世の中、意外とどうにかなるものだ。
生きていさえすれば非常によろしくない状況に置かれていたとしても、どこから救いの手が出てくる。
ともあれ、その救いの手が人間から出てくるとは限らない。
人間が解き明かしているものの方が遥かに少ないのだ。
そういった訳の分からないモノがいないとは誰も断言できない。
勿論、観測できない=存在しないとするのなら話は別だが、最初からいないと決めつけてかかるのは科学的でも何でもなく、単なる思考停止に過ぎない。
可能性は如何なる場合でも零ではないのだ。
つまるところ、オカルト的なものに出遭ってしまう、そんな可能性も零ではなかった。
「何さ?」
思わず彼は声を上げた。
彼の目の前にあるのは数枚の書類。
それだけならば別段珍しいことでもない。
しかし、その書類の中身が非常に痛々しい質問で埋め尽くされていたら、彼のような反応になってしまうのも無理はない。
ましてや、アパートに帰ってきたらそんな書類が机の上に置いてあったなら。
「……一昔前にあった黒歴史を強制的に思い出させるこの質問」
『転生するなら何時代?』
『転生するならどんな種族?』
そんな感じの質問が1枚目の書類にびっしりと書かれていた。
しかし、それもまだマシな方であった。
2枚目以降には『働くと負け?』とか『人間は好き? 嫌い?』とか。
何の意味があるのか分からないような質問が書かれていた。
とりあえず全ての書類を彼は流し読みし、一番最後の書類に今日の午前2時過ぎに回収にいく、とあった。
「まぁ、明日は休日だし、別に答えてやってもいいかな」
そんな軽い気持ちだ。
勿論、自分の部屋に勝手に侵入してこんなものを置いていった輩の顔を見たい、という動機もある。
要するに彼もまた暇であった。
少し時間を遡る。
彼がまだ黒歴史を彷彿とさせる質問が書かれた紙を見つける前というよりか、それを彼の部屋に持ってきた張本人達。
彼らは数日前にあがってきたあるレポートを読み、頭を悩ませていた。
「なぁキーやん。これ、どうするんや?」
「サッちゃん、どうしましょうか?」
彼らはそれぞれ神族と魔族の最高指導者。
いわゆる神と悪魔。
そんな2人が仲良く頭を悩ませている……というのは宗教関係者が見たら卒倒するような光景だ。
とはいったものの、実際のところ神も悪魔も……神族も魔族も一部の感情的な過激派を除き、どちらか一方を滅ぼそうとすれば世界が終わる、ということを理解している。
つまるところ、ハルマゲドンが起こると全ておしまいなわけだ。
そうであるから一応表向きは対立しておき、裏では緊張緩和の為に双方手を尽くしている、というのが現状。
さて、彼ら2柱をはじめとして、強い力を持った神族や魔族……いわゆる主神や魔神クラスの輩は幾つもの平行世界や極めて似通った異世界に同時に存在している。
また彼らは例え死んだとしても、また同じ存在として蘇る、魂の牢獄とでも言うべきものに縛られている。
大きな力を持っている代償として。
そんな彼らは同時に幾つもの世界の管理者でもある。
世界が滅びないように、と奔走する役目であるのだが、彼らの管理する新たに誕生したばかりの世界の一つ――厳密には時間軸が違う為に極めて似通った異世界なのだが――が彼らの悩みの原因であった。
レポートとはその世界の大雑把な未来予想図だ。
「神や悪魔がただの御伽話に、妖怪も霊も消え、人間のみが栄える科学文明……」
「人間としてはええかもしれんが……世界全体で考えるとマズイやろ」
「ええ、そうですね。彼らは貪欲な精神でもって地球から宇宙へと飛び出していくでしょう」
「それも別にええんや。ええんやが、それでは霊的なエントロピーが駄目なんや」
「ええ。まったくです。変えるには何かインパクトのある一撃を叩き込まねばなりません」
「幸い、今のうちならまだ改変できる。今回は宇宙意思も見逃してくれるやろ」
「でしょうね。世界の崩壊は宇宙意思とて望まない筈です。ただ、問題は誰を送り込み、どういう改変をさせるか、です」
「せやな。それについてはうちのアシュに誰がどういう風にすれば最適か計算させてある」
「彼ですか。ならば信用できますね」
「何しろ、アシュの頭は三界一やからなぁ」
「それで誰にどうさせるのですか?」
「簡単に欲に突っ走りそうな人間を悪魔として暴れさせる。以上や」
サッちゃんをジト目でキーやんは見つめる。
その視線を受けてややたじろぐサッちゃん。
「欲しいんですね、戦力」
「し、仕方ないやろ! 一応敵対しとるんやから!」
「……まあ、いいでしょう。正直なところ、神族の誰かを送り込んだりすれば向こうで魔族狩りでもやりそうですし」
最終的には魔族側に迎えるんでしょ、と問うキーやんにサッちゃんは頷く。
「神族は頭堅いのが多いさかいに。人間を神族にするなんて、滅多なことじゃできへんやろ。もーちぃっと緩くいってもバチは当たらんでぇ」
「……まあ、バチを与えるのは基本的に私なんですけどね。ヤッさんは旅行行っちゃってますし。ともかく、人間を神族に迎え入れるのはよっぽどの功績を上げないと無理です」
「せやろ。ちゅーわけでもう選んで送っといたわ」
「何をです?」
「ただ魔族にして送り込むのもつまらん。どういう風になりたいか、選んでもらうために質問書送っといたわ」
「無駄に仕事が速いですね。ふむ……ならば私は神からの試練ということで何か試練でも与えることにしましょうか」
「……あんまり酷いことはせんでくれな」
「試練に打ち勝てば多大な報酬を与えますから頑張るでしょう。たぶん」
そういうわけで彼の下に質問書が送られたわけであった。
「……うん、何もないな」
午前2時を回ったが、何にも起こらなかったことを確認し、彼はやれやれ、と溜息を吐く。
「しゃーない。カップ麺でも食うか」
「おいっす」
彼の目の前にパッととんでもないのが現れた。
思わず彼は目を何度もこすり、凝視する。
幸いなことに現れた輩は自らの力を最低限にまで押さえ込んでいたので、彼は若干の威圧感を感じる程度だ。
彼に生えている6対12枚の黒い翼はそこまで広くない部屋を容赦なく占拠し、その翼が当たり、棚の上にあったものが床にいくつか落ちた。
「……どちらさま?」
「気軽にサッちゃんとでも呼んでやー」
「えーと……サッちゃん」
「ん?」
「とりあえず、カップ麺食うか?」
現実逃避気味に彼はそう問いかけた。
「うまかったで。ありがとなー」
「いやいや……というか、何者……いや、もういいや」
爪楊枝でしーしーやってるサッちゃんを見て、彼はもう正体とかどうでもよくなってしまった。
その翼から誰でも知ってる宗教上の超有名人であるのだが。
とりあえず、カップ麺を彼は片付けて、サッちゃんを見据える。
「で、何の用?」
「ああ、せやせや。あの質問書、書いてくれたかー?」
「書いたけど……」
「見せてなー」
若干……いや、かなり冷や汗が出てくる彼。
調子に乗って色々書いたが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「遠慮はいらんよ。それになってもらうんやから」
「……え?」
ぽかーんとしている彼を尻目に、サッちゃんは質問書をどこからともなく魔法か何かで手元に取り寄せて読み始める。
時折、へーとかほーとか感心とも呆れとも取れる声がその口から漏れ出る。
「ふむふむ……合格や。これなら存分に暴れてもらえそうやな。にしても、吸血鬼を選ぶなんて、渋いなぁー」
「は、はぁ……」
「んで、まあ、とりあえずや。平行世界っぽいところに行ってもらいたいんや。年代としては新石器時代あたりや」
「……え?」
「吸血鬼になって、好き勝手生きてな」
「はぁ?」
「あ、うちの加護とキーやんの加護があるから死にそうになってもたぶん死なんから大丈夫や」
「えっと」
「色々あるやろうけど、あ、たぶんキーやんが試練与えるかもやから、気をつけてなー」
「話が見えない……」
「ああ、こっちのことは気にせんでな。うまくやっとくわ。ほな、いこかー」
半ば無理矢理、彼はサッちゃんと共に過去の平行世界へ……厳密には時間軸が違うので異世界にあたるのだが……旅立つこととなった。
彼の運命は神も悪魔も知らなかった。