火星での作業が一段落し、アシュレイとアシュタロスの2人は加速空間へと帰還していた。
なお、この加速空間だが、地上で展開していては神族の標的になる、と戦争が始まって数日後には地獄に作成されている。
加速空間は一種の異界であることは既に述べた。
これを移動するのはとても簡単だ。
加速空間と外との出入口を閉じ、新たに出入口を形成すればいい。
例を挙げるならば、地球上にあった加速空間の出入口を閉じ、地獄で新たに出入口を形成するだけだ。
出入口は何も扉を作るというものではなく、加速空間に入る為の特定の鍵……現代風に言うならばパスワードを転移魔法の術式に組み込むことで入ることができる。
先ほどの例に従えば地球上でパスワードを組み込んだ転移魔法を使用しても、加速空間には入れず、地獄で使用した場合にのみ、加速空間内部に入ることができるわけだ。
ともあれ、この加速空間が問題となった。
アシュレイは現在大公爵であり、将来的には魔王となることが既に確定している。
そんな彼女は広大な領地を持ち、書類上は40の軍団を保持している。
その40の軍団の内実はお寒い限りだが。
それはさておき、問題となったのは彼女が通常空間に居城を持っていないことであった。
そして、彼女は加速空間に入る為のパスワードをアペプにしか教えていない。
防犯上の理由から考えれば非常に有効だが、アシュレイに喧嘩を売る存在は地獄では今のところ存在していない。
さらに戦争中ということを考えれば意思疎通に問題あり、とされてしまったのだ。
早い話が……金も領地もあるんだから通常空間に城つくれ、とそういうお達しがアペプから出されたのだ。
「私としては君が未だに通常空間に城を持っていないことに驚きだ」
アシュタロスは呆れた顔でアシュレイに告げた。
「いや、別に問題ないかなって思って。それじゃ、適当に造らせましょう」
「せっかくだから卒業祝いとして私が設計図を引こう」
アシュレイがジト目で彼を見つめる。
「卒業祝いって……最後の方は私、放置だったのだけども」
「まあいいじゃないか。君はもう私と同じか上のレベルさ」
「卒業試験とか何もないじゃないの」
「ゼッちゃんを不意打ちで倒すことが卒業試験ということで問題ないな」
「もう終わってるじゃない」
「だから卒業でいいだろう」
ああ言えばこう言うアシュタロスにやれやれ、と溜息を吐くアシュレイ。
「ともあれ、私が勝手に設計図を引いておこう。何、数年で終わる」
「綺麗で華麗で豪華なのヨロシク」
「任せたまえ!」
ぐぁんばるずぉ、とやたらと張り切るアシュタロス。
彼はコスモプロセッサの目処が立ったので、元気一杯なのだ。
「ところで、火星で何かあなたの世界と私の世界で関連が切れたと言っていたけども」
「うむ、言ったな」
「それだと魂の牢獄はどうなるのかしら? 私はあなたの後継者じゃなかったの?」
アシュレイの問いにアシュタロスは不思議そうな顔となる。
「もう答えは出ているだろう。コスモプロセッサだ」
「システムそのものを改変するのは無理な筈だわ」
「システム自体は弄らない。誤認させるのさ」
アシュレイはその言葉で彼が何をするのか把握した。
そんな彼女の様子を見たアシュタロスは答え合わせをするかのように言葉を紡ぐ。
「コスモプロセッサを使い、一時的に全次元においてアシュタロスはアシュレイのみ、と誤認させる。そうすれば私はあくまでアシュタロスに近いが別の魔族という存在となる」
「それですり替わるのね」
「そういうことだ。君は既に魂の牢獄に囚われているが、それはあくまでこの世界とこの世界から派生した平行世界でのこと。こちらの世界では違う」
「そこに全次元で、すなわち私の世界とあなたの世界、他の全ての世界で私がアシュタロスとなれば……」
「牢獄にいるアシュタロスは君以外全て偽物となり、解放されるだろう。まあ、私以外のアシュタロスは結局は牢獄に囚われ続けるだろうが」
「けれども、神魔のバランスはとれるのかしら? 魂の牢獄は元を辿れば神魔のバランスを保つ為よ。私の世界では問題ないけども、あなたの世界では……」
アシュタロスは確かにアシュタロスではない別の魔族と認識される。
だが、それでも彼の力は大きく、その為に彼は神魔のバランスを保つ為に牢獄に囚われる可能性がある。
しかし、彼は問題ない、とばかりに告げた。
「そこもコスモプロセッサの出番さ。君の世界と私の世界を無理矢理関連性のある平行世界とすることができる。そうすればこの世界でさえ神魔のバランスが取れれば後は問題ない」
「力技ね」
「そうだとも。どんなにスマートに物事を進めても最後は力技だ」
「シンプルであるが故に強いのね」
「そういうことだ。ともあれ、これで何も問題はない筈だ」
アシュタロスの言葉にアシュレイは頷いた。
そして、彼女はこれ以上ないくらいに真剣な表情となり、告げた。
「これで問題はないなら、私はしばらく遊ぶ。誰にも文句を言わせない」
そう宣言してアシュレイはその場から消えた。
「瞬間移動を使ってまでやりたいこと……まあ、彼女のことだからわかるがね……」
そう言いつつ、彼もパッとその場から消えた。
彼が瞬間移動を使ってまでやりたいこと、それはアシュレイの城を彼女の要望通りのものを設計する為。
ある意味、似た者同士であった。
――そして加速空間内で数年が経過した――
「あー……満足したわ」
アシュレイは寝室のベッドの上で満足げな顔でそう呟いた。
彼女は今、ディアナのけしからん胸にもたれかかり、右にリリス、左にリリム、アシュレイに前から抱きつく形で大人形態のエシュタルという鉄壁の布陣を敷いている。
「あぁ、前と後ろにムチムチ系美女、左右にスレンダー系美女ってさすが私……ああ、天国だわー」
腑抜けまくっているアシュレイである。
一応、彼女は大公爵でエライ人なのだが、傍目からはエロイ人にしか見えない。
「アシュ様、お喜びいただけましたか?」
ディアナが耳元で囁く。
「満足だわーアシュレイが一番満足だわー」
そんな大満足なアシュレイの下にテレジアがやってきた。
彼女はその痴態を見、自分も混ぜて欲しそうな顔をしたが、それは一瞬のこと。
だが、アシュレイはそれを見逃さなかった。
「テレジア、おいで」
ディアナ達をどかし、テレジアを招き寄せるアシュレイ。
ススス、とテレジアは近寄り、ハッとした顔で要件を告げた。
「アシュ様、彼が城の設計図を完成させました」
「あ、そーなの。じゃ、ついでに造ってもらいましょうか。設計図通りに」
アシュレイはそう告げるとアシュタロスに向けて念話をし、設計図通りに実際に造ることと必要な人員資材その他を使う権限を彼に与えた。
そして、すぐにベアトリクスとシルヴィアに念話でもって連絡し、アシュタロスに協力するよう告げた。
「これでいいわ。存分に楽しみましょうか」
テレジアは期待に胸を高鳴らせ、ゆっくりと頷いた。
アシュレイがテレジアを堪能している頃、アシュタロスは自らが選び抜いた建設地に足を運んでいた。
そこに指揮所を作り、彼女の領地の全体図を縦横数mはある巨大机に広げた。
「……彼女の領地は私よりも広くないかね?」
思わず、彼は呟いた。
地獄には太陽こそないものの、一応水や植物は存在している。
地球のものと似たような植物もあれば地獄にしかない毒々しく、危険なものまで。
また地獄は鉱物資源が豊富だ。
金銀銅は無論のこと、タングステンやウラニウム、はては地球上には存在しない鉱物までが存在する。
そして、彼女の領地には多くの鉱山や鉱脈が確認されている。
将来的にサッちゃんが造ることになるパンデモニウムを造れそうな膨大な量であった。
「ともあれ、気を取り直して、だ」
アシュレイから全権委任を受けた彼としては中途半端なものを造るわけにはいかない。
すなわち、地獄で一番荘厳で豪華で巨大な城にしよう、というのが彼の目標であった。
「できるのですか?」
ベアトリクスが指揮所に入ってくるなりそう尋ねた。
アシュタロスが城建築の為に使う人員はアシュレイの軍団。その全てを統括する軍のトップがベアトリクスだ。
彼女の協力無くしてこの計画は成功しない。
その後から入ってきたシルヴィアは落ち込んだ様子だ。
「……私は何をすればいいんだろうか」
親衛隊というのはエシュタルとディアナとシルヴィアの3人だけであり、うち2人はここにはいない。
最近では親衛隊もベアトリクスの下に組み込み、一本化しようとアシュレイは考えていたりする。
元々、アシュレイが近衛云々と言い出したのが原因であるが、シルヴィアが彼女に対して文句を言えるわけがなかった。
「シルヴィアはサボっている輩を容赦なく殺ればいい」
「わかった……」
ベアトリクスは以前はシルヴィアと色々と張り合っていたが、最近では彼女が可哀想でしょうがない。
処分覚悟でシルヴィアの待遇を改善してもらうよう、アシュレイに意見具申すべきか悩んでいた。
「よし、とりあえず土台から造るとしよう。100年で土台を造るぞ」
「城とそれに付随する様々な施設の建設で間違いないですか?」
意気込むアシュタロスの横からベアトリクスが問いかける。
「そうだとも。城下町も造らねばな!」
「城の部分だけでおよそ10万ヘクタールとはどういうことですか?」
「ヴェルサイユ宮殿をはじめ、各種宮殿や城を参考にした結果、これくらいは必要だと判明した」
天を突く城を造るぞ、と続けるアシュタロス。
「城下町含めて1000万ヘクタール……これは幾ら何でも広すぎなような……」
「パンデモニウムも同じくらいだから問題ない」
シルヴィアの言葉にそう答えるアシュタロス。
言うまでもないが、パンデモニウム、すなわち万魔殿は将来、サッちゃんが造る地獄の都市である。
「言うまでもないが……あくまで計画値だから、それよりも広くなる可能性がある」
ベアトリクスとシルヴィアはげんなりとした気分となった。
確かに2人共、主の権威が高まるのでできるだけ大きく、そして豪華なものには賛成だ。
だが、それでも余りにも広すぎるのは勘弁して欲しかった。
なぜならば……彼女達が建設に従事している間、アシュレイにお呼ばれすることがなくなってしまうからだ。
2人としてはジレンマであるが、やはりアシュレイとベッドの上でイチャイチャしたい。
そんな彼女達の気持ちを見透かしたかのように彼が告げた。
「これが終われば彼女からご褒美が出るかもしれないな。私からも2人は頑張ったと伝えよう」
人の扱い方が上手いアシュタロスであった。