ある日、アシュレイはフェネクスを自室に呼び出した。
美味しく頂く……というわけではない。
フェネクスが堕天して早数ヶ月。
地獄の空気や城の内部に慣れたかどうかの確認であった。
「そろそろ慣れたかしら?」
「はい、アシュ様」
熾天使であった頃の癖が抜けないのか、彼女は直立不動でハキハキと答える。
軍人のようだ。
「城についてはどう?」
「城の内部についてはどうにか迷子にならない程度には……」
「城下町は?」
「お手上げです」
素直に告げるフェネクスにアシュレイは頷く。
彼女も自分の城で迷ったことが何百回もあった。
バカみたいに広いのだからそれもしょうがない。
「最近だとベアトリクスやシルヴィアと手合わせをしているみたいだけど?」
「彼女達が味方に回ったのはとても心強いことです」
「暴れてもいいけど、城の周りを更地にしたりしないでね」
そう言った直後、遠くで轟音。
2人が近くにあった窓から外へ視線をやれば遠くでキノコ雲が。
城の周りが更地になりつつあるのは言うまでもない。
「……今はディアナとベアトリクスが戦っている筈です」
「見なかったことにするわ……」
アシュレイの言葉にフェネクスもまた異論はない。
「で、神界がゴタゴタしている今のうちに、一大決戦を仕掛けようとそういう話が持ち上がってるのよ」
「私に参加を?」
「駄目?」
アシュレイの言葉にフェネクスは逡巡する。
友人であった他の熾天使と戦うことになるだろう。
だが、とフェネクスは思い直す。
「私はもはや天使ではありません。あなた様の部下です。どうして異存がありましょうか」
「そう……それならいいわ。それとフェネクス、もう一つ聞きたいのだけども……」
アシュレイは若干不安げな顔で彼女を見つめ、問いかける。
「私って、そのアレよ。結構やらしいのよ」
そう言いつつ、アシュレイは手をもじもじとさせ、顔を俯かせる。
「その、どう? 嫌じゃない?」
ちらっと上目遣いに尋ねる。
フェネクスには彼女が何を言いたいのか、よく分かった。
「悪魔とは背徳的であり、背信的なことを行わねばならない存在です。少なくとも、私はアシュ様の性癖等については不快などというようには感じておりません」
何よりも、とフェネクスは続ける。
「アシュ様は吸血鬼であり、淫魔でもあるのでしょう? ならば、何も遠慮なさることはないかと……」
「ほ、ホントにそう思う?」
嬉しそうな顔でそう聞いてくるアシュレイにフェネクスは頷く。
「あのね……あなたを抱きたいの」
唐突な言葉。
フェネクスは目を見開き、まじまじとアシュレイを見つめる。
「そのね、それも……ただ私が快楽を貪りたいから……」
でも、と彼女は続ける。
「あなたはセクハラが嫌で私のところに来てくれたから、そうしない。我慢する」
そう言い、アシュレイは我慢我慢と念仏のように呟く。
フェネクスは思わず笑ってしまう。
そして、彼女は思う。
アシュレイのところに来てよかった、と。
故にフェネクスは答える。
「私は別に構いませんが? 私も背徳的なことをしないと悪魔っぽくなれないですし……」
彼女としてはあくまでセクハラやレイプ紛いのことをされるのが嫌であって、決して性行為自体を嫌悪しているわけではない。
こういう風に素直に言ってくれるなら――熾天使であったときはそれでも立場上断らざるを得ないが、悪魔の今では別に何も問題はない。
「駄目なの。そういう義務感に駆られてやるのは駄目。私が楽しくない」
「そういうものですか?」
「うん。できればあなたが私のことが好きで愛しくて堪らないって状態になってくれると嬉しいの」
その言葉にフェネクスは難しい顔となる。
そういう感情はもっと長い年月を掛けて養っていくものだ。
確かにアシュレイはいい上司だとは思うが、今のフェネクスにとってはそれだけであった。
「まあ……リリスとかリリムとかの淫魔達とはそんなの関係無しだっただのけどね」
アシュレイは更に言葉を続ける。
「やっぱり、元天使であるあなたは慎重に扱わざるを得ないのよ。不満を持ったら出ていっちゃうかもって思って」
本来、トップであるアシュレイがこんなことを部下に、それも当の本人に言うのはよろしくはない。
彼女は唯一の存在であるが故に自分で全てを決めねばならない。
だが、敢えて彼女は賭けに出た。
フェネクスは不思議そうな顔で答える。
「先ほども言いましたが……私はあなたの部下ですから、別にどうとも。テレジア達と同じように扱ってくだされば」
「わかった。じゃあ、もっと扱き使っていいのね」
フェネクスはその言葉に不吉なもの……無理難題を吹っかけられそうな、そんな予感がした。
「実は今日、議事堂に行かないといけないの。さっき言った一大決戦の会議ね」
「それに私も同行を?」
「そう。あなたのお披露目。でも、ただ一緒に行くだけじゃ駄目なの。私は他の魔神よりもずば抜けているぞって見せる為に……早い話が見栄を張りに行くの」
魔族には魔族で色々と面倒くさいことがあるらしい、とフェネクスは思いつつ尋ねる。
「具体的には?」
「あなたが私に忠誠を誓っているっていうのを見せてもらう」
「何をやるかは私に任せていただけますか?」
フェネクスの問いにアシュレイは一瞬悩むが、頷く。
彼女がどういう行動を取るか、アシュレイとしても気になるところ。
まず自分の面子を潰したりするようなことはしないだろう、と彼女はフェネクスを信じることにした。
「2時間後に出発だから、それまでに支度しておいて頂戴」
出発までの間、アシュレイはこの前、お持ち帰りしたエリシア達の様子を見ることにした。
その頃、城内部にあるサロンにて、ヘルマンは優雅に紅茶を飲んでいた。
彼に1人の少女が自らの過去を話している。
彼の話し相手は金髪でつり目で気の強そうな子だ。
ヘルマンは人間でありながら、悪魔の城にやってきた少女達に興味を引かれ、ちょうど見つけた彼女に話を聞いていた。
「いつの間にか地獄にいて、そこで店に出されて……」
「あの店はアシュ様もお気に入りだからね。まあ、君は運が良かったのだよ」
ヘルマンの言葉に少女――エリシアは答える。
「アシュ様はとても素敵な御方です……」
うっとりとした表情だ。
あの恐怖に震えていた彼女とは大違い。
彼女は語る。あのときのことを。
「心臓入りのお酒をお飲みになり、戯れに他の子達と殺し合いをするよう命じられました。皆死んで、そして皆が蘇った後、アシュ様は気分を良くされたのか、私を犯しながら食べていただいて……」
この世のものとは思えない、人外の快楽にエリシアは溺れた。
彼女は狂えないが故に真っ向からその快楽を全て受け止めてしまったからだ。
そして、それは彼女の体と精神に決して忘れられぬ快楽を刻みつけた。
「アシュ様は他の皆にも同じようにし、全てが終わった後、私達に問いかけられました。私のところにくるか、と。誰もが皆頷いたのです。アシュ様の御慈悲を無下にはできませんし、何よりアシュ様に抱いていただけるチャンスがある……」
エリシアは上気した表情で告げる。
体が快楽を求めるのだろう。
「私にはそういう感情がないので分からないが、君がそう思うのならいいものなのだろう」
ヘルマンはさらに言葉を続ける。
「アシュ様もちょうど来られたところだ。邪魔者は消えるとしよう」
彼はそう告げ、その場から消えた。
そして、エリシアは彼女の声を間近で聞く。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの……」
いつの間にか彼女の後ろにいたアシュレイだ。
彼女は囁くだけに飽きたらず、その耳たぶを軽く噛み、彼女の白い首筋に赤い舌を這わせる。
エリシアは体を震わせ、その息遣いが荒くなる。
「快楽に呑み込まれ、私無しでいられないなんて……とても可愛らしい」
アシュレイはそう言いつつ、両手を前に回し、その胸を触る。
「いいの? お父さんやお母さん、いるんでしょ? あなたの家に戻してあげるわよ?」
「い、いや……アシュ様と一緒がいい……」
喘ぎ喘ぎ、エリシアはそう答える。
彼女はもはやアシュレイが近くにいるというだけでこれ以上ない程に興奮する体になってしまっている。
「いけない子ね……いけない子にはお仕置きをしないと……あなたのいやらしい体にたっぷりとお仕置きをね」
アシュレイはその牙をエリシアの首筋に突き立てる。
彼女はそれで達してしまった。
だが、彼女の体は満足しない。
エリシアは欲望の赴くままに言葉を紡いだ。
「わ、私を壊してください……壊れる程に気持ち良くしてください……」
「勿論、そうさせてもらうわ」
アシュレイは残り時間を計算しつつ、エリシアを抱き抱えた。
そして、最後に耳元で囁く。
「あなたの全てを頂くわ……」
そして、アシュレイはエリシアを美味しく頂いた。
エリシアは何回も失神するという限界を超えた快楽に溺れ、もはや完全に狂った状態となった。
無論、魔法の影響で彼女は狂ってはいない。
ちゃんと受け答えはできるし、五体満足の状態だ。
どこが狂ったかというと……彼女の体だ。その体は常に火照りっぱなしとなってしまった。
そんなこんなでアシュレイは悪魔らしく1人の人間を堕落させ、気分爽快で彼女はフェネクスと共に議事堂へと赴いたのだった。