反則的な人類

「よろしいのですか?」

 フェイトは問いかけた。
 今、彼は拠点としている墓守り人の宮殿ではなく、ウェスペルタティア王国の宮殿の一角にいた。
 そして、彼の目の前にいるのは彼を作り出し、一際強大なことで知られる地獄の大魔王。

「アレは鬼札よ。我々の側から敢えて人間に送り込む、獅子人中の虫」
「ですが、些か問題があるのでは? ウェスペルタティア王家の人間は差はあるとはいえ、既に魔族の魔法を扱えます」

 その言葉に魔王――アシュレイは頷いた。

「勿論よ。何しろ、そうなるようにしたのだから。そうなるように女の魔族に犯させ孕まさせてきたのだから」

 ウェスペルタティアの王族は既に純粋な人間とはいえないことがアシュレイの言動から伺うことができる。

「ですが、ヘラス帝国にはそうしなかったのでは?」
「当初はただの遊びであったけど、事情が変わったのよ」

 事情というのはカッサンドラ予言のことであるが、当然アシュレイはフェイトにも言っていない。
 カッサンドラ予言から、アシュレイは遊びよりも敗北の為の準備を優先し、ちょっかいを掛けたのは魔法世界ではウェスペルタティア王国のみであった。

「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア……あなたがわざわざ自らの魔力を与えてまで作る必要があったのですか? しかも、ウェスペルタティア王国に渡すなど……」
「必要であったからそうしたのよ。アリカ王女なんかは妹ができたとはしゃいでたじゃない。あの王女は美人になるわね」

 うんうん、とアシュレイは頷きつつ、成長したら自分のモノにしよう、と決意する。
 そんな彼女は既に倒される為の準備は万端であった。


 第一次大戦までほとんど手を出さなかったアシュレイだが、逆に言えば僅かに手を出してもいた。
 その最たるものがアメリカの支配だ。
 彼女はアメリカの独立派に膨大な資金を援助し、更に南北戦争においては北部に援助を行った。
 それ以後もちょこちょこと重要な局面で手を出し、今ではアメリカの裏の支配者になっていた。
 とはいえ、表の支配者の大統領とは上下関係には非ず、対等な関係を彼女は結んでいる。
 そのおかげで未だ排除されることなく、ホワイトハウスに堂々と出入りできるのだ。
 無論、彼女はアメリカだけでなく、ソ連、ドイツ、イギリス、フランス、中国、日本と金にモノを言わせ、食指を伸ばしている。

 また、彼女は中世から近代にかけて多くの女子供を奴隷として購入し、不老不死とさせ、それらを殺し合わせるというショーを地獄で行い、多大な収入を得ていた。
 無論、元々地獄にそういったショーはあったが、アシュレイの場合は規模が違う。
 彼女がやったのは100人単位でのバトルロイヤルであり、魔族達に非常に受けた。
 その為に人口のバランスが一時的に人間界でおかしくなったが、穴埋めの為にアシュレイ自ら人間をキーやんとサッちゃんの監督の下、創造し、失った分だけ人間社会に送り込んでいたので既にその問題は解決している。

 ただ、そのおかげで人間達の頭髪がカラフルなことになってしまったが、そこは神魔族共に問題なしとしていた。


 ともあれ、アシュレイは自らが立てた敗北計画の通りにいかなかった場合、自分を倒した人間を人類の敵に祭り上げる為の準備をしていた。
 守るべきもの達から憎悪を向けられ、狂って死ね……それがアシュレイからの心の込もった置き土産だ。



「アシュ様、10年以内に当初の予定通りにヘラス帝国と連合を争わせます」
「そうして頂戴。ああ、儲ける準備は万端よね?」
「はい、ダミー会社を幾つか作り、そこを通じて武器や兵器を……」

 アシュレイはフェイトの言葉に満足にそうに頷く。
 どうやら彼女は魔法世界で起こす戦争で一儲けするつもりらしい。
 既に三界一の資産家である彼女だが、もはや金儲けが趣味の領域に入っているのかもしれない。

「くれぐれも早期終結なんぞさせないで。在庫を抱えるのは嫌なのよ」
「心得ております」

 頭を下げるフェイトにアシュレイは頷く。

「それじゃ、私は地球に戻るわ。この後、アメリカで大統領や国防長官と共に新世代の軍備について話し合わないといけないの。合衆国大統領最高顧問なんて肩書きももらっちゃったし……」

 手をひらひらさせ、アシュレイは転移していった。


 残されたフェイトは暫しその場に佇んでいたが、やがて彼も転移し、墓守り人の宮殿に帰還した。





 そして10年後、辺境の小競り合いからヘラス帝国とメセンブリーナ連合は全面戦争へと発展する。
 後に言う、大分烈戦争の幕開けであった。











 魔法世界が戦乱に包まれ、1年程が経過した頃。
 地獄のアシュレイの居城では仕事に精を出す者達がいた。

「アシュ様は最近、精力的に動いているそうだな」

 ちくちくとシルヴィアは布を縫いつつ、傍らにいるベアトリクスに言った。
 対するベアトリクスも同じように縫い物をしつつ、答える。

「そうですね。ここ500年は我々もアシュ様も暇過ぎました。これでは腐ってしまいます」

 ちくちくちく

「ああ、だがな……何で私達は縫い物をしてるんだ?」
「1ヶ月後に行われるアシュ様たぶん5億歳の誕生記念パーティーの際に渡す、アシュ様の誕生日プレゼントです」

 ベアトリクスはもう忘れたんですか、と言いたげな視線をシルヴィアに向ける。
 そんな視線を向けられた彼女は溜息を吐く。

「それはわかるが、何でアシュ様はここ500年で誕生日パーティーや私達への慰労パーティーとかをやるようになったんだ? いや、素直に後者は嬉しいが……」
「暇だったからでしょう。それにアシュ様の印象を良くする為でもあります」

 2人共、口は動かしているが、手も動かしている。
 その様子からはハルマゲドンにおいて、主神を相手取って戦った魔神とは到底思えない。

「取っ付きにくい、というイメージを多くの下位の者は思っている。いざというとき反抗されても困るので……」

 敬語と断定が入り交じった独特の口調のベアトリクスだったが、シルヴィアも慣れたものだ。
 
「昔はもっと楽だったな」

 懐かしむようにシルヴィアが言う。

「ヘルマンのような輩も、あの当時だから出てきたのでしょう……今の魔界は腑抜けています。何でも一部の下級魔族達は人間共に負けてしまうとか」
「デタントは確かに世界にとって安定を齎したが……魔族にとっては退廃を齎した」
「道理です。最近の魔族はやれ平和だの豊かな生活だの……まるで闘争というものを知らない」

 最近の若い者は、と愚痴る2人の姿はまさに老人そのものだったが、それでいて愛する主の為に縫い物をする姿は見た目相応の乙女に見える。

「とはいえ、我々の出番は……」

 もうないだろう、そう言いかけたシルヴィアであったが、それは紡がれることはなかった。
 久しく聞いていない召集を伝える甲高い音。
 シルヴィアとベアトリクスはただちに縫い物を置き、転移した。
 向かう先は玉座の間であった。









 シルヴィアとベアトリクスが玉座の間に到着すると次々とアシュタロス陣営の実力者達が転移してやってきていた。
 彼女らと同格のフェネクスやディアナ、エシュタルは勿論、ヘルマン、コンロン、ダイ・アモンら。
 ヘルマン達3人は昇進し、軍団の任から解かれ、アシュレイの直属となっている。
 そして、単純な力では上述した連中に劣るが、それでも人間界でなら上位に入るレイチェルと人間界限定なら最強のエヴァンジェリンと41人の軍団長達。

 彼らが揃ったところでアシュレイはテレジアと共にやってきていた。
 アシュレイは玉座に腰を下ろし、傍に控えるテレジアに視線を送る。
 それを受け、テレジアは僅かに頷き、口を開いた。

「此度の召集はとある小賢しい人間を諸君らに叩いてもらう為だ」

 その言葉にほぼ全ての者が首を傾げる。
 小賢しい人間程度であればわざわざ自分達を集める必要がないのだ。

 その疑問に答えるかのようにテレジアが更に言葉を続ける。

「その人間は人間とは思えぬ程の魔力と悪運を持っている。世界の加護を受けた者だろう」

 一同に緊張が走った。
 世界の後押しを受けている者には絶対に勝てない。
 それは上位神魔族ともなれば常識であった。

 しかし、その緊張を破るかのようにアシュレイが告げる。

「私の予想ではそいつは加護を受けているが、私の敵足り得ない。おそらく、そいつの役割は魔法世界の戦争を終わらせること。戦争が終わればそいつの加護は無くなるが、私としてはまだ終わってもらっては困る」

 つまり、とアシュレイは続ける。

「あなた達は無敵の防御を持ったそいつを相手に時間稼ぎをして欲しい」

 アシュレイは要請しているようだが、立場を考えればそうではない。
 それは紛れも無い命令であった。

「現地ではフェイト達が動いているが、あなた達は別行動で完全なる世界とは違う、第三勢力としてそいつと敵対をして。あと親衛隊以外は兵隊をあまり使わないように。出したところですぐにやられるわ」
「アシュ様」

 ベアトリクスが呼ぶ。
 アシュレイは彼女の質問をすぐに理解し、言葉を紡ぐ。

「敵の名はナギ・スプリングフィールド。そのお供に青山詠春、アルビレオ・イマ、フィリウス・ゼクト、ジャック・ラカン。何でも最近じゃウェスペルタティア王国のアリカ王女と手を結んだそうよ。アリカは私がモノにするから、なるべく手を出さないように」

 その答えにベアトリクスは僅かに頷く。

「敵の詳細については後でテレジアからファイルを受け取って頂戴。勿論、ナギ以外にも加護を受けている可能性もある。主神や熾天使と戦うように細心の注意を払いなさい」
「アシュ様」

 エシュタルが呼ぶ。
 すぐにアシュレイは彼女の質問を理解し、答える。

「暗黒体は使用不可。神族が介入してくると面倒くさい事態になるわ。また惑星規模の魔法の使用も不可。火星や魔法世界は壊さぬように」
「わかりました」

 エシュタルは頷いた。
 アシュレイは他に質問がないことを確認し、口を開く。

「あなた達をぶつけたところでナギは強大化するだけでしょう。でも、それはまたとないデータ取りのチャンスよ。どの程度まで強大化するか……得難いデータよ。それはいつか私にも訪れるかもしれない世界からの刺客に対抗する手段となる。気合を入れてやりなさい」


 こうして紅き翼はアシュタロスの軍勢から波状攻撃を受けることとなった。
 手加減しているとはいえ、攻撃する側は魔神や上級魔族。
 その攻撃力たるや人間など一瞬で粉々にしてしまう程であったが、ナギ達は偶然足を取られる、風に吹かれるなどして体が攻撃の軌道から逸れてしまい、その体に致命的な攻撃が入らなかった。
 衛星軌道上から魔力砲をぶっ放しても避けられるような偶然はもはや世界の加護と言っても過言ではない。

 ならば、とレイチェルは親衛隊を動かし、アシュレイ経由で手に入れた米軍のアパッチやらソ連軍のMi-28などの1980年代当時としては最新鋭の攻撃ヘリを投入し、対戦車誘導ミサイルやら対空ミサイルなどを見舞った。
 こちらは命中したが、ラカンの気合防御やナギのバカ魔力による強固な障壁で目標には傷一つつけられず、果ては青山詠春が石川五右衛門並の剣技で命中前に真っ二つにするなど、地球の軍人に盛大に喧嘩を売ることをした。

 このときの映像は親衛隊によってフルカラーで動画として撮影されており、アシュレイの仲介で行われた米ソ首脳秘密会談でアシュレイは米ソのお偉いさんと一緒に鑑賞したが、彼女をしても、人類を超えていると言わしめた。
 またこれにより、対魔法使いの為に大幅に貫通力を強める必要性が打ち出され、冷戦で景気が良い軍需産業がまた潤うこととなる。
 勿論、その軍需産業に属する会社の多くもアシュレイのものなのだが……




 ともあれ、そんな感じでナギ達は洒落にならない連中の猛攻を受けたが、ピンピンとしており、むしろ自分達にとってちょうどいい鍛錬相手だ、と襲ってくる上位魔族達を相手取って大立ち回りを演じた。
 これにより紅き翼は急速にレベルアップを果たしてしまう。

 しかし、それもアシュレイの予定のうち。
 彼女はベルフェゴールやニジにデータの分析を任せつつ、そろそろ出てくるだろう自分の敵に思いを馳せるのだった。

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