神魔交流会

 妙神山にある神族の拠点――書院造の屋敷と道場は非常に険しい場所にある。
 そこは人間が容易に立ち入らぬように人跡未踏の山奥にあり、また地球の霊的なエネルギーが集まる場所……いわゆる、霊脈の上にあった。
 

 普段は静かなそこは今日、慌ただしかった。

「御膳やお酒は大丈夫ですか!?」

 厨房に駆けこんでそう叫ぶのは赤い髪をショートカットにしている小竜姫。
 彼女は数百年程前からこの妙神山の管理人を任されるようになったのだ。
 また、斉天大聖も妙神山の守護者という役目を任され、日々、小竜姫を鍛えている。
 図らずも戦争終結後、彼女を鍛えてもいいかもしれない、と言っていた彼の言葉が実現した形だ。

 ともあれ、そんな管理人の小竜姫は非常に忙しかった。
 彼女は厨房を任されている神族から返ってきた答えに安堵の息を吐く。
 大酒飲み、大食いが主神には多くいる。
 また、やってくるサッちゃん含め、8人の魔王達も同じようなもの。
 それを見越して、神族のコック達は有り余るだろう量を神界から持ってきていた。
 神界の酒や食べ物といっても、特に悪魔を祓う効果などはない。
 多く出席する神族側が料理その他を出すことになったのだ。 

「小竜姫、大変そうなのねー」

 呑気な声が小竜姫の傍から聞こえてきた。
 すると彼女の傍の空間からトランクをもった女性が現れた。
 目玉のようなイヤリングをしているあたり、趣味の悪さが出ているような気もするが、これらは千里眼であり、ありとあらゆるものを見通してしまう。
 彼女の名はヒャクメ。神族の調査官であり、いい腕をもっているのだが……如何せん、不真面目過ぎるのが玉に瑕であった。

「ああもうヒャクメ! ちょうどいいところに!」

 ガシッとヒャクメの首根っこを掴み、小竜姫はとてもイイ笑顔になった。
 一応、彼女とヒャクメは友達である。
 不真面目なヒャクメと真面目な小竜姫は馬が合いそうにないのだが、あにはからんや、意外と息が合っていた。

「な、何にかしら?」

 目の前にある小竜姫の顔にヒャクメは冷や汗を流しながら問う。

「手伝ってくれるわよね?」
「は、はい……手伝うわ」

 基本的に小竜姫に逆らえないヒャクメ。
 本当に彼女達が友人関係にあるのか、周囲からは疑問に思われていたりする。






 そんな小竜姫とその犠牲者1名の奮闘もあり、どうにか受付開始までには全ての準備が整った。
 そして、午前9時、受付開始時間を過ぎ、続々と降臨する主神達。
 彼らは皆、拠点内に直接やってくる。
 神族であるが故に張られている結界を素通りできるからだ。

 受付もやらなければならない小竜姫はヒャクメと共に名だたる神々に恐縮しつつ、名簿に出席の印をつけてもらっていく。
 帝釈天やら仏陀やら竜神王やらオーディンやらキーやんが熾天使達と共にやってきたときはあまりの緊張に小竜姫はヒャクメと共に意識が遠のきかけたりしたものの、どうにか神族側の出席者は全員揃った。
 そして、あらかじめ時間を2時間ズラしてあった、魔族側の受付開始時間となった。
 言うまでもなく、神族側と同じ時間に受付を開始してしまえば、その場で第二次ハルマゲドンが起きかねないからであった。
 

 魔族側は拠点に直接やってこれないので、拠点の外側に現れてそこからやってくることになる。
 拠点の扉には鬼門という2体の鬼が門番をしており、彼らが受付まで案内することとなっていた。
 そんな彼らは可哀想なくらいに震えながら、サッちゃんを筆頭に続々とやってくる魔王達を案内していく。






「……あと、1柱ですか……」

 小竜姫は魂の抜けたような表情でそう呟いた。

「こ、怖かった……」

 小竜姫と同じような表情のヒャクメ。
 彼女も小竜姫も主神や魔王と比べればただの雑魚に過ぎない。
 というよりか、ヒャクメに至っては千里眼を扱う調査官であり、単なる文官だ。
 小竜姫よりも余計に恐怖を感じてもおかしくはなかった。

「最後は……」

 小竜姫は名簿を見て固まった。
 そんな彼女の様子にヒャクメは不思議に思いながらも名簿を見て固まった。

 残っているのはアシュタロス。
 神族魔族問わず、知らぬ者はいない地獄の魔王であり、先の戦争での魔族側の英雄だ。
 かつてのミカエルを堕天させ、神々が施した封印を食い破って地獄に帰ったなどエピソードには事欠かない。

「しょ、小竜姫……逃げていいかしら?」

 ヒャクメは涙目でそう言った。
 しかし、小竜姫はにっこりと微笑んだ。
 彼女は恐怖が限界を突破し、逆に怖くなくなってしまった。
 早い話、感覚が麻痺したのだ。

「ヒャクメ……私達、友達よね?」
「と、友達でも逃げるときは逃げるのよ!」

 逃げようとするヒャクメを素早く羽交い絞めにする小竜姫。

「ご、後生ね! 私は神界に戻って自分の家のベッドでガタガタ震えるわ!」
「ええい往生際が悪い! それでも武神ですか!?」
「私は文官よー!」

 ぎゃーぎゃー騒ぐ彼女達は唐突に動きを止めた。
 底知れぬ膨大な魔力を持った存在が門を通過したのを確認したからだ。
 あらゆるものを恐怖に凍りつかせるかのような、そんな魔力の持ち主は誰か言うまでもない。

 そして、彼女がやってきた。

「……女の子?」

 小竜姫とヒャクメは取っ組み合った状態のまま、やってきた彼女を見て思わず呟いた。
 どんなおぞましい姿をしているかと思いきや、小竜姫やヒャクメと見た目は同じくらいの少女であった。
 2人が知らないのも無理はなく、一般に神界に広まっているアシュタロスの姿は暗黒体のものであった。
 これは少女形態時よりは暗黒体の時のほうがそれっぽいという単純な理由だ。
 光がより強く輝くには闇が強大であればあるほどいいのは言うまでもない。
 その為にアシュタロス=巨大な邪竜というイメージが神族に根付くことになった。

 先ほどから感じていた魔力を放ってはいるものの、正体を見た2人は僅かに安堵の息を漏らした。
 幽霊の正体見たり枯れ尾花といった感じであった。
 そして、小竜姫とヒャクメは少女……アシュレイの後ろにいる人物にようやく気が付き、まじまじとその人物を見つめてしまった。

「……あまり見ないでもらいたいのだが」

 そう返したのはフェネクス……元ミカエルであった。
 彼女はウリエル達と色々と積もる話をするように、と此度の会にアシュレイに強制的に参加させられてしまったのだ。

「ねーねー、受付まだー?」

 そんな小竜姫達に問いかけるアシュレイ。
 問いかけられた方はその軽い感じに気が抜けてしまった。

「ええと、ここに印を……あ、○でもレ点でも何でもいいです」

 小竜姫が名簿と共に筆を差し出せば、アシュレイは自分の名前のところに○印……ではなく、二重丸をつけた。
 ついで、彼女は空いているスペースに「私ってば最強ね!」と書いて、自分の名前のところとその文を棒線で結んだ。

 フリーダムなアシュレイに思わず目が点になる小竜姫とヒャクメ。

「これでいいの、これでね」

 高笑いをしつつ、彼女は宴会場と書かれた矢印に従い、そちらへフェネクスを連れて歩いて行った。
 後に残された小竜姫とヒャクメはどっと疲れが押し寄せるのがわかった。


「しばらく休暇をとりたい……」
「同感だわ……」

 もう100年分くらいは仕事をしたような達成感が2人にはあったのだった。
 しかし、小竜姫にはまだ仕事があった。
 それは宴会場で何か問題が発生した場合、すぐに対処するという非常に胃にダメージを与えるシロモノ。

「ヒャクメ……これで最後です……」
「もう、生きることを諦めたわ……」
「諦めたらそこで終了ですよ……」

 小竜姫はヒャクメと共に宴会場へと向かった。









 宴会場は数十畳はありそうな大広間であった。
 そこに大勢の主神達と魔王達で左右に分かれていた。
 上座にはサッちゃん、ヤッさん、キーやんの3人が座っている。
 あと1人を除いて、既に全員が揃っており、その1人……正確には従者を含めて2人を全員が待っている状況だ。
 既にその2人が拠点内にいることはその魔力から確かであるが、中々宴会場に来なかった。
 なお、ベルゼブブ以下、6人の魔王達は対面する主神達と睨み合っており、一触即発の状況でもあった。
 まあ、最初に睨んできたのは主神達であったのだが。

 そんな最中、襖が開け放たれた。
 底冷えのするかのような魔力が宴会場を一瞬で満たす。
 上級神族であっても震えてしまうような魔力であるが、さすがに主神クラスはビクともしなかった。
 現れたのはアシュレイ。背後にはフェネクスを従えている。

「これだけは言っておく」

 アシュレイはそう告げ、ビシッとオーディンを指さす。
 指さされた彼はというと興味深げにその長いヒゲを手で撫で、彼女の言葉を待つ。

「フレイヤは私の嫁」

 天使が通り過ぎたかのような沈黙が舞い降りた。



「いや、ワシはフレイヤの父親ではないんじゃがの……」

 そう言いつつ、彼はあっちじゃあっち、と指さす。
 アシュレイがそっちへ視線を向ければ金髪の初老の男性と青年がいた。

「……本当にうちのフレイヤを嫁にしたいのか?」

 初老の男性――ニョルズが問いかけた。

「勿論だわ。ハルマゲドンもいとわない。ここであなた達全員をぶっ殺してでも奪い取る」

 サッちゃんがあちゃーと手で顔を覆い、天を仰ぐ。
 ヤッさんは複雑な顔となり、キーやんは苦笑する。

「私の妹を、本当の本当にもらってくれるのか?」

 青年――フレイが虚偽は許さない、と言わんばかりの真摯な表情で問いかけた。

「魔王は嘘をつかない。さっさとフレイヤを寄越しなさい」

 高圧的なアシュレイの物言いにカチンとくる神族達……かと思いきや、誰もが皆、救世主を見つけたと言いたげな表情であった。
 あの帝釈天すらも助かった、と言いたげな顔だ。

 先ほどまではデタントが始まる前から終わったかもしれない、と絶望していたサッちゃんも何だか場の雰囲気がおかしいことに気がつく、
 彼はベルゼブブ達に視線を向けるが、彼らも知らない、と首を横に振る。

「うむ! 父として喜んでフレイヤをお前の嫁にしよう! アシュタロス!」
「兄である私も心から祝福しよう! おめでとう!」

 一転して喜ぶ2人にアシュレイは思わず呆気に取られてしまう。
 他の神族達からも祝福の声が上がる。
 
「ど、どうなってんの!? 説明を要求するわ!」

 さすがのアシュレイも気味が悪かった。
 そんな彼女に帝釈天が告げた。

「フレイヤは……その、なんだ。とんでもない好き者でな……既婚者の神族をたぶらかしたり、男の天使をレイプしたり……」
「……神界の私か」

 アシュレイは思わず呟いてしまった。
 彼女の主食は女であるが、そこら辺を差っ引いても、神界版のアシュレイであることは間違いない。

「元夫のオーズも、あっちこっちで男をたぶらかすフレイヤに愛想が尽きた、と言ってきてな……」

 ニョルズの疲れた顔に思わずアシュレイは同情してしまう。
 彼女にはフレイヤの行動が手に取るように分かるだけに、ニョルズやフレイの苦労は計り知れない。
 とはいっても、あくまで同情するだけでアシュレイは自分の行動を改めたりはしない。
 彼女にとって優先すべきものは自分の欲求である。
 アシュレイは悪魔であるからしょうがない。

「というか……いいの? 私の嫁ってことは堕天するってことだけども」
「……あちらこちらで男をたぶらかす妹が神族であるのは不思議でならない」

 アシュレイの疑問にフレイが答え、神族は彼の言葉に同意とばかりに皆頷く。
 勿論、ここにいる主神達の中には下半身がそれなりにだらしのない者もいたりするのだが、それでも過去に粛清された神々のようにあからさまではない。
 バレないようにうまくやっていたり、相手が納得できるようにやっていたりするのだ。
 ちなみに、ここにいる神々で、一番好色な神が帝釈天であったりする。

「ともかく、今日は良き日だ! 飲もう! 踊ろう! 歌おう! 神魔族の緊張緩和に向けて!」

 ニョルズが音頭を取り、なし崩し的に宴会が始まってしまった。









「不思議な子やな」

 ヤッさんはアシュレイに視線をやりながらそう呟いた。
 視線の先にいるアシュレイはこれから義父・義兄となるニョルズ・フレイと楽しそうに酒を飲んでいる。

「ええ、そうですね。平行世界の私達から聞いてはいますが……」

 キーやんの言葉にサッちゃんが同調する。

「せやなぁ……ほんま、向こうのアシュタロスはええ子を選び出したもんや」

 サッちゃん、キーやん、そしてヤッさんは平行世界の自分達からアシュレイの経緯については既に聞いていた。
 聞いた当時こそ驚いたものの、見ていれば確かに元人間であるということが分かる面も多々ある。
 無限の性欲であったり、何だかんだ言いながら側近連中に優しかったり、自分を崇めるという条件はつくものの、人間に優しかったり。
 この場に本来なら呼ばれていなかったフェネクスを無理矢理ねじ込んだのも、アシュレイが元同胞達とフェネクスが話し合う機会を設けて欲しい、とサッちゃんに言ったからだ。

 そのフェネクスは新しくミカエルとなった金髪の美しい女天使やガブリエル、ウリエル、ラファエルなどの旧友達と何やら話し込んでいる。

「彼女だけ特別……というわけではありませんが、それでもこの世界に来て以来、一番苦労したのは彼女ですし、何かしてあげたいですね」
「ワシは右腕を食いちぎられたけどな……いや、アレは痛かったわ……」

 そう言って右腕をさするヤッさん。

「初めてでっしゃろ? 傷を負うなんて」

 サッちゃんの言葉にヤッさんは頷く。

「ワシら神族……いや、もっと限定すれば主神連中は痛みを知らんからな……今回のことはいい薬となったと思うんや。首謀者の帝釈天なんぞ喰われたしな……」
「さすがの彼らもしばらくは大人しくしているでしょう」

 キーやんの言葉にヤッさんは頷く。

「ワシは隠居した。けども、神魔のデタントの為に裏から色々やらせてもらう。表はそっちに任せたで」

 ヤッさんの言葉にサッちゃんとキーやんは力強く頷く。
 その様子にヤッさんは顔を綻ばせたのだった。










 宴会は夜になってもまだ続く。
 もはや神も悪魔もゴチャ混ぜであり、ベリアルと毘沙門天が飲み比べをしていたり、ベルゼブブがウリエルの愚痴を聞き、堕天を勧めていたり、とカオスな状況であった。
 そんな中、アシュレイは宴会場を抜け出し、1人、縁側から庭へと出る。
 綺麗に整った庭園は管理人の几帳面さが如実に表れており、雑草はどこにも生えていない。

 夜空には満月が地上を明るく照らし、吹く夜風はやや冷たい。
 アシュレイに、その風は心地良かった。
 
「少しいいか?」

 その声にアシュレイは振り返る。
 縁側には帝釈天が座っていた。
 彼の傍には徳利とお猪口が2つずつ。

「いいわよ」
 
 アシュレイは了承し、帝釈天の横に腰を下ろす。
 彼女に彼はお猪口を1つ渡し、それに酒を注ぐ。

「あなたにお酌してもらえるなんて、光栄だわ」

 アシュレイの言葉に帝釈天はくつくつと笑う。

「まあ飲め」

 彼の言葉にアシュレイは一気に呷る。
 その酒の苦味と込み上げてくる熱さに思わず彼女は溜息を吐く。

「うまい。いい酒だわ」
「神界で造った鬼殺しという酒だ。お前でも勝てんかな?」

 彼の言葉に今度はアシュレイが笑った。
 アシュレイは吸血鬼。いわゆる西洋の鬼だ。

「ところでいいの? 悪魔を滅ぼしたくて堪らないんじゃないの?」

 そう言いつつ、アシュレイは彼のお猪口に酒を注ぐ。

「今は戦ではないからな」

 そう言い、彼はぐっと呷る。

「悪魔を滅ぼしたくて戦争を起こした癖に?」
「それも確かにあるが、わしや阿修羅、あるいは毘沙門天なんかの武神や軍神はそれ以外の目的もあった」
「その目的は?」
「強い敵と死力を尽くして戦うことだ」
「己の欲望の為に戦争を起こしていいのかとか人間が聞いたら言うわよ?」
「人間はいい輩も確かにいるが、基本的には陰湿で陰惨な連中だ。わしらはそういうのが何よりも許せん。そんな連中が正義を語るなんぞ滑稽だ」

 アシュレイは帝釈天の評価を改める。
 ただの脳筋戦争馬鹿から、それなりに話の分かるヤツへと。

「お前の民を滅ぼしたことはわしが戦争を起こしたことが原因だ。生き残った民はおそらく、悪魔信仰者として人間共から迫害を受けているだろう。連中は異端を嫌うからな……」

 だが、と彼は続ける。

「わしはお前に謝らん。わしを存分に憎め。それでわしと戦え。この前は無様な姿を晒したが、次はそうはいかん」

 闘志を燃やす帝釈天にアシュレイは再び評価を改める。
 話の分かる脳筋へと。

「つまり、あなたはどこまでいっても力の神なのね。力比べをしたくてしょうがない……根っからの戦士」
「そうとも。お前には敬意を払おう。わしを倒した悪魔はお前が初めてだ」

 アシュレイはくすり、と笑う。
 彼女としてもここまで堂々とされるとかえって清々しくなってしまった。

「ところでお前は武術とかは習っているのか?」
「いつか習おうとは思ってみたけど、今のところは習ったことはないわ」
「ならわしのところにしばらく来るか? そうすればお前といつでも戦える。ついでに武術を教えてやろう」

 帝釈天が使う武術……これ以上ないくらいに正統なものだろう。
 何だか話が妙な方向へ進んでいるが、ともあれアシュレイは帝釈天の屋敷に女っ気がなさそう、とあたりをつける。
 体育会系というか無駄に暑苦しそうなイメージだ。

「いや、私は遠慮しておくわ……悪いけど、あなたの屋敷には女っ気がなさそうだもの」
「……そういう断り方をされるとは思ってもみなかった」
「帝釈天の予想を上回るなんて、さすが私ね」
「ちなみにだが、わしの嫁は神界でも美女と評判だぞ? フレイヤといい勝負だ」
「……寝とっていい?」
「それは勘弁しろ」

 そう言って帝釈天は豪快に笑う。
 アシュレイもまたつられて笑う。
 2人の声が庭に木霊する。

「ああ、そういえば……ある羅刹女がお前に一目惚れしていたぞ?」
「……羅刹女?」
「美しい人間の女の姿をした鬼神だ。毘沙門天の眷属でな」
「すぐ紹介して!」

 目の色を変えたアシュレイに帝釈天は笑う。

「そうくると思って、もう呼んである」

 帝釈天がそう告げれば、ふっと現れる1人の女。
 美しい女だ。
 艶やかな長い黒髪、2本の角、着物を纏い、その腰には刀。
 
 アシュレイはその女に見覚えがあった。
 彼女の疑問を見透かしたように、女が答えた。

「アシュタロス様とは一度、先の決戦でお会いしております」
「ああ……あのときの」

 戦場でアシュレイが一度止まったとき、その傍にいた刀を抜いていなかったあの女であった。

「でも何で?」
「降臨して以来、圧倒的な強さを振るうアシュタロス様に……」

 その白い頬を朱に染めて、恥ずかしげに視線を逸らす彼女。

「基本的にわしら武神や軍神は強いヤツが好きだ。それは相手が悪魔であっても例外ではない。で、そこの羅刹女……陣風は下級鬼神であるが、見ての通り、お前も満足できる容姿だろう?」
「お持ち帰りしていいですか? 帝釈天様」
「うむ、よかろう」

 へりくだるアシュレイと鷹揚に頷く帝釈天。
 先の戦争で敵同士で戦ったとは到底思えない様相であった。
 この辺、人間ならば感情的なしこりで色々と気まずさなどが残るが、基本神々や悪魔にとって、戦った後にそのようなしこりは残らない。
 中にはより憎悪をたぎらせたりする連中もいるが、そういうのは極めて少数であった。
 分かりやすくいえば、番長同士が喧嘩した後に相手の実力を認め合って仲良くなる……そういう感じであった。

「で、陣風」
「はい、アシュタロス様」
「長いからアシュ様でいいわ。で、私と地獄に来る? あとその胸揉ませて」
 
 着物を着ているにも関わらず、主張しているその胸。
 ディアナや大人形態時のエシュタル程ではないが、それなりに大きいことは間違いない。

「喜んで……」

 承諾した陣風にアシュレイは喜色満面。

「それじゃ私はちょっと用事があるから」

 そう言って、彼女は陣風と共に何処かへと消えていった。
 小竜姫に空いている部屋に案内してもらうのだろう。
 そこで何が行われるかは言うまでもない。

「中々面白い娘だ」

 後に残った帝釈天はそう呟き、徳利ごと酒を呷った。











 そして、翌日。
 二日酔いで死屍累々……となっているかと思いきや、人間ではないのでそんなことにはならなかった。
 そして、開かれた会議でもって神族と魔族の間で幾つかのことが決定した。
 それは以下の通りだ。
 

 魔族は人間を堕落させるべく、悪事を働く。
 神族は人間に対して行う魔族の悪事を余程のことでない限り見逃す。
 神族は堕落した人間の数が一定数に達した段階で地球に降臨し、堕落した人間達を更生させる。
 魔族は神族が人間の更生時に降臨する際、手出しをしない。
 基本的に神魔族は地球上では全力で戦わない。ただし、自らの存在に関わるような緊急事態となった場合はこの限りではない。



 以上の5点に加えて、アシュレイが探しているエナベラの子孫や他にいるかもしれないソドムとゴモラの末裔達の捜索について、全ての軍団を捜索に投入することも合意に至った。
 さらに蛇足として、アシュレイとフレイヤの結婚式の日程については後日改めて決めるということにもなった。
 これらの決まりごとを見れば、光である神族をより引き立たせる為に敢えて魔族の好きにさせるということがよく分かる。
 神族は確かに光の存在であるが、常に人間の味方というわけではなかった。
 

 サッちゃんにとって、やんちゃなアシュレイも少しは落ち着いてくれるだろう、という願望があった。
 彼からすれば一夜開けてみれば、見慣れぬ美女がフェネクスと共にアシュレイの傍にいたり、帝釈天が妙に親しげにアシュレイに挨拶したり、と訳がわからない状態であった。
 その様子に、帝釈天とアシュレイが共謀してハルマゲドンを起こしたりしそうでサッちゃんとしては非常に怖かったのだ。




 ともあれ、神魔交流会はどうにか無事に幕を閉じたのであった。

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