アウゴエイデス――暗黒体と光体――



「綺麗……」

 アシュレイは目の前に悠然と立っているその巨大な鳥に思わず、そう呟いた。
 地獄の荒野には少々似つかわしくない容姿であるこの鳥は全長約400m。
 ペットとして飼うには少々大きすぎるサイズだ。
 また、その鳥は体全体が紅く燃え盛っており、その熱は近くにある岩石を溶解してしまう程。
 もっとも、目の前の鳥をペットにしようなんてアシュレイは微塵も考えていない。
 
「あのごっつい人型光体が、堕天したらこんなに綺麗になるなんて……」

 アシュレイの言葉に目の前の鳥はしょぼん、と頭を垂れた。
 綺麗な尾羽根も、その言葉に垂れてしまう。

「フェネクス、もういいわ」

 アシュレイの言葉に火の鳥は黒い靄に包まれていく。
 靄は体全体を覆った直後に霧散した。
 そこには見慣れたフェネクスの姿があった。

 言うまでもないが、先程の火の鳥はフェネクスのアウゴエイデス――暗黒体であった。
 恐ろしいというよりかはむしろ神聖さすら感じるのだが、それでも熾天使であったときの光体はあのごつい人型なのだから仕方がない。
 基本、神族のアウゴエイデスは人型であり、とりわけ主神クラスは人間の姿のときの体がそのまま大きくなったようなアウゴエイデスである。
 対する魔族は多種多様で人型もあれば獣もあったり、異形の姿であったりする。



「熾天使であったときよりも、より速く動けそうです」
「そりゃ鳥だからね……」

 フェネクスの感想にアシュレイはそう答え、あることを思いついた。

「フェネクス、あなたの炎で今度焼肉でも……」
「……さすがにそれは勘弁していただけませんか。熾天使のときもガブリエルにやらされて……」

 何だか影を背負ってしまったフェネクス。
 色々とトラウマがあるらしい、とアシュレイはあたりをつけ、話題転換を図った。

「ここで聞いておきたいのだけども」

 アシュレイはそう前置きし、フェネクスに問いかけた。

「アウゴエイデス……魔族の場合は暗黒体だけども、魔力が自らの体を覆うように物質化し、鎧となる。まあ、鎧というか、正確に言えばこの暗黒体が本体で人間っぽい姿は単なる端末というか……」

 でも、とアシュレイは疑問を告げる。

「本体である筈の暗黒体を持っているヤツが極めて少ないのよ。魔神クラスは当然持っているけども、上級魔族で持っているヤツは少ない。それより下は持っていないわ」
「そのことについては前々から神族でも疑問に思われ、調査されました」
「詳しく教えて」

 フェネクスは頷き、答えた。

「その結果、下位の者は本体自体が人間と同じような姿である、ということが判明しました」

 何とも単純な答えにアシュレイは溜息を吐く。
 そんな主にフェネクスはさらに告げる。

「おそらく、アウゴエイデスの認識が間違っていたのかもしれません。本体ではなく、単純な鎧と考えれば辻褄が合います」
「つまり、一定以上の力を持った者のみが、自らの魔力で形成できる最強の鎧?」
「おそらくは。その姿形は魂や精神に影響されるのかと」
「というか、悪魔はともかくとして神々が間違えちゃったりしていいの?」
「全知全能の神はおりませんので……」
「まぁね。宗教や神話で全知全能とされていても、それはあくまで人間視点からのもの。確かに人間からすれば全知全能に見えるかもしれないけど、実際は違う。ヤッさんが全知全能なら、戦争なんぞ起きない」
「全知全能なものはおそらく宇宙意思でしょうね」

 聞き慣れない単語だが、アシュレイはすぐに分かった。
 この世界を好きにできるのはこの世界のみ。

「そっちだとそう呼んでるの? 私は世界システムと呼んでいるのだけども」
「神族では基本、宇宙意思です。私も詳しいことは知りませんが……」
「ま、そこらはどうでもいいわ。とりあえず、アウゴエイデスが実は鎧だったということが分かっただけでも収穫ね」

 そうすると私の本体はどっちになるんだろう、とアシュレイは思ったが気にしないことにした。











 城に戻ったアシュレイ。
 彼女は自室でソファに座り、リリスに血のジュースを持ってこさせ、リリムにその翼をブラッシングさせた。
 そして、唐突に決めた。

「そろそろ世界中の女の子を集めるとしよう。その為には……」

 ちらり、とリリスとリリムに視線を向ける。
 2人共、はてなと首を傾げる。

「あなた達、ちょっと地球へ行って世界中の女の子を集めてきなさい。不老不死にしてあげるから、その全てを捧げろって言ってきて」

 基本、淫魔達には戦闘力は皆無に等しい。
 勿論、人間と戦うなら支障はないレベルであるが、主神とか熾天使とガチンコバトルするような力はない。

「別に構わないけど……私達に不老不死にするような力なんてないわよ?」

 リリスの言葉にアシュレイは不敵に微笑む。

「ちょっとアシュタロスの置き土産の加速空間に篭ってくる。でもって、不老不死の薬作ってくる。3時間程待って」

 加速空間換算だとたった3年で人類の夢の一つを作ってしまうアシュレイ。
 とは言っても、不老不死の薬なんぞ彼女にとっては……というよりか、上位魔族にしてみればちょっと勉強すればできてしまう程度に簡単なものに過ぎない。
 要は肉体の劣化と魂の劣化を食い止めればいいだけなのだ。
 人間の肉体・魂の劣化とは神魔族にしてみれば線香花火が燃え尽きるようなもの。
 線香花火が燃え尽きないようにする為には幾つもの方法がある。
 その方法のうち、1つを使えばいいだけだ。

「アシュ様、集めた女の子はどこに?」

 リリムの問いにアシュレイは数秒思案して、すぐに答えを出す。

「私が別の空間を創るからいいわ。工場取り込む加速空間も創るし……腕が鳴るわぁ」

 怪しい笑みを浮かべ、アシュレイは2人を残して加速空間に転移していった。
 残された2人は顔を見合わせ、とりあえず他の淫魔達に知らせにいくべく、アシュレイの後を追った。
 淫魔達は防犯上の理由と淫魔の数を増やすという目的の為に、リリスとリリムを除けば基本、加速空間から出てこないのだ。











「ああもう目の回る忙しさポヨヨ! 誰か助けてポヨ!」

 ニジは忙しかった。
 魔神兵と鬼神兵の生産責任者であるからだ。
 彼女の執務室で飛び散る書類、踊るハニワ兵、優雅にソファで紅茶を飲むヘルマン……

「待つポヨ。最後に変なのいたポヨ」

 踊るハニワ兵はまだいいとして、変なのに気がついたニジ。
 彼女はじーっとその変なのを見つめる。
 その視線に気づいた変なの――ヘルマンはゆっくりと口を開く。

「ようやく気がついてくれたのか……」
「いつからいたポヨ?」
「君が書類の山と格闘して、助けてって叫んだときあたりから」
「最初からいたポヨか……で、伯爵が何の用ポヨか?」

 ニジの言葉にヘルマンは紅茶のカップをどこかへとしまい、ゆっくりと立ち上がった。

「魔神兵と鬼神兵のスペックを聞きたくてね」
「あなたは捜索班に回されていなかったポヨか? 地獄で遊んでていいポヨヨ?」
「今回の戦争で勝負が決まる。ちょっと前に呼び戻されたのだよ」

 なるほど、とニジは頷き、問いかける。

「スペックだったポヨか?」
「うむ」

 頷いたヘルマンにニジはちょいっと指を振る。
 すると壁際にあった本棚から1つのバインダーが彼の手元へとやってくる。

「それに書いてあるポヨ。適当に読んでおくポヨヨ」
「ああ、ありがとう。読ませてもらおう」


 ヘルマンはページを捲り目的のものを見つけ出した。
 そして、そこに書かれた数値や予想などに思わず感嘆の声を漏らした。

「戦争も変わったな……もはや殴り合いで決着がつく時代は終わったのか……」

 寂しそうに呟く彼にニジは書類を処理しながら答える。

「あくまで撃破可能なだけであって、実際にできるかはわからないポヨヨ。主神は勿論、魔王の強さも未知数ポヨ。過去の戦闘データを見ても、お互いに全力を出した戦闘はまだないポヨ」

 それに、と彼女は続ける。

「おそらくそれなりの戦果は上げる筈ポヨ。でも、最終的には今まで通りの殴り合いポヨ」
「そうか……それはよかった」

 ヘルマンは嬉しそうにその顔を綻ばせる。

「用が済んだならさっさと出て行くポヨヨ。私は忙しいポヨ!」
「ああ、そうするとしよう」

 ヘルマンは部屋を辞した。
 ニジは溜息一つ、バインダーを再び本棚に戻し、書類処理の速度を上げたのだった。

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