日比谷公園が望め、その邸宅風の華やかな内装については彼女は満足していた。
 ゆったりとした真っ黒なドレスを纏った彼女がここにいる理由。
 それは財界の大物達との会食であった。
 日本経済の牽引役である彼らも、アシュレイには頭が上がらない。
 次々と挨拶にくるむさ苦しいおっさんやじいさんに彼女はこれみよがしに溜息を吐いてみせた。
 無論、彼らもアシュレイが無類の女好きということは知っている。
 だが、さすがに生贄にするわけにもいかないので頭を下げることで対応していた。

 とはいえ、アシュレイからすれば最高の腕を持ったコックが作った最高の料理も、目に見えるのがおっさんじいさんばかりでは不味くなるというもの。

 会場の扉が開いたのはそんなときであった。
 入ってきたのはまたムサイおっさんだろう……そう高をくくっていたアシュレイは興味なさ気にその紅い瞳を向け、ガタッと椅子から立ち上がった。

 赤茶色の髪を腰まで伸ばし、目元の泣きぼくろが印象的な女性であった。
 彼女は薄紅色の着物を纏っており、ところどころ桜の花びらが描かれている。

「初めまして、那波重工取締役代理の那波千鶴です」

 告げ、優雅に彼女はお辞儀をした。

「……うん、これは」

 イイ、と言いかけたところで再び扉が開いた。
 アシュレイが再びそちらへ視線を向けるとそこにいた人物に彼女は感嘆した。
 綺麗な金色の髪を腰あたりまで伸ばし、碧いドレスを身に纏っている。
 その人物は足早にアシュレイの下へやってきて、優雅に一礼した。

「初めまして、雪広総合グループの取締役代理の雪広あやかです」

 アシュレイはふむ、と顎に手をあてつつ、呟く。
 
「最近うるさい人道とか人権とかそういう意味では雪広と那波以外が正しいが、純粋に企業としては2社が正しい判断。どちらも称賛に値する」

 シンと会場は静まり返る。
 アシュレイの一挙一動に会場内の視線が集中し、彼女の次の言葉を待つ。

「何かあったなら私が金を出そう。1000億程度なら即日で融資できる用意がある」

 アシュレイの口約束はそこらの証文よりも余程信頼できるものであった。
 この言葉に会場内からは拍手が巻き起こり、自らの娘を表に出した雪広グループと那波重工を称える声がちらほらと聞こえる。
 那波に関してはともかく、雪広には長女ではなく次女であるのだが、そこは些細なことだろう。

 そんな中、あやかと千鶴の2人はお互いに微笑みあった。

「ところであなた方は何歳かしら?」

 アシュレイの問いに2人は笑顔で告げた。
12歳です、つい先程中学1年生になりました……と。

 楓のような事例を知っているアシュレイといえど、さすがに驚いた。
 ちょーっと自分の改変が大変なことになってるかもしれない、そんな風に思ってしまう程度には。
 2人はつい数時間前まで学校の教室に中学生としていたのだ。
 しかしながら、その見た目や言動、雰囲気などはとてもではないが中学生ではない。

「明日菜様、せっかくのお料理が冷めてしまいます」

 千鶴はおっとりとした口調でそう声を掛ける。

「ええ、そうね。少し早いけれど、上等なヒルガオが2輪届いたことだし、ゆっくりと鑑賞しながら頂くとしましょう」

 ヒルガオ――6月から8月にかけて咲く花。
 同名のフランス映画も存在する、この花の花言葉は情事であった。


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