魔王退治への片道切符



「うーん……」

 アシュレイは悩んでいた。
 何かが足りない、と。

 天ヶ崎家の居間に寝転がり、彼女はひたすら足りない何かを探していた。
 時折、風が風鈴を揺らし、涼しげな音を響かせる。

 少し前から須臾はゴリ押しで入門させた神鳴流の道場に通い、千奈は陰陽寮にて仕事をしている中、唯1人、アシュレイは家でのんびりと過ごしていた。
 ただ、前述した通りに彼女は足りない何かを探している為に暇ではなかった。

「金……実力……土地……」

 ぶつぶつと呟き始めるアシュレイ。
 彼女には金も実力も土地もある。

「ベアトリクス……騎士……!」

 そのとき、ハッとして彼女は起き上がった。

「そうだ! 騎士が足りない! 人間界でも使える兵隊が足りない!」

 叫んだ彼女に塀に止まっていた烏が「アホー」と鳴く。
 
「私に忠誠を誓う見た目人間の騎士団が欲しい!」

 願望を叫んだ彼女はすぐさま最適なものを模索する。

「オーディンのワルキューレと似たようなのを作ろう。使い魔を作る要領で新しい種族を創っても問題ない。あ、でもアマゾネスも捨てがたいし……どっちも創ればいいか」

 というわけで早速アシュレイはどこからともなくノートと羽ペンを取り出し、カリカリと設計図を描いていく。
 この設計図とは魂の設計図だ。
 これによりその種族が持つ特徴や容姿などの詳細な設定が可能となる。
 一般に生命の設計図と呼ばれるDNAよりもより強力に、かつ、永久に変化しないようにすることが可能だ。

 アシュレイはワルキューレを金髪碧眼白い肌、高い魔力、狂信的なアシュレイへの忠誠と設定する。
 使い魔との大きな違いは種族として創ることで簡単に数を揃えることができる。
 
 アシュレイは更にアマゾネスの設定にとりかかる。
 長身、筋肉質、野性的、高い身体能力……そこまで設定して彼女はふと気がついた。

「……両性具有者と女、その2つにしよう」

 これまで描いた設計図に多少の変更を加えたところでアシュレイは再び思案する。

「……メイドが確か足りなかったから、奉仕する種族もついでに創ろう。あ、それと数がいっぱい欲しいから……」

 アシュレイは再びワルキューレとアマゾネスの設計図に多産となるよう変更を加えた上でメイド種族の設計図を描いていく。

「んー、アマゾネスの亜種としてオークも創ろう。アマゾネスよりももっと筋肉質で……」

 鼻歌混じりにアシュレイは魂の設計図を描いていく。
 こういった種族の創造ができる彼女は文字通り、造物主であった。




「あ、ワルキューレだとパクりって訴えられるから、戦乙女族ってことにしておこう」

 ただ単に漢字に変えただけであるが、アシュレイ的にはそれで押し通せると判断できたので何も問題なかった。





 そして30分後、アシュレイはまさに「わたしのかんがえたすごい(性的にも)しゅぞく」の設計図を全て完成させ、それをテレジアの下へと送った。
 あとは彼女が暇をしている連中と共に勝手に創ってくれるだろう。
 やり方は彼女達も知っているので何も問題はなかった。

 これからしばらくして、アシュレイは出来上がったこれらの種族と肉欲の宴を繰り広げるのだが、それはまた別のお話であった。










「あー、暇だわー」

 一仕事やり終え、再び畳に仰向けに寝転がってアシュレイは天井のシミを見つめる。
 京の街はアシュレイが来てからというもの、平穏そのもの。
 どんな妖怪も、急に現れたアシュレイの強大な気配を感じ取り、人間を食べようと京の街にやってこなくなった。
 須臾の例を見れば分かるように、強い人外は隠蔽していたとしても、他の人外の気配に対して非常に敏感だ。
 頭ではなく本能で危険を感じ取ってしまう。
 そして、何よりも京の街に入るまではアシュレイはその隠蔽を最低レベルにしていた。
 妖怪がビビってしまっても無理はない。
 おかげで京都警邏の神鳴流剣士や陰陽師は暇を持て余している、と千奈はボヤいていた。
 


「……そうだ、東へ行こう」

 唐突にアシュレイは閃いた。
 彼女は再びがばっと起き上がると、どこからともなく便箋と羽ペンを取り出し、それにさらさらさら、と書き置きをしたためる。

『ちょっと東へ行ってくる。夕飯までには帰る』

 非常に心配になる文章だが、アシュレイだから大丈夫であった。
 そんなわけで彼女は縁側から庭に出、そこから一気に空へと舞い上がったのであった。













 ぐんぐんと空を東へ飛び、箱根の山を超えたところでアシュレイは思わず目を疑った。
 彼女の前にはだだ広い関東平野が広がっている。
 それはいい。
 だが、その関東平野で1本、突き出ている巨大な木があった。

 アシュレイの前世の記憶には関東に天を衝く神木があるなんて聞いたこともない。
 興味津々で彼女はその大木へと向かった。






「……これは凄い」

 アシュレイは思わず呟いてしまう。
 彼女がいるのは大木のすぐ傍。
 成人男性が数人両手を広げてもなお、収まりきらない程にその幹は太い。
 そして、そこから放たれる魔力もまた。

「神族がよくこんなものを放って置いたものね……」

 と言いつつ、彼女は解析魔法を使用して気がついた。
 この木は地球の霊脈から直接、魔力を吸い上げ自らの養分としている。
 そして、木の生存本能とでも言うべき、外敵から自身を守る為に、自身の内包する強大な魔力でもって強固な結界を構築してしまっていることに。

「結界の効果は認識阻害……なるほど、これじゃ生半可な連中じゃ存在に気づけもしないわ」

 基本、地上の様子を見守るのは下っ端の役目である。
 主神や魔王といった連中は滅多に地上に姿を現さないどころか、その様子を見ることもしない。
 ならばこそ、発見できなくてもしょうがない。


 さてどうしたものか、とアシュレイは思案し……すぐに結論が出た。

「いざという時の為に隠しトンネルがあってもいいわ」

 彼女の考えは簡単だ。
 この木にある魔力を使い、いつでも地上に簡単に悪魔が出ることができるよう、ここにゲートを開き、地獄と繋げてしまうこと。
 勿論、木には一切の傷をつけたりはしないというよりも、そうする必要性がない。

 しかしここで誰かに通信でもすれば神界に察知されてしまうかもしれない。
 ならばこそ、今は時期を待つべきであった。

「念の為、人間が悪戯しないようにトラップを仕掛けておきましょうか」

 そして、アシュレイは木の周辺に幾つもの強制転移陣を描いていく。
 踏んだ瞬間に発動し、1秒後には地獄にあるアシュレイの城に到着している。

 魔法使いをはじめ、色んな輩にとってこの木はお宝であるが、彼らは喜び勇んで走っていき、その結果、魔王の居城にいるという笑えない事態に陥るだろう。
 悪魔=邪悪としている連中――言うまでもないが、これが普通――に、アシュレイは自分を退治できる機会を与えるというとても素晴らしい善行であった。



 2時間掛けて隙間なく強制転移陣を描いたアシュレイは最後にその木に世界樹と名付けると、その場を後にした。
 彼女が飛び去った後、僅かに世界樹が発光したが、誰もそれを知る者はいなかった。







 そして、アシュレイは京都に戻ってきた。
 時刻は午後3時過ぎであり、まだまだ時間はある。
 やはり暇になった彼女は久しぶりに鍛錬でもしよう、と京都郊外の森へと繰り出した。


「えい」

 いい加減に振った刀からは真空波が巻き起こり、木々を切り裂いていく。

「おりゃ」

 やっぱりいい加減に振り下ろした刀からは真空波が巻き起こり、地面を切り裂いていく。
 適当にやってこの威力であった。
 ちなみにこの刀、そこらの鍛冶屋で二束三文で売っていたものであり、その品質はよろしくない。
 彼女は壊れないよう刀の時間を止めた上で慎重に扱っていた。

「私って爪楊枝1本持っただけでも最強だから……」

 そう言うアシュレイはちょっとだけ寂しかった。
 彼女は長い年月を勉強に修行に、と過ごしてきた。
 例え、斉天大聖に少しだけ教えてもらった武術であったとしても、いい加減にやるだけで有り得ない威力を出せてしまう。
 強くなる喜びというのを、彼女はもはや感じることができないのだ。

「確か……」

 アシュレイは神鳴流剣士と対峙したときのことを思い出す。
 あのとき、使っていた剣士の技に斬岩剣というものがあった。

「気ってヤツを刀に纏って攻撃するのよね」

 精神生命体であるアシュレイをはじめとした神魔族に気を使うことができるかどうか怪しかった。

「……分からないなら聞けばいいじゃない」

 ちょうどいいことにアシュレイは武術の神様と知り合いであった。
 どうせなら、と斉天大聖ではなくもう1人の知り合いに発信した。


『おお、アシュタロスか。久しぶりだなぁ』

 通話相手は帝釈天。
 神魔交流会の時、密かに連絡先を交換していたのであった。

「ちょっと聞きたいんだけど、神魔族って気って使えるの?」
『気? 人間が使っているヤツか。使えるぞ。あれは生命エネルギーの燃焼であるからな。精神生命体である我々も使える』
「魔力とか神霊力とかと反発はしないの?」
『反発するが、ちょっとしたコツで合成させて使うこともできる……というか、先の大戦で使っていたんだが……わしら』
「そうなの? 気にならなかったんだけど……というよりか、今、あなたのところから聞こえてくる喘ぎ声の方が私としてはとても気になる」
『今、ちょうど妾とやっていたのだ。無理を言うな。陣風の体はどうだった? やったんだろう?』
「よかったわ。受け体質で、あんなに乱れるなんて……」
『羅刹女は美女が多い。気に入ったのがいれば口説いて構わんぞ』
「それは有り難いわ」
『あと、お前は魔力だけの方が強いと思うぞ。先の大戦は魔力だけしか使ってなかっただろう?』
「使ってなかったわ」
『今のお前はわしよりも魔力を持ってる。宇宙全てを覆い尽くすくらいのな。そこに多少の気が加わったところで大して変わらん』
「それもそうね。教えてくれてありがと」


 アシュレイは通話を切り、気の代わりに魔力を刀に乗せてみようと思い立った。

「……でもこんな刀で私の魔力に耐え切れるかしら?」

 そう思ったが、彼女は物は試し、とやってみた。
 時間を止めてあるから耐えられる筈だ、という希望的観測のもとに。



 そして、魔力を込めた瞬間に刀は砕け散った。
 込める魔力量が多すぎたのだ。
 というよりか、ただの刀に魔王である彼女の魔力に耐えろというのが酷な話。

「壊れないように扱うなんて武器にならないじゃないの」

 アシュレイの言葉ももっともだ。

「色々あって忘れてたけど、もう隠居したヤツから武器をもらってもいいわね」

 彼女にとって、スルトのレーヴァテインは非常に魅力的に感じた。
 剣の形をしているが、持ち主の意思に応じて様々な武器に変化でき、魔力を炎に変換できるというオプションもついている。

 だが、いきなり頼んでもさすがにもらえない。
 地道に交渉するとして、当面はどうしようか、と彼女は考え……再び帝釈天に通信を繋いだ。

『どうした?』
「鍛冶の神に私の魔力とかに耐えられる刀を造って欲しいの」
『何だ、地獄にはまともな鍛冶屋もいないのか?』
「科学者はいるけど、鍛冶屋は聞いたことがないわ。それに得物を使った私との戦闘はあなたもしたいんじゃなくて?」

 アシュレイの言葉に帝釈天の心は決まった。

『わかった。知り合いに頼んでおこう』
「よろしくね」

 アシュレイは通信を切った。
 これから数年後、一振りの刀が彼女の下に送られることになる。
 それは黒い刀身をした「ひな」という銘の刀であった。




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