「あれが悪魔が統治している街か……」
遙か天空から、その人物は忌々しげに呟いた。
彼の持つ18対36枚の神々しい翼は太陽の光を受け、より輝いていた。
「メタトロン様」
その声に背後を振り返れば金色の髪を長く伸ばし、翠の瞳と褐色肌が特徴的な3対6枚の翼を持った女性型の天使が現れた。
「ミカエルか。主は……決断なされたのか?」
「つい先刻、なされました。悪魔の統治する街を討滅せよ、と」
ミカエルの言葉にメタトロンは微かに頷いた。
「ならば手早く済まそう。悪魔を信仰する者など存在していること自体が不愉快だ」
メタトロンの言葉にミカエルは腰に吊るしてある自らの神剣を抜いた。
その刀身は白い炎に包まれている。
「結界を抜く為、大きめの出力で放ってもよろしいですか?」
「構わん」
上司からの許可にミカエルはゆっくりとその神剣を振り上げ、一気に振り下ろした。
神剣から出た、巨大な白い火球が眼下にある街へと落ちていく。
やがてそれは五重の結界を突き破り、爆ぜた。
火球はその膨大な熱量を解放し、眼下にあるものを一瞬で焼き尽くしていく。
火球の急速な膨張により、周囲の空気が圧縮され、衝撃波が発生した。
同心円状に広がっていくそれは、触れたものを一瞬で破壊していく死のリング。
もし、21世紀の人間が見たならばきっとこう言うだろう。
核兵器のようだ、と。
この日、ソドムとゴモラは神の使いにより、この世から消滅した。
時間は少々遡る。
エナベラは忙しかった。
彼女は今、ソドムとゴモラを離れ、別の街にある祈祷所を訪れていた。
魔法でもって治癒ができる彼女は腕の良い祈祷師としてそれなりに有名だ。
「エナベラ様、少し休みましょうか」
この街の祈祷師の提案に彼女は頷き、伸びをした。
体がほぐれる心地良い感触に思わず頬が緩む。
お昼ごはんは何を食べようか、と彼女が思ったそのときであった。
一瞬にして視界が白く染まり、地面が揺れた。
何事か、と思えば色は元に戻り、揺れは収まった。その数秒後に耳を劈くような轟音。
さながら万の雷が一斉に落ちたかのような現象であった。
彼女が祈祷所から転がるように外に出てみれば道には多くの人々がある方角を見ていた。
巨大なキノコのような雲が立ち上っている。
彼女は目の前の現実を否定したい。そのキノコ雲のある方角は彼女の街だから。
だが、誰かの残酷な一言によりそれは事実と認定される。
「ソドムとゴモラの方角だ……あれは天の火か……」
エナベラはその場に崩れ落ちた。
「エナベラ様! お気を確かに!」
祈祷師が慌て彼女を抱き起こした。
それを見た誰かが呟いた。
「前、やってきたヘブライ人がイシュタル様は悪魔だと言っていたが……イシュタル様が神ならばソドムとゴモラが滅ぼされる筈はない……どういうことなんだ?」
疑念が、生まれた。
ソドムとゴモラ消滅の報はただちに魔界に伝わり、緊急会議が議事堂にて開かれることとなった。
アシュレイもまた当然、招集された。
「……どういうことかしら?」
アシュレイは苛立だしげに開口一番、そう尋ねた。
彼女の前には魔界最高指導者アペプをはじめとした魔界の実力者達。
「どういうことだって聞いてるのよ!」
だん、と円卓を叩いた。
頑丈であるはずの円卓がそこから真っ二つに割れた。
「我々も予想だにできなかったことだ」
アペプが告げた。
「連中は自分達を信仰している人間も潰されることを考えていないのか……」
アペプはそう告げた。
そう言うしかなかった。
彼をはじめ、ここにいる上位悪魔達は時間をある程度操ることはできるが、さすがに起こったことを無かったことにはできない。
「負けるだろうってきっと誰もが思っていると思う。私もそう思っていた」
アシュレイは怒気を漂わせながら告げる。
「だが、もうそんなことは関係ない。神族を全員、血も凍るようなやり方で殺さねば私の気が済まない!」
「だがそれでは神魔族が共に滅ぶ」
「共倒れ大いに結構! 連中から仕掛けてきたのだから、こっちが引いてやる義理はない!」
アペプに食って掛かるアシュレイ。
あまりの怒気と零れ出る魔力に魔王達も口を閉ざしている。
彼らとしてもどう言っていいか、言葉が見つからない状態だ。
「アシュレイ」
セトが名を呼ぶ。
アシュレイは彼を睨む。
文句があるならかかってこいや、とその紅い瞳が言っていた。
「落ち着けと言っても無理だろうから、こう言っておく。お前の力で神々を倒せるのか?」
そう言われると返す言葉がないアシュレイだ。
彼女は確かに期待のルーキーだが、それでも魔神に過ぎない。
今、力を持っているのは主にエジプト神話、ギリシャ神話、仏教系、そして北欧神話の神々だ。
どいつもこいつもマトモに戦っては勝てそうにない、アシュレイ以上に強大な力の持ち主達である。
セトの言葉に続くように身の丈数mはありそうな、大柄の男が口を開いた。
「お前の強さは知っている。お前は若く、才能豊かだ。だが、お前は同時に聡明でもある。一時の感情に支配されて大局を見失うことの愚かさは分かる筈だ」
男の言葉にアシュレイは顔を俯かせる。
「スルトの言うとおりだ。お前は今回のことで痛みを覚えた。それがお前をより強靭にする。お前の民はお前の為に死んだのだ。お前の知る、お前の民が幸せであったのなら、それで良いではないか」
最後にセトがそう締めくくった。
「……わかった」
アシュレイは小さく返事をした。
そんな彼女を見、スルトは椅子から立ち上がり、アシュレイの傍まで行くとその頭を優しく撫でる。
アシュレイはされるがままだ。
まるで父親にでも撫でられているかのような、心地良さがあった。
セトがその行為に殺気混じりの視線をスルトに送るが、送られた側は素知らぬ振りをして、口を開いた。
「しかし、今回の一件は悪魔とされている我々にとっても非道の行いにしか見えん。ヤッさんの真意はどこにあるのだ? アペプ、何か聞いてないのか?」
「私が知っていたらとっくに話している。神界とのチャンネルは既に閉じられているし、特使などは当然来てない。何ともならなんよ」
セトはスルトから視線を離し、アペプを見据えて告げた。
「やられたからにはやり返させてもらう。神族もそれは当然覚悟している筈だ」
「人間達をこの世から消すのか?」
アペプの問いにセトは頷いた。
それに反応したのはアシュレイであった。
既に彼女からは怒気は感じられない。
撫でられながら、彼女は言った。
「人間達は関係ないわ。彼らは自らの信じたいものを信じているだけであって、その多くは無力よ」
意外な言葉に居並ぶ面々は目を丸くする。
先ほどの彼女を見れば、いの一番に賛成に回ってもおかしくはないのに。
「お前がそう言うのは意外だな……だが、これは戦争を有利に進める為にも必要なことだ。もしかしたら、勝てるかもしれないからな」
セトの言葉にアシュレイはなるほど、と頷いた。
そして、彼女は口元を歪めて哂った。
セトはその笑みにぞくり、と背筋に寒気が走った。
「ならば、こう言い換えるわ。我々よりももっと傲慢な神々とは違って、我々は紳士・淑女だから、無関係な人間達を消すような真似はできるだけしない」
少々の間を置き、誰もが笑った。
それは嘲笑などではない。
「確かに、確かにそうだ! ああ、我々は紳士だ! ならば、そんな汚い報復は我々の格を落とすことになる!」
セトは笑いを堪えながら、そう答えた。
アシュレイは不敵な笑みを浮かべながら、更に言葉を紡いだ。
「どうせなら宣戦布告文でも書きましょうか。ああ、私が書いてあげるわ」
もはや勝ちも負けも彼らにとってはどうでもいいような雰囲気となっていた。
どれだけこの祭りを楽しむか、ただそれだけが彼らには重要なものとなりつつあった。
そして、数日後、魔族の襲撃を警戒し、神を信仰する人間達の街にいた天使の下に魔界からの宣戦布告文書が届けられた。
その文書は即座に神界へと届けられ、多くの神々の前で封を解かれることとなった。
それは皮肉たっぷりの素敵な宣戦布告文であり、次のように書かれていた。
『悪逆非道なる騙し討ちにより、無力な人間を死傷たらしめたこと誠に許し難し。本件に対し、魔界は天下安寧の為、一致団結し、傲慢なる神々を征伐せしめん』
遙か天空から、その人物は忌々しげに呟いた。
彼の持つ18対36枚の神々しい翼は太陽の光を受け、より輝いていた。
「メタトロン様」
その声に背後を振り返れば金色の髪を長く伸ばし、翠の瞳と褐色肌が特徴的な3対6枚の翼を持った女性型の天使が現れた。
「ミカエルか。主は……決断なされたのか?」
「つい先刻、なされました。悪魔の統治する街を討滅せよ、と」
ミカエルの言葉にメタトロンは微かに頷いた。
「ならば手早く済まそう。悪魔を信仰する者など存在していること自体が不愉快だ」
メタトロンの言葉にミカエルは腰に吊るしてある自らの神剣を抜いた。
その刀身は白い炎に包まれている。
「結界を抜く為、大きめの出力で放ってもよろしいですか?」
「構わん」
上司からの許可にミカエルはゆっくりとその神剣を振り上げ、一気に振り下ろした。
神剣から出た、巨大な白い火球が眼下にある街へと落ちていく。
やがてそれは五重の結界を突き破り、爆ぜた。
火球はその膨大な熱量を解放し、眼下にあるものを一瞬で焼き尽くしていく。
火球の急速な膨張により、周囲の空気が圧縮され、衝撃波が発生した。
同心円状に広がっていくそれは、触れたものを一瞬で破壊していく死のリング。
もし、21世紀の人間が見たならばきっとこう言うだろう。
核兵器のようだ、と。
この日、ソドムとゴモラは神の使いにより、この世から消滅した。
時間は少々遡る。
エナベラは忙しかった。
彼女は今、ソドムとゴモラを離れ、別の街にある祈祷所を訪れていた。
魔法でもって治癒ができる彼女は腕の良い祈祷師としてそれなりに有名だ。
「エナベラ様、少し休みましょうか」
この街の祈祷師の提案に彼女は頷き、伸びをした。
体がほぐれる心地良い感触に思わず頬が緩む。
お昼ごはんは何を食べようか、と彼女が思ったそのときであった。
一瞬にして視界が白く染まり、地面が揺れた。
何事か、と思えば色は元に戻り、揺れは収まった。その数秒後に耳を劈くような轟音。
さながら万の雷が一斉に落ちたかのような現象であった。
彼女が祈祷所から転がるように外に出てみれば道には多くの人々がある方角を見ていた。
巨大なキノコのような雲が立ち上っている。
彼女は目の前の現実を否定したい。そのキノコ雲のある方角は彼女の街だから。
だが、誰かの残酷な一言によりそれは事実と認定される。
「ソドムとゴモラの方角だ……あれは天の火か……」
エナベラはその場に崩れ落ちた。
「エナベラ様! お気を確かに!」
祈祷師が慌て彼女を抱き起こした。
それを見た誰かが呟いた。
「前、やってきたヘブライ人がイシュタル様は悪魔だと言っていたが……イシュタル様が神ならばソドムとゴモラが滅ぼされる筈はない……どういうことなんだ?」
疑念が、生まれた。
ソドムとゴモラ消滅の報はただちに魔界に伝わり、緊急会議が議事堂にて開かれることとなった。
アシュレイもまた当然、招集された。
「……どういうことかしら?」
アシュレイは苛立だしげに開口一番、そう尋ねた。
彼女の前には魔界最高指導者アペプをはじめとした魔界の実力者達。
「どういうことだって聞いてるのよ!」
だん、と円卓を叩いた。
頑丈であるはずの円卓がそこから真っ二つに割れた。
「我々も予想だにできなかったことだ」
アペプが告げた。
「連中は自分達を信仰している人間も潰されることを考えていないのか……」
アペプはそう告げた。
そう言うしかなかった。
彼をはじめ、ここにいる上位悪魔達は時間をある程度操ることはできるが、さすがに起こったことを無かったことにはできない。
「負けるだろうってきっと誰もが思っていると思う。私もそう思っていた」
アシュレイは怒気を漂わせながら告げる。
「だが、もうそんなことは関係ない。神族を全員、血も凍るようなやり方で殺さねば私の気が済まない!」
「だがそれでは神魔族が共に滅ぶ」
「共倒れ大いに結構! 連中から仕掛けてきたのだから、こっちが引いてやる義理はない!」
アペプに食って掛かるアシュレイ。
あまりの怒気と零れ出る魔力に魔王達も口を閉ざしている。
彼らとしてもどう言っていいか、言葉が見つからない状態だ。
「アシュレイ」
セトが名を呼ぶ。
アシュレイは彼を睨む。
文句があるならかかってこいや、とその紅い瞳が言っていた。
「落ち着けと言っても無理だろうから、こう言っておく。お前の力で神々を倒せるのか?」
そう言われると返す言葉がないアシュレイだ。
彼女は確かに期待のルーキーだが、それでも魔神に過ぎない。
今、力を持っているのは主にエジプト神話、ギリシャ神話、仏教系、そして北欧神話の神々だ。
どいつもこいつもマトモに戦っては勝てそうにない、アシュレイ以上に強大な力の持ち主達である。
セトの言葉に続くように身の丈数mはありそうな、大柄の男が口を開いた。
「お前の強さは知っている。お前は若く、才能豊かだ。だが、お前は同時に聡明でもある。一時の感情に支配されて大局を見失うことの愚かさは分かる筈だ」
男の言葉にアシュレイは顔を俯かせる。
「スルトの言うとおりだ。お前は今回のことで痛みを覚えた。それがお前をより強靭にする。お前の民はお前の為に死んだのだ。お前の知る、お前の民が幸せであったのなら、それで良いではないか」
最後にセトがそう締めくくった。
「……わかった」
アシュレイは小さく返事をした。
そんな彼女を見、スルトは椅子から立ち上がり、アシュレイの傍まで行くとその頭を優しく撫でる。
アシュレイはされるがままだ。
まるで父親にでも撫でられているかのような、心地良さがあった。
セトがその行為に殺気混じりの視線をスルトに送るが、送られた側は素知らぬ振りをして、口を開いた。
「しかし、今回の一件は悪魔とされている我々にとっても非道の行いにしか見えん。ヤッさんの真意はどこにあるのだ? アペプ、何か聞いてないのか?」
「私が知っていたらとっくに話している。神界とのチャンネルは既に閉じられているし、特使などは当然来てない。何ともならなんよ」
セトはスルトから視線を離し、アペプを見据えて告げた。
「やられたからにはやり返させてもらう。神族もそれは当然覚悟している筈だ」
「人間達をこの世から消すのか?」
アペプの問いにセトは頷いた。
それに反応したのはアシュレイであった。
既に彼女からは怒気は感じられない。
撫でられながら、彼女は言った。
「人間達は関係ないわ。彼らは自らの信じたいものを信じているだけであって、その多くは無力よ」
意外な言葉に居並ぶ面々は目を丸くする。
先ほどの彼女を見れば、いの一番に賛成に回ってもおかしくはないのに。
「お前がそう言うのは意外だな……だが、これは戦争を有利に進める為にも必要なことだ。もしかしたら、勝てるかもしれないからな」
セトの言葉にアシュレイはなるほど、と頷いた。
そして、彼女は口元を歪めて哂った。
セトはその笑みにぞくり、と背筋に寒気が走った。
「ならば、こう言い換えるわ。我々よりももっと傲慢な神々とは違って、我々は紳士・淑女だから、無関係な人間達を消すような真似はできるだけしない」
少々の間を置き、誰もが笑った。
それは嘲笑などではない。
「確かに、確かにそうだ! ああ、我々は紳士だ! ならば、そんな汚い報復は我々の格を落とすことになる!」
セトは笑いを堪えながら、そう答えた。
アシュレイは不敵な笑みを浮かべながら、更に言葉を紡いだ。
「どうせなら宣戦布告文でも書きましょうか。ああ、私が書いてあげるわ」
もはや勝ちも負けも彼らにとってはどうでもいいような雰囲気となっていた。
どれだけこの祭りを楽しむか、ただそれだけが彼らには重要なものとなりつつあった。
そして、数日後、魔族の襲撃を警戒し、神を信仰する人間達の街にいた天使の下に魔界からの宣戦布告文書が届けられた。
その文書は即座に神界へと届けられ、多くの神々の前で封を解かれることとなった。
それは皮肉たっぷりの素敵な宣戦布告文であり、次のように書かれていた。
『悪逆非道なる騙し討ちにより、無力な人間を死傷たらしめたこと誠に許し難し。本件に対し、魔界は天下安寧の為、一致団結し、傲慢なる神々を征伐せしめん』