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そのとき歴史が動いた



 フレイヤとの一件以後、アシュレイは週に数回は彼女と密会しつつ、これまで放ったらかしであった従者達との時間を増やすことにした。
 基本、自分のやることには文句一つ言わない彼女達であるが、やはり結婚となるとフレイヤに対して色々と不満が出る可能性がある。
 アシュレイが黙れ、と言えば黙るのだが、なるべく仲良くしてもらいたいのが彼女の本音。
 ならばこその根回しであった。


 ぎゅっとアシュレイはテレジアに抱きついた。
 抱きつかれた方は突然のことに驚きつつも、アシュレイの背中に手を回す。

 突然呼び出されたテレジアであったが、そういうのからこういうことに発展するのは既に慣れっこだった。

「最近、構ってなかった子をゆっくりと味わっていこうと思うの」

 アシュレイの言葉にテレジアは納得すると同時に嬉しくなる。
 彼女が何か言う前にアシュレイは彼女の頬に舌を這わせた後、その首筋に噛み付いた。

「んっ」

 与えられる感覚は痛みではなく快楽。
 こみ上げるそれに抵抗せず、ただ受け入れるテレジア。


 しばらく吸っていたアシュレイは最後に首筋を丁寧に舐め、そこから顔を離す。

「美味しかった」

 その一言にテレジアは満面の笑みを浮かべる。
 
「で、テレジア。ちょっと翼の手入れとかして欲しいんだけど。たまにはエロいこと無しでもいいと思うの」
「畏まりました」


 そういうわけで翼と角の手入れとなった。
 最近はレイチェルが練習としてやっていたので、テレジアが手入れをするのは久しぶりのこと。
 彼女は流れるような手さばきでアシュレイの翼を櫛でとき、余分な毛をハサミで切っていく。

「懐かしい」

 唐突にアシュレイが呟いた。

「レイチェルには悪いけど、やっぱり億年単位でやってもらってるあなたの方がいいわね」

 その言葉にテレジアは手を動かしつつも、昔を思い出しつつ返す。

「もうそんなに時間が経ってしまいましたか。私があなた様に生み出されたのがつい昨日のように思えます」
「時間は腐る程あるとはいえ、時の流れは早いわね」

 アシュレイの言葉を肯定しつつ、テレジアは告げる。

「アシュ様、本来なら使い捨てである使い魔を、私を今も変わらず使ってくださり、ありがとうございます」
「あなたもベアトリクスもシルヴィアも、普通に強いし、優秀だからね。それに夜の方もいい。処分する理由がないわ。ま、たとえ無能であっても、それはそれで愛すべきことであるもの。私がオシオキしたりして遊べるし。私って甘いかしらね?」
「甘いというよりか、お優しいのです」
「そんな私の渾名が恐怖公ですって。どう思う?」
「アシュ様、お言葉ですが……その渾名はとても良いものだと私は思います」

 テレジアは恐怖公と呼ばれていることはむしろ誇らしかった。
 魔族だけに留まらず、神族にも、そして人間にも恐れられていることに。

「あなた様のご威光が天地魔界全てに轟いていること、それは従者として何より喜ばしいです」
「ま、私が優しいのは身内限定だもの。そういう意味では私もまだ人間らしいわ」
「常々、あなた様は自分を崇める人間には友好的と仰っておりますからね」

 そういうこと、とアシュレイは頷く。
 彼女としてはわざわざ自分の味方をしてくれる人間を拒む理由がない。

「今思いついたんだけど、日本を世界に冠たる国にしようと思うだけど、どう思う?」
「良いのではないでしょうか? 人間であった頃のあなた様の祖国ならば、恩返しという形で」
「そうしましょうか。あ、でも、今なら合法的に若い娘を安く買えるから先に買っておこうかしらね」

 淫魔達が人間の娘を堕落させに行っているのは欧州だけであり、他の地域は手付かずであったりする。
 さすがに地球全土に淫魔を派遣しようと思ったら、今の最低10倍の人数は必要であったからだ。

「ともあれ、ある程度女の子を確保したら、色々入れ知恵してあげましょうかね。東洋のスイスを目指させば二度の大戦を避けられる」

 テレジアにはよく分からない単語が幾つか出てきたが、何も言わない。
 未来を見通せるアシュレイだ。
 きっと未来での事象なのだろう、とテレジアは納得する。

「あ、でも、ドイツとかソ連とかにも肩入れしたいわねぇ……ネタ的に美味しいし……うーん、アルゲマイネと武装SSの制服、どっちも部下に着せたいし……ハウニブー造らせてあげたいし……列車砲は浪漫だし……」

 そう言いつつ、アシュレイは後ろを向き、テレジアをじーっと見つめる。
 見つめられた方は首を傾げつつも、手を動かす。

「……軍服とか制服、似合いそうね。やっぱり肩入れしよう」

 アシュレイは満足気に頷く。
 こうして史実とは大幅に乖離してしまうことが決定した。















 テレジアに手入れをしてもらったアシュレイはその後、ベルフェゴールとニジがいる地下実験場へと向かう。

 大戦終了後、幾つもの計画がスタートしたが、中でも特に秘匿されているものがある。
 発案者のアシュレイ、ベルフェゴール、そしてニジしか知らない計画。
 その計画は、かつてアシュレイがベルフェゴールに言っている。
 三界全てに影響を及ぼせるような、大出力のコスモプロセッサのこと。
 その為に必要な魂は億を超えるが、その調達の目処はある。人間界で起こる戦争だ。

 死神とかに連れ去られたり、輪廻の輪に入ったりする前にサクっと魂を掃除機で吸い取るかの如く、アシュレイは頂戴するつもりであった。
 関係各所から文句が出るかもしれないが、そこはそれ。
 死にかけている連中に楽になりたいか、と頭の中で問いかけて、契約してしまえばいい。
 楽にさせてやるから魂を寄越せ、と悪徳商法よりも性質が悪いが、彼女は悪魔なので問題ない。




 

「大分進んだわね」

 アシュレイは出来上がりつつある、コスモプロセッサの外観を見つつそう告げた。
 その言葉にベルフェゴールとニジが頷く。

「アシュ様、現在工程の58%を終えております。なお、エネルギー源として魂が必要ですが……まだ全然数が足りません」
「ま、全然集めていなかったしね。本命は20世紀に入ってからの戦争よ。100万単位で人が死ぬから問題ないわ」

 ベルフェゴールにそう答えるアシュレイに対し、ニジが口を開く。

「アシュ様、魂集めに関しては軍を使うポヨ?」
「いや、女の魔族を使うつもりよ。見るからにヤバいのが多い軍のヤツだと、かえって警戒されるでしょ。百年戦争ではそんなに死なないから魂集めはしないわ。その後にエヴァンジェリンがちょっと地上でドンパチ起こすから、そこから集め始める予定」

 アシュレイの言葉に対しニジは頷きつつ、更に言葉を紡ぐ。

「計画名は何か意味があるポヨか? ツィタデレ――砦って何の関連性もないと思うポヨが?」
「これは最後の砦なのよ。私をどうにかしようという連中に対してのね」
「アシュ様に手を出すなんて、ただのバカか自殺志願者としか思えないポヨ……」

 ニジの言葉に同意するかのようにベルフェゴールも頷く。
 彼女はかつてアシュレイもそうであったように、その力は魔神クラスではあるが、基本は頭脳労働だ。
 だが、それでも今のアシュレイがどれだけ規格外なのかは分かる。

「ま、それはともかくとしてこの後、2人は暇? 偶にはお茶でもしましょうか」

 アシュレイに誘われることはここ最近なかった2人に異論がある筈がなかった。











「チェック。これでどうかね?」

 ヘルマンは自室でチェスを打っていた。
 その対戦相手は数十年前に知り合い、妙に気が合ってそれ以来、身分の差を超えて友人関係にある元天使。
 
「ふむ……ではこういう風にしよう」

 彼の打った手にヘルマンはほう、と感心しつつも駒を動かす。

「ところでどうかね? 私と共にアシュ様の下についてみては?」

 その言葉に彼は駒を動かしつつ、告げる。

「かなり悩むところではある。私としても、彼の恐怖公には憧れている。だが、サタン様を裏切ることはできんのだよ、侯爵」
「サタン、か……堕天する前からも強大ではあったが、堕天して以後はますますその力を増大させていると聞く」

 かつん、かつん、と駒を打つ音が部屋に木霊する。

「アシュ様は君を気に入ると思うのだがね。地獄の社交界で紳士と名高い君を」
「侯爵にそう言われるのは光栄だ」
「お世辞は構わんよ。事実を述べただけだ……もっとも、アシュ様は社交界とかには余り興味がないらしくな……いや、これは他の魔王達にも言えることなのだが」
「あの方々は我々のように見栄を張る必要がないのだよ。何もしなくても目立ち、誰もが頭を下げる。そういう絶対的な強者。いや、実に羨ましいものだ」

 ヘルマンは頷きつつも、駒を打つ。

「それは悪手だ、侯爵」

 そう彼は言い、駒を動かした。
 すぐにヘルマンの顔色が変わる。

「君の言う通りだったな。ところで、社交界だが……アシュ様は好色な方だ。そういった場所で魔族のお嬢さん方や堕天使のお嬢さん方とお近づきになるいい機会ではないか、と私は思うのだ」
「アシュ様程の方であれば女から寄ってくるだろう」
「それもそうだな……」


 そう言い、ヘルマンは盤面を睨み、その後の手を考える。
 だが、どう足掻いても詰んでしまうことがすぐにわかった。
 彼は苦笑し、告げた。

「やれやれ、どうやら私の負けのようだ。もう一戦、お願いできるかな? コンロン子爵」

 その提案に彼――コンロンは笑みを浮かべ承諾したのだった。

 

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