似たもの同士

 エヴァンジェリンが地上侵攻を開始して早数年。
 彼女は予定通りに東を攻め、ロシアの大地に乱立していた諸王国を滅ぼした後、バクーを完全に占領した。
 その後、カフカス山脈を越え、ペルシア地方へと進出し、アラビア人を薙ぎ倒しつつ、ソドムとゴモラ……ではなく、エルサレムの完全破壊を目指して動いていた。


 人類は無論、多くの神魔族が欧州に突如として現れた吸血鬼に興味津々のとき。
 日本の関東平野にある世界樹には数人の人影があった。








「とんでもないポヨ」

 精密調査を終えたニジは思わずそんなことを呟いた。
 世界樹にある魔力を使えば、地球のあらゆる場所に影響を及ぼすこともできる。
 そんなとんでもないものが自らの生存本能のみで、神魔族や人間からひっそり隠れていたこともまたとんでもない。

「こんなものがあったなんて」

 現物を見ても信じられないベルフェゴール。
 言うまでもないが、彼女達は少数の部下と共に、世界樹地下にゲートを建設すべくやってきたのだ。
 アシュレイの目的は世界樹の魔力を使い、ここと――正確には世界樹地下――地獄を繋げてしまうこと。
 そうすれば神族に見つからず、こっそりと地球に魔族を送り込むことができる。
 なお、利用するのがアシュレイの身内とは限らないので、凶悪な強制転移陣は既に解除されていた。

 地上部分の調査後は魔法で掘るだけである。
 重機などで掘るわけでもないので一瞬だ。

 ベルフェゴールが念じれば巨大な魔法陣が世界樹を中心に描かれ……そして消えた。

「できたわ。行きましょう」

 そして彼女達は転移した。








 世界樹地下にベルフェゴールがこしらえた広大な空間。
 無論、世界樹が枯れてしまわぬよう、根っこがむき出しになったりはしていない。
 空間の真ん中に巨大な土の柱のようなものがあり、それは天井と床を繋いでいる。
 ここに根っこが入っていた。
 ベルフェゴールは更に地下空間全体に強固な結界を張り、余計な邪魔者が入ってこれないようにする。
 それを見てとったニジは行動を開始する。

「もう遠慮はいらないポヨ」

 彼女はそう言うと召喚魔法を発動し、多くの機材や部下を召喚し始める。
 元々ある世界樹の結界に加え、ベルフェゴールの結界ともなれば簡単には抜けない。

「ここは良い基地となりそうね」

 ベルフェゴールはポツリと呟いた。
 そして、ここに鬼神兵と魔神兵を配備することを決意する。
 戦闘態勢に入るまでは非常に気づかれにくく、量産性も良いそれらは戦争から数千年経った今も、アシュタロス陣営の切り札的兵器であった。

「時代が進めばそれだけ隠蔽は難しくなる。アシュ様はどうするのかしら……」

 強固な結界とはいえど、破ろうとすればいつかは破られてしまう。
 ならばこそ、そのときの対策もまた必要であった。

「何やってるポヨ! さっさと仕事するポヨ!」

 ぷんすか怒るニジ。
 両手を挙げて怒ってる様は何だか微笑ましい。
 かつては部下であるにもかかわらず、ベルフェゴールに様付けをしていたニジだが今ではもうしていなかった。
 慣れた、というのが一番の原因だろう。

「はいはい」

 そう答え、ベルフェゴールもまた機材の召喚を始めたのだった。










 一方、アシュレイはというと……



「ああ、綺麗」

 うっとりと自分に贈られた刀を見つめていた。
 真っ黒な刀身はまさに闇の存在が振るうに相応しい。
 妖艶さと危険さを併せ持ったその刀の銘は「ひな」と冠されたもの。

「そないに見つめられると……うち、うち、いってまいそうやわぁ」

 きゃー、と両手で顔を押さえ、首を左右に振る金髪ゴスロリっ子がいた。

 付喪神というのをご存知だろうか。
 長い年月を経た道具に宿る神様である。
 ひなは長い年月を経た……というわけではないが、アシュレイという霊格及び魔力が極めて高い存在が扱い始めたことで付喪神のようなものが宿ってしまったのだ。
 なお、彼女の容姿は持ち主であるアシュレイの嗜好が極めて影響し、彼女の名前はやはりアシュレイが決めた。

 勿論、月詠の存在は千奈にまた面倒なものを、という目で見られたが、そんなことは気にしないアシュレイだ。
 対する須臾は金髪っ子を珍しそうに見ているだけだった。
 その後、千奈は月詠を名目上は自分の式神ということにして、陰陽寮に報告していた。
 アシュレイを含め、千奈は式神使いとしての名が広まり始めていた。

「月詠も見つめていたいっていうか、どっちも綺麗っていうか……」

 そんな風にアシュレイは言いつつ、手招きして月詠を傍に寄らせる。
 近くにきた彼女を片手で抱いて、もう一方には彼女の本体のひなを握る。

「ああ、アシュ様のお体やわっこいー」
「月詠の体もやわっこいー」

 しかし、月詠がぐりぐりと体を寄せ付けてきたので、アシュレイは一も二もなくそれに応じ、2人でぎゅっと抱きしめ合う。
 ひなは勿論畳の上に。

「なーなーアシュ様、うちをもっと使ってーな。はよう斬りたいわー」

 刀であるから斬らなければ意味がない。
 故に月詠が非常に危険な性格であるのは致し方がない。

「使う相手がいないじゃないの」

 ひなはアシュレイの力にも耐えられるだけの強度を持っている。
 そして、その斬れ味は他の刀の刀身を斬ってしまう程に抜群だ。

 しかし、アシュレイの言うように使う相手がいない。
 人間形態で帝釈天とか斉天大聖とかのそういった連中と戦う場合なら使うかもしれないが、まずそういった事態が起きない。
 アシュレイが自分から頼まない限りは。

「殺生なぁ……うちの存在意義……」

 しょぼーん、と肩を落とす月詠にアシュレイはぞくぞくとした。
 ちなみに彼女は既に月詠を頂いている。
 長年の経験と勘からアシュレイは月詠が陣風と同じくドMだということを見抜いていた。
 故にそのときも結構無理矢理であった。

「そんなに斬りたいなら、神鳴流でも入ったらどう?」
「アシュ様と一緒がええ」

 ぎゅっと抱きついてくる月詠にアシュレイはだらしなく頬を緩める。

「じゃ、私も神鳴流やろうかしら。暇だし」
「やりまひょやりまひょ」

 やってる人間達からすれば憤慨ものだが、アシュレイにとってはそんな程度であった。
 しかし、と彼女は想像する。

 刀で戦っている自分の姿を。

「……いい」
「ほえ?」

 何やら怪しげな笑みを浮かべるアシュレイに月詠は首を傾げた。
 そんな彼女にアシュレイは告げる。

「月詠、早速行きましょうか」
「わーい」






 神鳴流道場は京の街から離れ、陰陽寮に程近い場所にあった。
 ありがちな長い石段を登り切った先には立派な門と共に京都神鳴流という大きな看板。
 
 そこまできてアシュレイは勝手に入っていいのかしら、と思ったが、まあいいか、と判断した。
 須臾の保護者だと言えば万事解決だ。

 門の中に入り、声が聞こえる方へと行けば……




「何者か」

 凛とした声が響く。
 眼光鋭く睨むのは黒髪を一房に結った袴姿の女性。

「魔王だ」

 躊躇なくそう返すアシュレイ。
 対する月詠は強そうなのが出てきてうずうずと体を震わせている。

「ここは部外者は立ち入り禁止だ」
「須臾の保護者で天ヶ崎千奈の式神もやってて、真・雷光剣を受け止めた明日菜だけど」

 女性の顔色が変わった。
 そして、剣呑な空気を彼女は漂わせる。

「うちの刃が通じるかどうか、試してみたい」
「やらせてあげるから、この子を入門させてあげて。そして、通じなかったらあなたの体を頂きたい」

 体と言われその頬を朱に染めるが、ややあって彼女は頷いた。
 通じなかったら訪れる死の代わりと考えればそれは納得がいく。
 死ぬ危険のない中で上位の妖と戦える機会は滅多に無かった。

「月詠、離れてなさい」
「はーい」

 アシュレイに言われた月詠は適度に距離を空け、すっかり観客気分であった。
 それを見てとった袴の女性は腰にある刀を抜き放ち、それをゆっくりと振り上げる。
 そして、膨大な気がその刀身に集中し始める。
 気については疎いアシュレイもその膨大な流れを感じ取り、思わず感心してしまう。
 やがて刀身は帯電し始めた。

「よく人間の身でそこまで至った。名を聞いておこう」
「青山鶴江や……!」

 瞬間、鶴江は動いた。
 縮地の域にまで達した速さでアシュレイの内懐に潜り込み、その刃を振り下ろす。
 神速の刃は斜めにアシュレイの体を斬り裂かんとし……

 驚愕に鶴江は目を見開いた。
 全力の一撃はアシュレイの着物を斬り裂き、彼女の美しい肢体を露にする。
 だが、それだけであった。
 アシュレイは鶴江に対し、にっこりと笑った。

 そして、鶴江の体に異変が訪れた。
 ピシピシという音が彼女の両腕から鳴り始め、やがて刀と共にその骨が完全に砕け散った。

「あ、ぐ……」

 痛みに耐えかね、彼女は両膝をつき崩れ落ちた。

「硬いものを殴ったら拳を痛める。それと同じことよ」

 そう言うアシュレイはいつのまにか着物を纏っていた。
 先ほど着ていたのも、今着ているのも千奈が用意してくれたものだ。
 何だかんだ言いながら、彼女は世話焼きであった。

 アシュレイは鶴江の腕の時間を巻き戻し、ついでに刀も巻き戻して元に戻す。

「で、いいかしら?」

 不思議そうに両腕を摩る鶴江にアシュレイは問いかける。

「ええでっしゃろ。約束は約束おす……」

 そう言いつつ、その白い頬を朱に染める。

「う、うちは嫁入り前で……その、婚約者とかもおらんで……は、初めてやから……」

 そんな彼女にアシュレイはもうここで美味しく頂こうか、と真剣に悩む。
 人間に関わり始めてから彼女の女運は上昇傾向であった。

「あのー、うちの入門ー」

 そう言う月詠は息が荒かった。
 こっちも色々と我慢ができないらしく、ある意味、アシュレイとは似たもの同士であった。

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