終わりの始まり

「で、妙神山に連れてきたというわけか」

 斉天大聖は呆れた顔で告げた。
 彼の前にはアシュレイと玉藻。
 ただし、玉藻は狐形態で横たわり、その腹にアシュレイが寄りかかっている。
 本来なら玉藻を妙神山に連れ帰ったのは1ヶ月前なのだが、斉天大聖が神界に用事があり、出かけていたので遅れての報告となった。

「本当はもう1匹、西にいるモロっていう山犬も欲しかったんだけど、断られちゃった」

 その言葉に玉藻は耳をぴくりと動かす。

『……断った?』

 頭に響く玉藻の声にアシュレイは頷く。

「森の守護をしないといけないから無理だって言われた」
『……そなたなら力ずくで引っ張ってくると思うんじゃが』
「失礼しちゃうわ。私は嫌って言ってる子を無理矢理引っ張ってきたりはしないもの。モロは私の提案を聞き、しっかり考えた上で断ったのよ」
『妾の扱いが……』
「あなた、問答無用で私に攻撃仕掛けてきたじゃないの。それでこの有様」

 玉藻は沈黙してしまった。

「まあ、いいじゃないの。嘘か本当か知らないけど、一説によれば九尾は孤独に恐れ、愛情が欲しいとか何とか。私の溢れ出るラヴを受け取りなさい」
『……嬉しいような悲しいような……複雑じゃ』
「ちなみに私の愛はシベリア的優しさなのだわ」

 シベリアはどう考えても駄目だろう、と斉天大聖はツッコミを入れたかったがやめておいた。
 気を取り直し、彼は話題を変える。

「それはそうと、つい最近、お主の部下がこっちで暴れたようじゃぞ?」
「え? 何も聞いてないんだけど」
「神界の観測データによればフェネクスだそうじゃが?」
「フェネクスが? 何で? っていうか、どこで暴れたのよ?」
「ヨーロッパじゃ」
「テレジアに問い合せてみるわ。あ、それとフレイヤはまだ?」
「まだだそうじゃ。性格矯正は諦めたそうじゃが、今度はフレイヤが恥ずかしがっているとかでな……」
「ちょっと何を言ってるかわかんないわね……」

 何で自分と会うだけなのにそんなに恥ずかしがってるんだ、というのがアシュレイの素直な疑問だ。

「まあ、色々あるのじゃろう。おそらくじゃが、悪魔と……それもお主のような魔王クラスと会うのは初めてじゃから、大方、魔王のアレはどれくらいかとかそういうことを妄想して恥ずかしがってるんじゃろう」
「やだ可愛い。早く会いたい」
「ともあれ、さっさと問い合せてみたほうがええじゃろう。フェネクスの件じゃ」

 斉天大聖の言葉にアシュレイは頷き、懐から通信機を取り出した。
 その見た目は21世紀の日本で売っていそうな携帯電話だ。

 彼女が掛ける相手はテレジア。
 基本、雑務は全て彼女がこなしている。
 フェネクスの件を知っている可能性は高かった。 


「もしもし? テレジア? フェネクスが地上で暴れたと聞いたんだけども」

 アシュレイの言葉にテレジアは内密に処理することが失敗に終わったことを悟った。
 彼女はアシュレイに聞かれたらありのままに答えねばならない。

『アシュ様、落ち着いて聞いてください。実は……』

 そのとき、ドアが勢い良く開く音が聞こえてきた。
 テレジアはアシュレイに少し待つよう告げ、やってきた魔族に要件を尋ねた。
 彼女は叫んだ。
 それはアシュレイにも聞こえた。

『エナベラの子孫を発見しました! 髪の色、瞳の色などが記録と同じです! ただ酷い虐待を受けたようです!』

 テレジアは完全に終わったことを悟った。
 内密に処理することは失敗どころか、これでもう地上侵攻は確定となった。
 だが、テレジアは知らない。
 アシュレイの傍にストッパー役となりうる斉天大聖がいることを。

「テレジア? 総動員を掛けなさい。私は直接現地に行くわ」
「待った」

 アシュレイに斉天大聖がストップを掛けた。

「アシュレイや、別に軍はいらんじゃろう? お主が1人て行ってカタをつければ済むことじゃ」

 もっともな言葉だ。
 そもそもアシュレイの全ての軍団とアシュレイでは彼女の方が強かったりする。
 
 斉天大聖の言葉にアシュレイは数秒思案し、頷いた。
 通信機越しにテレジアが問いかける。

『アシュ様が御1人で行かれるということでよろしいですか?』
「それでいいわ。場所を教えて頂戴」


 テレジアから場所を聞いたアシュレイは通信機をしまい、立ち上がった。

「ちょっと行ってくるわ」
「くれぐれもユーラシア大陸を消さんようにな」

 斉天大聖の言葉を耳にアシュレイは転移していった。

 後に残された玉藻は何だかよくわからないが、とりあえず縁側でお昼寝しよう、とのそのそと立ち上がったのだった。















 エヴァンジェリンは魂の抜けたような、虚ろな表情であった。
 彼女は魔力封じの縄で後ろ手に縛られ、大勢の民衆の前にいた。
 彼女の近くには屈強な男達が手に武器を持ち、彼女を威嚇している。

 淡々とその罪状を読み上げるのは教会の神父でも司祭でもなく、この街の町長だ。
 教会関係者は周辺にはいない。
 いわゆる、魔女裁判で一般的な民衆法廷であった。

「魔女レイチェルに悪魔の術を教わったエヴァンジェリン・マクダウェルは魔女となった可能性が高く、検査するのは妥当である」



 エヴァンジェリンの日常が崩れたのはつい3時間前のことだ。
 10歳の誕生日の朝、彼女は街の自警団によってレイチェルと共に拘束された。
 彼女の父母はそれを助けず、ただ娘が魔女となったことを残念がっていた。
 その内心はどうであれ。

「あ……」

 エヴァンジェリンは間の抜けた声を出した。
 自分の着ていた服が無理矢理破かれたからだ。

「悪魔とみだらな行為に及んでいなければ処女である筈だ」

 町長は何もエヴァンジェリンを強姦しようとかそういうわけではない。
 これは純粋な魔女裁判の形式の一種であるのだ。
 
 しかし、この検査で実際に処女であるかどうかを確かめるのは当然男性ではない。
 彼女は裸体こそ晒しているが、10歳の少女の裸に欲情する駄目な大人は民衆の中にはいなかった。

「領主様の娘ということを加味し、母親であるソフィア様にやっていただく」

 町長の言葉にエヴァンジェリンはハッと我に返った。
 人垣の中から彼女と同じ美しい金髪のソフィアがドレス姿で出てきた。
 彼女はゆっくりとエヴァンジェリンに歩み寄り、やがて目の前にやってきた。
 そして、彼女はエヴァンジェリンの耳元で囁いた。

「さようなら。あなたは昔の私みたいで大嫌いだったわ」

 エヴァンジェリンがそれを問いただすよりも、ソフィアが叫ぶ方が早かった。

「処女ではありません! 私は今、解析の魔法で調べました!」

 魔法と公に言ってしまっているが、民衆は誰も動揺しない。
 なぜならば、魔女とされている者が使う魔法は黒魔法……いわゆる汚い魔法であり、人間達が扱う魔法は白魔法……綺麗な魔法とされているからだ。
 教会において、魔女とは主以外のものを信仰し、かつ、魔法を使う者とされていた。

『剃毛検査だけは無くしてあげるわ。どっちにしろ、あなたはもう生きられないもの』

 唐突にエヴァンジェリンの頭に響いた言葉。
 その言葉通りにソフィアは行動した。

「剃毛検査をする必要はありません。解析魔法で調べましたので」
「ご協力感謝致します。私としてもご息女が魔女となってしまったことに残念でなりません」

 町長は悲痛な表情でそう言うが、ソフィアは首を横に振る。

「終わってしまったことは仕方がありません。如何に娘であっても、心を鬼にしなければ……」

 ソフィアはそう言い、そそくさとその場から去っていった。

「では針検査を始めよう」

 数人の女性がエヴァンジェリンの下へやってきた。
 彼女達の手には小さな針。
 エヴァンジェリンは恐怖に怯える。
 針検査とは全身を針で刺し、痛みの無い箇所を探すことだ。
 魔女は悪魔と契約を結んだ際、印などが体に残るとされていた。
 魔女であるという決定的な証拠にはならないが、そんな箇所が見つかれば不利なものであることに間違いはない。

 多くの魔族が聞いたら何で契約者にそんな証拠を残すんだと疑問に思うが、この時代の人間達の間ではそういうものとされていたから仕方がなかった。
 何故ならば彼らは契約者の魔力の波長を記憶し、その魂に印をつける。
 肉体に印をつけたとしても、もし願いを叶える前に契約者が死んでしまったら悪魔側の契約不履行で魂を得られないからだ。





「待った!」

 しかし、寸前で助けが入った。
 人垣を押し分けてやってきたのは教会の司祭。
 町長は突然のことに驚きつつも声を掛けた。

「司祭様、どうされたのですか?」
「その者を罰することは罷りならん。彼女の身柄は教会が預かる」

 民衆の間でどよめきが起こった。
 民衆法廷に教会が介入することは極めて稀であったからだ。

「魔女レイチェルは既に刑が執行された。だが、崇拝していた悪魔について分からなかったのだ。その弟子である者ならばあるいは知っているやもしれん。教会は主の御力を借り、その悪魔を滅するつもりだ」

 司祭はそう言い放った。
 その言葉にエヴァンジェリンは放心してしまった。
 レイチェルが死んだ、という重い事実が彼女にのしかかる。

 町長としても教会に逆らうつもりは全然無く、また民衆にも異を唱える者はいない。
 教会の教えは正しい、と信じきっているからだ。


 エヴァンジェリンは放心状態のまま、教会の聖堂騎士団によってその身柄を別の場所へと移されることになった。
 その際、彼女は魔力封じの縄を解かれ、代わりに魔力封じの腕輪をすることとなった。












 エヴァンジェリンはマクダウェル家領内にある教会から転移魔法陣によって、一瞬で遠く離れたとある城に来ていた。
 初めての転移魔法に感動する暇もなく、城の地下に設けられた広大な実験場に連れていかれた。
 司祭は城に着くなりどこかへと行ってしまい、彼女を案内したのは屈強な兵士達だ。
 そして、エヴァンジェリンは見た。

「レイチェル!?」

 裸にされたレイチェルがベッドのような台の上に横たわっていた。
 その四肢は手錠でもって台に固定されている。
 薬か何かで彼女は眠っているようだ。

「やぁ、初めましてかな? エヴァンジェリン」

 にこやかに挨拶をしてきた男がいた。
 やや痩せ、頭髪には白いものが混じっているその男をエヴァンジェリンは見たことがなかった。

「……誰?」
「こうして会うのは初めてだったね。私はグレゴール・マクダウェルだ。君の叔父にあたる」
「その叔父が何で?」
「私は吸血鬼について研究をしていてね。あそこにいる魔女の体に何かヒントはないかと調べていたのだよ。ああ、彼女は君も知っている通りに公式には死亡しているので安心してくれ」

 何をどう安心すればいいのか、エヴァンジェリンにはさっぱりだったが、聡明な彼女には先ほどの教会の司祭がどうして自分を助けたのか、想像がついた。

「教会が協力しているの?」
「如何にも。主の教えに反してはいるが、これは致し方ないことでもある」
「どちらにせよ、吸血鬼を作り出そうなんて不可能だわ」

 エヴァンジェリンの言葉にグレゴールは薄気味の悪い笑みを浮かべる。

「だが、術式は完成してしまったのだよ。光や闇などの属性精霊ではなく、時の精霊の力を借りることでね」
「時の精霊……?」
「色々と問題はあったが、それら全ては解決した。というわけで、吸血鬼の第一号として君になってもらいたい」
「待って。最後に一つだけ……あなたの目的は何? 教会が私利私欲で動く輩に協力するわけがないわ」

 エヴァンジェリンの問いにグレゴールは思わず感心する。
 そして、彼女ならばきっとわかってくれる筈だ、と確信した。

「これは教会上層部しか知らないことだが……人類を悪魔から守る為だ。遙か太古に主と悪魔の間で戦争が起こり、それに神が勝利した。だが、悪魔は諦めてはいない。人間を惑わし、再び主へ牙を向くだろう。私は君がその原因となっている悪魔を退治してくれることを願う」

 毒をもって毒を制す、そのやり方であった。
 しかし、その毒となる人物からすればたまったものではない。

「でも私はその大勢の人間に魔女にされた! 教会はあの場で身柄を預かるとは言ったけど、私が魔女ではないと言わなかった! 私は魔女のままだ!」
「必要悪なのだ。分かって欲しい」
「嫌よ! レイチェルと私をここから出して!」

 暴れるエヴァンジェリンを兵士達が押さえつける。

「エヴァンジェリン、これはしょうがないことだ。君は私よりも魔力がある。君がなれば強大な悪魔に対抗できるだろう」
「なんで私が見ず知らずの人間を助けないといけないの!? 会ったこともない人を!」
「では君は人間が悪魔により惑わされ、その結果、ヨハネ黙示録のようなことになってもいいのかね?」

 エヴァンジェリンはさすがに黙らざるを得なかった。
 人類の未来と自分の身、大人であっても判断に困ることを、わずか10歳の彼女が判断できる筈がない。

「……残酷な話だが」

 グレゴールは沈黙するエヴァンジェリンにそう切り出した。

「君は私に売られたのだよ。はした金でな。君の父親も母親も君が生きていることを望んではいない。1歳になったばかりの君の弟にその愛情を全て注ぐだろう」

 そこで一度言葉を切り、彼は彼女の反応を見つつ、更に言葉を続ける。

「君は人間のままでは居場所がない。だが、吸血鬼になれば私は勿論、教会全体が君に協力する。そして、君は悪魔退治に奔走することになるだろう」

 エヴァンジェリンは顔を俯かせ、肩を震わせる。
 そして、彼女は尋ねた。

「レイチェルは……結局魔女だったの?」
「魔女だ。彼女がどういう悪魔を崇拝しているかは知らないが……もっとも、彼女には同情すべき点が多い」
「どういうこと?」

 エヴァンジェリンの問いにグレゴールは頷き、彼が調べた限りでわかったことを話した。
 残酷なことも含めて全てを。


 全てを聞いた後、エヴァンジェリンはただ一言、グレゴールに告げた。
 レイチェルと2人っきりで話をさせて欲しい、と。
 彼はその要望を承諾し、実験場から出て行った。


 エヴァンジェリンはレイチェルに駆け寄り、彼女の体を揺さぶる。
 数秒と経たずに彼女は目を覚まし、エヴァンジェリンをその瞳に捉えた。

「……お嬢様」

 レイチェルの声にエヴァンジェリンはホッと胸をなで下ろす。

「レイチェル、私の叔父のグレゴールからあなたのことは全部聞いたの」

 その言葉にレイチェルは目を見開く。
 彼女が何かを言うよりも早く、エヴァンジェリンは更に言葉を続けた。

「正直、ショックだった。でも、あなたが悪魔信仰者であったことよりも、過去、あなたがされたことのほうがよっぽどショックだったわ」

 エヴァンジェリンは優しくレイチェルの頬を撫でる。
 その感触に彼女は心地良さを感じてしまう。

「私はもう人間なんて信じられない。同じように彼らが崇拝する神も信じられない。だから教えて欲しいの。あなたが信仰している悪魔はそうするに値するの?」

 エヴァンジェリンの問いにレイチェルは逡巡せずに答えた。

「そうするに値します。私は……ソドムとゴモラの末裔なのです」

 今度はエヴァンジェリンが驚く番であった。
 ソドムとゴモラがどうして滅びたかは彼女も知っている。
 全知全能である神の制裁を受け、生き残っている者がいるとは夢にも思わなかった。

「私達が信仰している御方は今でこそ悪魔とされていますが、元々は女神でした」

 エヴァンジェリンは息を飲む。
 彼女は今、自分が歴史の真実を知ろうとしていることに気がついていた。

「その名は……?」
「イシュタル様……今はアシュタロスと呼ばれている御方です」
「アシュタロス!? あの恐怖公が!?」

 思わず叫んでしまった。

「あの方はとてもお優しい方です。ソドムとゴモラに恵みをもたらし、争いはなく、皆笑顔でした」

 レイチェルの言葉にエヴァンジェリンは驚きつつも、疑問を口にする。

「なぜ、あなたが優しいと知っているの? ソドムとゴモラがあったのはもう数千年も昔よ?」
「私の一族に伝わる記憶再生魔法です。これにより、母から子へ脈々とソドムとゴモラの記憶、そしてアシュ様の記憶が受け継がれています」
「待って。ということは聖書とかに出てくる悪魔や神は実在するの? 低級の悪魔ならいるって聞いているけど……」

 エヴァンジェリンの問いは人類の誰もが知りたがること。
 レイチェルは静かに、告げた。

「実在します。アシュ様はキリスト教の神と天使だけではなく、様々な神話や宗教に出てくる神や悪魔は全て実在する、と仰っています」
「……人間って結構危ういところにいるような……」

 そのとき、扉が開いた。
 グレゴールが鬼気迫る顔でこちらへと歩み寄ってくる。
 エヴァンジェリンはレイチェルを庇おうとするが、彼は彼女を振り払い、レイチェルに怒鳴った。
 彼は盗み聞きをしていたのだ。

「そんな馬鹿な話があるか!」
「馬鹿な話も何も事実です」

 冷静にそう言ったグレゴールは唸り声を上げ、エヴァンジェリンに目を向ける。

「予定が多少早まったが構わん。そんな危ういバランスならば今すぐにでもお前を吸血鬼とし、人類の戦力とせねば」

 こい、とエヴァンジェリンを引っ張り、グレゴールは実験場を後にしようとする。
 そんな彼にレイチェルは告げた。

「気をつけることです。もうあの御方はすぐ傍に。私を助け、人間に破滅をもたらしにやってきます」
「この城はただの城ではない。準備は万端だ……何も問題はない」

 彼はまるで自分に言い聞かせるようにそう返した。
 そして、部屋の外にいた兵士達にレイチェルを台から外し、とある場所まで連れてくるよう命じた。












「ちょっと探したけど、ここがそうっぽいわね」

 アシュレイは天空よりその城を見下ろしていた。

 彼女はマクダウェル家領内の教会に転移魔法陣があることを発見し、目的地に出現する際に起こる空間の歪みを目印として、四方八方に解析魔法を飛ばすことでそれを感知。
 ようやく探し当てることに成功した。

 

 城を取り囲んでいるのは上から見てようやく分かる五芒星の形をした城壁。
 それが五重あり、さらに城壁内には教会とおぼしき尖塔が5つ見える。

「人間も考えたわね。五芒星陣の重ねがけによる多重結界なんて……並の悪魔なら結界に当たった瞬間に浄化されちゃう」

 だが、とアシュレイは続ける。

「この私からすれば何の問題もない」

 彼女はその手に魔力を圧縮し、数cm程の弾丸を形成する。
 そして、それを眼下の城壁へと投げつけた。

 高速でそれは落ちていき、やがてケシ粒よりも小さくなり……瞬間、膨大な閃光が生じた。
 巨大な火球が眼下の城壁とそして、城壁内にあった街の一部を飲み込んでいく。
 アシュレイに衝撃波が届くが、彼女の張り巡らせる結界により、ただのそよ風程度にまで威力が減衰される。

「よしよし、狙い通り城は大丈夫ね」 

 中央に位置している城は衝撃波により、幾分崩れてはいるものの、原型は十分に残っている。
 アシュレイの言った通り、城は地震のような揺れこそ感じたが、内部に被害は殆ど無かった。
 対する城下町と城壁の被害は甚大であり、およそ3割が更地と化していた。

 そして、アシュレイはゆっくりと翼をはためかせ、城へ向かって飛び始める。




 時に1378年6月6日。
 この日、人類の前に初めて魔王が姿を現したとして歴史に刻まれることとなった。

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