「ついに私が大規模戦の指揮を取ることになったわ!」
ついさっき、議事堂から帰還したアシュレイはテレジア、シルヴィア、ベアトリクスを呼び寄せ、集まった彼女たちにそう宣言した。
「お言葉ですが」
ベアトリクスはそう前置きし、アシュレイに告げる。
「居城の建設が……」
「大丈夫よ。アシュタロスが何とかしてくれるから」
そのアシュレイの言葉には妙な説得力があった。
それでも、それでもアシュタロスならきっと何とかしてくれる――そんな妙な信頼だ。
「というわけで指揮系統一本化の為にもう親衛隊もベアトリクスの指揮下に入っちゃって。集まり悪いし」
ベアトリクスが前々から迷っていたことが、あっさりとアシュレイの口から出てきた。
これで一応、シルヴィアは不憫な思いをせずに済む。
だが、彼女がより悲惨なことにならぬよう、ベアトリクスは問いかけた。
「アシュ様、シルヴィアにはどのような役目を?」
「副司令……というのもアレだから、現場のトップでいいんじゃないかしら。早い話がベアトリクスが後方で全体の指揮を、シルヴィアが前線での実際の指揮を」
「あの、アシュ様」
遠慮がちな声でシルヴィアが口を開いた。
「人間ならばそれでも良いのですが……」
「……そうだったわね」
ベアトリクスという強大な戦力を後方で遊ばせておく、というのは勿体無いことだ。
基本、神族も魔族も強い輩程、最前線で戦うことになる。
人間ならば身体能力などに差がないことから、後方と現場という分け方もできるのだが。
「じゃ、シルヴィアには適当な軍団を率いてもらいましょう。で、個人的なものなのだけど、40個あるうちの軍団で、最も活躍した軍団には親衛の称号を与えようと思うの」
そこで一度言葉を切り、アシュレイはシルヴィアをまっすぐに見て告げる。
「あなたの率いる軍団が活躍すれば親衛隊になれるわね。頑張って」
シルヴィアはアシュレイの配慮に思わず体を震わせた。
主にここまでされて、応えないのは使い魔ではない、と彼女は気を引き締めた。
「それはさておき、ベアトリクス。ぶっちゃけ、どうなの? 私の軍」
その問いかけにベアトリクスは思わず視線を逸らした。
しかし、その逸らした先には既にアシュレイが先回りして、きらきらと瞳を輝かせていた。
結構いいレベルに達しているんじゃないか、とアシュレイは期待している。
具体的に言えば上位天使の軍勢とガチンコして勝てるレベルに。
「その……半年ならば存分に暴れてみせましょう」
ベアトリクスはこう言うしかなかった。
一転、アシュレイは長い、長い溜息を吐いた。
「つまり、ぶっちゃけ戦力になるレベルじゃないのね」
「……はい。申し訳ございません」
ベアトリクスは勢い良く頭を下げた。
「仕方ないわ。少数精鋭でいきましょう。使える兵隊を1つに集めて、ベアトリクスが司令で補佐としてシルヴィアが指揮をとりなさい」
いざとなったら私が出るから、と彼女は告げた。
アシュレイとしては最低でも熾天使クラスでなければ戦いたくはない。
何分、弱いと軽く殴っただけで相手は消滅してしまうのだ。
強すぎるというのも考えものであった。
「じゃ、私はニジと遊んでくるから。たぶん、ディアナとエシュタルも同じところにいるでしょうから、私がさっきのことは伝えておくわ」
手をひらひらさせて、彼女は消えた。
「ところで、使えない兵隊はどうすればいいのか?」
シルヴィアの問いにベアトリクスが答える。
「アシュタロス様にでも預けておけばいいだろう。いや……いざというときの囮に使えるかもしれん」
「私も前線に出るのだろうか……久しぶりで血が騒ぐな」
テレジアはそう呟き、嗜虐的な笑みを浮かべる。
メイドではあるが、彼女もれっきとしたアシュレイの使い魔。
戦闘力はそこらの上級魔族を凌駕している。
「我々の活躍はそのままアシュ様の名声へと繋がる。気を引き締めてやるように」
ベアトリクスの言葉に分かっている、と答えるシルヴィアとテレジア。
主の初舞台、手抜きなんぞできるわけがなかった。
「オーバー・ザ・レインボー!」
そんなことを言いながら、アシュレイはニジの上を飛び越えた。
思わず顔を上に向けるニジ。
そして、彼女は目撃した。
「アシュ様、今日は白ポヨか……」
「昨日、穿いてなかったのだけども、今日は穿いてみました」
穿かない日がある理由は言うまでもないだろう。
「ところでアシュ様、先程の一発ギャグは寒かったポヨ」
「……この私にそういうことを言うなんて、度胸あるわね」
「地位の濫用は良くないポヨ」
妙に仲がいい2人である。
おそらく、ニジの方言とその雰囲気からアシュレイとしては珍しく、友達のような感覚なのかもしれない。
言うまでもないが、アシュレイに友達はいない。
アシュタロスは友達というよりかは頼りになる先生だ。
そんな雰囲気の2人をじーっと見つめるディアナとエシュタル。
アシュレイとくだけた会話ができるニジが羨ましかった。
「で、ディアナとエシュタル。親衛隊解体ね。でもって、ベアトリクスの指揮下にしたから。詳しいことはベアトリクスから聞いて頂戴」
さっき、3人に話したことを簡単にアシュレイは説明する。
詳しいことは丸投げするあたり、結構彼女もいい加減だ。
「あの、アシュ様」
もじもじとしつつ、ディアナが声を掛けた。
エシュタルは先を越された、と悔しげな顔を見せる。
「その、もっと構ってください。アシュ様と遊びたい……です」
顔を俯かせて、アシュレイを見つめるディアナ。
そんな彼女にアシュレイは思わず唾を飲み込んだ。
「可愛い……!」
アシュレイは目にも留まらぬ速さでディアナに抱きついた。
そして、その大きすぎる胸に顔を埋める。
ディアナはそんな彼女の背中に手を回し、その頭を優しく撫で始めた。
エシュタルはその可愛らしい顔を鬼の如き形相に変え、ディアナを睨む。
殺気で上級魔族が殺せたら、ディアナは100万回は死んでいそうだ。
「まぁまぁ、落ち着くポヨ」
ぽんぽん、とエシュタルの肩を叩くニジ。
「大丈夫ポヨ。アシュ様は優しいポヨ。僅かな勇気できっとうまくいくポヨヨ」
「そ、そうか……?」
「そうポヨ。今日の夜辺りに寝室に忍び込めばきっといいことあるポヨ」
「わ、わかった。甘えてみる」
ぐ、と握り拳を作るエシュタル。
そんな彼女にうんうん、とニジは頷きつつ、アシュレイにウィンクしてみせた。
アシュレイは先ほどからずっと視線だけ動かし、エシュタルを見ていたのだ。
ニジのウィンクにアシュレイは念話でフォローへの感謝を告げる。
部下の管理というか、妾の管理はそれなりに気を遣うもの。
その点、ニジは魔族にしては珍しく、場の空気が読めるのでアシュレイとしては色々な意味で重宝する存在であった。
神界のとある場所にて、2人の青年が向き合っていた。
片方は12枚の翼をその背に持つ、ルシフェルであった。
「……この計画は神に仇なす、というものですね」
「そうだ。密告しても構わない」
ルシフェルの言葉に青年は苦笑する。
「まさか。あなたの覚悟は重い。それに、あなたの計画は世界にとっても良いことです。そんなことはしませんよ」
「ならば……?」
青年はにこやなか笑みを浮かべ、頷いた。
「協力致しましょう。僕としても、彼女には興味がありますので」
「純粋であるが故に彼女は恐ろしい」
「悪く言えば、単純である……と?」
その言葉に今度はルシフェルが苦笑する。
「欲望のままに力を振るうのが魔族……神族にもどこかのギリシャの主神のような者がいるが……」
ルシフェルの言葉に青年は思わず笑ってしまう。
「ともかく、彼女は自らの込み上げてくる欲望のままに自らの力を振るう。その力は強大だ」
「聞けば大公爵でありながら、既に魔王クラスの実力とか……」
ルシフェルは頷き、肯定する。
「前に私は彼女と会った。こちらの尻拭いを頼む為にな」
青年は興味深そうに目を細める。
「底知れぬ魔力だ。私やメタトロン様がアウゴエイデスをもって戦っても、一蹴されてしまうかもしれん」
「次代の魔王であることは確定ですね」
青年の言葉に頷き、ルシフェルは言葉を更に紡ぐ。
「彼女を、魔神アシュレイを味方につけようと思う」
青年は思わず目を見開いた。
とても難しいことだ。
彼女が神々や天使を嫌っているのは分かりきっている。
「彼女は魔族の英雄だ。地獄でその名を知らぬ者はおるまい。彼女をこちらに引き入れればデタントは一気に進むだろう」
「確かにそうですが、どうやって?」
ルシフェルは深呼吸を一つする。
彼が考えたものは博打に等しいものであった。
「私が指導者となった後、彼女が欲しいものを与える。その代価として指導者となることに協力してもらう」
「空手形にも程があります。動かせますか? それで」
呆れた表情の青年にルシフェルは重々しく頷く。
「それしかあるまい。彼女は女を欲しがるだろうが、ミカエルやガブリエルを堕天させて彼女に与えるわけにもいくまい。神界の護りが疎かになってしまう」
「それはそうですが……彼女が指導者の地位を望んだらどうしますか?」
「私の勘だが、それだけはないと思う」
「あやふやですね」
「あやふやだが、何故か分かるのだ。彼女はそれだけは決して望まない、と」
指導者になれば世界の維持に奔走しなければならず、遊ぶ暇がない――そういう裏事情をアシュレイはアシュタロスから教えてもらい、知っていた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言いますし、アシュレイの引き入れ策の件も含めた上で改めて協力します……ルシフェル様」
「そうか……ありがとう、バアルゼブル」
青年、バアルゼブルは再びその顔に笑みを浮かべた。
ついさっき、議事堂から帰還したアシュレイはテレジア、シルヴィア、ベアトリクスを呼び寄せ、集まった彼女たちにそう宣言した。
「お言葉ですが」
ベアトリクスはそう前置きし、アシュレイに告げる。
「居城の建設が……」
「大丈夫よ。アシュタロスが何とかしてくれるから」
そのアシュレイの言葉には妙な説得力があった。
それでも、それでもアシュタロスならきっと何とかしてくれる――そんな妙な信頼だ。
「というわけで指揮系統一本化の為にもう親衛隊もベアトリクスの指揮下に入っちゃって。集まり悪いし」
ベアトリクスが前々から迷っていたことが、あっさりとアシュレイの口から出てきた。
これで一応、シルヴィアは不憫な思いをせずに済む。
だが、彼女がより悲惨なことにならぬよう、ベアトリクスは問いかけた。
「アシュ様、シルヴィアにはどのような役目を?」
「副司令……というのもアレだから、現場のトップでいいんじゃないかしら。早い話がベアトリクスが後方で全体の指揮を、シルヴィアが前線での実際の指揮を」
「あの、アシュ様」
遠慮がちな声でシルヴィアが口を開いた。
「人間ならばそれでも良いのですが……」
「……そうだったわね」
ベアトリクスという強大な戦力を後方で遊ばせておく、というのは勿体無いことだ。
基本、神族も魔族も強い輩程、最前線で戦うことになる。
人間ならば身体能力などに差がないことから、後方と現場という分け方もできるのだが。
「じゃ、シルヴィアには適当な軍団を率いてもらいましょう。で、個人的なものなのだけど、40個あるうちの軍団で、最も活躍した軍団には親衛の称号を与えようと思うの」
そこで一度言葉を切り、アシュレイはシルヴィアをまっすぐに見て告げる。
「あなたの率いる軍団が活躍すれば親衛隊になれるわね。頑張って」
シルヴィアはアシュレイの配慮に思わず体を震わせた。
主にここまでされて、応えないのは使い魔ではない、と彼女は気を引き締めた。
「それはさておき、ベアトリクス。ぶっちゃけ、どうなの? 私の軍」
その問いかけにベアトリクスは思わず視線を逸らした。
しかし、その逸らした先には既にアシュレイが先回りして、きらきらと瞳を輝かせていた。
結構いいレベルに達しているんじゃないか、とアシュレイは期待している。
具体的に言えば上位天使の軍勢とガチンコして勝てるレベルに。
「その……半年ならば存分に暴れてみせましょう」
ベアトリクスはこう言うしかなかった。
一転、アシュレイは長い、長い溜息を吐いた。
「つまり、ぶっちゃけ戦力になるレベルじゃないのね」
「……はい。申し訳ございません」
ベアトリクスは勢い良く頭を下げた。
「仕方ないわ。少数精鋭でいきましょう。使える兵隊を1つに集めて、ベアトリクスが司令で補佐としてシルヴィアが指揮をとりなさい」
いざとなったら私が出るから、と彼女は告げた。
アシュレイとしては最低でも熾天使クラスでなければ戦いたくはない。
何分、弱いと軽く殴っただけで相手は消滅してしまうのだ。
強すぎるというのも考えものであった。
「じゃ、私はニジと遊んでくるから。たぶん、ディアナとエシュタルも同じところにいるでしょうから、私がさっきのことは伝えておくわ」
手をひらひらさせて、彼女は消えた。
「ところで、使えない兵隊はどうすればいいのか?」
シルヴィアの問いにベアトリクスが答える。
「アシュタロス様にでも預けておけばいいだろう。いや……いざというときの囮に使えるかもしれん」
「私も前線に出るのだろうか……久しぶりで血が騒ぐな」
テレジアはそう呟き、嗜虐的な笑みを浮かべる。
メイドではあるが、彼女もれっきとしたアシュレイの使い魔。
戦闘力はそこらの上級魔族を凌駕している。
「我々の活躍はそのままアシュ様の名声へと繋がる。気を引き締めてやるように」
ベアトリクスの言葉に分かっている、と答えるシルヴィアとテレジア。
主の初舞台、手抜きなんぞできるわけがなかった。
「オーバー・ザ・レインボー!」
そんなことを言いながら、アシュレイはニジの上を飛び越えた。
思わず顔を上に向けるニジ。
そして、彼女は目撃した。
「アシュ様、今日は白ポヨか……」
「昨日、穿いてなかったのだけども、今日は穿いてみました」
穿かない日がある理由は言うまでもないだろう。
「ところでアシュ様、先程の一発ギャグは寒かったポヨ」
「……この私にそういうことを言うなんて、度胸あるわね」
「地位の濫用は良くないポヨ」
妙に仲がいい2人である。
おそらく、ニジの方言とその雰囲気からアシュレイとしては珍しく、友達のような感覚なのかもしれない。
言うまでもないが、アシュレイに友達はいない。
アシュタロスは友達というよりかは頼りになる先生だ。
そんな雰囲気の2人をじーっと見つめるディアナとエシュタル。
アシュレイとくだけた会話ができるニジが羨ましかった。
「で、ディアナとエシュタル。親衛隊解体ね。でもって、ベアトリクスの指揮下にしたから。詳しいことはベアトリクスから聞いて頂戴」
さっき、3人に話したことを簡単にアシュレイは説明する。
詳しいことは丸投げするあたり、結構彼女もいい加減だ。
「あの、アシュ様」
もじもじとしつつ、ディアナが声を掛けた。
エシュタルは先を越された、と悔しげな顔を見せる。
「その、もっと構ってください。アシュ様と遊びたい……です」
顔を俯かせて、アシュレイを見つめるディアナ。
そんな彼女にアシュレイは思わず唾を飲み込んだ。
「可愛い……!」
アシュレイは目にも留まらぬ速さでディアナに抱きついた。
そして、その大きすぎる胸に顔を埋める。
ディアナはそんな彼女の背中に手を回し、その頭を優しく撫で始めた。
エシュタルはその可愛らしい顔を鬼の如き形相に変え、ディアナを睨む。
殺気で上級魔族が殺せたら、ディアナは100万回は死んでいそうだ。
「まぁまぁ、落ち着くポヨ」
ぽんぽん、とエシュタルの肩を叩くニジ。
「大丈夫ポヨ。アシュ様は優しいポヨ。僅かな勇気できっとうまくいくポヨヨ」
「そ、そうか……?」
「そうポヨ。今日の夜辺りに寝室に忍び込めばきっといいことあるポヨ」
「わ、わかった。甘えてみる」
ぐ、と握り拳を作るエシュタル。
そんな彼女にうんうん、とニジは頷きつつ、アシュレイにウィンクしてみせた。
アシュレイは先ほどからずっと視線だけ動かし、エシュタルを見ていたのだ。
ニジのウィンクにアシュレイは念話でフォローへの感謝を告げる。
部下の管理というか、妾の管理はそれなりに気を遣うもの。
その点、ニジは魔族にしては珍しく、場の空気が読めるのでアシュレイとしては色々な意味で重宝する存在であった。
神界のとある場所にて、2人の青年が向き合っていた。
片方は12枚の翼をその背に持つ、ルシフェルであった。
「……この計画は神に仇なす、というものですね」
「そうだ。密告しても構わない」
ルシフェルの言葉に青年は苦笑する。
「まさか。あなたの覚悟は重い。それに、あなたの計画は世界にとっても良いことです。そんなことはしませんよ」
「ならば……?」
青年はにこやなか笑みを浮かべ、頷いた。
「協力致しましょう。僕としても、彼女には興味がありますので」
「純粋であるが故に彼女は恐ろしい」
「悪く言えば、単純である……と?」
その言葉に今度はルシフェルが苦笑する。
「欲望のままに力を振るうのが魔族……神族にもどこかのギリシャの主神のような者がいるが……」
ルシフェルの言葉に青年は思わず笑ってしまう。
「ともかく、彼女は自らの込み上げてくる欲望のままに自らの力を振るう。その力は強大だ」
「聞けば大公爵でありながら、既に魔王クラスの実力とか……」
ルシフェルは頷き、肯定する。
「前に私は彼女と会った。こちらの尻拭いを頼む為にな」
青年は興味深そうに目を細める。
「底知れぬ魔力だ。私やメタトロン様がアウゴエイデスをもって戦っても、一蹴されてしまうかもしれん」
「次代の魔王であることは確定ですね」
青年の言葉に頷き、ルシフェルは言葉を更に紡ぐ。
「彼女を、魔神アシュレイを味方につけようと思う」
青年は思わず目を見開いた。
とても難しいことだ。
彼女が神々や天使を嫌っているのは分かりきっている。
「彼女は魔族の英雄だ。地獄でその名を知らぬ者はおるまい。彼女をこちらに引き入れればデタントは一気に進むだろう」
「確かにそうですが、どうやって?」
ルシフェルは深呼吸を一つする。
彼が考えたものは博打に等しいものであった。
「私が指導者となった後、彼女が欲しいものを与える。その代価として指導者となることに協力してもらう」
「空手形にも程があります。動かせますか? それで」
呆れた表情の青年にルシフェルは重々しく頷く。
「それしかあるまい。彼女は女を欲しがるだろうが、ミカエルやガブリエルを堕天させて彼女に与えるわけにもいくまい。神界の護りが疎かになってしまう」
「それはそうですが……彼女が指導者の地位を望んだらどうしますか?」
「私の勘だが、それだけはないと思う」
「あやふやですね」
「あやふやだが、何故か分かるのだ。彼女はそれだけは決して望まない、と」
指導者になれば世界の維持に奔走しなければならず、遊ぶ暇がない――そういう裏事情をアシュレイはアシュタロスから教えてもらい、知っていた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言いますし、アシュレイの引き入れ策の件も含めた上で改めて協力します……ルシフェル様」
「そうか……ありがとう、バアルゼブル」
青年、バアルゼブルは再びその顔に笑みを浮かべた。