工場用の加速空間やら不老不死の薬やら人間専用の空間を作り終えたアシュレイは英気を養う為に加速空間にいた。
彼女が造ったものではなく、アシュタロスが置いて行った方だ。
「アシュ様ぁ……」
甘い声を出してアシュレイに擦り寄るのはリリスでもリリムでもない。
2人は地球に赴いて、人間を契約によって地獄へ連れてくる任務についている。
契約を結んだ人間は不老不死の薬を与え、そのまま地獄にあるアシュレイの創った人間専用の加速空間に入ることになっている。
無論、契約相手は人間の女のみだ。
そんな理由でアシュレイの周りには2人を除いた無数の淫魔達が蠢いていた。
英気を養うという名目で、アシュレイは久しぶりに全力で膨大な数の淫魔達の相手をすることに決め、ここにいた。
加速空間内で数百年程かかったが、そこは別に問題はない。
右を見ても左を見ても女体しかない天国にアシュレイはその身を埋めながら、どうしたものか、と考える。
アシュレイは自らその軍団の指揮を取ったことがない。
今回の決戦では彼女の軍団が主力となることから、さすがに自らが指揮を取らざるを得ない。
「まぁ何とかなるか。もう少しここにいよう」
そう呟き、アシュレイはちょうど目の前にあった大きな乳にかぶりついた。
アシュレイがのんびりしている間、ニジはフラフラしながらも、ベルフェゴールにその成果を披露していた。
「ふ、ふふふ……これでどうポヨ!」
ニジは目の前に並ぶ無数の魔神兵、鬼神兵を指さした。
ベルフェゴールは感心したようにそれらを見つめる。
決戦予定日……Xdayまであと僅か。
生産責任者であるニジは効率性を極限まで重視し、事故を何度か起こしながらも、魔神兵6100体、鬼神兵9400体を揃えることに成功した。
魔神兵が年産3000、鬼神兵が5000を目指していたことを考えれば決戦が決まってからおよそ2年分の生産に成功したことになる。
まぁ、決戦から今日まで3年の期間があったのだが、通常は数年かけて目標に近づけていくのだが、それを短縮していることは驚くべき成果であることは間違いない。
これらに加え、先行量産やら何やらで作ってあった分も含めて魔神兵7200、鬼神兵12500体。
その性能を考えれば余程の事態が起きなければ魔族の勝利は約束されたようなものだ。
「これで勝てるポヨ! 例え主神達の力が予想より上回っていたとしても、兵力差で勝ちポヨ!」
「あとは運んで設置するだけね……具体的な作戦とか聞いてる?」
「……聞いていないポヨヨ。アシュ様が立てているとは思うポヨ」
「一応、問い合わせをしておくべきかしら……」
そう言いつつ、ベルフェゴールはアシュレイと会う口実ができたことに感謝する。
おねだりすれば彼女がやってくれることをベルフェゴールは知っていた。
「私は休むポヨヨ。ベルフェゴール様、お疲れ様でしたポヨ」
フラフラした足取りでニジはその場を後にした。
もう転移する気力も残っていないらしい。
そんな彼女にベルフェゴールは思わず苦笑してしまった。
そして数時間後、加速空間から戻ってきたアシュレイは自室に主要なメンバーを集めていた。
テレジア、ベアトリクス、シルヴィア、ベルフェゴール、ディアナ、エシュタルそしてフェネクスとそうそうたる面子だ。
「で、ベルフェゴールから問い合わせがあったんだけど、具体的な作戦について説明するわ」
彼女はそう前置きし、告げる。
ちなみに作戦は加速空間で彼女が3日で考えたものだ。
「囮を使って神族をおびき寄せて、のこのこ出てきた連中を乱戦に持ち込んだところで囮ごと魔神兵で吹っ飛ばす。囮はなるべく下級魔族を使う。以上」
シンプルイズベストを地でいくような作戦だ。
まぁ、マトモな作戦行動ができない程に練度が低い軍団が大半なのだから仕方がない。
唯一、虎の子といえる41番目の軍団はなるだけ温存しておきたいのがアシュレイの本音だ。
「下級魔族ですが、予備兵力から編成しますか?」
「そうして頂戴。とりあえず200万もいれば囮として十分でしょう。で、うちが露払いした後にアペプ達が戦場に降臨する。そしたら向こうも主神連中が出てくるだろうから、そうなったらもう魔神兵は使えないと思っていい」
「スペック的には魔神兵は主神クラスを撃破できる威力の攻撃を、そして鬼神兵は主神クラスの攻撃を3回なら耐えられる程度にはなっております。また、数の面でも圧倒的に上回っておりますが?」
ベルフェゴールの問いにアシュレイは肯定するかのように頷く。
「だけど、それはあくまでこれまでの戦闘データを元にしたものよ。主神連中が全力で戦ったことはまだないわ。全力を出したらどうなるか、言うまでもないわね」
なるほど、と頷くベルフェゴール。
「ベアトリクス、シルヴィア、ディアナ、エシュタルは主神連中が出てきたら出撃よ。一応、一緒に41の軍団を全て出すけども、正直アテにならないと思って頂戴」
4人が頷いたのを確認し、アシュレイはテレジアに視線を向ける。
「テレジアとフェネクスは4人が出撃して、30分後に出撃よ。その頃には程良く乱戦になってるでしょう。ベルフェゴールは逆天号で適当に指揮を取ってて頂戴。魔神兵と鬼神兵を使って、主神以外の雑魚連中を掃討して頂戴」
主神と魔王や魔神との戦いにそれ以下の神族は割って入ることはできないから、と彼女は付け加えた。
無論、これは魔族側にも同じことが言える。
故に比較的弱い魔族は同じように蚊帳の外にいる神族と戦うことになる。
「私は主神か魔王か、上位の連中が誰か1人でも倒れた瞬間に参戦するわ。倒れた瞬間は誰もが一瞬呆然とする。その隙を突く」
漁夫の利を狙う、と宣言するアシュレイ。
彼女の行動はある意味最高のものだ。
主神が1人でも倒され、その直後にアシュレイが奇襲をかければおそらくもう1人、主神を食える。
たとえ、魔王の1人が倒されようともアシュレイが奇襲をかけて主神を食えばトントンだ。
一石二鳥な作戦だが、うまくいくかどうかは未知数だ。
「で、あとリリスとリリム、その他全ての城にいる者達には決戦が始まったら加速空間に入って閉じこもるように言っておく。ありえないけど、泥棒が城に入ってくるかもしれないし」
泥棒が侵入できぬよう強固な結界に覆われ、様々な魔法式・機械式を問わない凶悪なトラップがひしめいている。
そして、それらを掻い潜って侵入したとしても、帰ってくるアシュレイにより悲惨な目に遭うことになる。
よほどの物好きでなければ侵入しようとは思わないだろう。
「あとは……そうね。その下級魔族の囮軍団に名前でもつけましょうか。士気を上げる為の軍団名よ」
「どんな名前ですか?」
フェネクスの言葉にアシュレイは不敵に笑う。
「特別打撃軍よ! 特別攻撃軍と迷ったけど!」
「シンプルですね」
そう返すフェネクスにえへん、とアシュレイは胸を張る。
そんな彼女が妙に微笑ましく思い、フェネクスは頬が緩みそうになるのを必死で堪える。
そんな彼女の苦労を知らず、アシュレイは高々と宣言した。
「私がイイと思ったらそれはイイものなの。つまり、この名前はイイものなの」
物凄い論理だが、この場には誰も彼女を止める人物がいなかった。
「で、私、今からどうしようかと思うんだけど……暇だからドレミと遊ぼうかな」
そんなアシュレイに1人の例外を除き、視線が集中する。
彼女はその視線に気づかない振りをして、フェネクスへと視線を向ける。
彼女は唯一、アシュレイに視線を送ってなかった人物だ。
「フェネクス、抱き枕になって欲しいな」
「……はい?」
瞬間、フェネクスに向けられる殺意の篭った視線。
彼女は背筋に寒気が走った。
「この鳥が……」
「焼鳥にしてやろうかしら……」
何やら不吉な言葉まで聞こえてきた。
だが、ここでアシュレイが睨んでいる彼女達に一言告げた。
「あなた達、私の決定に不服があるの?」
確信犯的な顔の彼女に対して、殺意の篭った視線を向けていた面々は押し黙る。
バツの悪そうな顔になった面々――テレジア達にアシュレイはフォローの一言を告げる。
「安心なさいよ。決戦の後、私、たぶん、すごく昂ってるから、あなた達全員を抱くから。あ、フェネクスは逃げときなさいね」
「はぁ……あの、アシュ様、そもそも抱き枕って何ですか?」
おずおずとフェネクスが問いかける。
「フェネクスは火の鳥だから暖かい。そしてその翼はもふもふで程よい感触。これはもう一緒に普通に寝るしかないと思った」
「確かに私の体温は少々高めですが……私でいいのですか?」
「あなたがいいの。安心して。何にもやらしいことはしません。私の名に誓って」
無駄なところで名に誓っているが、フェネクスとしてはこれ以上ない言葉だ。
名に誓う、ということは自身の存在に誓ってということ。
一般的に契約を何よりも重視する悪魔がそう言ったということは絶対にやらしいことをアシュレイはしない。
「わかりました。そこまで言うのなら……」
了承するフェネクスに万歳するアシュレイ。
そんな彼女を可愛らしい、と思ってしまうフェネクスであった。
そして、テレジア達は将来的に起こる狂乱の宴に胸を高鳴らせていた。
その宴のことを思えば、今の抱き枕の件なんぞ些末なことに過ぎなかったのだ。
ともあれ、決戦は秒読み段階に達していた。