「これが殺生石かー」
じーっと見つめるアシュレイ。
彼女の視線の先には巨大な岩が鎮座している。
その岩からは有毒な瘴気が吹き出し、生物や植物の命を容赦なく奪うのだが、アシュレイにはそんなもの関係ない。
なんで彼女がここまでやってきたかというと……その理由は言うまでもないが、白面金毛九尾の狐をペットとして飼おうと思ったからだ。
また、その狐は人の姿になれば絶世の美女であるらしいのでアシュレイ的にはまさに一石二鳥。
「んー」
アシュレイが殺生石をぺたぺたと触り、どうしてこうなっているのかを軽く解析魔法をかけてみる。
数秒と経たずに結果が出た。
それによれば失った魔力――妖怪であることから正確には妖力――を取り戻す為に大地や大気中から細々と魔力を吸い取っているようだ。
その吸収速度はアシュレイですら解析魔法を使わねば感知できない程に僅かなものだ。
史実によればこれから数年後に玄翁和尚によって破壊されることになる。
「これなら単純に私の魔力を注げばいいわね」
一気に注ぐと壊れかねないので、それなりに加減してアシュレイは魔力を注ぎ始めた。
気分はまさに赤ちゃんに離乳食をミルクを飲ませているようなもの。
ちなみにだが、彼女には人間であったときも、魔族となった後も子供はいない。
魔族となった後は相手は山ほどいる。
だが、子供ができてしまうと、生まれるまでとある場所を子供に占有されてしまい、アシュレイ自身が楽しめない。
そんな理由で彼女には子供がいなかった。
そんなこんなで注ぐこと約5分。
殺生石にヒビが入った。
それから急速にヒビは殺生石全体に広がり、やがて完全に割れた。
割れた後、そこにいたのは大きな狐であった。
黄金のような体毛、純白の顔、その瞳は紅く、尾は九つ。
「……でか」
アシュレイは綺麗とか何よりもまずその大きさに驚いた。
だいたい狐の体長は1m前後。
だが、目の前にいる九尾狐は5mは優に超えている。
『何者じゃ』
アシュレイの頭に響いた声は若い女のもの。
「白面金毛九尾狐で間違いないかしら?」
『如何にも。見たところ、そなたは妖……それも、西洋のもののようだが……?』
「そうよ。で、私はあなたをペットにしたいと思ったの。蘇らせてあげたんだからペットになりなさい」
瞬間、狐が哂った。
『何を馬鹿なことを。妾をそなたのような小物がペットにするじゃと?』
予想通りの展開にアシュレイはほくそ笑む。
彼女は敢えて自らの魔力を抑えこみ、最低限のレベルにしている。
その理由はとても簡単だ。
弱いと思っていた輩が実は強かったとき、手を出した相手に与える精神的衝撃たるや凄まじい。
それにより人間界では最強クラスの妖怪である九尾を精神的に落としてしまおう、という魂胆だ。
三文芝居もいいところだが、九尾としてもプライドというものがある。
そのプライドを打ち砕く為に仕方がないことであった。
「そうよ。とりあえず、お手」
『死にたいらしいな、小娘』
「そういう口を聞けるのは今のうちよ。そら、もっと言っておきなさい」
『ふざけるな! 我が術の前に滅ぶがいい!』
瞬間、九尾の尻尾に魔力が集まる。
収束したそれは白い炎となってアシュレイ目がけてとんできた。
アシュレイはその炎を見て、そういえば天照大御神とラーが使ってきたのも似たような色の炎だったな、と呑気に思う。
勿論、九尾の……言ってしまえばたかが九尾の炎がそんな馬鹿げた威力があったりはしない。
白い炎に包まれたアシュレイを見、九尾は踵を返す。
魔力は全開だとはいえ、蘇ったことを知られ、人間達に余計な手出しをされるのもつまらん。
しばらくはどこか静かな場所でのんびりしよう……
そう彼女は考えた。
「飼い主を置いてどこに行くのかしら?」
その声に思わず九尾は振り返った。
そして、驚愕した。
アシュレイは無傷で……それも服に煤すらもついていなかった。
「あなた程度の炎で私を燃やそうとするなんて……」
くすくすと笑うアシュレイ。
そこに九尾は再び炎を放つ。
今度は先ほどとは違い、その魔力の大半を込めた全力の一撃。
巨大な白い火球がアシュレイに放たれる。
「もうそれは見飽きたわ」
アシュレイがそう告げれば、その火球は彼女の目前で停止する。
そして、急速に萎んでいき、やがて消えた。
『なん、じゃと……』
九尾は今、起こった事象が信じられなかった。
一見、何もされていないように見えるが、彼女には感知できた。
『馬鹿な! そんなことは妾にもできん! 時間を停止するだけではなく、進めるなど!』
アシュレイは再び笑う。
そして、九尾へと駆けた。
九尾の視界からアシュレイの姿が掻き消えた瞬間、彼女の体は巨大なハンマーで殴られたかのように吹き飛ばされていた。
周囲にあった岩石に突っ込むが、それを破壊し、彼女は更に飛んでいく。
そして、数十の岩石を砕いたところで九尾はようやく止まった。
『あ、ぐ……』
彼女は痛みを堪え、横たえた自分の体に視線をやる。
やられた箇所から体がちぎれてもおかしくはなかった衝撃であり、骨は完全に砕けているが、どうにか体は繋がっていた。
それだけで済んだのは幸いかもしれない。
それをやった輩はいつのまにか彼女の前に立っていた。
九尾はアシュレイへと視線を向ける。
その視線にアシュレイは呟く。
「まだちょっと反抗的ね。ペットを飼うときに大切なのは、舐められないようにする為に上下関係を教えることよね」
『そなたは何者じゃ!』
九尾は叫んだ。
自分をこんな風に手玉に取る輩は多くはない。
「ん? ああそういえば言ってなかったっけ」
瞬間、アシュレイは抑えていた魔力を解放した。
魔力の巨大さに地響きが起こり、強風が吹き荒れる。
世界が戦慄した。
その様に満足しつつ、アシュレイは告げた。
「私はアシュタロス。地獄の魔王よ」
九尾は目を見開くと同時に体をガタガタと震わせる。
洋の東西を問わず、数々の神話や宗教に登場している強大な悪魔であり、地獄の大幹部。
九尾などの妖怪達だけではなく、人間達すらも知っていた。
そんな存在に、九尾でしかない彼女が勝てるわけがなかった。
故に彼女はとりあえず謝ることにする。
『あ、あの……その……ごめんなさい……』
痛む体を我慢して、姿勢を正し、頭を下げた。
「駄目、許してあげない。この私に楯突いたことに敬意を称して……ペットになりたいって言うまで殴るのを止めない」
『ペットにしてください! お願いします!』
「駄目、誠意が無い」
無慈悲にアシュレイはそう返した。
手加減が難しいので彼女は九尾を回復させてから殴った。
そして、九尾は泣きながらペットにしてください、と告げるも、反抗的だから、という理由で再び回復させられた後に殴られた。
アシュレイの目的が九尾をペットにするというものであるから、こういう風になっているが、これがもし人間であったらどうなるか想像に難くない。
性格が悪い彼女のことであるから、敢えてか弱な少女の振りをして男を惑わし、拒否して男がしつこくしたり、乱暴しようとした瞬間に全力でぶちのめしに掛かるだろう。
勿論、男の命なんてものはアシュレイにとっては考慮外である。
両性具有で、おまけに女に生やせるから男なんていらないし、という考えの彼女。
生物としてとても正しいが、排斥される男達からすればたまったものではない。
アシュレイが将来、人類から男を消し去ろうとかそういう目的で動かないという保障はないのだ。
『お、お願いします……妾は哀れな狐です……あなたのペットにしてください……寂しいのじゃ……』
「そんなに私のペットになりたいならならせてあげるわ」
戦闘ともいえない一方的なイジメが始まって20分。
ようやく九尾はアシュレイにペットとなることを許された。
色々やっておいて随分とアレな言い方であるが、魔王であるから仕方がない。
「とりあえず、人間になりなさい」
アシュレイの指示に九尾は変化する。
そして、アシュレイは喜色満面となった。
美しい金色の髪、シミひとつない白い肌、大きな胸、端正な顔……
「ど、どうじゃ? 満足してくれたかの?」
敬語ではないが、そんなことを気に留めないくらいにアシュレイは目の前の裸体に集中していた。
アシュレイからの返事がなく、ただ見つめられている九尾はさすがに恥ずかしいのは顔を俯かせる。
しかし、自らの体を隠したりはしない。
そんなことをすればどんなことをされるかわかったものではなかった。
「名前は玉藻でいいわね。よし、玉藻。早速やるわ」
アシュレイの決定に逆らえない九尾……玉藻は頷くしかなかった。
だが、これで玉藻は完全に落ちてしまうことになる。
その理由はアシュレイのテクニックと、強い雄に精をもらい、子をなそうとする雌としての本能だ。
結果を見ればアシュレイのところにまた1人、女が加わったというだけであった。
一方その頃――
「お嬢様は天才です」
レイチェルはエヴァンジェリンを絶賛した。
彼女がエヴァンジェリンに魔法を教え始めてはや2年。
たった2年でもう中級魔法を使えるレベルに達してしまったのだ。
エヴァンジェリンは誕生日を間近に控えているので、年齢的にはわずか9歳でそのレベルであった。
それを知り、彼女の父親や母親はこれ以上ないくらいに嘆いた。
生まれた弟もそれなりの資質を持っているのだが、エヴァンジェリンの存在があまりにも大きすぎた。
「えへへ」
人に褒められるという経験がないエヴァンジェリンははにかんでしまう。
その様子にレイチェルは微笑み、新たな課題を告げる。
エヴァンジェリンはすぐさまその課題に取り掛かった。
彼女は魔法の勉強が何よりも楽しかった。
エヴァンジェリンが課題に取り組んでいるのを見守りつつ、レイチェルは考える。
最近のきな臭い雰囲気に。
ここ数ヶ月、教会の司祭だかが、エヴァンジェリンの父に会いに結構な頻度でやってきているのだ。
また、最近ではエヴァンジェリンの叔父だかが教会の者と共にやってきた。
性欲処理をしているときに下男に聞けば、何でもエヴァンジェリンの叔父は高名な魔法使いらしく、吸血鬼について研究しているらしい。
伝承の存在でしかない吸血鬼だが、もしそれになれるのならば誰でもなろうとする。
日光などに弱いなど弱点もあるが、それらを補っても不老不死は魅力的だ。
レイチェルはある結論を出していた。
教会の一部が叔父と結託して、吸血鬼を研究している。
そして、その被験者としてエヴァンジェリンと自分を欲している、と。
絶体絶命であるが、レイチェルは諦めていない。
彼女は下男共から色々と聞き出していた。
その中に遠方の街が悪魔に滅ぼされたというものがあった。
その街はレイチェルも知っていた。
魔法使いのギルドのようなものがあり、また教会の独自戦力である聖堂騎士団の駐屯地もあった。
そんなところを潰せるのは上位悪魔であることは確定だろう。
つまり、アシュレイである可能性があった。
「アシュ様……私はここです」
レイチェルは小声で呟いた。
エヴァンジェリンはその声に何か言った、と視線を向けてくるが、レイチェルは首を横に振る。
彼女は自分がいわゆる悪魔信仰者である、とエヴァンジェリンには告げていない。
だが、もしレイチェルが出した結論が正しかったならば、彼女はアシュレイに頼んでエヴァンジェリンを助けてもらうつもりだ。
その際に発覚してしまう。
ならば早いうちから教えておいた方がショックが少ない……
だが、今教えて、エヴァンジェリンが自分とはいられない、と言われる可能性もあった。
レイチェルとしてはこの可愛らしい妹みたいな存在にそう言われたくはない。
エヴァンジェリンに情が湧いてしまったのだ。
そんなレイチェルの葛藤を知らず、エヴァンジェリンは黙々と課題に取り組んでいたのだった。
じーっと見つめるアシュレイ。
彼女の視線の先には巨大な岩が鎮座している。
その岩からは有毒な瘴気が吹き出し、生物や植物の命を容赦なく奪うのだが、アシュレイにはそんなもの関係ない。
なんで彼女がここまでやってきたかというと……その理由は言うまでもないが、白面金毛九尾の狐をペットとして飼おうと思ったからだ。
また、その狐は人の姿になれば絶世の美女であるらしいのでアシュレイ的にはまさに一石二鳥。
「んー」
アシュレイが殺生石をぺたぺたと触り、どうしてこうなっているのかを軽く解析魔法をかけてみる。
数秒と経たずに結果が出た。
それによれば失った魔力――妖怪であることから正確には妖力――を取り戻す為に大地や大気中から細々と魔力を吸い取っているようだ。
その吸収速度はアシュレイですら解析魔法を使わねば感知できない程に僅かなものだ。
史実によればこれから数年後に玄翁和尚によって破壊されることになる。
「これなら単純に私の魔力を注げばいいわね」
一気に注ぐと壊れかねないので、それなりに加減してアシュレイは魔力を注ぎ始めた。
気分はまさに赤ちゃんに離乳食をミルクを飲ませているようなもの。
ちなみにだが、彼女には人間であったときも、魔族となった後も子供はいない。
魔族となった後は相手は山ほどいる。
だが、子供ができてしまうと、生まれるまでとある場所を子供に占有されてしまい、アシュレイ自身が楽しめない。
そんな理由で彼女には子供がいなかった。
そんなこんなで注ぐこと約5分。
殺生石にヒビが入った。
それから急速にヒビは殺生石全体に広がり、やがて完全に割れた。
割れた後、そこにいたのは大きな狐であった。
黄金のような体毛、純白の顔、その瞳は紅く、尾は九つ。
「……でか」
アシュレイは綺麗とか何よりもまずその大きさに驚いた。
だいたい狐の体長は1m前後。
だが、目の前にいる九尾狐は5mは優に超えている。
『何者じゃ』
アシュレイの頭に響いた声は若い女のもの。
「白面金毛九尾狐で間違いないかしら?」
『如何にも。見たところ、そなたは妖……それも、西洋のもののようだが……?』
「そうよ。で、私はあなたをペットにしたいと思ったの。蘇らせてあげたんだからペットになりなさい」
瞬間、狐が哂った。
『何を馬鹿なことを。妾をそなたのような小物がペットにするじゃと?』
予想通りの展開にアシュレイはほくそ笑む。
彼女は敢えて自らの魔力を抑えこみ、最低限のレベルにしている。
その理由はとても簡単だ。
弱いと思っていた輩が実は強かったとき、手を出した相手に与える精神的衝撃たるや凄まじい。
それにより人間界では最強クラスの妖怪である九尾を精神的に落としてしまおう、という魂胆だ。
三文芝居もいいところだが、九尾としてもプライドというものがある。
そのプライドを打ち砕く為に仕方がないことであった。
「そうよ。とりあえず、お手」
『死にたいらしいな、小娘』
「そういう口を聞けるのは今のうちよ。そら、もっと言っておきなさい」
『ふざけるな! 我が術の前に滅ぶがいい!』
瞬間、九尾の尻尾に魔力が集まる。
収束したそれは白い炎となってアシュレイ目がけてとんできた。
アシュレイはその炎を見て、そういえば天照大御神とラーが使ってきたのも似たような色の炎だったな、と呑気に思う。
勿論、九尾の……言ってしまえばたかが九尾の炎がそんな馬鹿げた威力があったりはしない。
白い炎に包まれたアシュレイを見、九尾は踵を返す。
魔力は全開だとはいえ、蘇ったことを知られ、人間達に余計な手出しをされるのもつまらん。
しばらくはどこか静かな場所でのんびりしよう……
そう彼女は考えた。
「飼い主を置いてどこに行くのかしら?」
その声に思わず九尾は振り返った。
そして、驚愕した。
アシュレイは無傷で……それも服に煤すらもついていなかった。
「あなた程度の炎で私を燃やそうとするなんて……」
くすくすと笑うアシュレイ。
そこに九尾は再び炎を放つ。
今度は先ほどとは違い、その魔力の大半を込めた全力の一撃。
巨大な白い火球がアシュレイに放たれる。
「もうそれは見飽きたわ」
アシュレイがそう告げれば、その火球は彼女の目前で停止する。
そして、急速に萎んでいき、やがて消えた。
『なん、じゃと……』
九尾は今、起こった事象が信じられなかった。
一見、何もされていないように見えるが、彼女には感知できた。
『馬鹿な! そんなことは妾にもできん! 時間を停止するだけではなく、進めるなど!』
アシュレイは再び笑う。
そして、九尾へと駆けた。
九尾の視界からアシュレイの姿が掻き消えた瞬間、彼女の体は巨大なハンマーで殴られたかのように吹き飛ばされていた。
周囲にあった岩石に突っ込むが、それを破壊し、彼女は更に飛んでいく。
そして、数十の岩石を砕いたところで九尾はようやく止まった。
『あ、ぐ……』
彼女は痛みを堪え、横たえた自分の体に視線をやる。
やられた箇所から体がちぎれてもおかしくはなかった衝撃であり、骨は完全に砕けているが、どうにか体は繋がっていた。
それだけで済んだのは幸いかもしれない。
それをやった輩はいつのまにか彼女の前に立っていた。
九尾はアシュレイへと視線を向ける。
その視線にアシュレイは呟く。
「まだちょっと反抗的ね。ペットを飼うときに大切なのは、舐められないようにする為に上下関係を教えることよね」
『そなたは何者じゃ!』
九尾は叫んだ。
自分をこんな風に手玉に取る輩は多くはない。
「ん? ああそういえば言ってなかったっけ」
瞬間、アシュレイは抑えていた魔力を解放した。
魔力の巨大さに地響きが起こり、強風が吹き荒れる。
世界が戦慄した。
その様に満足しつつ、アシュレイは告げた。
「私はアシュタロス。地獄の魔王よ」
九尾は目を見開くと同時に体をガタガタと震わせる。
洋の東西を問わず、数々の神話や宗教に登場している強大な悪魔であり、地獄の大幹部。
九尾などの妖怪達だけではなく、人間達すらも知っていた。
そんな存在に、九尾でしかない彼女が勝てるわけがなかった。
故に彼女はとりあえず謝ることにする。
『あ、あの……その……ごめんなさい……』
痛む体を我慢して、姿勢を正し、頭を下げた。
「駄目、許してあげない。この私に楯突いたことに敬意を称して……ペットになりたいって言うまで殴るのを止めない」
『ペットにしてください! お願いします!』
「駄目、誠意が無い」
無慈悲にアシュレイはそう返した。
手加減が難しいので彼女は九尾を回復させてから殴った。
そして、九尾は泣きながらペットにしてください、と告げるも、反抗的だから、という理由で再び回復させられた後に殴られた。
アシュレイの目的が九尾をペットにするというものであるから、こういう風になっているが、これがもし人間であったらどうなるか想像に難くない。
性格が悪い彼女のことであるから、敢えてか弱な少女の振りをして男を惑わし、拒否して男がしつこくしたり、乱暴しようとした瞬間に全力でぶちのめしに掛かるだろう。
勿論、男の命なんてものはアシュレイにとっては考慮外である。
両性具有で、おまけに女に生やせるから男なんていらないし、という考えの彼女。
生物としてとても正しいが、排斥される男達からすればたまったものではない。
アシュレイが将来、人類から男を消し去ろうとかそういう目的で動かないという保障はないのだ。
『お、お願いします……妾は哀れな狐です……あなたのペットにしてください……寂しいのじゃ……』
「そんなに私のペットになりたいならならせてあげるわ」
戦闘ともいえない一方的なイジメが始まって20分。
ようやく九尾はアシュレイにペットとなることを許された。
色々やっておいて随分とアレな言い方であるが、魔王であるから仕方がない。
「とりあえず、人間になりなさい」
アシュレイの指示に九尾は変化する。
そして、アシュレイは喜色満面となった。
美しい金色の髪、シミひとつない白い肌、大きな胸、端正な顔……
「ど、どうじゃ? 満足してくれたかの?」
敬語ではないが、そんなことを気に留めないくらいにアシュレイは目の前の裸体に集中していた。
アシュレイからの返事がなく、ただ見つめられている九尾はさすがに恥ずかしいのは顔を俯かせる。
しかし、自らの体を隠したりはしない。
そんなことをすればどんなことをされるかわかったものではなかった。
「名前は玉藻でいいわね。よし、玉藻。早速やるわ」
アシュレイの決定に逆らえない九尾……玉藻は頷くしかなかった。
だが、これで玉藻は完全に落ちてしまうことになる。
その理由はアシュレイのテクニックと、強い雄に精をもらい、子をなそうとする雌としての本能だ。
結果を見ればアシュレイのところにまた1人、女が加わったというだけであった。
一方その頃――
「お嬢様は天才です」
レイチェルはエヴァンジェリンを絶賛した。
彼女がエヴァンジェリンに魔法を教え始めてはや2年。
たった2年でもう中級魔法を使えるレベルに達してしまったのだ。
エヴァンジェリンは誕生日を間近に控えているので、年齢的にはわずか9歳でそのレベルであった。
それを知り、彼女の父親や母親はこれ以上ないくらいに嘆いた。
生まれた弟もそれなりの資質を持っているのだが、エヴァンジェリンの存在があまりにも大きすぎた。
「えへへ」
人に褒められるという経験がないエヴァンジェリンははにかんでしまう。
その様子にレイチェルは微笑み、新たな課題を告げる。
エヴァンジェリンはすぐさまその課題に取り掛かった。
彼女は魔法の勉強が何よりも楽しかった。
エヴァンジェリンが課題に取り組んでいるのを見守りつつ、レイチェルは考える。
最近のきな臭い雰囲気に。
ここ数ヶ月、教会の司祭だかが、エヴァンジェリンの父に会いに結構な頻度でやってきているのだ。
また、最近ではエヴァンジェリンの叔父だかが教会の者と共にやってきた。
性欲処理をしているときに下男に聞けば、何でもエヴァンジェリンの叔父は高名な魔法使いらしく、吸血鬼について研究しているらしい。
伝承の存在でしかない吸血鬼だが、もしそれになれるのならば誰でもなろうとする。
日光などに弱いなど弱点もあるが、それらを補っても不老不死は魅力的だ。
レイチェルはある結論を出していた。
教会の一部が叔父と結託して、吸血鬼を研究している。
そして、その被験者としてエヴァンジェリンと自分を欲している、と。
絶体絶命であるが、レイチェルは諦めていない。
彼女は下男共から色々と聞き出していた。
その中に遠方の街が悪魔に滅ぼされたというものがあった。
その街はレイチェルも知っていた。
魔法使いのギルドのようなものがあり、また教会の独自戦力である聖堂騎士団の駐屯地もあった。
そんなところを潰せるのは上位悪魔であることは確定だろう。
つまり、アシュレイである可能性があった。
「アシュ様……私はここです」
レイチェルは小声で呟いた。
エヴァンジェリンはその声に何か言った、と視線を向けてくるが、レイチェルは首を横に振る。
彼女は自分がいわゆる悪魔信仰者である、とエヴァンジェリンには告げていない。
だが、もしレイチェルが出した結論が正しかったならば、彼女はアシュレイに頼んでエヴァンジェリンを助けてもらうつもりだ。
その際に発覚してしまう。
ならば早いうちから教えておいた方がショックが少ない……
だが、今教えて、エヴァンジェリンが自分とはいられない、と言われる可能性もあった。
レイチェルとしてはこの可愛らしい妹みたいな存在にそう言われたくはない。
エヴァンジェリンに情が湧いてしまったのだ。
そんなレイチェルの葛藤を知らず、エヴァンジェリンは黙々と課題に取り組んでいたのだった。