決戦の幕開け

 アシュレイは逆天号のブリッジに設けられた席にぼーっと座っていた。
 彼女と同じくテレジア達もまた手持ち無沙汰だった。
 また、魔神兵と鬼神兵の指揮を取るベルフェゴールもオペレータ席に座って、暇そうにしている。
 彼女達の目の前には巨大なスクリーン。
 そこに映しだされているのは囮達の様子だ。

 囮達が展開してから早数時間。
 神族は中々やってこなかった。






 やがて、アシュレイはあまりにも暇過ぎるので、寝ようかなと思ったそのときであった。

「高エネルギー反応多数!」

 オペレータの1人が緊張した面持ちで声を発した。

「空間歪曲を確認! 来ます!」

 別のオペレータがそう告げた瞬間、幾つもの箇所で空間が割れ、そこから無数のフネが同じく数えきれない程の天使達と共に出てきた。

「神界の艦隊だが……どうやら繰り出せる艦を全て出してきたらしい。おそらく、ゴタゴタのために一気に勝負をつけたい筈だ。ウリエルかラファエルが指揮を取っているだろう」

 フェネクスの言葉にアシュレイは軽く頷き、次の展開を待つ。
 出現した神界の艦隊は囮達に対して一斉に攻撃を加える。

 数多のレーザーの如き艦載砲が空間を蹂躙していく。
 掠れば上級魔族ですらも一瞬で蒸発するだろうエネルギーの乱舞。
 囮達は大幅に数を減らされながらも、遮二無二突撃していく。
 その突撃している間にも敵艦隊の攻撃に櫛の歯が欠けるように数を減らしていく。

「我が軍の一部が敵艦隊に取りつきます」

 オペレータの声。
 アシュレイならずとも、すぐにその後の展開は予想がついた。
 直掩の天使達が艦隊の弾幕を突破した魔族に集り、あっという間に落としていく。
 
 その光景に頃合い良し、とみたアシュレイは両目を閉じ、その魔力を集中させる。
 彼女が使うのは召喚魔法。
 ただ、その規模が違うのは言うまでもない。

 やがて逆天号前方数百kmのところに召喚陣が幾つも描かれる。
 そして、その陣から淡い光と共に魔神兵が、鬼神兵がその威容を顕にする。
 地獄から直接召喚された彼らは現れるや否や、ただちに逆天号とリンクを形成し、最終チェックが行われる。
 そのチェックをしている間にも新たな召喚陣が形成され魔神兵が、鬼神兵が続々と現れる。
 如何にアシュレイといえど、およそ2万体の大質量の物体を一度に召喚するのは難しかった。
 ただ、それでも召喚される速度は凄まじく、さながらコンピュータによるプログラムの並列処理だ。
 1つのプログラムが開始された瞬間、次のプログラムが開始され、開始された瞬間にまた別のプログラムが開始される……そのような有り得ない速度。
 なお、転移魔法を使わなかったのは、転移魔法を使うときに術者がその物体の傍にいないとできない為だ。




 10分足らずでアシュレイは全ての兵隊を召喚し終えた。
 囮達も初撃で4割近くが落とされたにも関わらず、今や敵艦隊外縁部で天使達と殴り合っている。
 囮の数が多いことが幸いしていた。

「敵艦数概算1200、天使数は50万」

 オペレータの声にフェネクスは告げる。

「やはり神界の全てのフネを繰り出しています」
「こちらとしては好都合だわ。しかし……神界のフネは流線形で洗練されていて綺麗ね」
 
 アシュレイはそう答えた。

 鳥もしくはイルカのような洗練されたフォルムに彼女は羨ましかった。
 何分、自分が乗っているフネはでっかいカブトムシである。
 それも比喩的な意味ではなく、誰がどう見てもカブトムシにしか見えない程にあからさまだ。

「カブトムシはさすがの私も予想できませんでした」

 フェネクスがそう言った瞬間、傍にいたシルヴィアが彼女の脇を小突いた。
 その行為に失言だったかな、とフェネクスが思ったとき、アシュレイは盛大に溜息を吐いた。

「だから宇宙戦艦ヤマトにしろ、とあれほど言ったのに……」

 何やら地雷を踏んでしまったらしい、とフェネクスは口を閉じることにした。
 同時に彼女は思う。
 今度、アシュレイの歩んできた道……すなわち、過去を聞いてみよう、と。
 地雷をこれ以上踏まない為にも、聞いておいたほうがいい、と彼女は判断した。
 何だかんだでアシュレイ程親しみやすい上司をフェネクスは聞いたことがない。
 きっと教えてくれるだろう、とそういう予感があった。

「チェック完了! 砲撃準備完了!」

 スクリーンに映しだされた敵艦隊を包みこむように半円状に展開した魔神兵達。
 その射線に入らぬようにいる鬼神兵達。
 その大きさと数から圧巻の光景だ。


「神仏照覧……いよいよ桧舞台ですね」

 エシュタルが告げた。
 比喩でも何でもなく、神も仏もこの光景を見ているだろう。
 そして、最初で最後の神魔族が全力を出す戦闘となるだろう。
 また、これ以前にただ1箇所に全ての神々と悪魔が集ったことはなく、これ以後もおそらくないだろう。
 その開幕を告げる号砲を鳴らすのは他ならぬアシュレイであった。
 アシュレイは自らがありとあらゆる歴史に残るだろうことを確信し、その身を震わせる。
 歴史の最先端を歩み、歴史を紡いでいることを、今、彼女は実感する。
 彼女の前に歴史は無く、彼女の後に歴史が残る。
 高揚感に包まれながら、アシュレイは短く声を発した。

「撃て」

 瞬間、スクリーンに映し出されていた魔神兵達がその火筒から光を放つ。
 それらは光速の数割という恐ろしい速さで敵艦隊へと迫り、その半数以上を飲み込んだ。
 天使も魔族も等しく消えてなくなった。

「敵艦総数320隻、天使総数およそ12万」

 若干天使の数が多いが、大きな艦艇と比べれば機動力に雲泥の差があるので、致し方ない。

「アレが旗艦です。艦名はサンダルフォン」

 フェネクスはスクリーンの一部に小さく映っていた艦を指さす。

「天使の名前を艦名にしているの?」

 ディアナの問いにフェネクスは頷く。
 それにベアトリクスは思う。

「……もし、艦艇を造るなら私の名前も艦名になったりするのだろうか」
「いや、私の名前だな」

 対抗心丸出しでシルヴィアが告げた。
 む、と彼女を睨むベアトリクス。

「何を言っている。私に決まっているだろう」

 子供形態時はぺったんこに等しい胸を張ってそう言うエシュタル。
 そんな様子を微笑ましく見守るアシュレイ。
 テレジアはその論争には参加せず、アシュレイに血のジュースを差し出す。
 ちゃっかり点数を稼いでいるテレジアであった。


「ともかく、そのサンダルフォンでは何が起きたかと混乱に包まれているだろう。魔神兵の発するエネルギーは砲撃間近にならねば驚くほどに小さい。鬼神兵も同じように」

 ベアトリクスは話題を変えた。
 さすがにこの状況で痴話喧嘩をするつもりはない。

「再充填完了」

 そうこうしているうちにベルフェゴールが告げた。

「撃て。以後、斉射ではなく、装填完了したものから順次撃ちなさい」

 アシュレイの指示にベルフェゴールは了解、と返し、コンソールを操作していく。
 2度目の砲撃。
 だが、今度は不意打ちではなかった為か、命中率はあまりよろしくない。

「敵艦艇266、天使数およそ11万」

 そのオペレータの報告にアシュレイが口を開きかけたそのとき。

「右翼に展開した魔神兵30、鬼神兵20が撃破されました!」

 ベルフェゴールの叫びに誰もが皆スクリーンに目をやった。

「何よアレは……」

 ディアナの呟きはその場にいる全員の心を代弁していた。
 光に包まれた何かが、恐ろしい速さで飛び回っていた。
 光速をも捉える彼女達の知覚を持ってしても、その何かは有り得ない速さで動いていた。

 そうこうしている間にベルフェゴールのコンソールにはリンクから脱落していく魔神兵、鬼神兵達が次々と現れていく。

 その時、待機しているアペプからアシュレイに念話が入った。

『向こうのお偉いさんが来たぞ』

 ただ一言。
 それで事足りた。

 やがてその光の物体は方向転換し、ある地点に向けて向かっていき、目的地にたどり着くと停止した。
 それは1本の巨大な槍であった。


 そして、そこの空間が割れた。
 瞬間、逆天号にいる全ての者が今まで感じたことのない大きな圧力を感じた。
 神聖さに満ち溢れ、宇宙全てを覆い尽くすかのような、膨大な神気。

 光と共に、彼は現れた。
 8本脚の白い馬に跨り、その身に甲冑を纏い、青いマントを羽織った老人。
 その片目はなく、長い白いヒゲがあり、その手は先程の槍を握った。

「巨大な人型光体……主神オーディン……」

 アシュレイが呟いた。
 スクリーンに映ったオーディンは再びその槍――グングニルを投擲する。
 瞬間、魔神兵が鬼神兵が次々と撃破されていく。

「ベルフェゴール! 反撃!」

 呆けていたベルフェゴールをアシュレイは叱咤。
 その声に彼女は素晴らしい速さでコンソールを叩き、魔神兵達の射線にオーディンを捉える。
 鬼神兵達はオプションである長大な盾を構え、防御体勢に入り、魔神兵達の周囲を固める。
 オーディンはグングニルを手元に戻し、面白いとばかりに笑みを浮かべ、再び投擲した。
 瞬間、全ての魔神兵達が反撃の光を発した。
 膨大なエネルギーがオーディンに集中する。
 回避すら行わない彼にアシュレイ含め、直撃を確信した瞬間、彼の周りの空間が輝いた。
 現れる無数のルーン文字。
 それらにより、その全ての光の矢は彼に当たらずにあらぬ方向へと逸らされる。

「ルーン魔術……あんなデタラメだったかしら……」

 アシュレイの言葉も当然だ。
 如何に反射や歪曲、その他様々な防御のルーンを組み合わせようとも並大抵であれば押し潰される。
 だが、他ならぬルーンの発見者である彼の魔術が並大抵である筈がない。

「鬼神兵が、防御体勢に入った鬼神兵が盾ごと潰されています!」

 ベルフェゴールが信じられない光景に叫んだ。

「まあ、当然かしら……」

 対するアシュレイはそこまで失望はしていない。
 元々想定できた事態だからだ。

「ちなみにグングニルはどのくらいの速さで飛んでるのかしら?」

 オペレータに問いかけると、呆然とした声で解答が返ってきた。

「光速の1.47倍です」
「見た感じ、まだ全力で投擲してるってわけじゃないみたいね……」

 アシュレイは困った表情でそう呟く。
 本気で投げてはいるが、全力を出してはいない。
 そういう風に見えた。

 そのとき、アシュレイに再びアペプから念話が入った。

『そろそろ出る』
『了解。武運長久をお祈りするわ』

 アシュレイはそう返し、告げた。

「テレジア、ココアを持ってきて頂戴。砂糖とミルクアリアリで」
「畏まりました」

 主の言葉にテレジアはすぐに反応し、ブリッジを後にする。

「ベアトリクス達は他の主神が出てくるまで待つことにしましょう。彼だけじゃないわ」

 その直後、アペプが軍勢を引き連れて降臨した。
 対するオーディンも自らの軍勢を召喚する。
 
「ほう……」

 アシュレイは思わず身を乗り出した。
 オーディンが召喚した軍勢の先頭にいるのはペガサスに乗り、鎧と羽根のついた兜を身に纏った見目麗しい女性達。
 その手には剣や槍などの武器と盾を持っている。
 そして、その後に続くのは甲冑を纏い、様々な武器を持ち、馬に乗った勇壮なる戦士達。
 ヴァルキューレ、そしてエインヘリヤルであった。

 瞬く間に両軍は激突し、熾烈な戦闘が繰り広げられる。
 その軍勢同士の戦いから少し離れて、オーディンとアペプもまた戦闘を開始した。
 愛馬スレイプニルで縦横無尽に駆けまわり、槍を投擲し、足止めの為に魔術を投げかけるオーディン。
 対するアペプは自らの鎧である大蛇の姿で光すら飲み込んでしまう闇を辺りにまき散らし、自らの姿を隠すと同時にスレイプニルに一撃を加えようとする。
 まずは機動力を奪おうというのだろう。
 また、その闇はグングニルからも身を隠す深淵のようだ。
 でなければ必ず命中するその槍が、外れるわけがない。









「神話の戦いだわ……」

 アシュレイはぽつりと呟いた。
 そして、かつてない程に気分が高揚するのを感じる。
 自らもまた、あの場に出ることができる……そういうものであった。
 しかし、テレジアが持ってきたココアのマグカップ片手ではどうにも締まらなかった。

「超高エネルギー反応! 主神クラスです!」
「ベアトリクス、シルヴィア、ディアナ、エシュタル」

 オペレータの声にアシュレイは名を呼ぶ。

「他の魔王がすぐに出てくる。もう少し待って」

 その言葉に彼女達は頷く。
 スクリーンは出現地点と思われる空間を映しだし、それから数秒と経たずにそこが割れた。
 同時に襲ってくる先ほどと同じ大きな圧力。
 現れたのは巨大な白い象に乗り、頭には冠、その身には甲冑。

「インドラ……いえ、帝釈天と言った方がいいのかしらね」

 もうごちゃまぜ、神話のクロスオーバーね、と彼女は呟いた。
 オーディンと帝釈天が肩を並べて戦うなど人間ならば誰も想像できないだろう。


 そして、現れた帝釈天の背後から更に何人もの神が現れる。
 うち、アシュレイの目を引いたのは阿修羅、そして毘沙門天だ。

「思うんだけど、帝釈天一派が今回の戦争の発起人じゃないのかしら……」

 アシュレイの予想は正解であった。
 帝釈天達が中心となって魔族討つべし、の機運を盛り上げ、事に及んでいたのだ。
 
 ともあれ、帝釈天達が現れてすぐにセトやスルトをはじめとした魔王や魔神が軍勢を引き連れて降臨する。
 それからさらに数分の間にホルスなどのエジプト系神族が降臨したり、建御雷神などの日本系神族が降臨した。
 神族側も魔族側も既にアシュレイの一派など知らぬとばかりにお互いを攻撃し合っている。

「そろそろよ。準備しなさい」

 アシュレイは短くそう告げたのであった。

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