魔法開発(人間用)



「はい、今日はここまでー、予習よりも復習しっかりやっておくことー」

 アシュレイは授業の終了を宣言する。
 彼女は今、ソドムとゴモラの学校にいた。
 最近、アシュタロスが例の装置で忙しいということで、専らアシュレイが教鞭を取っている。

「あの、アシュ様!」

 各々が帰り支度をしている中、アシュレイに近寄ってきた少女が1人。
 灰色髪に灰色の瞳をした少女。
 祈祷所でアシュレイが救ったあの子であった。
 彼女も元気になって以後、学校に通っており、なおかつ極めて優秀な成績を収めていた。
 アシュレイが他の住民に聞いてみると街で頭がいいと評判であったらしい。

「その、この後……アレを教えてくださいませんか?」
「いいわよ」

 承諾したアシュレイに満面の笑みを浮かべる少女。
 それがアシュレイとしては可愛いったらありゃしない。
 でも、威厳を保つ為に抱きついたりはしない。

「ところで、ずーっと気になってのだけど、あなたはアシュ様って呼ぶのね」
「はい、アシュ様がそう呼んで欲しいと常々仰られていましたから」
「そう。まあ、もう諦めてるのだけど。じゃ、外に行きましょうか」
「はい」

 2人は校舎の外へ出、さらに歩いて街の外れへと赴いたのであった。






「それじゃ始めましょうか。今日は魔力を練り上げる……まあ、簡単に言うと固めることをやってみましょうか」
「はい」

 少女は両目を閉じ、自分のうちにある魔力を感じ取る。
 そして、それを固めるようイメージしていく。

 そう、少女にはこっちにも才能があった。
 アシュレイの魔力により治癒されたことで眠っていたものが目覚めたのだ。
 それに気がついたアシュレイは元気になった彼女にそのことを告げ、どうするか、選択を迫った。
 無論、アシュレイは少女に凶悪な攻撃魔法や戦闘方法を教えるつもりは毛頭無い。
 なぜならば人間が如何に力を磨いたところで、神族や魔族には勝てない。
 蟻1匹とゴジラ1体が戦うよりももっと大きな力の差がある。
 無論、下級神魔族ならば倒せるかもしれないが、それでもリスクはあまりにも大きい。

 アシュレイはアシュタロスとソドムとゴモラを護る為に五重の結界を街全体を覆うように張っている。
 これはつい最近に完成したものだ。
 生半可な神魔族では突破することも敵わないこの結界を破って、ちょっかいをかけてくる輩は最低でも熾天使や魔神クラスとなる。
 そんな連中に人間では到底敵わない。
 故にアシュレイは少女が希望するならば補助や回復といった系統を教えることを決めていた。
 そして、少女は魔法を教えてもらいたい、とアシュレイに告げ、放課後の特訓となったのだ。



「まあまあいいんじゃないかしら?」

 30分間、たっぷりと集中し、魔力を練り上げた少女にアシュレイはそう告げた。
 少女は汗だくでへたり込んでいる。

「もう少ししたら簡単な魔法を教えてあげるわ」

 そう言いつつ、アシュレイはどこからともなく数冊の本を取り出し、少女の前に置いた。

「これ、1週間で全部読んどいて。理解できなくてもいいから、こういうものなんだって感じで」
「は、い……」
「うんうん、頑張る子は好きだわ。でも、頑張りすぎるのもダメよ……エナベラ?」
「はい……」

 少女、エナベラは息も絶え絶えながら、しっかりと頷いた。
 そんな彼女に満足気に頷きつつ、アシュレイは思う。

 自分達の使う魔法は到底人間達には扱えない。
 効果や効率は悪くなるが、もっと簡単なものを作らなければ、と。

「さ、私はちょっとやることができたから、これで行くわね」
「はい、ありがとうございました!」








 加速空間に戻ったアシュレイは地下実験場へと赴き、早速その人間用の魔法の作成に取り掛かった。
 魔族にとっての魔法とは魔力のコントロールなどの際に行う行程や発生する課程が一切省かれた「結果のみが顕現した力」だ。
 魔力の大きさと霊的な存在としての格の大きさに比例して威力や効果などが大規模になる。
 到底人間には扱えない……というか、どう逆立ちしても人間には真似できない代物だ。
 そこでアシュレイは上位魔族や上位神族が通常活動を行う際に、副次的に起きてしまう事象を操る術を人間用の魔法としよう、と考えた。
 これならば精霊への働きかけなどでどうにか再現可能であった。
 
 アシュレイは自分の知識を総動員し、時折アシュタロスの蔵書などを参考にしつつ、人間用魔法の大元となる精霊を縛り、操る術式を幾通りもノートに書き綴っていく。
 なるべく簡単に、分かりやすく、効率は落ちても構わない、という前提に則り、無駄な部分をそぎ落とし、人間には到底理解できないであろう超効率化の式を分かりやすいものに書き換えていく。





 どのくらいの時間が経過しただろうか。
 アシュレイが書き綴っているノートは既に23冊目。
 それでもまだ彼女は止まらなかった。
 










 一方その頃……地獄のとある場所にて。

「いいな? アシュレイ様に絶対の忠誠を誓うのだ」
「わ、わかった……だから……もうやめてくれ……」

 四肢を切り落とされ、地に這いつくばっている魔族が懇願した。
 そんな情けない様に切り落としたシルヴィアは溜息を吐きたくなった。
 あまりにも無様。
 こんな根性の無い輩では到底兵隊としては使えない、と。

 彼女はベアトリクスと手分けして、強いと噂されている魔族を片っ端から襲撃して、アシュレイに忠誠を誓わせていた。
 領地を持っていた上級魔族もいたので、忠誠を誓わせるついでにその領地と財産全てをアシュレイのものとして没収して。
 力こそ正義の地獄において、そういうことをしても誰も文句は言えないし言わない。

「しかし……中々いい輩がいない……」

 そのとき気配を感じ、シルヴィアは背後を振り返る。
 そこには老紳士が立っていた。
 黒い帽子に黒いマントを羽織っており、一見、人間だが、その魔力が悪魔であることを証明していた。
 彼はシルヴィアの前までくると、一礼する。

「お初にお目にかかる。アシュレイ様の臣下とお見受けしたが……」
「お前は?」
「私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。地獄の辺境で伯爵を名乗らせてもらっている」
「その辺境伯が私に何の用か?」
「アシュレイ様の配下に加えていただきたい」

 そう告げ、彼は頭を垂れた。

「何故だ?」
「あなたのような使い魔を持っている存在が、弱小である筈がない」

 ほう、とシルヴィアは感心する。
 自らのことを使い魔である、と見抜かれたのは今回が初めてだからだ。

「お前の言う通り、アシュ様は強大な御方だ。しかも、その力は日々増大している」
「私はアシュレイ様に潰される前にその配下につき、庇護を受けたい。無論、あらゆるものを差し出す用意がある」
「裏切らない保障は?」
「私が裏切ったところですぐに殺されるのがオチだ。私はあなたが少し力を出せば一瞬で消し飛ぶ程に弱い。それが何よりの保障だと思う」
「確かに。お前は良くて中級魔族の上、悪ければ真ん中程度だ。戦力としては期待できないが、まあ、いいだろう」
「ありがとう」

 礼を言うヘルマンにシルヴィアは構わない、と告げる。
 そして、彼女は辺りを見回す。
 先ほどの瀕死の魔族に加え、山と積まれた魔族達。
 その全てがヘルマンと同程度の中級魔族、そして少々の上級魔族だ。
 シルヴィアは上級魔族であるが、何分、主が主なので上級魔族の中でも中の上、と魔神にわりと近いレベルだ。

「さて、ある程度の人数が集まったし、一度戻るとしよう。アシュ様に見ていただかねば」
「地獄にいるのかね?」
「地上だ。アシュ様は自らを崇める人間達に色々と教えていらっしゃるのでな」
「……珍しい御方だな」

 ヘルマンの言葉ももっともだ。
 将来的には人間に代価を要求することで知恵を与える悪魔も、この時代ではまだそういうことはない。

「ところで一応、私はお前に敬われる立場だと思うのだが……」

 遠回しに敬語を使え、と言ってくるシルヴィアにヘルマンは苦笑する。

「何分、癖みたいなものでね。敬語というのはあまり使ったことがないのだ。勘弁して欲しい」
「……アシュ様に同じような態度であったら、魂魄を砕いてやるからな」

 紅い瞳で睨まれ、ヘルマンを体を震わせる。

「あまりいじめないでくれたまえ。眼力だけでも心臓が止まりそうになる」
「止まっても我々は死なないだろう?」
「何、例えだよ」

 アシュレイの部下集めは一応、順調であるらしかった。
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)