誰もが皆、2人に視線をやっている。
居並ぶ魔王や魔神達、そして最高指導者のアペプすらも、声を発さず2人をただ見ている。
アシュレイに嫉妬していた魔神達も、何も言わない。
彼らとて馬鹿ではない。
頭ではアシュレイに逆立ちしても敵わないことを理解しているのだ。
畏怖や羨望など、様々な感情の篭った視線を一身に受け、アシュレイはフェネクスと共に悠々と議場に一番最後に入った。
彼女は空いていた席に座り、フェネクスを後ろに控えさせると一同を見渡し、告げる。
「皆さんお揃いのようで、よかったわ。待つのは嫌いなの」
「従者を連れてくるとは何事か? それもあのミカエルを」
1人の魔神の問いにアシュレイは微笑んだ。
「この中で私が熾天使ミカエルを堕天させると予想した者はいるかしら?」
「予想できる筈がないだろう」
その問いに答えたのは大柄な魔族、スルトであった。
彼としては開戦当時の、子供のようなアシュレイを知っているだけにその成長度合いに寂しさを感じている。
もはやアシュレイは誰が見ても魔王として相応しい実力と功績を備えている。
今、この場で新たな魔王としても誰も異を唱えないだろう。
だが、彼女が魔王になるのはあくまで戦争終了後だ。
アシュレイとアペプとの間でそういう取り決めがなされているので、彼女は自分を魔王にしろ、とは言わない。
「それが答えよ。ミカエル……フェネクスが私にしっかりと忠誠を誓い、じつは神界のスパイとか、そういう余計な疑惑を持たれないようにする為でもある」
要はアシュレイがフェネクスを連れてきたのは見栄を張るのと同時にしっかりと自分が手綱を握っているという意味合いでもあった。
アシュレイの言葉になるほど、と頷くスルトをはじめとした居並ぶ面々。
そんな面々に満足気に頷きつつ、アシュレイはフェネクスがどういうことをやってくれるのか、とても興味があった。
何をするかは彼女ですら知らない。
「私は……」
フェネクスが口を開いた。
彼女は居並ぶ大物達に気圧されることなく、凛々しい顔で告げる。
「アシュ様に忠誠を誓っている。その証拠をここに見せよう」
彼女は腰にさした剣を抜き放ち、その切っ先を自らの左胸に突き刺した。
溢れる鮮血。
彼女は痛みに僅かに顔を歪めつつ、剣を床に置き、両手で無理矢理左胸をこじ開け、自らの心臓を取り出す。
「アシュ様、我が忠誠の証です。どうぞお食べください」
彼女はそう言い、心臓を差し出した。
アシュレイは鷹揚に頷き、それにかぶりつく。
ぐちゃぐちゃと肉を咀嚼する音が木霊する。
あっという間にアシュレイは心臓を食べ終えた。
「ああ、美味しかった。フェネクス、さっさと復元しときなさい。あと、最初に言って欲しかった」
フェネクスはその言葉に気がついた。
溢れた血、その行方に。
「……かかった。髪の毛に」
「も、申し訳ありません!」
これ以上ないくらいの素早さでフェネクスはハンカチを取り出し、アシュレイの髪の毛についた血を拭う。
アペプ達はとりあえず見なかったことにした。
彼らとしても、まさかあのミカエルがこんなうっかりさんだとは思いたくなかった。
「ごほん!」
わざとらしく咳払いをし、アシュレイは仕切り直すことにした。
既にその髪に血はついていない。
「で、決戦をやるの?」
アシュレイの問いにアペプは頷き、答える。
「日時については未定だが、少なくとも数年以内にはやる予定だ。銀河系の中心で全ての戦力を動員する……だが、主力となるのはお前の軍だ」
「どこかの誰かさんに軍の主力を潰されたのだ」
アペプに続き、ジャッカルの頭を持つセトが言葉を発した。
彼の言葉にその誰かさんに一斉に視線が集中する。
「それが仕事だったのでな。屠った数については数えていない」
誰かさんはそう答え、そっぽを向いた。
「フェネクスはあなた方の軍団1個分の働きを1人でしてくれると私は確信している」
アシュレイはそう答えておいた。
さすがに熾天使時代にやったことまでは擁護できない。
「ともあれ、私の軍に任せて頂戴な。半分くらいは削ってあげるから」
魔神兵と鬼神兵のはじめての実戦投入にアシュレイはわくわくどきどきである。
「ところで、数年以内と言ったけど、そんなに悠長でいいの?」
「ああ、大丈夫だ。まだゴタゴタしているらしくてな。10年くらいは混乱しそうだと」
どこが情報源なのか、アシュレイとしては新聞で見たときから気になったが、彼女とて馬鹿ではない。
内通してもバレない程の実力者で地獄に来ようとしているヤツなんぞ、1人しかいない。
「それ、どこ情報か聞いていいかしら? とても知っていそうな気がするの」
「構わんよ。というよりか、彼に間接的に堕天をすすめたのはお前じゃないか……」
「あら、私は盲目的に従っているだけでいいのか、と言っただけよ」
ルシフェルであることは確定であった。
議事堂から城へと帰還したアシュレイとフェネクス。
アシュレイはフェネクスと別れ、ベルフェゴールの下へ向かった。
魔神兵と鬼神兵についての打ち合わせだ。
アシュレイがベルフェゴールのラボの前にやってくると、何だか部屋の中から喘ぎ声が聞こえてきた。
思わず彼女は耳をすまして、その声を聞く。
そして、アシュレイはごくりと唾を飲み込んだ。
ベルフェゴールは好き者である。
アシュレイは最近、ベルフェゴールを抱いていない。
欲求不満な彼女は淫魔のデリバリーサービスを利用していたのだ。
言うまでもなく、性的な意味でのデリバリーだ。
「まーぜてっ」
アシュレイはノックせずに扉を開けた。
彼女が見たもの、それは数人の淫魔がベルフェゴールに集っている光景だった。
彼女達の手はベルフェゴールの白衣の下に吸い込まれている。
「アシュ様……」
ベルフェゴールはその紅い瞳を潤ませ、主の名を呼んだ。
その様がアシュレイには堪らない。
「いいことしてるじゃないの……最近、抱いてなかったものね」
素早く、アシュレイは服を脱いだ。
打ち合わせが後回しになったことが確定した瞬間であった。
そして、数時間後、アシュレイとベルフェゴールは2人で向き合っていた。
来ていた淫魔達は既にその姿はない。
彼女達もアシュレイとヤれたことで大満足で帰っていった。
「で、数年の内に大決戦をすることになったのだけど、魔神兵と鬼神兵の数は?」
アシュレイの問いにベルフェゴールは答える。
その顔は先程まで快楽に溺れていたとは到底思えない程に真面目なものであった。
「魔神兵が現在500体、鬼神兵が700体です。全て逆天号を用いての動作実験を終えています」
「量産ペースを上げることは?」
「極めて難しいかと。ご存知の通り、部品ごとに別の工場で作り、それらを組み立て工場に集めて一気に組み立てております。何分、各部品が精密なものですので、急激な拡張は難しいのです」
「新規に立ち上げた方が早いかしら?」
「おそらくは……ただ、あくまで現実空間でのことです。アシュ様が工場ごと取り込んだ加速空間を創れば……」
ふむ、とアシュレイは顎に手を当て、思案する。
彼女とてアシュタロスが置いていった加速と同程度のものならば造ることができる。
だが、それはある程度の準備が必要だ。
お手軽に造るとなればアレよりも性能は落ちてしまう。
「数が必要なら、そこまで高性能なものは必要ない……いけるわね」
「工場ごと加速空間に転移させる必要がありますので、そちらは私が」
ベルフェゴールの言葉にアシュレイは頷く。
「私は加速空間作成に専念しましょう。内部のスペースも出来る限り広大にしておくわ」
「お願いします」
「あと、火星の異界に念の為、鬼神兵を回すわ。前、あなたに教えたと思うけど、アレの守護の為よ」
「初めて聞いたときは耳を疑いましたが……アレは反則もいいところです」
「アレだけど、三界全てに影響を及ぼせるよう、大出力のものをここに造ろうと思うの」
ベルフェゴールは目を見開く。
彼女からしてもアレ――コスモプロセッサは未知の塊だ。
それを完全に理解しているらしいアシュレイを彼女は頼もしく思う反面、恐ろしくもあった。
「エネルギーは人間の魂。ま、将来的に人間界で何回も戦争が起きるから、これは問題ないわ」
「完成までには何年を予定されておりますか?」
「2000年くらい。まあ設計図もあるし、エネルギーとなる魂が集まればもっと短くなる」
うんうん、と頷くアシュレイ。
ベルフェゴールは思わず冷や汗が出た。
「とりあえず加速空間を作ってくるわ。あなたは転移と加速空間内に新規に工場を立ち上げる方をやって頂戴」
「新規の立ち上げは加速空間といえど、時間が掛かりますが……」
「やらないよりはやっておいた方がいいわ」
アシュレイはそう告げ、その場を後にする。
残されたベルフェゴールは思わず呟いた。
「アシュ様は何でもやってしまいそうね……捨てられるのだけは嫌だわ……」
成果を上げられなかったら、お払い箱とされてしまうかもしれないという予感にベルフェゴールはその身を震わせる。
「ベッドの上で私と同じか、それ以上のアシュ様にだけは捨てられたくない……体の相性は凄くいいし、どんなプレイもできるし……」
不純な動機だが、彼女は悪魔なので何も問題はない。
ともあれ、決戦の準備が進められようとしていた。