メセンブリーナ連合の首都メガロメセンブリア。
その中心街から少し離れたとあるビルの最上階に彼らは集まっていた。
「有史以来、悪魔というのは異形と相場は決まっております」
アルビレオは一同を前にそう切り出した。
この場には紅き翼の面々に加え、アリカ王女、そしてメセンブリーナ連合の元老院議員マクギルがいる。
もっとも、ガトウ、タカミチ、クルトの3人はおらず、彼らはこの戦争の真実を暴く為に暗躍している。
今回の会合は最近になって現れた第三勢力、エクスキューショナーと名乗る勢力だ。
紅き翼を狙っているらしく、既に大小あわせて数十を超える襲撃を受けている。
「だがよ、異形っつっても、この前もその前も仕掛けてきたのはカワイコちゃんだったぜ? それもヘラスでもメガロでもお目にかかれない程の凄腕剣士ときた」
ラカンはそこらへんどうなんだ、とアルビレオに問いかける。
「ええ、外れてくれればと思ったのですが……異形の、姿形も見るからに魔法世界や地球上の生物ではないモノが魔族です。ですが、それは所詮は雑魚に過ぎません」
「……妾は詳しくは知らんのじゃが……魔族というのは得てして強大なものではないか?」
アリカの問いにアルビレオではなく、ゼクトが答える。
「そうじゃ。雑魚とはいえ、並の連中では手も足も出ん。このメンバーが異常なだけじゃ」
「ミサイルを真っ二つにするなんて……さすがの俺もできねーよ」
ナギはそう言いつつ、詠春に尊敬のこもった視線を向ける。
向けられた当人は恥ずかしそうにそっぽを向いて、頬をぽりぽりとかく。
「で、アルビレオ。連中は一体誰なんだ?」
ラカンの問いにアルビレオは普段の飄々としたものではなく、深刻な表情で告げる。
「上位悪魔神族……いわゆる、魔王や魔神といった神々に匹敵するレベルの輩のことです。そのクラスになると何故か人間と同じようなことをすると聞きます。襲撃をかけてきた者は全員、人型であり、かつ、一部を除けば尋常ではない魔力量を誇っていたことからおそらくは……」
アルビレオの言葉に全員ピンとこないのか、首を傾げる。
元々宗教とかそういったものとはてんで縁がない連中であることに加え、魔法世界にはそういった宗教は浸透していない。
唯一は実家が退魔の青山詠春であるが、彼とて多少の陰陽術を扱えるという程度であり、仏教に帰依しているとは言い難い。
そもそも仕掛けてきている悪魔は全員仏教圏ではなく、キリスト教圏出身の悪魔だ。
詠春が知らずとも無理はない。
アルビレオもそのことは分かっていたのか、いつものように笑みを浮かべる。
「まあ、早い話がとんでもなく強い悪魔です。ぶっちゃけ人間じゃ絶対勝てませんし倒せません」
「でもよ、俺達はそんな連中を相手にしても死んじゃいねーぜ?」
ラカンの言葉はそれなら倒せるんじゃないか、とそういう意味合いだった。
しかし、アルビレオは首を左右に振る。
「これまでは幸運にもどうにか助かってきました。ですが、私にはあれが全力だとは到底思えない」
「全くその通りです」
アルビレオの言葉を肯定するかのように、凛とした声が響いた。
瞬時にナギ以下の戦闘がこなせる面々はマクギル議員を、アリカ王女を庇うように声のした方へと体を動かした。
そして、彼らは見た。
1人の少女を。
美しい金髪を三つ編み団子にし、その身には白銀の鎧を纏い、剣を抜き、床に突き刺している。
その眼光鋭く、雰囲気は歴戦の戦士を思わせる。
「会合の最中、申し訳ありませんが……我が剣の錆となっていただきたく」
「まぁ待てや。見たところ騎士っぽいから、名乗り上げるくらいしたらどうだ?」
ラカンはそう言いつつも、自らのアーティファクト、千の顔を持つ英雄を取り出す。
「ふむ……いいでしょう」
少女は答え、一息の間を置き、裂帛の気合と共に言い放った。
「我が名はベアトリクス」
吹き出す威圧感。
鳥肌が立ち、冷や汗が出る程のそれを受けてなお、紅き翼は不敵に笑う。
「こっちの名乗りは必要かい? お嬢ちゃん」
ラカンは冗談めかして尋ねた。
「そちらのことは既に存じております」
「そいつは……ありがてぇね!」
瞬間、ラカンは千の顔を持つ英雄を使用し、斬艦剣を顕現させ、勢い良くベアトリクス目掛けて叩きつけた。
「……やれやれ、お前さんらと戦うと自信が無くなっちまうな」
ラカンは溜息混じりにそう言った。
彼の目の前ではまるでバターを切るかのように真っ二つに切断された斬艦剣。
しかし、それでもアリカ王女とマクギル議員の退避――正確にはアルビレオによる転移魔法――には十分過ぎた。
「行くぜ!」
ナギはそう告げるや否や、思いっきり突っ込んだ。
相変わらずの猪っぷりにアルビレオやゼクトは苦笑しつつも、数多の補助魔法を重ねがけしていく。
これまでの戦闘でエクスキューショナーの連中に攻撃魔法がほとんど効かないということが分かっていたからだ。
彼らにダメージを与えることができるのは物理攻撃しかない。
魔法使いの戦闘における存在意義そのものを揺るがしているとんでもない連中であった。
ナギが、ラカンが、そして詠春がベアトリクスを取り囲んで四方八方から攻撃を仕掛けるものの、ベアトリクスは涼しい顔でそれを捌いていく。
彼女は時には避け、時には剣で受け……体に掠らせもしなかった。
普通なら絶望するところだが、あいにくと3人はそういう精神の持ち主ではなく、敵が強ければ強いほどに燃えるという困った精神の持ち主であった。
また、彼らからすればヘラス帝国と戦争やっているよりも余程に楽しく、気分的にも楽であった。
数分か、数十分か、それ以上か。
3人の猛攻とベアトリクスの足止めを狙ったアルビレオ、ゼクトの魔法により会合場所は見るも無残なことになっていた。
ナギ達前衛組は掠り傷こそ多いものの、致命傷は無い。
また後衛組は元々ベアトリクスが狙っていなかったこともあり、魔力の消耗を除けば全くの無傷だ。
「頃合いですね」
そう言い、ベアトリクスは剣を鞘に収めた。
「何だ? 今日はもう終わりか?」
ナギが挑発するように言った。
エクスキューショナーとの戦闘により、彼も含めて紅き翼は大幅なレベルアップを果たしている。
手加減しているとはいえ、ベアトリクスと一戦を交えた後であっても、彼らにはまだ若干だが余力があった。
「ええ、私は終わりです。そろそろ彼女も戦いたがっていましたので」
そう言い、ベアトリクスは転移し、消えた。
その言葉にナギ達は違和感を感じた直後――彼らの視界は白く染まった。
時間は少しばかり遡る。
ナギ達がベアトリクスと死闘を演じているとき、彼らのいるビルを別のビルの屋上から眺める存在がいた。
長い金髪が陽光を受け反射し、また風に靡く。
真っ黒なローブを纏った彼女は懐に入れた懐中時計の音をその優れた聴覚でもって聞いていた。
カチカチカチと規則正しい音が響く。
やがて、長針が一つ動いたとき、一際大きくカチリと音がした。
彼女はゆっくりと口を開く。
そしてそのとき、彼女の視界の中にいたベアトリクスは戦闘を切り上げ、転移していった。
それは巻き込まれない為であった。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 契約に従い、我に従え 氷の女王――来たれ とこしえのやみ えいえんのひょうが」
瞬間、ナギ達がいたビルとその周辺の温度が絶対零度となった。
急激な温度変化は物質結合を破壊するのだが、タイムラグ無しでそうなって破壊されない。
故に擬似的な時間停止を現出する。
「全てのものを妙なる氷牢に閉じよ――こおるせかい」
それだけでは足りぬと彼女は更に絶対零度となった空間を巨大な氷でもって封印する。
メセンブリーナ連合の首都なだけあって人口密度は高く、百人単位で巻き添えが発生しているが、彼女は全く気にしない。
「我が敵に滅びの刃を――てつのおとめ」
氷の内部に無限ともいえる氷の剣が生えた。
原理としては単純であり、こおるせかいで造られた氷の内部を剣に変化させただけに過ぎない。
だが、中で封印された側には堪らない。
自分の体に密着するかのように上下左右に突然氷が現れ、その密着している部分が全て剣と化したのだ。
まさに鉄の処女《てつのおとめ》の名に相応しい。
氷は透き通っており、内部がよく見える。
巻き添えを食らった民間人が哀れにも全身を氷の剣で貫かれ絶命している様も見える。
親子連れ、恋人達、老夫婦などなど様々な人間が何が起こったか分からないままに死んでいる。
残念ながら彼らは『えいえんのひょうが』により見た目は変わらずに凍ってしまった為に血が流れ出ない。
そして、ピッチリと氷により封印されている為に貫かれた衝撃で体が崩壊してしまうということもない。
しかし、やった本人からしてみれば全く満足していない。
対生物においては最強クラスのこの魔法も、紅き翼の面々を殺すには至らなかった為だ。
その証拠に連中がいたビルの屋上からは急激な魔力の高まりを感じていた。
「ふん……伊達に世界の加護を受けていないようだな」
そう言い、彼女はさらに唱えた。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 逆巻け風よ 内に秘めた忌まわしきものを切り刻む刃となれ 竜巻裁断」
天を突かんばかりの大竜巻。
それは氷を自身の中に収めると、内側に向かって――すなわち、内部に置かれた封印の氷に向けて真空の刃を放ち始めた。
鋼をも切り裂くその刃を受けてなお、彼女の魔力によって造られた封印はビクともしない。
そして、彼女は唱える。
「開けよ凍てつく封印――解放の灯火」
『こおるせかい』によって造られた封印の氷が唐突に消え去った。
たちまちのうちに封印されていたものに襲い掛かる真空の刃。
内部にあったものは一瞬で切り裂かれ、粉塵に変えていく。
「……やれやれ」
そして、彼女は肩を竦めた。
彼女の目の前で竜巻は稲妻により真っ二つに切り裂かれ、消失してしまった。
魔力で構成されたその竜巻は例え壊されようとも修復され、一種の結界としての役割もあるのだが……その修復力を上回る攻撃を叩きこまれては消失してしまう。
「ナギ・スプリングフィールドは風と雷が得意であったな」
それを為した少年を彼女は見つめる。
腕を振り上げた状態で、あちこち擦り傷を作りながらも未だ致命傷はない。
彼以外の面々も擦り傷こそあるものの、同じく致命傷はない。
すると彼らはこちらに気がついたらしく、一直線に瞬動で向かってきた。
ナギが竜巻を破ってから10秒と経たずに彼女は紅き翼によって包囲された。
「また女か」
ナギが若干うんざりしたような顔で言った。
そんな彼とは裏腹にゼクトが静かな口調で尋ねる。
「お主もエクスキューショナーの者か?」
「ああ、それであってるな」
「何が目的なんじゃ? 何故我々を狙う?」
そう言われて彼女は腕を組み、思案顔となる。
目的と言われてもただのデータ取りに過ぎない。
とはいえ、まさか自分達のボスを明かすわけにもいかない。
故に彼女は面白くしてやろう、と適当なことを言うことに決めた。
「強いて言うなら……強いと思っているヤツを圧倒的な力で叩き潰してやりたいからだな」
「確かに圧倒的だが、今までその圧倒的な力を持った連中と戦っても俺達は生きてるぜ?」
ラカンの言葉はお前達は見下している俺達も倒せないくらいに弱い、と言っているに等しい。
安い挑発に彼女は鼻で笑う。
「悪いが、人類でいわゆる強者に分類される連中も我々から見れば子供に過ぎん。精々、狭い世界で戯れているがいい」
どこまでも上から目線な彼女に元々気が長い方ではないナギがカチンときた。
「どういうことだ? っていうか、お前は何者だ? 俺と大差ない見た目だろ?」
「見た目は調整がきくんだ。本来の私の見た目は20歳程度だが、この14歳姿はわりとお気に入りでな」
「上位悪魔神族ですか?」
アルビレオの問いに彼女は首を左右に振る。
「私はあそこまで強くはない。その分、私は用心深くてな……まあ、それはともかく、そろそろ名乗っておくとしよう」
そこで彼女は言葉を切り、紅き翼の面々を見回す。
そして、告げる。
「我が名はエヴァンジェリン。一部の者からは闇の福音と呼ばれている」
一部の者――というよりか、実際には彼女のボスが勝手に名付けて1人でそう言っているだけだが、エヴァンジェリン本人としてはシンプルだが皮肉の効いたこの二つ名を気に入っていた。
神や教会といったものを彼女が大嫌いであるが故に。
とはいえ、魔界でそんなことを名乗る機会も無い為にすっかりとお蔵入りしていたりする。
「へっ、おもしれぇ……やってやろうじゃねぇか」
そう言い、獰猛な笑みを浮かべるナギにエヴァンジェリンは溜息を吐く。
「やれやれ。どこの蛮族だ? そんなようではデートの一つもできんだろう」
「何だと!?」
いきり立つナギであったが、エヴァンジェリンは嘲笑をプレゼントしつつ、告げる。
「いいか? デートというのはだな、スマートにやるものだ。当然、場所や雰囲気といったものを作らねばな。とどのつまり……お前達は既に私の手の内にある」
エヴァンジェリンの言葉にアルビレオとゼクトは己の持つ多種多様な探査魔法をできるだけ展開し、周囲を探査した。
すると自分達を取り囲むように無数の極細の糸がいつの間にか張られていることに気がついた。
すぐさま2人は念話でもってナギ達に伝える。
動けば体が切り裂かれる、と。
エヴァンジェリンは彼らの動きを見越したかのように告げる。
「だが、我々にも事情があってな。今ここでお前達を倒すようなことはしない」
『できない』ではなく『しない』――これは大きな違いだ。
そして、世界の加護など知るよしもない紅き翼の面々にとっては事情を知るべくもない。
「それに軍も動いている。雑魚の相手など面倒なだけだ……では失礼する」
そう言い、エヴァンジェリンは転移していった。
その際、糸を回収するのも忘れない。
「何だアイツは! いけ好かねー!」
エヴァンジェリンが消え、ナギは真っ先に怒りの声を上げた。
おちょくられた彼からすればその怒りも当然だ。
「ナギは否定できんじゃろ」
「うむ、何しろナギだからな」
ゼクトと詠春がうんうんと頷く。
魔法使いとしての力を抜けばナギは短気なバカに過ぎないのである。
「ナギよりもこの俺様のなんとスマートなことか……!」
誇らしげに胸を張るラカンにナギは無言で正拳を叩きこもうとするが、あっさりと回避される。
イラッときたナギは連続攻撃を仕掛けるが、ラカンは難なく回避していく。
じゃれ合う2人を横目に見つつ、アルビレオは何だかんだで紅き翼が必要以上に目立ち過ぎていることに溜息を吐く。
エクスキューショナーの連中は民間人をこれでもかと巻き込んでいる時点で紳士的とはいえないが、それでも人質を取ったりするなどはしていない。
これから先、エクスキューショナーと同じような輩が出てくることは予想されるが、そのときに人質を取られないという保証はどこにもなかった。
その中心街から少し離れたとあるビルの最上階に彼らは集まっていた。
「有史以来、悪魔というのは異形と相場は決まっております」
アルビレオは一同を前にそう切り出した。
この場には紅き翼の面々に加え、アリカ王女、そしてメセンブリーナ連合の元老院議員マクギルがいる。
もっとも、ガトウ、タカミチ、クルトの3人はおらず、彼らはこの戦争の真実を暴く為に暗躍している。
今回の会合は最近になって現れた第三勢力、エクスキューショナーと名乗る勢力だ。
紅き翼を狙っているらしく、既に大小あわせて数十を超える襲撃を受けている。
「だがよ、異形っつっても、この前もその前も仕掛けてきたのはカワイコちゃんだったぜ? それもヘラスでもメガロでもお目にかかれない程の凄腕剣士ときた」
ラカンはそこらへんどうなんだ、とアルビレオに問いかける。
「ええ、外れてくれればと思ったのですが……異形の、姿形も見るからに魔法世界や地球上の生物ではないモノが魔族です。ですが、それは所詮は雑魚に過ぎません」
「……妾は詳しくは知らんのじゃが……魔族というのは得てして強大なものではないか?」
アリカの問いにアルビレオではなく、ゼクトが答える。
「そうじゃ。雑魚とはいえ、並の連中では手も足も出ん。このメンバーが異常なだけじゃ」
「ミサイルを真っ二つにするなんて……さすがの俺もできねーよ」
ナギはそう言いつつ、詠春に尊敬のこもった視線を向ける。
向けられた当人は恥ずかしそうにそっぽを向いて、頬をぽりぽりとかく。
「で、アルビレオ。連中は一体誰なんだ?」
ラカンの問いにアルビレオは普段の飄々としたものではなく、深刻な表情で告げる。
「上位悪魔神族……いわゆる、魔王や魔神といった神々に匹敵するレベルの輩のことです。そのクラスになると何故か人間と同じようなことをすると聞きます。襲撃をかけてきた者は全員、人型であり、かつ、一部を除けば尋常ではない魔力量を誇っていたことからおそらくは……」
アルビレオの言葉に全員ピンとこないのか、首を傾げる。
元々宗教とかそういったものとはてんで縁がない連中であることに加え、魔法世界にはそういった宗教は浸透していない。
唯一は実家が退魔の青山詠春であるが、彼とて多少の陰陽術を扱えるという程度であり、仏教に帰依しているとは言い難い。
そもそも仕掛けてきている悪魔は全員仏教圏ではなく、キリスト教圏出身の悪魔だ。
詠春が知らずとも無理はない。
アルビレオもそのことは分かっていたのか、いつものように笑みを浮かべる。
「まあ、早い話がとんでもなく強い悪魔です。ぶっちゃけ人間じゃ絶対勝てませんし倒せません」
「でもよ、俺達はそんな連中を相手にしても死んじゃいねーぜ?」
ラカンの言葉はそれなら倒せるんじゃないか、とそういう意味合いだった。
しかし、アルビレオは首を左右に振る。
「これまでは幸運にもどうにか助かってきました。ですが、私にはあれが全力だとは到底思えない」
「全くその通りです」
アルビレオの言葉を肯定するかのように、凛とした声が響いた。
瞬時にナギ以下の戦闘がこなせる面々はマクギル議員を、アリカ王女を庇うように声のした方へと体を動かした。
そして、彼らは見た。
1人の少女を。
美しい金髪を三つ編み団子にし、その身には白銀の鎧を纏い、剣を抜き、床に突き刺している。
その眼光鋭く、雰囲気は歴戦の戦士を思わせる。
「会合の最中、申し訳ありませんが……我が剣の錆となっていただきたく」
「まぁ待てや。見たところ騎士っぽいから、名乗り上げるくらいしたらどうだ?」
ラカンはそう言いつつも、自らのアーティファクト、千の顔を持つ英雄を取り出す。
「ふむ……いいでしょう」
少女は答え、一息の間を置き、裂帛の気合と共に言い放った。
「我が名はベアトリクス」
吹き出す威圧感。
鳥肌が立ち、冷や汗が出る程のそれを受けてなお、紅き翼は不敵に笑う。
「こっちの名乗りは必要かい? お嬢ちゃん」
ラカンは冗談めかして尋ねた。
「そちらのことは既に存じております」
「そいつは……ありがてぇね!」
瞬間、ラカンは千の顔を持つ英雄を使用し、斬艦剣を顕現させ、勢い良くベアトリクス目掛けて叩きつけた。
「……やれやれ、お前さんらと戦うと自信が無くなっちまうな」
ラカンは溜息混じりにそう言った。
彼の目の前ではまるでバターを切るかのように真っ二つに切断された斬艦剣。
しかし、それでもアリカ王女とマクギル議員の退避――正確にはアルビレオによる転移魔法――には十分過ぎた。
「行くぜ!」
ナギはそう告げるや否や、思いっきり突っ込んだ。
相変わらずの猪っぷりにアルビレオやゼクトは苦笑しつつも、数多の補助魔法を重ねがけしていく。
これまでの戦闘でエクスキューショナーの連中に攻撃魔法がほとんど効かないということが分かっていたからだ。
彼らにダメージを与えることができるのは物理攻撃しかない。
魔法使いの戦闘における存在意義そのものを揺るがしているとんでもない連中であった。
ナギが、ラカンが、そして詠春がベアトリクスを取り囲んで四方八方から攻撃を仕掛けるものの、ベアトリクスは涼しい顔でそれを捌いていく。
彼女は時には避け、時には剣で受け……体に掠らせもしなかった。
普通なら絶望するところだが、あいにくと3人はそういう精神の持ち主ではなく、敵が強ければ強いほどに燃えるという困った精神の持ち主であった。
また、彼らからすればヘラス帝国と戦争やっているよりも余程に楽しく、気分的にも楽であった。
数分か、数十分か、それ以上か。
3人の猛攻とベアトリクスの足止めを狙ったアルビレオ、ゼクトの魔法により会合場所は見るも無残なことになっていた。
ナギ達前衛組は掠り傷こそ多いものの、致命傷は無い。
また後衛組は元々ベアトリクスが狙っていなかったこともあり、魔力の消耗を除けば全くの無傷だ。
「頃合いですね」
そう言い、ベアトリクスは剣を鞘に収めた。
「何だ? 今日はもう終わりか?」
ナギが挑発するように言った。
エクスキューショナーとの戦闘により、彼も含めて紅き翼は大幅なレベルアップを果たしている。
手加減しているとはいえ、ベアトリクスと一戦を交えた後であっても、彼らにはまだ若干だが余力があった。
「ええ、私は終わりです。そろそろ彼女も戦いたがっていましたので」
そう言い、ベアトリクスは転移し、消えた。
その言葉にナギ達は違和感を感じた直後――彼らの視界は白く染まった。
時間は少しばかり遡る。
ナギ達がベアトリクスと死闘を演じているとき、彼らのいるビルを別のビルの屋上から眺める存在がいた。
長い金髪が陽光を受け反射し、また風に靡く。
真っ黒なローブを纏った彼女は懐に入れた懐中時計の音をその優れた聴覚でもって聞いていた。
カチカチカチと規則正しい音が響く。
やがて、長針が一つ動いたとき、一際大きくカチリと音がした。
彼女はゆっくりと口を開く。
そしてそのとき、彼女の視界の中にいたベアトリクスは戦闘を切り上げ、転移していった。
それは巻き込まれない為であった。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 契約に従い、我に従え 氷の女王――来たれ とこしえのやみ えいえんのひょうが」
瞬間、ナギ達がいたビルとその周辺の温度が絶対零度となった。
急激な温度変化は物質結合を破壊するのだが、タイムラグ無しでそうなって破壊されない。
故に擬似的な時間停止を現出する。
「全てのものを妙なる氷牢に閉じよ――こおるせかい」
それだけでは足りぬと彼女は更に絶対零度となった空間を巨大な氷でもって封印する。
メセンブリーナ連合の首都なだけあって人口密度は高く、百人単位で巻き添えが発生しているが、彼女は全く気にしない。
「我が敵に滅びの刃を――てつのおとめ」
氷の内部に無限ともいえる氷の剣が生えた。
原理としては単純であり、こおるせかいで造られた氷の内部を剣に変化させただけに過ぎない。
だが、中で封印された側には堪らない。
自分の体に密着するかのように上下左右に突然氷が現れ、その密着している部分が全て剣と化したのだ。
まさに鉄の処女《てつのおとめ》の名に相応しい。
氷は透き通っており、内部がよく見える。
巻き添えを食らった民間人が哀れにも全身を氷の剣で貫かれ絶命している様も見える。
親子連れ、恋人達、老夫婦などなど様々な人間が何が起こったか分からないままに死んでいる。
残念ながら彼らは『えいえんのひょうが』により見た目は変わらずに凍ってしまった為に血が流れ出ない。
そして、ピッチリと氷により封印されている為に貫かれた衝撃で体が崩壊してしまうということもない。
しかし、やった本人からしてみれば全く満足していない。
対生物においては最強クラスのこの魔法も、紅き翼の面々を殺すには至らなかった為だ。
その証拠に連中がいたビルの屋上からは急激な魔力の高まりを感じていた。
「ふん……伊達に世界の加護を受けていないようだな」
そう言い、彼女はさらに唱えた。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 逆巻け風よ 内に秘めた忌まわしきものを切り刻む刃となれ 竜巻裁断」
天を突かんばかりの大竜巻。
それは氷を自身の中に収めると、内側に向かって――すなわち、内部に置かれた封印の氷に向けて真空の刃を放ち始めた。
鋼をも切り裂くその刃を受けてなお、彼女の魔力によって造られた封印はビクともしない。
そして、彼女は唱える。
「開けよ凍てつく封印――解放の灯火」
『こおるせかい』によって造られた封印の氷が唐突に消え去った。
たちまちのうちに封印されていたものに襲い掛かる真空の刃。
内部にあったものは一瞬で切り裂かれ、粉塵に変えていく。
「……やれやれ」
そして、彼女は肩を竦めた。
彼女の目の前で竜巻は稲妻により真っ二つに切り裂かれ、消失してしまった。
魔力で構成されたその竜巻は例え壊されようとも修復され、一種の結界としての役割もあるのだが……その修復力を上回る攻撃を叩きこまれては消失してしまう。
「ナギ・スプリングフィールドは風と雷が得意であったな」
それを為した少年を彼女は見つめる。
腕を振り上げた状態で、あちこち擦り傷を作りながらも未だ致命傷はない。
彼以外の面々も擦り傷こそあるものの、同じく致命傷はない。
すると彼らはこちらに気がついたらしく、一直線に瞬動で向かってきた。
ナギが竜巻を破ってから10秒と経たずに彼女は紅き翼によって包囲された。
「また女か」
ナギが若干うんざりしたような顔で言った。
そんな彼とは裏腹にゼクトが静かな口調で尋ねる。
「お主もエクスキューショナーの者か?」
「ああ、それであってるな」
「何が目的なんじゃ? 何故我々を狙う?」
そう言われて彼女は腕を組み、思案顔となる。
目的と言われてもただのデータ取りに過ぎない。
とはいえ、まさか自分達のボスを明かすわけにもいかない。
故に彼女は面白くしてやろう、と適当なことを言うことに決めた。
「強いて言うなら……強いと思っているヤツを圧倒的な力で叩き潰してやりたいからだな」
「確かに圧倒的だが、今までその圧倒的な力を持った連中と戦っても俺達は生きてるぜ?」
ラカンの言葉はお前達は見下している俺達も倒せないくらいに弱い、と言っているに等しい。
安い挑発に彼女は鼻で笑う。
「悪いが、人類でいわゆる強者に分類される連中も我々から見れば子供に過ぎん。精々、狭い世界で戯れているがいい」
どこまでも上から目線な彼女に元々気が長い方ではないナギがカチンときた。
「どういうことだ? っていうか、お前は何者だ? 俺と大差ない見た目だろ?」
「見た目は調整がきくんだ。本来の私の見た目は20歳程度だが、この14歳姿はわりとお気に入りでな」
「上位悪魔神族ですか?」
アルビレオの問いに彼女は首を左右に振る。
「私はあそこまで強くはない。その分、私は用心深くてな……まあ、それはともかく、そろそろ名乗っておくとしよう」
そこで彼女は言葉を切り、紅き翼の面々を見回す。
そして、告げる。
「我が名はエヴァンジェリン。一部の者からは闇の福音と呼ばれている」
一部の者――というよりか、実際には彼女のボスが勝手に名付けて1人でそう言っているだけだが、エヴァンジェリン本人としてはシンプルだが皮肉の効いたこの二つ名を気に入っていた。
神や教会といったものを彼女が大嫌いであるが故に。
とはいえ、魔界でそんなことを名乗る機会も無い為にすっかりとお蔵入りしていたりする。
「へっ、おもしれぇ……やってやろうじゃねぇか」
そう言い、獰猛な笑みを浮かべるナギにエヴァンジェリンは溜息を吐く。
「やれやれ。どこの蛮族だ? そんなようではデートの一つもできんだろう」
「何だと!?」
いきり立つナギであったが、エヴァンジェリンは嘲笑をプレゼントしつつ、告げる。
「いいか? デートというのはだな、スマートにやるものだ。当然、場所や雰囲気といったものを作らねばな。とどのつまり……お前達は既に私の手の内にある」
エヴァンジェリンの言葉にアルビレオとゼクトは己の持つ多種多様な探査魔法をできるだけ展開し、周囲を探査した。
すると自分達を取り囲むように無数の極細の糸がいつの間にか張られていることに気がついた。
すぐさま2人は念話でもってナギ達に伝える。
動けば体が切り裂かれる、と。
エヴァンジェリンは彼らの動きを見越したかのように告げる。
「だが、我々にも事情があってな。今ここでお前達を倒すようなことはしない」
『できない』ではなく『しない』――これは大きな違いだ。
そして、世界の加護など知るよしもない紅き翼の面々にとっては事情を知るべくもない。
「それに軍も動いている。雑魚の相手など面倒なだけだ……では失礼する」
そう言い、エヴァンジェリンは転移していった。
その際、糸を回収するのも忘れない。
「何だアイツは! いけ好かねー!」
エヴァンジェリンが消え、ナギは真っ先に怒りの声を上げた。
おちょくられた彼からすればその怒りも当然だ。
「ナギは否定できんじゃろ」
「うむ、何しろナギだからな」
ゼクトと詠春がうんうんと頷く。
魔法使いとしての力を抜けばナギは短気なバカに過ぎないのである。
「ナギよりもこの俺様のなんとスマートなことか……!」
誇らしげに胸を張るラカンにナギは無言で正拳を叩きこもうとするが、あっさりと回避される。
イラッときたナギは連続攻撃を仕掛けるが、ラカンは難なく回避していく。
じゃれ合う2人を横目に見つつ、アルビレオは何だかんだで紅き翼が必要以上に目立ち過ぎていることに溜息を吐く。
エクスキューショナーの連中は民間人をこれでもかと巻き込んでいる時点で紳士的とはいえないが、それでも人質を取ったりするなどはしていない。
これから先、エクスキューショナーと同じような輩が出てくることは予想されるが、そのときに人質を取られないという保証はどこにもなかった。