好き者同士

 アシュレイは自室で怪しげな笑みを浮かべていた。
 彼女のスカートの中ではシルヴィアが顔を埋めて怪しげなことをしているが、アシュレイは気にしない。

 彼女の手元にある一通の手紙。
 勿論、フレイヤからのものだ。
 およそ4年間の文通により、お互いに深いところまで明かし合っており、全体写真や顔写真、はては全裸の写真を送り合ったりしている。
 そんなことまでしているのに実際に会っていなかったのだが……ついにフレイヤからアシュレイの提案にOKが出たのだ。
 それは5月12日、妙神山からほど近い樹海の中で会おうというもの。 
 今日から数えてちょうど1週間後だ。

「ようやく、ようやく……」

 そう言いつつ、アシュレイはスカートの中にいるシルヴィアの頭をがっちりと両手で押さえた。

「うっ……ふぅ……」

 とりあえずスッキリとしたアシュレイであったが、まだまだ物足りない。

「もう少しやりなさい」

 シルヴィアにそう指示して、アシュレイはフレイヤからの手紙を再びじっくりと読みなおすのだった。





 そして、時間は瞬く間に過ぎ去った。
 












「……あっという間だったような、長かったような」

 加速空間から出たエヴァンジェリンは思わず呟いた。

 彼女は当初、現実時間で100年、加速空間でおよそ87万年という予定であったが、彼女が現実時間で僅か1年という短期間でアシュレイの部下となった。
 彼女はアシュレイの血を与えられ、完全な吸血鬼となった後、4年間加速空間で過ごしたのだ。
 それ以後も彼女は恐ろしい速度で成長し、現実時間で合わせて5年、まるまる加速空間で――すなわち、43800年という途方もない時間――エシュタルに、ときには暇を持て余したベアトリクスやシルヴィアなどに鍛えられたエヴァンジェリンは非常に逞しくなった。
 具体的には、どんな状況になっても泣き言すら言わずに楽しめるような。
 今の彼女なら、きっとハルマゲドンの最終決戦の場にいたとしても、笑いながら敵を殺せるだろう。

 やがて規則正しい足音が聞こえてきた。
 エヴァンジェリンが視線を向ければレイチェルがゆっくりとこちらに向かってきていた。
 やがて彼女はエヴァンジェリンの目の前で止まる。

「……レイチェル、私と同じ吸血鬼になったのか?」

 エヴァンジェリンは一目で見抜いたが故に開口一番そう尋ねた。
 その問いにレイチェルは頷き、ついで困惑した顔となった。

「私はあなたを何と呼べば良いでしょうか? お嬢様ではおかしいですし」
「エヴァと呼び捨てで構わない。アシュ様もそう呼んでいるからな」

 エシュタルの教育の成果か、エヴァンジェリンもアシュ様と呼んでいる。
 ただ、タメ口であり、リリスと似たようなものだが。

「まあ、お前がそうなっても不思議ではない」
「……エヴァ、あなたも口調がかなり変わりましたね」
「エシュタルのものが伝染った。4万年くらい一緒にいたからな」

 なるほど、と頷くレイチェル。
 もう桁がおかしいことに彼女は驚いたりしない。
 彼女もまた別の加速空間でテレジアにメイドとして色々と鍛えられていたからだ。

「ちょうどいいわ」

 唐突に響く第三者の声。
 2人が視線をやればいつの間にかアシュレイが立っていた。
 彼女は落ち着かない様子でそわそわしている。

「エヴァ、レイチェル。あなた達はちょっと体術とかそういうところも学んだ方がいいと思うの」
「魔法が効かない相手の為に?」

 エヴァンジェリンの問いに頷くアシュレイ。
 人間の扱う魔法の場合、上級魔族、上級神族ともなれば何もしなくても呪圏により威力が2割程度にまで減らされてしまう。
 アシュレイなどの魔王クラス、帝釈天などの主神クラスにいたっては完全に無効化され、ダメージを与えることすらできない。
 理論的には呪圏は言ってしまえば多重結界であるから、魔王クラスや主神クラスの呪圏を突破することも不可能ではない。
 主神クラスの神霊砲やブレスなどがその典型例であり、それらはアシュレイの呪圏を以てしても防げなかった。

 ともあれ、そういうのを抜きで考えれば呪圏を素通りできるのが肉体。
 魔法が効かないなら、殴って殺せばいい、というとてもシンプルな理論だ。
 しかし、エヴァンジェリンは上級神魔族にも通用しうる魔法を幾つか習得していた。
 彼女が扱う魔法はほとんどが人間用の、ラテン語を用いたものだ。
 人間相手に戦うにはそれだけで十分過ぎるので、お披露目の機会は滅多にないだろう。 


「しかし、そういうことができるヤツは誰だ?」

 エヴァンジェリンは考えても、体術を教えられるような達人が思い浮かばない。
 アシュレイの従者達は誰もそんなものが必要のないレベルだ。
 なぜなら、接近する前に軽く魔力を放って衝撃波を起こしただけで大抵の相手は吹き飛んでしまうのだから。

「ちょうどいい師匠を見つけてあるの。というわけで早速行きましょう。あ、陣風がもういるから、仲良くしてね」

 アシュレイは有無を言わさずそう言い、2人を連れて転移したのだった。















 斉天大聖にエヴァとレイチェルを押し付けたアシュレイは小竜姫と斬り合っている陣風の様子を見つつ、妙神山から下山し、樹海でじっと待っていた。
 柄にもなく心臓が――あってもなくても同じようなものだが、一応神魔族にも心臓がある――早鐘を打つ。


 やがて、変化が訪れた。
 アシュレイの目の前の空間に僅かな歪みができ――ついに、現れた。
 美しい金色の長い髪、雪のように白い肌はやや火照り、その瞳はサファイアのような青。
 彼女の容姿によく似合っている青いドレス、そして……その首元にあるブリーシンガメン。
 炎の如き黄金で作られた精緻な首飾りは彼女の美しさと相乗効果を発揮し、その魅力を極大にまで引き上げている。

 アシュレイは何も言わずに彼女――フレイヤに近づき、その体を抱きしめた。
 良い香りがアシュレイの鼻をくすぐる。
 抱きしめられたフレイヤは驚くことなくアシュレイの体を抱きしめ、胸などを彼女へ擦りつける。

 アシュレイはそれをOKと解釈した。

「フレイヤ、抱くわ」
「はい……抱いてくださいまし……」


 この後、何が行われたかは2人しか知らないことであった。
















 テレジアは自室でお茶を啜っていた。
 最近、日本というところから仕入れている緑茶が彼女のお気に入り。
 騒ぎもなく、何事もない日々は退屈ではあるが楽ではあった。

「……静かだ」

 そう呟き、テレジアは再び湯呑みを傾ける。

 淫魔達が色々と動いているが、それはテレジアを通していない、アシュレイの勅命。
 故にテレジアの出番はない。

「……闇の福音計画の候補者でも探すか。手伝いくらいはできるだろう」

 お茶を飲み終えた彼女は椅子から立ち上がった。
 そのとき、扉がノックされる。
 彼女が許可を出せば入ってきたのはディアナとエシュタル。

「何か用か?」
「暇だからきたんだけど……あなたも暇そうね」
「生憎、仕事は一般業務しかない。それももう片付いた」

 なるほど、と頷くディアナに対し、エシュタルが問いかけた。

「アシュ様を知らないか? どこにもいないんだが」
「アシュ様なら先ほど、エヴァンジェリンとレイチェルを連れて妙神山に行ったぞ。斉天大聖に武術を教えてもらうとか」

 エシュタルは納得したように頷く。
 彼女はエヴァンジェリンに色々教えたが、武術とかそういうところはノータッチであった。

「ところでフェネクスもいないんだけど、知らない?」
「彼女ならベアトリクス、シルヴィアと一緒に武者修行とかで地獄を巡ってくるそうだ。フェネクスの要望で最初はスルトのところに行くと聞いている」

 スルトは炎を操る。
 同じ火を使う者としてフェネクスは前々から興味があったのだ。

「私さ、フェネクスに色々やっていいってアシュ様から許可をもらってるんだけど……中々、捕まらないのよね」
「何の許可だ?」

 テレジアが何か言う前に、エシュタルが問いかけた。
 彼女にもそれは初耳だったらしい。

「フェネクスの疼く体を鎮めてもいい権利よ。色々制限あるけど、あの真面目な彼女の痴態が見れるなら安いものだわ」
「フェネクスか……そういえば最近、アシュ様は陣風やレイチェルばかり構っていて……」

 テレジアのボヤキに同意とばかりに頷く2人。
 エヴァンジェリンに色々教えていたエシュタルはしょうがないにしても、最近は明らかに陣風とレイチェル以外の者に手を出すことが減っていた。

「陣風はともかくとして、レイチェルは仕方がないだろう。我々も大目に見なければならん」

 テレジアの言葉に再び頷く2人。

「彼女の忠誠心は我々も見習わねばならない。ただの人間があそこまでアシュ様を慕っているなど……」

 エシュタルの言葉にディアナが続ける。

「知り合いの淫魔から聞いたんだけど、こっちに連れてきた人間達はアシュ様をそれなりに信仰しているけど、彼女みたいにはなってないわ」
「まあ、人間牧場にはアシュ様はあんまり顔を出さないからな。毎日とは言わないが、1週間に3回くらいはいけばそうなるかもしれん」
「アシュ様のテクニックに皆虜になるだろうからな」

 テレジアが言い、その後にエシュタルが口を開いた。
 彼女の言葉に再びテレジアが言葉を紡ぐ。

「私はアシュ様の初めてを頂いたのだが、あの頃と比べて今は隔絶した上手さだ」
「詳しく聞きたいわね」
「お前に奪われたときのアシュ様の反応について特に詳しく」

 興味津々のディアナとエシュタル。
 テレジアは昔話も偶にはいいか、と2人に馴れ初めを話し始めたのであった。
 

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