変わらない彼女達


 アシュレイがエヴァンジェリンを食べた後、2人の関係に変化があった。
 彼女達は妙に仲が良くなったのだ。
 それも当然なのかもしれない。
 彼女達の境遇は非常に似通っているからだ。
 どちらも自分の意志とは関係なしに人外となり、その後に開き直った。
 同じ境遇のものに対して、親近感を抱くのは極自然なこと。

 そんなわけで、いつのまにかアシュレイとエヴァンジェリンは親密な関係となっていた。
 だが、アシュレイは相変わらずアシュレイであり、エヴァンジェリンは相変わらずエヴァンジェリンであった。







 そして、そのアシュレイはフレイヤの膝枕にご満悦であった。
 彼女はその膝に頬ずりし、フレイヤの匂いを胸いっぱいに吸い込む。
 そんなアシュレイにフレイヤは微笑を浮かべつつ、その翼や頭を優しく撫でる。
 地獄……ではなく、地上のどこかで2人は穏やかな時を過ごしていた。



 2人の結婚式は100年後、人界で行うことが決定したのが一昨日の話。
 そして、2人の婚約を正式発表したのが昨日のこと。

 地獄では祝福する者がほとんどであったが、神界では祝福する者よりも嫌悪する者の方が多かった。
 神界で祝福する者は主にフレイヤにちょっかいを出された輩であり、嫌悪する者はフレイヤの本性を知らない若い神族達。
 若い連中からすれば女神フレイヤとは高嶺の花でありつつも、憧れの存在。
 そんな存在が地獄の魔王の嫁になるなんてけしからん、とそういうわけであった。

 ちなみにキーやんやサッちゃんがデタントの象徴などとついでに今回の話をそういう風に宣伝していたりする。
 利用できるなら何でも利用してしまえ、という魂胆だ。
 勿論、アシュレイもやられっぱなしではなく、しっかりと婚約祝いとして2人から太陽系内で地球と月以外の惑星の永久私有地とすることを約束させた。

 火星の異界への余計なちょっかいをかけられぬよう、そして海王星などの資源採掘を邪魔されぬようにする為だ。
 神魔族としては重要なのはエデンである地球、そして魔力を無尽蔵に発している月と生命の源たる太陽なので他の惑星は特別重要という程ではない。
 基本的に神魔族共に通常次元(=地球があったり、人類が存在する次元)に領土を持とうとはしない。
 領土を持ったところでそういうことができる存在である魔神や魔王、主神などは意味がないのだ。
 基本的に彼らは金も力も有り余っている存在。
 ならば別にそんな面倒くさいことをしなくても、とそういう風に思うのが普通。
 それ以下の神魔族ではやろうとしても領土を維持できる戦力が足りない。
 何も攻撃してくる相手は人間に限らず、神族や魔族が攻撃してくることもありえるからだ。

 さて、アシュレイは普通とは逆であり、リゾート地として、また人類への干渉の一環として、そしてさらなる金儲けの為に領土を持とうとしている。
 この辺は人間から成った存在であるが故の思考だ。







「フレイヤ……」

 アシュレイが名を呼べばフレイヤはにこやかな笑みを浮かべる。
 手を伸ばし、アシュレイは彼女の白い頬に優しく触れ、その感触を楽しむ。
 シミひとつ、すべすべとした綺麗な肌だ。

「あなたが私の妻なのね」

 その言葉にフレイヤはゆっくりと頷く。
 アシュレイは深く息を吐いて、そしてがばっと彼女に抱きついた。
 そして、彼女の体温と匂いを感じつつ、呟くようにアシュレイは言う。

「私の嫁……私のもの……誰にも渡さない……」

 その言葉はフレイヤの耳にもしっかりと聞こえた。
 こんなことを言われて嬉しくならない女はいない。
 それはフレイヤも同じで……

「アシュ様……可愛い……」

 フレイヤはアシュレイの背中に手を回しつつ、その白い首筋についばむように口づけをしていく。
 彼女が口をつけたところには赤い痕。
 自分のものだ、とマークするかのようにフレイヤは次々とその印をつけていく。
 彼女に対抗するかのように、アシュレイもまたフレイヤの首筋に印をつけていく。

 しばらくそんなことをしていると、お互いに昂ぶってきてしまい……いつも通りの展開に発展するのであった。










 お気楽なバカップルとは裏腹に、エヴァンジェリンは執務室で真剣に悩んでいた。
 彼女の目の前には世界地図。
 現代でいうならばドイツのザルツブルク近郊にあるマクダウェル領からどういう風に侵攻するか。

 地上侵攻の総司令官であるエヴァンジェリンは決めねばならなかった。



「……というか参謀の1人や2人、つけてくれてもバチは当たらんだろう」
「ご主人、私がいるじゃないか」
「斬れればそれでいいだけの脳筋は戦争にいらん」

 そう言うエヴァンジェリンに笑うレイ。

「愛しき故郷を滅ぼした後は東を攻めよう。30年くらい掛けて東を平定した後はフランスを攻めて、その後はイギリスだな」
「30年も掛かるのか? めんどくせーな」
「アシュ様からの要望でな。このカフカス山脈にあるバクーとかいうところを絶対に抑えろ、と。転移魔法も駆使するから実質的には数年もあれば東の人間の国は全て終わるだろう」

 エヴァンジェリンは一度言葉を切った後、レイに視線をやりつつ告げた。

「とりあえず、お前は掃除でもしてろ」
「はいはい」

 レイはモップとバケツをどこからともなく取り出して、掃除し始めた。
 


「東を効率的に攻めるにはモスクワ大公国を潰してから南下するのが手っ取り早い。その後、バクーを落とし、山を超えてアラビア人を潰せばいい」

 食料などは現地調達できるのが吸血鬼の強みだ。
 またいざとなれば地獄から直接必要な物資を転移魔法で送ってもらえばいい。
 補給線を考えないで済むのは非常に楽であった。
 
 
 ブツブツとエヴァンジェリンは呟く。
 彼女の呟きを聞きつつ、レイは黙々と掃除を続けのだった。









「……あの、テレジア様」
「ん?」
「どうして私が総責任者になっているのでしょうか?」

 レイチェルは少し前、テレジアに神殿などを造っては、と提案した。
 そんな彼女はいつの間にか神殿建設の総責任者になっていた。

 突然辞令が届けられたレイチェルは困惑しつつ、テレジアに疑問をぶつけにきたわけである。


「お前のやりたいようにやればいい」

 そう返し、テレジアは自身のスカートの中にいる淫魔の頭を両手でしっかりと固定する。
 そして彼女は数秒程、僅かに身を震わせる。

 レイチェルは何をしているのか容易に理解できるが、特に何も言わない。
 それが日常であったからだ。

「私は新参者なのですが……」
「だが、アシュ様を慕う心は確かだ。誰も文句は言わないし、言わせない」

 水音がスカートの中から聞こえてくる。
 淫魔の頭が上下しているのが傍目に分かった。

「そうですか……分かりました。やらせていただきます」

 レイチェルは重々しく頷く。
 そんな彼女にテレジアもまた頷き返す。

「ところでテレジア様……」

 じーっとテレジアの動いているスカートを見つめるレイチェル。
 目の前でそんな光景を見せられたら、彼女としても昂らざるを得ない。
 彼女はアシュレイとの情事にもっとも興奮するが、別にそれ以外では全く興奮しない、という特異体質ではないのだ。
 アシュレイが構ってくれないときは淫魔をナンパしたりすることもある。
 さすがアシュレイの信者というべきか、そこら辺は結構凄かった。


「構わん。そうだな……お前には私の足でも舐めてもらおう……」

 テレジアは意地悪な笑みを浮かべる。
 彼女はレイチェルがアシュレイの足を舐めるのが大好きだということを知っていた。


 レイチェルはごくり、と唾を飲み込む。
 彼女には容易に想像がついた。
 アシュレイ以外の足を舐めているのに興奮するのか、と罵られることが。
 そして、それに彼女は期待してしまう。
 アシュレイを裏切っているかのような背徳感。

「どうした? 早く来い」 

 テレジアに促され、レイチェルはゆっくりと近寄っていった。








 一方その頃――

「妾じゃ」
「私達がペットなの」
「そうそう」
「狐はお呼びじゃない」

 玉藻とドレミが双方人間形態で口論していた。
 彼女達も飽きないもので、顔を合わせる度にやりあっている。
 ちなみに数の不利にも関わらず、今のところ玉藻が勝利を重ねていたりする。

「見よ、妾の美しい四肢を」

 あっという間に全裸となった玉藻は自らの体をドレミに見せつける。
 フレイヤなどにはさすがに劣るものの、それでも玉藻は極上の女であることは間違いない。

「どうじゃ? この体でアシュ様もイチコロじゃ」

 対するドレミもまた全裸となる。
 彼女達は少々特殊だ。
 人間形態でも頭が三つある。

「狐風情が」
「アシュ様の飼い犬に」
「手を出そうなんて」

 そう言うドレミに玉藻は溜息一つ。

「その喋り方は何とかならんかの……聞いてる方が疲れるんじゃが」
「私達の体の方がアシュ様のようなマニアには受けるのよ」

 玉藻の言葉を無視してレナが言った。

「普通の体なんていまどき流行らないわ。これからは三つ首とか複乳とかの時代よ」

 そう言うドーラに続いて、ミーアもまた告げる。

「アシュ様、今度は複乳とか奇形とかの種族を創ろうとしているみたい」

 ドレミの攻撃に玉藻は怯まずに答える。

「だが、妾が雌として優れているのは確かじゃ。色んなものを見てきた妾にはそなたらにはない、雄を虜にするテクニックがある」

 ドレミは押し黙る。
 彼女達にはそういうテクニックは存在しない。
 好きだから交尾する、という至極単純な思考なのだ。
 そこに至るまでの雰囲気作りとかそういったものは全くやったことがない。

「今回も妾の勝ちじゃな。黙ったそなたの負けじゃ」

 ドレミが頬を膨らませて睨みつけるが、今の玉藻にはそれすらも可愛いものに過ぎなかった。


 もっとも、彼女達の喧嘩がどう転ぼうと、アシュレイがどちらかを放逐しない限りは何も変化はしない。
 故に一連の口論は暇潰しの娯楽と化していたのだった。

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