「あらあら、先客がいらっしゃるようね」
アシュレイはにこやかに笑いながら、アリカの髪を掴んでいる元老院議員に声を掛けた。
すると彼は何者だ、とアシュレイへ視線を向け、一瞬で恐怖に苛まれた。
そして、アリカの瞳はアシュレイを捉えるが、彼女はアシュレイが人にあらざる者と予期していた為に驚いたりはしない。
「さて、議員さん。警備の兵はどうしたとかそういうありきたりな質問の前にあなたが最も知りたいことを教えてあげるわ」
そう言い、アシュレイはアリカの髪を掴んでいる議員の手を彼の意識に働きかけて退けさせる。
「墓守り人の宮殿、その奥にあるのは古代の超兵器でも莫大な金銀財宝でもない。あそこにあるのは宇宙処理装置……コスモプロセッサ。この世界を思うがままに改変できるものよ」
恐怖に苛まれながらも、彼はその言葉に驚愕する。
アリカもまたその信じられない事実に目を見開く。
不思議とアシュレイの言葉が嘘とは思えなかった。
それは妙な確信だ。
目の前の少女は嘘をつかない、と。
「でもあなたはそれを見ることができないわ。なぜならば、あなたはこの後、家に帰って家族を殺した後、自殺するんだから」
アシュレイが告げた瞬間、議員はゆっくりと崩れ落ちそうになるが、すぐに立ち直った。
彼は一言も発さずアシュレイの横を素通りし、さっさと歩いていってしまった。
アリカは何をしたのか理解できた。
「精神操作……じゃが、あまりにも強力過ぎる……」
掠れたような声だった。
そのことから食事もろくに摂っていないことがよく分かる。
「そなたは何者じゃ……?」
問いかけにアシュレイは花の咲くような笑みを浮かべる。
「私はアシュレイ。よく言われるのはアシュタロス。あなたの飼い主になる者よ」
名を告げられた瞬間、アリカは鳥肌が立った。
冷や汗が吹き出し、悪寒が襲う。
うずくまる彼女にアシュレイはあらあら、と困ったように笑う。
「強すぎるのも考えものね。まったく、人間達はどうして強くなりたがるのか。連中に私の代役を務めさせてみたいわ」
やれやれ、と嘆息しつつ、アリカの恐怖をアシュレイは取り除く。
大抵の人間はアシュレイ自らが名乗った後、放っておいたらあまりの恐怖に自殺してしまう。
「ともあれ、アリカ。あなたは今日から私のペットね」
「嫌じゃ……!」
アリカは涙目になりながらも、アシュレイの顔をハッキリと睨み、拒絶した。
健気な彼女にアシュレイはその嗜虐心を刺激される。
「ふーん……そんな犬みたいに臭いのに?」
「これは……!」
「あちこちの毛も伸び放題なんでしょ?」
アリカは羞恥に顔を俯かせた。
アシュレイは匂いフェチでもある。
そうであるが故に彼女は手を回し、アリカに風呂どころか水で濡らした手ぬぐいで体を拭かせることも1ヶ月に数度程度しかさせなかった。
当然体毛の処理もさせていない。
唯一許したのが散髪だけだった。
「排泄するにも、看守に言って、その拘束着を脱がしてもらわないといけないのに?」
ニヤニヤと笑いながらアシュレイはそう言いつつ、更に続ける。
「どう? 自分がもう人間じゃなくて、犬であることを認めたら? 私のペットは素敵よ? 毎日そこらの金持ちよりもいいものを食べて、好きなときに眠れて好きなときにヤれるわよ?」
「妾は人間じゃ! そなたのペットなどではない!」
強情ねぇ、と思いつつもアシュレイは予想通りの展開に笑みを崩さない。
「じゃ、賭けをしましょう。あなたの好きなナギが本当にあなたのことを愛していたなら、あなたの勝ち。あなたの名誉も失われた民も国も全部私が何とかしてあげるし、私をペットにしてもいいし、本当の黒幕は私だとか言ってもいい」
「……それは嘘ではない、という証拠は?」
「私がアシュタロスだから、というのが証拠よ。悪魔は嘘をつかないし、契約は絶対に守る。人間などとは違ってね」
アリカは唸りつつも、更に問いかける。
「妾が負けたときは……?」
「私のペットになってもらう。ここで無理矢理あなたを拉致することなんて、簡単にできるだろうことはわかるでしょ?」
確かに、とアリカは内心頷く。
アシュレイがその気になれば先ほどの議員と同じように精神操作を行い、そうすることも可能だ。
「どういう内容じゃ?」
「簡単よ。私が用意したあなたの偽物とあなたがすり替わる。そのアリカが偽物だとナギが気づけばあなたの勝ち」
「……簡単じゃな。そなたが不正をしない、という保証は?」
「しないわ。約束する」
アシュレイの言葉にアリカは数秒迷ったものの、意を決して告げる。
「わかった。その賭けにのろう」
アリカの返事にアシュレイは満足気に何度も頷く。
「じゃ、あなたを先に私の居城に転移させるわ。あとのことは任せて頂戴」
そう言うや否や、アシュレイはアリカを転移させた。
そして今度は召喚する。
牢獄内にふっと音も無く現れたのは気絶したアリカであった。
その姿は先ほど転移させたアリカと瓜二つだ。
やってきたアリカをアシュレイは適当に汚し、その場を後にした。
確かに、アシュレイはアリカに不正はしない、という約束をした。
だが、同時に彼女はアリカにヒントを与えてもいた。
それはコスモプロセッサだ。
そう……アシュレイが用意したのはコスモプロセッサで作ったアリカと少しだけ記憶が違うだけで、その性格から思考、ナギへの思いに至るまで全て本物と同じアリカだ。
偽物と本物を見分ける区別は唯一つ。
アシュレイのことを知っているか否か、それだけだ。
そして、アリカはアシュレイのことはゼクトにしか話しておらず、そのゼクトは既にアシュレイの下にいるのでバレる心配は無い。
悪魔と契約するときは事細かに規則を決めておかないと駄目だ、という典型であった。
アシュレイがアリカを監獄から連れ出した10日後――処刑当日。
紅き翼が兵士に化けて紛れ込み、派手にドンパチをやらかす中、ケルベラス渓谷ではアリカを抱えたナギが脱出劇を繰り広げていた。
地獄のアシュレイの城ではその様子を本物のアリカと共にアシュレイは眺めていた。
当然、アリカが湯浴みすることをアシュレイは許可していないので臭いままだ。
アリカは固唾を飲んでモニターに映るナギと偽物を見つめている。
彼女はナギを信じていた。
しかし、モニターの中では彼女の心を裏切るように、ナギは偽物を抱きかかえながら告白した。
これは、と思いアシュレイが声を掛けようとしたが、アリカはその機先を制し、告げる。
「偽物を油断させる為じゃ。ナギは汚いからのぅ」
その儚い言葉にアシュレイは笑みを浮かべつつ、事態の行方を見守ることにした。
偽物のアリカはナギの思いに小さな声で嫌いではない、と答えるが、すぐにナギにしっかりと言うように駄目出しをもらう。
するとアリカは大声でナギに告白し、すると彼はアリカの唇を奪った。
そして、ナギは求婚し、アリカは満面の笑みでそれを受けた――
「……ナギ……」
アリカは目の前の光景に呆然と愛する男の名を呟いた。
しかし、非情にもモニターに映るナギは気づかず、偽物のアリカといちゃつき始めた。
「ねぇ、もうちょっと見てみる?」
アシュレイの問いかけにアリカは思わず彼女の顔を見た。
アシュレイの顔には天使のような笑みがある。
数億年は生きているアシュレイがここまで機嫌がいい日も滅多にないことだった。
「ほら、あなたの言った通りに油断させる為かもしれないし、もしかしたら偽物を送り込んだ私に気づかれないように敢えてやっているのかもしれないし」
まさかの言葉にアリカは目を瞬かせる。
「よいのか?」
「いいわよ。私達に寿命の概念はないもの。でも、偽物が子供を産んだらそこで私の勝ちで終わりね」
「うむ、それで構わぬ」
「でも、とりあえずは負けそうだからある程度は犬っぽいことをしてもらうわよ?」
上げて落とすやり方であった。
アリカは渋い顔ながら、頷く。
抵抗したところでどうにもできないことが、分かっていた。
「それじゃ早速」
アシュレイは指を鳴らした。
するとアリカの着ていた拘束着は一瞬で消えて無くなった。
彼女がそれに気づき、驚く間も無くアシュレイは次の行動を取る。
アリカの手を後ろに回した上で手枷をはめ、さらに首には首輪。
両足には足錠――ただし、錠との間には鎖が無い――がはめられ、その足錠はいつの間にか床に突き出た杭と鎖で繋がっている。
そして、首輪から伸びた鎖はやはり同じように床から出た杭に固定された。
「な、何じゃ!?」
「何って四つん這いだけども。犬が二足歩行なんておかしいでしょ?」
当然と言わんばかりのアシュレイにアリカは羞恥にその白い肌を赤く染め上げる。
全部丸見えであった。
「あと、その体勢でモニターを見るのは首が痛くなるでしょうから、頭に直接送り込むわ」
するとアリカの脳裏にモニターと同じ映像が見え始めた。
「ま、待て! 食事は!? トイレは!?」
「犬もどきになったんだから、口で食べること。トイレは出せばメイドに処理するように言ってあるから、どんとやっちゃって」
にこにこと笑うアシュレイ。
実に鬼畜である。
「悪魔め……!」
アリカの罵倒にアシュレイは首を傾げる。
「悪魔だもの。当然じゃない」
至極当然の解答にアリカは項垂れる。
どうやら自分と……というか、人類とアシュレイとの間には超えられない価値観の違いがあることが分かってしまったからだ。
しかし、彼女の苦難はまだ始まったばかりだった。
それからアリカはナギと偽物のアリカを24時間365日休むことなく、見せつけられた。
ところ構わずにいちゃつく2人にアリカはそんなものは自分ではない、と叫んだが、聞こえる筈もない。
勿論、それは2人の情事も当然含まれる。
初体験からその気持ち良さにナギと偽物が溺れるのも無理は無く、2人は毎日休むことなくやりまくった。
アリカはそのような地獄を見せられ、また犬の生活を強いられてもなお、心は砕けなかった。
そんな彼女にアシュレイはますます気を良くして、彼女の部屋を変えた。
新たな彼女の部屋は城の玄関。
行き交う魔族達は汚いものを見るような目を向け、通りかかる淫魔達はアリカをおかずにその場で自慰をしたり……
それでもなお、アリカは耐えた。
その不屈の心にアシュレイは感動し、彼女に粗品を贈ったりしたが、ついにアリカが壊れるときがきた。
それは偽物のアリカがナギの子供を孕み、産んだとき。
アシュレイはすかさずにアリカに色々と吹き込み、彼女を己のものにしたのだった。
ナギの子供が産まれて1年が経過していた。
地獄のアシュレイの城の一室ではアリカがアシュレイを見上げていた。
そんな彼女にアシュレイはとても優しい笑みを浮かべ、その頭を撫でてやる。
するとアリカは嬉しそうに笑みを浮かべ、アシュレイの手に頬ずりするように顔を上げる。
「ナギが見たら、どう思うかしらね?」
アシュレイは試すように問いかける。
するとアリカはその綺麗な顔を憎悪に染めた。
「あんな男、さっさと殺してしまいたい。妾の汚点じゃ」
「大丈夫よ。もうナギと偽物を封印されているから。時期を見てサクっと殺っちゃうわ」
造物主にナギとアリカが乗っ取られたので紅き翼が麻帆良の世界樹に封印したことになっている。
勿論、それはアシュレイが行った記憶操作の結果であり、そもそも造物主という幽霊みたいな完全なる世界の黒幕は存在しない。
彼らをはじめとした多くの関係者は何もなっていない全くの健康体の2人を封印し、犠牲を払って世界を救ったのだ、という自己満足に浸っている。
なお、この頃になると、アシュレイは面倒くさくなったので完全なる世界を使ったりせず、彼女自らが赴いて記憶操作をしていた。
「妾にはアシュ様しかおらぬ……」
そう言い、アリカはアシュレイの手をその赤い舌で犬のようにペロペロと舐めた。
アリカの手枷や足錠は既に外されており、当然の如く彼女は全裸だ。
「やれやれ、モテる女は辛いわね」
いけしゃあしゃあとそんなことを言うアシュレイにアリカは懇願する。
「アシュ様、あの男と偽物の痕跡を消し去って欲しいのじゃ……妾にとってそれは最も不快なこと……」
「ああ、大丈夫よ。もうちょっとしたら、コンロンとヘルマンとダイ・アモンを派遣して、その痕跡の、ネギのいる村ごと潰すから」
アリカはその言葉に歓喜に震え、アシュレイの手の甲に口付ける。
「上級魔族の彼ら3人をどうにかできるだけの戦力は地球上のどこにもないわ」
アシュレイは自信満々にそう言うのであった。
アシュレイはにこやかに笑いながら、アリカの髪を掴んでいる元老院議員に声を掛けた。
すると彼は何者だ、とアシュレイへ視線を向け、一瞬で恐怖に苛まれた。
そして、アリカの瞳はアシュレイを捉えるが、彼女はアシュレイが人にあらざる者と予期していた為に驚いたりはしない。
「さて、議員さん。警備の兵はどうしたとかそういうありきたりな質問の前にあなたが最も知りたいことを教えてあげるわ」
そう言い、アシュレイはアリカの髪を掴んでいる議員の手を彼の意識に働きかけて退けさせる。
「墓守り人の宮殿、その奥にあるのは古代の超兵器でも莫大な金銀財宝でもない。あそこにあるのは宇宙処理装置……コスモプロセッサ。この世界を思うがままに改変できるものよ」
恐怖に苛まれながらも、彼はその言葉に驚愕する。
アリカもまたその信じられない事実に目を見開く。
不思議とアシュレイの言葉が嘘とは思えなかった。
それは妙な確信だ。
目の前の少女は嘘をつかない、と。
「でもあなたはそれを見ることができないわ。なぜならば、あなたはこの後、家に帰って家族を殺した後、自殺するんだから」
アシュレイが告げた瞬間、議員はゆっくりと崩れ落ちそうになるが、すぐに立ち直った。
彼は一言も発さずアシュレイの横を素通りし、さっさと歩いていってしまった。
アリカは何をしたのか理解できた。
「精神操作……じゃが、あまりにも強力過ぎる……」
掠れたような声だった。
そのことから食事もろくに摂っていないことがよく分かる。
「そなたは何者じゃ……?」
問いかけにアシュレイは花の咲くような笑みを浮かべる。
「私はアシュレイ。よく言われるのはアシュタロス。あなたの飼い主になる者よ」
名を告げられた瞬間、アリカは鳥肌が立った。
冷や汗が吹き出し、悪寒が襲う。
うずくまる彼女にアシュレイはあらあら、と困ったように笑う。
「強すぎるのも考えものね。まったく、人間達はどうして強くなりたがるのか。連中に私の代役を務めさせてみたいわ」
やれやれ、と嘆息しつつ、アリカの恐怖をアシュレイは取り除く。
大抵の人間はアシュレイ自らが名乗った後、放っておいたらあまりの恐怖に自殺してしまう。
「ともあれ、アリカ。あなたは今日から私のペットね」
「嫌じゃ……!」
アリカは涙目になりながらも、アシュレイの顔をハッキリと睨み、拒絶した。
健気な彼女にアシュレイはその嗜虐心を刺激される。
「ふーん……そんな犬みたいに臭いのに?」
「これは……!」
「あちこちの毛も伸び放題なんでしょ?」
アリカは羞恥に顔を俯かせた。
アシュレイは匂いフェチでもある。
そうであるが故に彼女は手を回し、アリカに風呂どころか水で濡らした手ぬぐいで体を拭かせることも1ヶ月に数度程度しかさせなかった。
当然体毛の処理もさせていない。
唯一許したのが散髪だけだった。
「排泄するにも、看守に言って、その拘束着を脱がしてもらわないといけないのに?」
ニヤニヤと笑いながらアシュレイはそう言いつつ、更に続ける。
「どう? 自分がもう人間じゃなくて、犬であることを認めたら? 私のペットは素敵よ? 毎日そこらの金持ちよりもいいものを食べて、好きなときに眠れて好きなときにヤれるわよ?」
「妾は人間じゃ! そなたのペットなどではない!」
強情ねぇ、と思いつつもアシュレイは予想通りの展開に笑みを崩さない。
「じゃ、賭けをしましょう。あなたの好きなナギが本当にあなたのことを愛していたなら、あなたの勝ち。あなたの名誉も失われた民も国も全部私が何とかしてあげるし、私をペットにしてもいいし、本当の黒幕は私だとか言ってもいい」
「……それは嘘ではない、という証拠は?」
「私がアシュタロスだから、というのが証拠よ。悪魔は嘘をつかないし、契約は絶対に守る。人間などとは違ってね」
アリカは唸りつつも、更に問いかける。
「妾が負けたときは……?」
「私のペットになってもらう。ここで無理矢理あなたを拉致することなんて、簡単にできるだろうことはわかるでしょ?」
確かに、とアリカは内心頷く。
アシュレイがその気になれば先ほどの議員と同じように精神操作を行い、そうすることも可能だ。
「どういう内容じゃ?」
「簡単よ。私が用意したあなたの偽物とあなたがすり替わる。そのアリカが偽物だとナギが気づけばあなたの勝ち」
「……簡単じゃな。そなたが不正をしない、という保証は?」
「しないわ。約束する」
アシュレイの言葉にアリカは数秒迷ったものの、意を決して告げる。
「わかった。その賭けにのろう」
アリカの返事にアシュレイは満足気に何度も頷く。
「じゃ、あなたを先に私の居城に転移させるわ。あとのことは任せて頂戴」
そう言うや否や、アシュレイはアリカを転移させた。
そして今度は召喚する。
牢獄内にふっと音も無く現れたのは気絶したアリカであった。
その姿は先ほど転移させたアリカと瓜二つだ。
やってきたアリカをアシュレイは適当に汚し、その場を後にした。
確かに、アシュレイはアリカに不正はしない、という約束をした。
だが、同時に彼女はアリカにヒントを与えてもいた。
それはコスモプロセッサだ。
そう……アシュレイが用意したのはコスモプロセッサで作ったアリカと少しだけ記憶が違うだけで、その性格から思考、ナギへの思いに至るまで全て本物と同じアリカだ。
偽物と本物を見分ける区別は唯一つ。
アシュレイのことを知っているか否か、それだけだ。
そして、アリカはアシュレイのことはゼクトにしか話しておらず、そのゼクトは既にアシュレイの下にいるのでバレる心配は無い。
悪魔と契約するときは事細かに規則を決めておかないと駄目だ、という典型であった。
アシュレイがアリカを監獄から連れ出した10日後――処刑当日。
紅き翼が兵士に化けて紛れ込み、派手にドンパチをやらかす中、ケルベラス渓谷ではアリカを抱えたナギが脱出劇を繰り広げていた。
地獄のアシュレイの城ではその様子を本物のアリカと共にアシュレイは眺めていた。
当然、アリカが湯浴みすることをアシュレイは許可していないので臭いままだ。
アリカは固唾を飲んでモニターに映るナギと偽物を見つめている。
彼女はナギを信じていた。
しかし、モニターの中では彼女の心を裏切るように、ナギは偽物を抱きかかえながら告白した。
これは、と思いアシュレイが声を掛けようとしたが、アリカはその機先を制し、告げる。
「偽物を油断させる為じゃ。ナギは汚いからのぅ」
その儚い言葉にアシュレイは笑みを浮かべつつ、事態の行方を見守ることにした。
偽物のアリカはナギの思いに小さな声で嫌いではない、と答えるが、すぐにナギにしっかりと言うように駄目出しをもらう。
するとアリカは大声でナギに告白し、すると彼はアリカの唇を奪った。
そして、ナギは求婚し、アリカは満面の笑みでそれを受けた――
「……ナギ……」
アリカは目の前の光景に呆然と愛する男の名を呟いた。
しかし、非情にもモニターに映るナギは気づかず、偽物のアリカといちゃつき始めた。
「ねぇ、もうちょっと見てみる?」
アシュレイの問いかけにアリカは思わず彼女の顔を見た。
アシュレイの顔には天使のような笑みがある。
数億年は生きているアシュレイがここまで機嫌がいい日も滅多にないことだった。
「ほら、あなたの言った通りに油断させる為かもしれないし、もしかしたら偽物を送り込んだ私に気づかれないように敢えてやっているのかもしれないし」
まさかの言葉にアリカは目を瞬かせる。
「よいのか?」
「いいわよ。私達に寿命の概念はないもの。でも、偽物が子供を産んだらそこで私の勝ちで終わりね」
「うむ、それで構わぬ」
「でも、とりあえずは負けそうだからある程度は犬っぽいことをしてもらうわよ?」
上げて落とすやり方であった。
アリカは渋い顔ながら、頷く。
抵抗したところでどうにもできないことが、分かっていた。
「それじゃ早速」
アシュレイは指を鳴らした。
するとアリカの着ていた拘束着は一瞬で消えて無くなった。
彼女がそれに気づき、驚く間も無くアシュレイは次の行動を取る。
アリカの手を後ろに回した上で手枷をはめ、さらに首には首輪。
両足には足錠――ただし、錠との間には鎖が無い――がはめられ、その足錠はいつの間にか床に突き出た杭と鎖で繋がっている。
そして、首輪から伸びた鎖はやはり同じように床から出た杭に固定された。
「な、何じゃ!?」
「何って四つん這いだけども。犬が二足歩行なんておかしいでしょ?」
当然と言わんばかりのアシュレイにアリカは羞恥にその白い肌を赤く染め上げる。
全部丸見えであった。
「あと、その体勢でモニターを見るのは首が痛くなるでしょうから、頭に直接送り込むわ」
するとアリカの脳裏にモニターと同じ映像が見え始めた。
「ま、待て! 食事は!? トイレは!?」
「犬もどきになったんだから、口で食べること。トイレは出せばメイドに処理するように言ってあるから、どんとやっちゃって」
にこにこと笑うアシュレイ。
実に鬼畜である。
「悪魔め……!」
アリカの罵倒にアシュレイは首を傾げる。
「悪魔だもの。当然じゃない」
至極当然の解答にアリカは項垂れる。
どうやら自分と……というか、人類とアシュレイとの間には超えられない価値観の違いがあることが分かってしまったからだ。
しかし、彼女の苦難はまだ始まったばかりだった。
それからアリカはナギと偽物のアリカを24時間365日休むことなく、見せつけられた。
ところ構わずにいちゃつく2人にアリカはそんなものは自分ではない、と叫んだが、聞こえる筈もない。
勿論、それは2人の情事も当然含まれる。
初体験からその気持ち良さにナギと偽物が溺れるのも無理は無く、2人は毎日休むことなくやりまくった。
アリカはそのような地獄を見せられ、また犬の生活を強いられてもなお、心は砕けなかった。
そんな彼女にアシュレイはますます気を良くして、彼女の部屋を変えた。
新たな彼女の部屋は城の玄関。
行き交う魔族達は汚いものを見るような目を向け、通りかかる淫魔達はアリカをおかずにその場で自慰をしたり……
それでもなお、アリカは耐えた。
その不屈の心にアシュレイは感動し、彼女に粗品を贈ったりしたが、ついにアリカが壊れるときがきた。
それは偽物のアリカがナギの子供を孕み、産んだとき。
アシュレイはすかさずにアリカに色々と吹き込み、彼女を己のものにしたのだった。
ナギの子供が産まれて1年が経過していた。
地獄のアシュレイの城の一室ではアリカがアシュレイを見上げていた。
そんな彼女にアシュレイはとても優しい笑みを浮かべ、その頭を撫でてやる。
するとアリカは嬉しそうに笑みを浮かべ、アシュレイの手に頬ずりするように顔を上げる。
「ナギが見たら、どう思うかしらね?」
アシュレイは試すように問いかける。
するとアリカはその綺麗な顔を憎悪に染めた。
「あんな男、さっさと殺してしまいたい。妾の汚点じゃ」
「大丈夫よ。もうナギと偽物を封印されているから。時期を見てサクっと殺っちゃうわ」
造物主にナギとアリカが乗っ取られたので紅き翼が麻帆良の世界樹に封印したことになっている。
勿論、それはアシュレイが行った記憶操作の結果であり、そもそも造物主という幽霊みたいな完全なる世界の黒幕は存在しない。
彼らをはじめとした多くの関係者は何もなっていない全くの健康体の2人を封印し、犠牲を払って世界を救ったのだ、という自己満足に浸っている。
なお、この頃になると、アシュレイは面倒くさくなったので完全なる世界を使ったりせず、彼女自らが赴いて記憶操作をしていた。
「妾にはアシュ様しかおらぬ……」
そう言い、アリカはアシュレイの手をその赤い舌で犬のようにペロペロと舐めた。
アリカの手枷や足錠は既に外されており、当然の如く彼女は全裸だ。
「やれやれ、モテる女は辛いわね」
いけしゃあしゃあとそんなことを言うアシュレイにアリカは懇願する。
「アシュ様、あの男と偽物の痕跡を消し去って欲しいのじゃ……妾にとってそれは最も不快なこと……」
「ああ、大丈夫よ。もうちょっとしたら、コンロンとヘルマンとダイ・アモンを派遣して、その痕跡の、ネギのいる村ごと潰すから」
アリカはその言葉に歓喜に震え、アシュレイの手の甲に口付ける。
「上級魔族の彼ら3人をどうにかできるだけの戦力は地球上のどこにもないわ」
アシュレイは自信満々にそう言うのであった。