地球崩壊の危機……か?

「筋がいい……のは当たり前かのぉ」

 そう言いつつ、斉天大聖はキセルを吹かす。
 彼の視線の先には教えられた通りに体を動かしている1人の少女の姿。
 ただの少女では勿論ない。

「次はもうちっと複雑な型じゃ。さっき教えた24番目のヤツじゃ」
「はーい」

 気の抜けた返事をするアシュタロスこと、アシュレイであるが、斉天大聖は咎めもしない。
 なぜならば、立場的には彼女の方が上であるからだ。
 本来なら神族の拠点である妙神山にアシュレイがいるのには勿論理由があった。

 表向きの理由としては神族と魔族のデタントの象徴兼妙神山にいた方が結婚式の日程などについて詰めやすい為。
 本当の理由は新たにアシュレイの下に加わった下級鬼神、陣風が原因であった。
 彼女は刀を扱う。
 それを振るい、フェネクスと鍛錬しているところを目撃したアシュレイはカッコイイ、と一目惚れし、そのまま妙神山にやってきていたのだ。
 勿論、アポ無しであり、神界・魔界を色々な意味で大混乱に陥れたのだが、最終的には表向きの理由がでっち上げられ、滞在許可が下りていた。
 アシュタロス怒らせたら怖いもん、というのが神界・魔界上層部の共通見解だ。
 恐怖公の異名は伊達ではない。

「老師」

 その声と共に小竜姫が現れた。

「あの娘はどうじゃった?」

 老師――斉天大聖はアシュレイから目を離さずに問いかける。

「はい。さすがは羅刹なだけあってその剣は非常に巧みです」
「じゃろうな」

 ここに来ていたのはアシュレイだけではなかった。
 陣風もまた一緒についてきていたのだ。
 これはテレジア達の配慮であり、アシュレイと多く触れ合ってその偉大さなどを一身に感じてもらいたいというもの。
 もっとも、肉体的な意味での偉大さを陣風は既に知っているのだが。

「しかし、老師。アシュタロス様は何と言うか……凄いですね」

 小竜姫もまた斉天大聖と同じようにアシュレイへと視線をやっていた。
 彼女の目から見ても、アシュレイの動きは既に熟練した者のそれであった。

「あやつは頭の良さが半端ではないからのぅ。でなければ魔神兵に鬼神兵などの凶悪なシロモノを作ったりはできん」

 神族たちは先の大戦で最後の最後に出てきて膨大な出血を強いた魔神兵とその護衛の鬼神兵を数体、神界へと運んでいた。
 そして詳しく調査し、その性能のとんでもなさと量産性の良さに調査官は驚愕した。

 何しろ、不意を突けば理論的に主神を撃破できるだけの攻撃力を備えているからだ。
 神界にもそれだけの攻撃力を出せる兵器は存在するが、それは艦船搭載の主砲などであり、魔神兵のようにリモートコントロールができるものではない。

「ですが、あそこまで簡単にやられるとこちらの立つ瀬がないですよ……」

 小竜姫は虚しいものを感じていた。
 彼女が膨大な時間を掛けて積み上げてきたものをあっという間に超えてしまうアシュレイに。

「お主はお主のペースで頑張ればそれでいいんじゃよ。というか、魔王クラスと張り合おうというのが間違っとるんじゃ」

 志は高く持った方がいいが、さすがに魔王や主神は少々高すぎる。
 小竜姫としてもさすがにそこら辺は思っていたのか、以後、この件については特に何も言わなかった。
 彼女は賢い。
 高望みするよりも、目の前のことを着実にやった方が自らの力となることを知っていた。

「ところで老師、アシュタロス様は得物に何を?」
「刀がいいと言っておったが……ぶっちゃければアヤツが自分の魔力を手刀にでも込めればそれが世界最強クラスの剣となるじゃろう」

 その声が聞こえたのか、2人の視線の先でアシュレイが右手に膨大な魔力を込め、前へと駆けた。
 そして、右手を振り上げ、全体重を掛け一気に振り下ろした。

「カラミティエンドッ!」

 知る人ぞ知る、某大魔王の技そのまんまであった。
 
 小竜姫と斉天大聖はその結果を見なかったことにした。
 空間が切れてしまったのだ。
 まるでカッターで切れ目をいれたかのように。

 数秒と経たずに直った空間をアシュレイは見つめ、ついで自分の右手を見つめる。

「……これだ。天地魔闘の構えをやらずして何が魔王か!」

 妙なスイッチが入ってしまったらしい。
 
「あー、アシュレイや」

 斉天大聖は敢えて呼び捨てにした。
 立場的にはアシュレイの方が上であるのだが、かつて神界で大立ち回りを演じた彼にそういった常識は通じない。

「やっぱり何か得物を使うんじゃ。お主の手刀は強すぎる」
「えー」

 不満そうな声を上げるアシュレイ。

「他の魔王とかサッちゃんもこれくらいはできるし、帝釈天だってこれくらいできると思うんだけど」
「比較する相手がおかしいじゃろう……」

 そうツッコミを入れる斉天大聖だが、アシュレイとしては自分の周りにいる人物や比較的仲の良い輩が全員、宇宙レベルで見て上から数えた方が早い連中なのだから仕方がない。

「そういえば最近、アペプ達がコキュートスから出てきたわね……確かスルトが……」

 何やら良からぬことを呟くアシュレイ。
 最高指導者も決まったことだし、かつての偉いさんには納得して隠居してもらおう、という配慮からサッちゃんによる凍結解除命令。
 それにより、アペプ達はコキュートスから出ていた。
 アシュレイの結末や神魔のデタントなどに彼らが驚愕したり、と色々あったのだが、そこら辺は割愛する。


 ともあれ、小竜姫と斉天大聖の耳にはレーヴァテインを譲ってもらおうとか聞こえたが、聞こえなかったことにした。

「アシュレイ、剣術でいいかのぅ?」
「それでいいやー」

 アシュレイにとって、武術は娯楽の一つに過ぎない。
 例え人間形態であっても、彼女が軽く走るだけでその速さは音速を簡単に超えてしまう。
 デタラメの極致であり、彼女をはじめ、魔王や主神と張り合おうなんて輩はまずいないだろう。
 故に武術は娯楽なのであった。

「とりあえず基本的な体術も教えておくぞ。どうせ暇じゃろ?」
「そうして頂戴……ところで、フレイヤはまだ?」

 アシュレイの問いに斉天大聖は首を横に振る。
 フレイヤの父も兄も交際どころか結婚を認めているのに、アシュレイは未だに本人と会ったことがなかったりする。
 それもその筈で、どうにか性的に奔放なところを直そう、とニョルズやフレイが奮闘しているからであった。
 一般的に……というか、神界全体にアシュレイが地獄では多数の淫魔を侍らせていることは知られていない。
 もっと言えばアシュレイが性的に奔放であったりすること自体が知られていない。
 それもその筈で居城でのんびりしているときにどんなことをやっているか、ということまで知るのはさすがに無理がある。

 アシュレイに粗相がないように、という配慮からの性格矯正であった。

「というか、私は性的に奔放なフレイヤがいいの。とにかく会わせなさいって言っといて」

 そう告げたアシュレイであった。













 地獄にあるアシュレイの居城。
 妙神山に主が修行に行っている間、留守を預かるのはテレジア。
 彼女は自らの執務室である報告書を前に悩んでいた。
 この報告書は人間界にエナベラの子孫捜索に出ている者達から上がってきたもの。
 本来の目的とは外れて、いらぬ情報が引っかかってしまった。
 勿論、エナベラの子孫は未だに見つかっていない。

 アシュレイの信頼する従者の1人である彼女はアシュレイの機嫌を損ねない術を知っている。
 しかし、さすがのテレジアも今回は損ねないようにするのは無理だ、と判断した。


 悩むテレジア。
 そのときノックされるドア。
 彼女が許可を出せば入ってきたのはフェネクス。

「何か用か?」
「何も言わずにこれを見て欲しい」

 差し出された報告書を受け取り、フェネクスは目を走らせる。
 彼女は数秒と経たずに紙面から目を上げた。

「……アシュ様はこれを?」
「知っているわけがないだろう。もし知っていたら、今頃は人間界に侵攻している」
「だろうな……」

 フェネクスは溜息を吐き、近くにあったソファに腰を下ろした。

「人間が吸血鬼を作り出そうとは……元天使としては複雑だ」

 フェネクスは再び溜息を吐いた。

「神界・魔界の調査で吸血鬼は人間界も含めてアシュ様唯一人。確かにそういう伝承は太古から存在したが……」

 テレジアの言葉にフェネクスもまた同意するかのように頷いた。
 彼女も天使時代を含め、人間界に吸血鬼が誕生した、というのは聞いたことがなかった。

「私はアシュ様が眷属を作った、あるいは人間を吸血鬼化させたということを聞いていない」

 そう続けたテレジアにフェネクスはどうして彼女が自分を呼んだのか、朧気ながらわかった。
 かつて天使として面倒くさい役割を任されていた経験が生きた。
 つまり、彼女が行って処理してこい、ということだ。

 本来ならヘルマン辺りでも十分に処理できる案件だが、念には念を入れたいテレジアであった。

「アシュ様は吸血鬼の始祖である。ならばこそ、全ての吸血鬼はアシュ様の配下であらねばならん」
「1人しかいないのなら、始祖でも何でもないんじゃないか……」

 テレジアは咳払いをして、フェネクスに告げた。

「アシュ様の許諾なく、勝手に人間が吸血鬼を作るとはけしからん。アシュ様もお怒りになることは間違いない。どうにかしてこい」
「了解した。暇をしているヤツを何人か連れていこう。さすがに作っているという情報だけでは無理がある。誰が、どこでやっているのかを調べる為にも人数が欲しい」
「そうしてくれ。このことは私からサタンに伝えておく」



 にわかに慌ただしくなりつつあった。












 そんな話が地獄で行われていた頃、その主は本日の修行を終えて横になっていた。
 無論、ただ横になるのではなく、陣風の膝枕である。

「ところで陣風」

 アシュレイは彼女の膝に頬ずりしながら、口を開いた。

「何で陣風って名前なの?」

 アシュレイが密かに思っていた疑問であった。
 もっと女らしい名前が幾つもあるだろうに、とそういう意味もその問いには含まれている。

「風のように素早く、仇なすものを斬る……そういう意味だそうです」
「斬るよりも、あなたは斬られる方が得意でしょう?」

 アシュレイの言葉に彼女は頬を朱に染める。

「感じやすくて、すぐにいっちゃう子だものねぇ……」

 その言葉に陣風はあまりの羞恥にそっぽを向いてしまう。
 その様子にくすくすと笑うアシュレイ。
 そして、ひとしきり笑うと彼女は起き上がり、陣風の顔を自分の方へと向かせる。
 西洋的な顔立ちが多いアシュレイの従者や淫魔達とは違う、東洋的な顔立ちだ。

「陣風。イマイチ、私のところに来た理由が弱いんだけど、本当のことを教えてくれないかしら?」

 その言葉に陣風は躊躇したが、もう話してしまってもいいだろう、と判断し、告げることにした。

「戦場でアシュ様に見惚れたのは確かです。ですが、それだけではありません」

 瞬間、陣風は傍に置いてあった自らの刀を神速でもって抜刀。
 その刀身は狙い過たず、アシュレイの首に向かい……

「たとえ敵わなくても、あなたと戦ってみたい」
「もう敵わないことが判明しているわね」

 アシュレイの言葉に陣風は肩を落とす。
 彼女の刃はアシュレイの首に命中している。

 だが、それだけだ。

 その刃はアシュレイの肌に食い込むことすらできない。
 神界にいた頃からの付き合いである刀がまるで模造刀であった。

 アシュレイに攻撃した場合、本来なら斬りつけた側にダメージがあるのだが、伊達に羅刹ではない。
 その技量は凄まじく、自らにくる反動を最小限に抑えていた。

「さて、これでもう圧倒的実力差がわかってくれたと思うし、主に刃向けたからにはオシオキしなくちゃねぇ……?」

 嗜虐的な笑みを浮かべたアシュレイに陣風は刀を鞘に戻し、床に置く。
 そして、その着物を脱いでいく。

 やがて、その素肌が露になったところで彼女は告げた。

「アシュ様、私におしおきをしてください……」
「あなたはドMだから、オシオキがオシオキにならない気がするけど、まあいいや……」

 猟奇的なプレイも結構好きなアシュレイであった。
 彼女は陣風の白い肌に爪を立て、血を流させる。
 やられている陣風の息は既に荒く、潤んだ瞳で流れ出る血を見つめている。

 それがアシュレイには堪らない。
 神族の拠点で淫らな行いをすれば天罰が当たりそうなものだが、彼女に怖いものはなかった。

 

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