とある忌み子の理不尽な話


「暇なんだけども」

 そう呟くアシュレイ。
 彼女の周りにはちょっとした人だかりができている。
 狗族の里の時と同じように、彼女は好奇の視線に晒されていた。

 じーっとアシュレイは取り囲む連中――主に同い年かそれより年下の子供を見つめる。

「がおー! 食べちゃうぞー!」

 そんなことを言って近寄ればきゃーきゃー悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすようにあっという間に人だかりは消えてなくなった。

「チョロイもんね……さすが地上の妖怪とは格が違った」

 しかし、とアシュレイは背後を振り返る。
 そこにはそれなりに立派な屋敷。
 屋敷の中で待つよりかは、という千奈の配慮でアシュレイは外で待たされていた。
 彼女はじっとしているよりも、きっと烏族の里をあちこち回るだろう、とそういう千奈の予想だ。

「……千奈が戻ってきたときにここにいればいいのね」

 基本的に悪魔は約束を守るし、嘘はつかない。
 だが、こういう風に言葉の穴を見つけて自分にとって都合の良いように解釈してしまうのだ。

 千奈の予想通りであった。





 そんなわけでアシュレイは烏族の里をあちこち回る。
 とはいっても、然程大きくなく、大した娯楽施設があるわけでもない。
 狗族の里と住民が違うだけで、取り立てて変化があるというわけではない。
 これが人間の里だったなら、アシュレイは関わろうともしたのだろうが、住んでいるのは亜人。
 ならばこそ、彼女は積極的に関わろうとはしなかった。







 だが、しばらくするとアシュレイの感覚に引っかかるものがあった。
 その感覚に従い、探査魔法を行使してみれば、何やら里の外れには里を覆う結界とは別の、小規模な結界が張られていることを発見した。

「烏族のお宝……なワケないか」

 そう言いつつも、暇なのでそちらへと向かうアシュレイ。
 騒ぎを起こすな、と千奈には言われている。
 ならばこそ、騒ぎを起こさなければ何をしてもいいのだ。

 ――死人に口なし――

 そういうことわざがあった。
 騒ぎ立てる輩がいなければ騒ぎは起こらない。
 そして大抵の場合、騒ぐのは被害者の方である。
 被害者が即死すれば何も問題はなかった。
 死体なんぞアシュレイは幾らでも処理の仕方があるし、いざとなれば食べてしまえばいい。

「烏族は鳥……唐揚げにすると美味しいのかしら……」

 ごくり、と思わず喉を鳴らすアシュレイであった。





 それから20分程歩き、彼女はたどり着いた。
 目の前にある結界は小規模ながら中々に強固。
 並の者ならば入ることすらできまい。
 しかし、アシュレイはただ軽く手をかざしただけで結界を改竄する。
 これでこの結界は彼女以外の誰かを通したときに反応するようになった。
 
 アシュレイは悠々と結界内に侵入し、更に歩くこと5分で彼女は小屋を見つけた。
 その中からは今まで見た烏族よりも強い魔力を放つ者がいる。

「封印するしかない強力な妖怪……胸が躍るわ。ペットにしようかしら」

 そう呟きつつ、アシュレイは小屋の扉を開けた。



 小屋の内部は酷く簡素であった。
 扉を開けた先には鉄格子で区切られた座敷牢となっており、その中にいるのはアシュレイと見た目が同い年くらいの少女。
 彼女は座敷牢の隅で膝を抱え、蹲っていた。
 その背にある翼は穢れ無き純白。
 少女は思わぬ来客に顔を上げ……すぐに恐怖の表情を浮かべた。
 その様子にアシュレイは感心する。
 今の彼女は千奈が気合を入れて探ってもただの人間の少女にしか見えない程に高度な隠蔽を施している。
 烏族や狗族などは気配に敏感であり、しっかりと隠蔽しないとアシュレイがとんでもない化物だと気づかれてしまう可能性があった。
 そうなってしまえば陰陽寮がとんでもない輩を引き連れて戦争を仕掛けに来た、と間違われてしまい、挨拶どころではなくなってしまうからだ。

 ともあれ、その隠蔽を見破った少女にアシュレイが興味を抱かない筈がなかった。
 その翼といい、この境遇といい、聞きたいことは山ほどある。
 勿論、小屋にいたのが少女であるということもアシュレイが興味を抱くには重要な要素であるのは言うまでもない。

「あなた、綺麗な翼ね。それに妖力も高いみたいだし」

 魔力も妖力も同じものだが、アシュレイは少女に分かるようにする。
 彼女の言葉に少女は答えねば命がない、とでも思ったのか、ポツリポツリと語り出す。

 少女が語ったことは2つ。

 白い翼が烏族にとって禁忌であること、物心ついたときからずっとここにいること。

「みにくいアヒルの子ってヤツかしらね」

 アシュレイは思わず呟いた。
 その言葉に少女は首を傾げる。

「この時代にはまだ無かったかしら……」

 そう言いながら、アシュレイは簡単に少女に説明する。
 すると、彼女は暗い表情となってしまう。

「ウチは……そんな都合良く……ならへん……」

 少女の言葉を聞きつつ、アシュレイは魔力を察知した。
 彼女からすればその反応は羽虫以下であったが故に無視することに決め、言葉を紡ぐ。


「んー、そうでもないかも」

 そんな彼女にアシュレイはそう告げ、その鉄格子を睨んで溶かす。
 突然のことに少女は目を白黒させる。
 アシュレイはそんな彼女の様子など気にもせず。ずかずかと座敷牢の中に入り、少女へと手を差し出した。

「あなた、私と来ない?」
「でも、ウチは忌み子で……」
「忌み子って言うヤツがいなくなれば来てくれるのね。じゃあ烏族を皆殺しにしよう」

 くるりと背を向けるアシュレイに慌てて少女はしがみついて留める。

「それは駄目や!」
「なら、どうすればいいの?」

 アシュレイは少女へと顔を向け、問いかけた。
 その言葉に彼女はアシュレイから離れ、顔を俯かせて小さな声で尋ねる。

「ほんまに、ウチがいってもええの?」

 その問いに対し、アシュレイは再びその手を差し出した。
 少女はその答えに微かに笑みを浮かべ、彼女の手を握る。

「で、あなたの名前は?」
「須臾や……です」


 付け足したように訂正する少女――須臾。
 彼女は自分とアシュレイの格の違いを正しく把握していた。
 ついていくと決めた以上、失礼のないよう敬語を使うのは当然のこと。

「私は今は明日菜と呼ばれてるわ。そう呼んで頂戴。本当の名前だと言霊であなたが死んじゃうかもしれないし」
「明日菜……お嬢様?」
「……いや、お嬢様というか王様なんだけど……まあ、好きに呼んで頂戴」
「はいっ」

 笑顔で須臾は頷いた、そのとき。



 見知らぬ烏族の男達が数人、小屋に入ってきた。
 彼らは須臾に対して、定期的な様子見と食事の差し入れを行う世話係。
 忌み子であり、通常の烏族よりも力の強い須臾の世話係ともなれば相応の力が要求される。
 万が一という場合がありうるからだ。


「そこで何をしている?」
「須臾というデコ広ツリ目の少女を連れ出そうとしている」

 デコ広ツリ目と言われた須臾はまさかの言葉に目をパチクリとさせている。
 対する烏族の男達は苛立たしげな様子。
 おちょくられたように感じても仕方がない。

「その者が忌み子と知った上でのことか?」
「たぶん、その忌み子よりも怖い存在である私だから問題ないわ」

 恐怖の代名詞として神魔界、地上では欧州などに知られているアシュレイである。
 少なくとも極東の烏族の忌み子なんぞよりは余程怖い存在であるのは間違いない。

「不吉の象徴である白い翼をここより出すことは罷りならん! どうしても、というなら……」

 言いかけて彼は、否、彼らは止まった。

「で?」

 アシュレイは続きを促した。
 彼女は室内を結界で覆うと同時に更に須臾を保護する為に結界を問答している間に張った。
 今、彼女は極僅かであるが、抑えていた魔力を解放している。

 相対する彼らは顔は真っ青、息もできないのか、口をパクパクと魚のように閉じたり開いたりし、その膝は震えている。

「どうしても、というなら斬り捨てるとでも言うのかしらね? この、私を、あなた方みたいな虫けらが?」

 嘲笑を浮かべ、確認するように問いかける。
 彼らは何も言えない。言えるはずもない。

「虫は虫らしく、地ベタを這い蹲るのがお似合いよ。でも、騒ぎを起こしちゃ駄目だから、平和的に解決しましょう」

 一転、にっこりと笑顔を浮かべるアシュレイ。
 
「長にこれを渡しなさい」

 アシュレイはどこからともなく金の延べ棒を取り出した。
 その数は10本。
 彼らの誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。

「で、これがあなた達の口止め料ね」

 さらにどこからともなく金の延べ棒を取り出し、2本ずつ彼らに渡した。

「大物は太っ腹なのよ。あなた達みたいな雑魚虫さん……鳥だから、雑魚鳥さんね。雑魚鳥さんにもこういうことをしてあげるくらいに」

 高笑い。
 底冷えのする魔力を放ちながら。
 もはや誰がどう見ても立派な魔王であった。
 断じて正義の使者とかには見えない。


 数分後、アシュレイは魔力を再び全て抑えこみ、ただ告げる。

「ところで、こういう忌み子とやらはよく出るものなの?」

 アシュレイの問いに男の1人が頷き、口を開く。

「数十年から数百年に数度あります。中には烏族と人間とのハーフで、かつ忌み子という者もおり、そういった者は里から放逐されるのが習わしです。ちなみに、その者はハーフではありません」

 いつの間にか敬語であったが、誰も気にはしない。

「そう……ともあれ、須臾。行くわよ」

 そう言い、アシュレイはさっさと小屋から出てしまい、慌てて須臾はその後を追った。












「女連れてきおった」

 それが千奈の第一声であった。
 待ち合わせ場所と化していた長の屋敷前に立っていた彼女はアシュレイと須臾を見るなりに盛大な溜息を吐き、そう告げたのだ。

「この子、今日から私のペット兼従者兼もふもふ役になったわ」
「……白い翼は禁忌がどうとか聞いた記憶があるんやが……まあ、あんさんの方が怖いからええか」

 自分達の常識が全く通用しないことは千奈は既に学習済みだ。
 
 また、アシュレイはなんだかんだで自分の起こしたことは自分で始末をつけている。
 先の忍者探しのときも、先方から苦情が来るどころか何故か陰陽寮に感謝状が届いた。
 何でも明日菜が中忍に勉強を教えてくれているお礼とのこと。
 疎遠な関係にあった甲賀であったが、その一件以来、比較的陰陽寮には好意的であった。
 千奈には何をやったのかさっぱりだったが、今回もきっと場を収めた上で連れてきたんだろう、と千奈はあたりをつける。

「須臾……です。よろしゅ……よろしくお願いします」

 頑張って敬語を使う少女に千奈は思わず笑ってしまう。

「千奈、そういうわけで今日から1人同居人増えるから。彼女の生活費も私が支払うからいいわ」
「ウチは別にかまへんよ。ただ、とりあえずは敬語の勉強やな」

 須臾は恥ずかしさにその白い肌を真っ赤に染め、縮こまってしまう。
 そんな彼女に頬を緩ませるアシュレイと千奈。

「ウチは天ヶ崎千奈や。よろしゅうな」






 こうして天ヶ崎家に同居人が、同時にアシュレイのペット兼従者兼もふもふ役として1人増えたのであった。

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