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精強な軍団≠勝てる軍団

「うーん……半壊ね」

 アシュレイは自室で報告書に頭を抱えた。
 彼女の40の軍団のうち、使える連中を1つの軍団に纏め、アペプに預け、主戦場で補助戦力として使われた。
 使われたのだが……

「損耗率4割って……どこの末期戦よ?」

 横にいるベアトリクスに問いかける。
 彼女はただ縮こまるばかり。
 4割の者が永久原子を砕かれて戻ってこなかったのだ。
 アシュレイとしても頭が痛い問題だ。
 何しろ、魔王や魔神はその軍団も精強でなくてはならない。
 
「もう使い魔を大量に作るしかないのかしらね……」

 嘆く彼女にベアトリクスは何も言うことができない。

「いや……待てよ?」

 アシュレイはある戦術を思いついた。
 人件費なんぞ踏み倒しても問題はない。
 そして、強い魔族は大抵、既に誰かの軍に所属している。
 残っているのは一山幾らの下級・中級魔族。
 その数は膨大。

「精強であるという考えを捨てて、とにかく勝てる軍団を作ればいいのよ」

 うんうん、と頷き、アシュレイはベアトリクスに笑ってみせる。

「ねぇ、ベアトリクス。弱くてもいいから、とにかく数を揃えなさい。とりあえず100万くらい」
「は……?」

 意図が読めず、首を傾げるベアトリクスにアシュレイはくすくすと笑う。

「戦争は数ってことをすっかり忘れてたわ。1個の戦場に100万の魔族を投入すれば勝てる。要は相手よりも数で圧倒的に上回ればいいのよ」
「被害も膨大ですが……?」
「女性型魔族は後ろに下げて、それ以外を突っ込ませればいい。その戦場を生き残ってくる者が強者。その生き残った連中を中心に戦争後に軍を再編すればいい。戦争中に肥大した軍のスリム化もできるから経費削減なのだわ」
「戦争をふるい代わりに……良い案です。さすがはアシュ様……!」
「そうよ。人民の海によって耕せばいいのだわ……!」

 ベアトリクスも賛同したように、アシュレイの案はわりといいものであった。
 何しろ、中級・下級魔族なんぞ代わりは幾らでもいる。
 肉の壁として突撃させても何も問題はなかった。

「で、ベアトリクス。今回の戦で戦果を上げた者はいるかしら?」

 その言葉にベアトリクスは幾人かの名前を読み上げていく。
 アシュレイはシルヴィアやテレジア、ディアナ、エシュタルなど戦果を上げて当然といった連中を除けば全く知らない名前ばかりであるが、唯一知っている名前があった。

「ヘルマン? 彼、生き残ったの」
「はい。無駄にしぶといですから」
「それじゃ、次も最前線でいの一番に突撃させましょう」

 哀れヘルマン。
 彼の境遇は将来的に改善されるかもしれない。アシュレイの気まぐれで。

「他に特筆事項は?」
「特にはございません」
「ならば、ちょっと出かけてくる。アシュタロスと話すことがあるの」

 そう告げ、アシュレイは転移した。






 トンテンカントンテンカンとハンマーの音があちこちから響き渡る。
 アシュタロスはハンマーの音を聞きながら、指揮所で図面とにらめっこしていた。
 工事の進捗は順調だ。
 戦争により、比較的強い魔族が大量に引きぬかれたものの、その分の埋め合わせはハニワ兵の大量投入で補った。

「アシュ様、お茶をどうぞ」

 見た目、土偶のようなものがそう言い、湯飲みを置いた。
 彼の名はドグラ・マグラ。
 凄まじい演算能力を誇る、アシュタロスが作りだした兵鬼だ。
 彼の補佐無くして、効率的な工事は望めない。

「ああ、ありがとう」

 アシュタロスは礼を言い、それを受け取る。
 彼の頭には安全第一のヘルメットがあり、服装もすっかり現場監督のそれであった。

「はぁい」

 そんな声と共にアシュレイが指揮所の中に現れた。

「おお、アシュレイ様! お久しぶりです!」

 ドグラの挨拶ににこり、と微笑むアシュレイ。
 
「アシュレイ、先の戦闘の結果は聞いているぞ」

 アシュタロスは図面を見るのをやめ、彼女に視線を向けた。
 そんな彼の姿に彼女は目を数度瞬かせた。

「あなた、いつから建設会社に入ったの?」
「これが正しい工事現場のスタイルさ」
「……まあ、いいけども」

 呆れるアシュレイは気を取り直して、真剣な顔で彼に聞いた。

「究極の魔体から持ってきて、純粋な魔法技術に昇華したあのバリアなのだけども」
「何か不具合があったかね?」
「逆よ。腰に穴があったとか聞いたけど、いつの間に埋めたの?」

 その問いにアシュタロスはふっと笑った。

「私がいつまでも弱点を残しておくと思うかね?」
「思わない。というか、隠しちゃうと、別次元の存在になって干渉できなくなるんじゃ?」

 アシュタロスはその質問を待ってました、と言わんばかりに目を光らせた。

「世界は矛盾を嫌う。君はもうこの世界において魂の牢獄に囚われている。牢獄は如何なる存在も外に出ることはできない。そんな君が牢獄の外の、別次元の存在になってしまった。なのでこの世界にはいないということになる」

 アシュレイはそれにより、なるほどと納得した。

「つまり、世界により私はそこにいるのにいない、いないのにいるという状態なのね」
「そうだとも。世界システムの有効活用だ。最も反則なやり方さ」
「納得……ところで、単なるバリアじゃ芸がないから名前をつけていいかしら?」
「どんな名前かね? 製作者としては変な名前をつけられてはかなわんのだが」
「次元転移シールドとかどう?」
「……まあ、及第点だろう」

 そのまんまであるが、分かりやすいといえば分かりやすい。
 
「で、工事の進捗状況なんだけども……あと何年くらい?」
「完成まで1000年くらいだな」
「あら、意外と早いのね」
「ドグラがいるおかげで私が細かい指示を出さなくてもいいのでな……」
「……私も、造ろうかしらね。ドグラみたいな子」
「ベルフェゴールならば問題なかろう。彼女の頭も凄いからな。ところで、彼女の捜索はどうなっているのかね?」
「ソドムとゴモラに生き残りがいて、その末裔捜索に力を注いでるのよ」

 彼女はそう答え、じーっとアシュタロスを見つめる。

「……分かった分かった。追跡機を作ればいいんだな?」
「うん。3秒でできるでしょ?」
「3秒は無理だが、10分でできるな。リリス追跡機をちょこっと改造すればいい。私の知るベルフェゴールの波長やその他諸々のデータを使えば見つかる筈だ。たぶん」

 困ったときのアシュタロスであった。
 一応、アシュレイもアシュタロスと同じように追跡機を作れるのだが、頼ることができるうちは頼って楽をしたかった。

「ところで、もう一つ気になることがあるんだけど」
「何かね?」
「こっちの世界のキーやんとかサッちゃんは私の経緯を知っているの?」
「まだ知らない筈だ。時期がきたら教えると聞いている」

 なるほど、とアシュレイは頷く。
 
「他に何かあるかね?」
「特にない」

 アシュレイはこのあとどうしようか、と考える。
 そして、あることを思いついた。

「そうだ、私の使徒を作ろう」
「人間界で活動する君の眷属……といったところかね?」

 アシュタロスに彼女は頷き、肯定する。

「だが、それをやれば神族も黙ってはいまい」
「あら、それはおかしいわ。だって、地獄中央市場には人間も商品として出回っているんですもの」
「君の場合、派手にやりそうで心配なのだよ。くれぐれも派手にやるなよ?」

 アシュレイは頷き、どんな計画名にしようかと考え、彼女は思いついた。

「神族への皮肉も込めて、計画名は闇の福音とするわ」
「皮肉たっぷりだな」
「皮肉は大事よ。優雅に相手を貶すことができるもの」

 アシュレイは満足そうに頷き、ここから直接、地獄中央市場へ行くことに決めた。
 そこで生きの良い人間を選ぶ為に。

「これが人間社会支配への第一歩……!」

 高笑いする彼女を生暖かい目で見つめるアシュタロス。
 彼としては彼女が元気そうでよかったような、悪ノリしていて悲しいような複雑な心境だ。
 ともあれ、彼女の野望は留まることを知らなかった。










 一方その頃――

 加速空間ではディアナが暇潰しに散歩をしていた。
 空をふよふよと漂っていたディアナは海から程近い場所に作られた街に降り立った。

 淫魔達が暇潰しに作った街だ。
 道端では何人もの淫魔が客引きをしている。
 何の客引きかは言うまでもなく、また利用しても料金なんぞ取られはしない。
 客引きをしている淫魔達は年齢一桁の幼い淫魔から、妖艶な大人の淫魔まで様々だ。

 ディアナはそんな淫魔達を横目で見つつ――見られている淫魔達は彼女に熱い視線を送っているのだが――あちこちを見て回る。
 レストランなどの飲食店もそれなりに存在し、アシュレイが前、提案した学校もまたあった。
 飲食店に入ったり、学校を覗いたりすれば、大量の淫魔に集られることは想像に難くない。
 敢えていうなら、飲食店や学校などは食虫植物が餌を捕食する為に行う擬態と同じだ。
 ほいほい入ってきた輩を店員や生徒の淫魔達が美味しく頂いてしまう。



「暇だわ……」

 やれやれ、とディアナは溜息を吐く。
 彼女はとにかく暇であった。
 かといって、淫魔達とヤる気も起きない。

 何か面白いことないかしら、と彼女が思ったそのときだ。

「……?」

 オープンカフェで何やらやっている見た目10代後半の淫魔達。
 初めて見る光景にディアナはほいほいとそっちへ向かった。




「何をやってるの?」

 ディアナがそう問いかければ淫魔達は驚いた顔をするが、すぐに笑みを浮かべる。

「ディアナ様、今、お化粧をしています」
「化粧?」

 はてな、と首を傾げるディアナ。
 そこで彼女は淫魔達の唇が朱色に塗られていることに気がついた。

「その紅いのがそうなの?」

 ディアナが彼女達の唇を指さしながら問いかければ、彼女達は頷く。

「他にも肌を白くしたりとか眉毛を整えたりとか……色々あるんですよ。雑誌で見たんですけど」
「ふーん……」

 ディアナはそう言いつつ、じーっと紅い口紅を見つめる。

「ちょっと借りるわね」

 彼女はそう言って、紅い口紅を使い、鏡を見ながら自らの唇に塗る。
 すると、彼女には鏡に映る自分が、いつもとは少し違った雰囲気に見えた。

「ねぇ、お化粧を教えてくれないかしら?」

 そうやって自らの大きな胸を強調しながら、淫魔達に尋ねた。

「報酬は……分かってるでしょ?」

 くすり、と笑ったディアナに淫魔達は躊躇なく、承諾したのであった。

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