「で、戦争中っていうとんでもないタイミングでやるの?」
「うむ」
「火星の極冠に古代文明の遺跡があって、ボソンジャンプを巡って木連と地球が争ったりする未来はどうやらなさそうね」
「何の話かね?」
「こっちの話よ」
久しぶりにこっちの世界にやってきたアシュタロスはアシュレイを連れて、火星に降り立っていた。
2人は現在、火星極冠に立ち、その風景を眺めていた。
悪魔に、というよりか基本的に人外生物にとっては酸素は必要のないものであるが故に、宇宙服なんぞ着てはいない。
火星の極冠は分厚い二酸化炭素の氷で覆われており、その赤茶けた大地を拝むことはできない。
「二酸化炭素の氷ってどういう味なのかしら」
彼女はおもむろに手近にあった氷を砕き、どこからともなく取り出したかき氷器にセットした。
そんな彼女に相変わらずマイペースだ、と思う彼。
ゴリゴリゴリ、とかき氷器で彼女が氷を削る音が響く中、彼は問いかけた。
「シロップには何を?」
「メロン味……ではなく、定番のイチゴを」
「私にもくれ」
「わかった」
そしてできたかき氷。
アシュレイはかき氷器と同じく、どこからともなく取り出した皿にセットし、イチゴ味のシロップをかけ、アシュタロスに渡した。
受け取った彼はじーっとかき氷……というよりか、スプーンの位置を見、問いかける。
「……これは嫌がらせかね?」
かき氷のてっぺんにわざわざ彼女はスプーンを突き刺さし、彼に渡していたのだ。
イチゴの赤いシロップはまるで血のようで、かき氷の見た目は墓標から血が溢れ出しているかのようであった。
「他意はないわ。ディアナの胸を徹底的に責めて、そろそろ頂こうかなって思ってたときに邪魔してきた誰かさんのこととは全く関係ありません」
アシュレイはそう告げ、かき氷を頬張る。
しゃりしゃりと咀嚼する音とその甘さに思わず彼女の頬が緩む。
「……その件に関してはすまなかったな。ようやく試作ができたので、つい」
アシュタロスはそう謝り、彼女と同じようにかき氷を頬張った。
言うまでもないが、アシュレイのお楽しみを邪魔したのはアシュタロスであった。
彼女からすれば連絡一つなく、唐突にやってきて邪魔されたのだから、その怒りは当然だ。
「普通の氷と同じ味ね。まあ、美味しいからいいけども」
そう言いつつ、しゃりしゃりとアシュレイ。
「まあ、人間が食べたら問題あるのだが、我々には関係ないな」
そう答え、しゃりしゃりとアシュタロス。
「で、私の世界でもこっちの世界の君は話題になっていてな」
「ほう」
「特に君にやられたゼっちゃん……ゼウスは平行世界の自分に嘆いていたぞ?」
「まあ、ゼウスだし……」
「まあな。彼の好色は有名だから仕方がない」
うんうん、と頷き合う2人。
「で、久しぶりに君と会ったのだが、強くなったな」
「でしょ?」
「ああ、もう私でも戦闘では敵わないだろう」
「ふふん。私ったら最強ね」
「魔王は確定、か。歴史は書き換わったな。完全に私の世界とのリンクは無くなった。もはやこの世界はオリジナルだ。私の世界では今、この世界で起きている戦争は無かったからな。それに私と君もやはり別のアシュタロスだ」
地位は魔王だが、実力では魔王に近い魔神であるアシュタロス。
対するアシュレイは地位こそ今は大公爵だが、実力は既に魔王クラス。
彼と彼女は同じアシュタロスであるが、もはやそこに関連性は存在しない。
「この世界をどうするかは君の自由だ。君は今、歴史の最先端に立っている。この世界は君が知っている史実とは別物になる可能性が高い」
「つまり、私が主導権を握っているの?」
その問いにアシュタロスは頷き、言葉を続けた。
「君は歴史を作ることができる資格を持っているのだよ。そして、この資格がある者は同時にある存在になれる可能性がある」
アシュレイはまさか、と呟いた。
彼は彼女が見つけたであろう答えに頷き、肯定した。
「最高指導者だ。神界魔界の最高指導者は歴史を紡ぐ者がなる。アペプは……有名な名前ではアポピスか。彼もまた歴史を紡ぐ者だし、ヤッさんは言うまでもないだろう?」
「……さすがに私はそこまでなりたくないわ。仕事、めんどくさそーだし」
「まあ、可能性があるというだけだ。そこまで気負うものでもない」
さて、とアシュタロスは話題を変える。
「それでは世界の創造といこう。どのような世界をご所望かね?」
「あら、私が決めていいの?」
「勿論だとも。何分、この世界では君の方が影響力が大きいからね。君が作った世界となれば、魔界も手出しはできない」
なるほど、と頷きアシュレイは思考を巡らせる。
数十秒後、彼女は明るい表情で、弾んだ声で告げる。
「じゃあ、ファンタジー溢れる世界にしましょう。現代社会のストレスが絶対にない、冒険やスリルに満ち溢れ、そして、人がちょっとだけ他人に優しい世界を」
「了解した」
アシュタロスが何事かを呟くと、2人の目の前に巨大な物体が転移してきた。
巨大なパイプオルガンの上に人間の脳を巨大化したようなものが乗っている。
「宇宙処理装置……コスモプロセッサと横文字で言った方がカッコイイかしらね?」
「その辺はお任せする」
アシュタロスは懐から鍵を取り出し、それをパイプオルガンの鍵盤の横にある小さな穴に差し込んだ。
彼が鍵盤を叩き始める。
パイプオルガンは制御装置であり、本体は脳だ。
コスモプロセッサが低い音を発し、起動し、淡く発光する。
「さぁ、刮目したまえ。これが世界を作るということだ!」
アシュタロスがそう告げ、彼がある鍵盤を叩いた瞬間、世界が変わった。
「……で?」
「……で、と言われても困るんだが」
確かに火星は……より正確には火星を基盤として新たな世界の創造には成功した。
だが、そこにあったのは密林や海や山といったものだ。
無論、大気や重力も地球と同じに作った。
「肝心の人の……というよりか、生物の気配が全く感じられないのだけど」
そう、あくまでできたのは入れ物だけで中身が存在しなかった。
「物事には順序があるのだよ。しばし待ちたまえ」
アシュタロスが再び鍵盤を叩き始めた。
その様子を見つつ、彼女は問いかけた。
「ねぇ、確か計画段階ではドグラが制御する筈だったと思うんだけど?」
「ああ、彼には完成品の方の制御をしてもらうからな。完成品は魔王だろうが主神だろうが問答無用で因果律から消し去ることができるが、こっちはそこまでの力はない」
「つまり、ドグラの演算能力は必要ないってことね」
「そういうことだ。ああ、できたぞ。今、微生物を創造した」
「……肉眼で見えるものを創造してよ」
「わかっているとも。まあ、焦るな。時間はたっぷりとある」
「あ、エルフ作るわよ。あと獣人とか」
「……そっちは君が作った方がいいと思う」
何が目的なのか、誰でもわかるのがアシュレイの凄いところなのかもしれない。
「データやコスモプロセッサの設計図などはこの世界の創造が終わったら、君の屋敷に届けよう」
「そうして頂戴な。あ、それと私、強い部下が欲しいんだけど、何かいい子いない?」
アシュレイの軍団は拡張されてはいるものの、どうにも雑兵ばかりであった。
彼女的にはもっと有名な悪魔を部下に欲しい、と思っていたりする。
「ならばベルフェゴールとかはどうかね? 彼女は頭も切れるし、理論にも実務にも長けている」
「今どこに?」
「彼女も今回の戦争で人間達の間で信仰を失ったようだし、地獄のどこかにいるのではないかね?」
アシュレイはすぐさま念話でもってテレジアに伝える。
ベルフェゴールを探し出せ、と。
「彼女はアッシリアで崇拝された愛と知恵を司る発明の女神でバアル・ペオルという名前であった。私の世界ではヤッさんが権天使に迎え入れ、その後のサッちゃんと共に堕天してベルフェゴールとなった」
「この世界では私が迎え入れるのね。悪魔として」
「まあ、ベルフェゴールになるという結果は変わらないな。世界の力なのか……」
「世界は怖い。でも、そのシステムの枠内でうまく活用すれば……」
「先ほど、最高指導者になれる可能性がある、と言ったな?」
アシュタロスの唐突な言葉にアシュレイはあることが思い浮かんだ。
「世界システムを有効利用でき、かつ、歴史を紡ぐだけの力がある者が最高指導者になる為の資格なのね」
「そういうことだ。何だかんだ言いながら、君はなりそうで怖いな」
「でも、サッちゃんがそういうのは似合っているわ。知名度的に」
「我々は確かにメジャーではあるが、彼ほどではないからな……」
「残念なことにね」
世界を創造しながら雑談をする2人は色々な意味でさすがであった。