華雄と別れて早2年。
高順は順調に武を、知を磨き、彼女が書いた紙は束ねられ、数冊の本となっていた。
そんなある日。
「そろそろあんたも出てみる?」
1日の鍛錬が終わり、風呂というものはないので水で濡らした手ぬぐいで簡単に体を拭き、寝床で母親と揃って横になったときだ。
高順は母親から尋ねられた。
すぐに彼女は何のことか思い当たった。
基本的に畜産と交易で暮らしている部族であるが、時折略奪を行う。
勿論、行うのは漢族の街だ。
彼女の部族をはじめ、涼州を根城にする異民族は今は漢に対して反乱を起こしている状態。
だが、元々従ったり反抗したり、の繰り返しなので数年もしないうちにまた漢王朝に従うだろうことは簡単に予測できた。
そもそも反乱といっても、本格的に漢を倒そうなどという気はなく、略奪などをした結果、漢王朝から反乱の認定をいただいた、ということである。
略奪はお小遣いや女も手に入ることから、ちょうどいい金策なのだ。
遊牧民族にとっては。
ただ、面白いことにある街では略奪を行う傍ら、別の街では行商をするということもある。
主に彼女達の部族と仲がいい董君雅が治める街が行商の対象だ。
漢に対して反乱を起こしているのに、漢の役人として涼州を治めている彼女とは仲が良いという極めて不可思議な状態である。
董君雅は中々のやり手であり、贈り物などをし、異民族達と友好関係を結ぶ一方、自分が抑えているからこの程度で済んでいる、と中央に報告している。
色々な意味でいいとこ取りだ。
閑話休題
「どうしよう」
唸る高順に母親はその大きな胸を押し付ける。
2人は全裸である。
冬以外、寝る時は全裸に毛布と母親が決めていた。
これには2つの意味がある。
男としての高順の成長具合を見るため、そして自らを女として高順に意識させる為。
「いいじゃないか。お前だってそろそろ男としても目覚めはじめている。女の1人や2人、抱いておかないとな」
そう言いつつ、母は高順の尻へと手を伸ばし、そして後ろから股を責める。
体を震わせる高順。
だが、拒否はしない。
知識として、あるいは記録として彼女は前世のことを覚えている。
彼の意識がそのまま高順となったわけではない。
現代的な倫理観を知識として、記録としては知っているが、体験として彼女は知らない。
故に近親相姦が悪いとも、略奪が悪いとも彼女は感じられない。
それは現代でのことであって、今の大陸では違う。
「でも、初めては私が欲しいしなぁ」
そう言いつつ、高順を責める。
「襲撃に参加するのはまだやめとく……」
母親の背中に手を回し、抱きつきながらそう途切れ途切れに告げる。
「色々やりたいから……」
「わかった」
母はそう答え、本格的に高順を責め始めたのであった。
翌日、董君雅の本拠地である臨洮に行商へ行くと長が皆の前で宣言した。
そして、人選が行われたのだが、そこに高順が選ばれた。
読み書き計算ができる高順はこういうときにこそうってつけの人材だ。
高順は胸をときめかせた。
彼女が部族から離れるというのはこれが初めてであったからだ。
そして、それが董卓の母親である董君雅の下へ行くとなれば尚更。
ともあれ彼女の希少性を考えれば部族から離れたことがない、というのも納得がいくだろう。
両性具有者であることが知れたら、そのまま誘拐されてどこかに売り飛ばされる可能性が極めて高い。
もっとも殺し合いこそ経験していないものの、結構な強さとなっている彼女を誘拐できるような輩は滅多にいないだろうが。
そんなわけで彼女は臨洮へ向けて出立した。
初めて見るこの時代の街に高順は圧倒された。
知識としては知っているが、実際に見るとやはり違う。
街は高い城壁に囲われ、大きな城門から人々は出入りしている。
まさに城塞都市。
「何してんの、早く行くよ」
そう言うのは高順の母。
董君雅と知り合いだから、という理由で行商の隊長としてついてきた。
高順は間の抜けた返事をしつつ、物珍しげにきょろきょろとあちこちを見回しつつ、街へと入った。
今回の商売相手は他ならぬ董君雅。
大通りをまっすぐ隊列を組んで直進する。
納めるものは馬10頭。
ただし、普通の馬ではない。
遊牧民族の育てた馬は一般に軍馬として優れている。
故に官軍にとっても、そして諸侯にとってもそれは喉から手が出る程に欲しいもの。
やがて一際大きな城が見えてきた。
一行は粛々と城へと進む。
門番には既に連絡がいっているらしく、特に引き止められることもなく一行は城内へと入る。
そして、入ってすぐに妙齢の美女が出迎えた。
銀髪を後ろで一つに纏め、白い肌が眩しい。
そして何よりも……たゆんと揺れる胸。
彼女以外にも文官と思しき男や兵士達がいるが、彼女程存在感を放ってはいない。
「夕、久しぶり」
「久しぶり、晴」
馬から下りつつ母親は親しげに妙齢の美女――董君雅と挨拶する。
「で、早速だけどこれがうちの娘」
馬に乗った高順に近づき、そのまま体を抱っこして董君雅の前に持ってくる。
「へぇ……中々可愛らしい子じゃないの」
「文字の読み書きに計算に孫子その他諸々。色々やっててさ」
その言葉に董君雅はまじまじと高順を見つめる。
「……ね、よかったらうちに見習いとして働きに来ない? あなたが望むなら太学にゴリ押しで入れることもできるけど」
高順は目を輝かせた。
異民族である自分がまさかそんなところに入れるとは思ってもみなかったことだ。
学ぶこと……というよりか、どちらかといえば自分の経歴に泊をつけたい彼女だ。
異民族出身だけどエリートだぞ、とそういう風にどや顔したいのである。
キラキラと目を輝かせる娘に母親――高廉は苦笑する。
「お前は一部族の長で終わるようなヤツじゃないってことは産んだ私が一番知ってるよ」
そう言いながら彼女は高順を地面に下ろす。
「とりあえず、さっさと取引をやっちまおう。その後、ゆっくり話せばいい。彩、計算頼んだ」
娘に丸投げする高廉であったが、できない自分がやるよりはできるヤツがやった方が早いというある意味で合理的な考えである。
もっとも高順としてもそれが役目としてついてきたので異論はない。
「馬1頭10万銭だから……10頭で……」
えーと、と悩む董君雅に対し、高順は涼しい顔で答える。
「100万です」
「……速いわね」
その言葉に不敵に笑う高順。
面白い、とばかりに董君雅は試してみた。
「馬1頭が9万だったら、20頭で幾ら?」
「180万です」
「4万5000で100頭だったら?」
「450万です」
「服が1着220銭、5着で?」
「1100銭です」
「素晴らしい! うちの財務に是非欲しいわ!」
「私は高いですよ? 雇うならば太学でかかる全ての費用とお小遣いを頂きたい」
「それくらいなら安いものよ。何ならどっかの県令にでもなる? あなたならすぐになれるわ」
「県令はちょっと……太学出たら色々と見て回りたいので」
「そう……まあ、太学も18歳以上という制限があるけど、人脈と金と実力があれば何歳でも入れるし」
「では1年程、董君雅様のところで見習いとして働かせてもらい、その後入学という形で」
「問題ないわ」
母親を放っておいてとんとん拍子で決まった話だが、当の高廉は何とも思わない。
高順はもう大人である、と思っていたからだ。
「というわけで、晴。今日からこの子、うちで面倒みるから。後で荷物送って頂戴」
「ああ、わかったよ。長にはうまく伝えておこう」
手をひらひらさせる高廉に高順は苦笑する。
母親は竹を割ったようなサッパリとした性格だ。
高順はこれからの自身の飛躍に思いを馳せつつ、華雄に手紙を出そう、と思ったのだった。
「ああ、そうそう。月を呼んできて頂戴」
董君雅が手近な兵士にそう告げた。
その単語に反応したのは高廉。
「あんたの娘、前に会ったときはまだ10歳かそこらだったっけ?」
「そうよ。大きくなって可愛くなってもう……」
しばしの母親同士の井戸端会議。
そうこうしているうちにも高順は文官から代金を受け取り、念の為に1頭ずつ代金を確認し、1頭ずつ担当の兵士に引き渡していく。
それが少しの間続き、全ての作業が終わったとき、タイミング良く彼女は現れた。
董君雅と同じ色の髪を肩にかかる程度に切り揃えている。
「あの、母様……何か御用ですか?」
「月、今日からうちに見習いとして働くことになった子よ」
董君雅はそう言い、高順へと視線をやる。
対する高順は少女に会釈する。
「初めまして。姓は董、名は卓、字は仲穎と申します」
「私は姓は高、名は順、字はありません。高順とそのままお呼びください」
高順は名乗り返し、そして一礼。
董君雅にはわりと軽く接することができたが、そこは母親という後ろ盾があってこそ。
いつでもどこでも礼儀正しく……という程に意固地ではないが、わきまえるべき場ではそうすることができる彼女である。
「……いや、もうちょっと緩くいっても大丈夫よ?」
「えっと……あの……」
母親の言葉にへぅ、と顔を俯かせる董卓に思わず唾を飲み込む高順。
可愛いのである。
もう部屋に閉じ込めてずっと頬ずりしていたいくらいに可愛いのである。
彼女は自分の選択が間違っていなかったことを確信しつつ、知識として知っている董卓とは180度違うことにある意味安堵とした。
どう見ても気弱そうな目の前の少女が洛陽で暴政を振るうとか、腕力に優れているとかとてもではないが思えない。
「そ、その……私の真名は月です」
いきなりの真名に高順は唖然。
母親2人も同じく唖然。
その反応に首を傾げる董卓。
これから一緒に住むなら、と彼女としては当然のことをしたまでだが……どうにも彼女はズレているらしかった。
「あ、えっと……真名は彩です」
「彩ちゃん……綺麗な名前だね」
微笑む彼女に高順は胸が高鳴る。
「月だって綺麗よ」
言ってからハッとする高順。
敬語ではなかったことに慌てて訂正しようと口を開く。
「も、申し訳ありません。敬語ではなく……」
「ううん、大丈夫。あと……その、できればお友達になってくれると嬉しいな」
顔を俯かせて恥ずかしそうにそう言う董卓に高順は董君雅へと視線を向け、説明を求める。
「月は城からあんまり出たことがなくてね。体が弱いっていうわけじゃないんだけど、まあ、私の過保護というかそういうものなの」
高順は董君雅の意図がようやくわかった。
文官として使いたいというのは役人としての董君雅であり、母親としては娘の相手をしてあげて欲しい、というものである、と。
とはいえ、こういう女の子の相手ならば高順としては全く問題がない。
「駄目、ですか……?」
上目遣いで高順を見つめる董卓。
断れる筈がなかった。
「いいわ。今からずっと永遠にお友達よ。ただし、公的な場以外では敬語とかはしないから」
「うんっ」
満面の笑みで董卓は頷いたのであった。