Categotry Archives: 第99章 番外編的なもの

コラボ(ルシアン氏 それはとても綺麗な空で……)

CE71年5月1日 アラスカ JOSH-A

アズラエルは、衝撃の事実を司令部要員から伝えられた。

「大気圏外より高速飛翔体接近中! 数、およそ1000! 軌道上に無数の降下カプセルを確認しました! ザフトによる奇襲攻撃です!!」


それは、誰もが考えていなかった事態。


「馬鹿な! 敵はパナマを狙っているのではなかったのか!?」

「数が多すぎる! JOSH-Aの守備隊では防ぎきれんぞ!!」


騒ぎ出す司令官たち。
フリーズするアズラエル。

そんな喧騒の中、会議室に続けて駆け付けた連絡員が叫ぶ。

「迎撃に失敗しました! ミサイル第1派、来ます!」

直後、それまでの喧騒を掻き消すほどの轟音と衝撃が、会議室を襲った。

 

 

 

 

 

「………………う、こ、ここは……?」

次にアズラエルが意識を覚醒させた時、アズラエルの視界に映るものは、彼の記憶の最後に残る光景とは一変していた。

部屋の中央に存在していた巨大な円卓は元の位置から大きく離れた場所に存在していたが、その姿勢は不自然なほど傾いていた。

脚が連絡員を踏みつけており、その連絡員も弱弱しくもがいているために、円卓はゆらゆらと揺れていた。
プロジェクターやらスクリーンやらの多くの機材も元あった位置から離れた場所に転がっており、その過程で何人もの人間に怪我を負わせたらしく、床やら機材やらにはべっとりと血糊が付いていた。

床や壁に強くたたきつけられ骨折したものも多く、うめき声が静寂な部屋の中に満ちていた。


「クソ……! 痛い、痛いです……ね!」

アズラエル自身も腕に痛みを感じており、袖をまくると、その腕は赤黒く変色していた。
とはいえ、自らのすぐそばに寝転がっている、腹にモニターを埋め込んでいる陸軍の参謀よりはましだろう。

痛みをこらえながらアズラエルは会議室を出、JOSH-A司令部へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

司令部は、後方にありながらさながら前線にあるかのような状態であった。

ミサイル攻撃がJOSH-Aの重厚な隔壁や防壁を貫くことができなかったため、司令部は直撃こそ受けてはいなかった。
しかし大きな衝撃は与えられており、吹き飛んだ機材やら人体やらによる被害はいたるところで発生しており、錆びた鉄のような匂いも司令部内に充満していた。


その劣悪な環境の中、JOSH-A司令長官であるサザーランドは無数に湧いて出るMSをさばき続けていた。

「第23戦車大隊、B23区へ廻せ! C区は全面放棄だ!ゲートを守れ!」

しかし戦力差は圧倒的であり、彼の努力が報われそうには到底見えない。


その時。

 

「サザーランド君、援軍が来るまで基地を守れますか?」

「ア、アズラエル様!?」


その時、しばらく前から連絡の取れなくなっていたアズラエルから声がかけられた。


「アズラエル様、ご無事でしたか!」

「ええ、まあ何とか助かりました…………それで? 戦況は?」


アズラエルからの問いかけに対し、少し思案顔となるサザーランド。
勝てるか否かではなく、どの程度延命できるかを計算していた。


「…………恐らく、5時間がギリギリです」

「それはメインゲートが落ちるまでの時間ですか?」

「はい。それ以上は持ちません。ですから、残念ですが援軍は間に合わないでしょう…………申し訳ありません」


事実上の敗北宣言。
サザーランドにとっても、悪夢のような話であった。

なぜなら、地球連合からアズラエルとJOSH-Aによって守られているアルザッヘルからの赤外線受容基地が除かれてしまえば、ザフトとの戦争は決定的に不利になってしまうからだ。

パナマ陥落よりも大きな痛手となるのは目に見えていた。


目をつむり、眉間にしわを寄せ、何かをこらえるような風情のアズラエル。
サザーランドは自分の不甲斐なさを心の中で悔いた。

 

 


「…………仕方が有りませんね、これだけは使いたくなかったのですが」


やがて顔を上げたアズラエルは、何かを決心したかのように頷くと管制官から通信機を借りた。
サザーランドや管制官が見守る中、アズラエルは通常のものとは全く異なる操作を行っていく。


「波形、66.6の…………チャンネルオープン…………こちらアズラエル、西方の大いなる者、応答を願います」

「アズラエル様、それは一体…………?」

サザーランドの問いかけも無視し、アズラエルは通信に対する応答を待ち続けた。
と、そこまで間が空くこともなく通信に対する返事がもたらされた。


「聞こえるわ、その様子だと契約は成立みたいね」


声の感じは若々しく、この場には不釣り合いなものであった。
しかしサザーランドにとってそのことはさして重要なことではない。

あのアズラエルが丁重に、名を呼ぶことさえ控え、かつ相手はそのことを当然とばかりに受け入れている。
サザーランドには見ることもできないはずの世界の住人であろうとは予測がついた。
軍でも、政でもない何かの権力構造界におけるトップなのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 


プラント アプリリウス市 

プラント最大の都市であるアプリリウス市は、戦争まっただ中の戒厳下においても賑やかだ。
街の通りには人やエレカが溢れ、大きなビルに付いている巨大液晶からはいくつものCMが放送されている。
調整されつくした光量、風向、温度による最適な環境が存在するアプリリウス市は、地球のどの都市よりも先進的である、とされていた。

もちろんそんなアプリリウス市とはいえど戦時下にあることに変わりはないため、プラントでは一般的な光景も見ることができる。


街を歩く人は幼年か中年以降の人間ばかりであり、巨大液晶のモニターはCMと同量のプロパガンダを垂れ流しており、ところどころに立っている公安局の制服をまとっている警官は軍幼年学校の生徒ばかり。

街の活気は、無秩序ではなく、どこか統制的な雰囲気を醸し出していた。

 


そんなアプリリウス市の郊外。
少し都心から離れてはいるが地価も高く、交通の便もよい高所得者層の邸宅が広がる地域の中の一角に、その屋敷はあった。

その屋敷に住む2人の女性。

ラクス・クラインとアシュレイである。

 

 


ピンクブロンドというコーディネーター独自の髪を持つ清楚な女性、ラクスは至福の時を過ごしていた。

アシュレイと2人でソファーに座っているのだが、ラクスは姿勢を完全に崩しきり、アシュレイの腰にへばりついていた。
手はアシュレイの流れるような黒髪を梳いており、ラクス自身の頭にはアシュレイの手が乗せられている。


「アシュ様…………素敵ですわ…………」

ラクスの顔は蕩けきっていた。

 

 

 


アシュレイがこの世界へと現れたのはおよそ2年前。
いつにも増して高まった暇をつぶすために観光目的で訪れた。

……アズラエルの執務室に。

 

 

2年前

「やはり、宇宙軍の強化をどのように推し進めるか、なんですよねー」

執務室で1人頭を抱え込む男性、ムルタ・アズラエル。
日々高まるプラントとの緊張感はすでに取り返しのつかない段階にまでなっており、開戦はまさに時間の問題だとアズラエルは思っていた。

ブルーコスモスの諜報班の報告でもザフトの活発な活動は伝えられており、アズラエルに焦りを生じさせていた。

しかしアズラエルに現状打てる手立てはない。
国際社会はいまだに国連による問題解決に希望をかけており、各国の軍部も対プラント戦よりもWWⅣ勃発に注意を向けていた。
故に軍需企業に対する注文も、宇宙戦艦よりも海上戦艦、MAよりも戦闘爆撃機が優先されていた。


「このままでは駄目なんですよッ!」
「何が駄目なのかしら?」
「!?」


そんな時、アズラエルの目の前に謎の美少女――アシュレイ――が現れたのだった。

 

その後行われた会話は、アズラエルには大きな頭痛を発生させ、アシュレイには多少の娯楽を与えた。
アシュレイは、

「いざとなったら私に頼みなさい。プラントの半分と引き換えに助けてあげる」

と言い、アズラエルはアシュレイの実力の一端を知った後、

「……分かりました、本当に助けが必要になりましたら連絡しますのでそれまでゆっくりプラントでバカンスをお過ごしください」

と言った。
アズラエルはアシュレイの恐ろしさを言霊によって味わっただけだったが、それだけで彼女の規格外さに気づいていた。

ただそれでも、自分の努力次第で次の戦争ぐらいは何とかできると考えたがゆえに、契約の内容について深くは問いだたさず、ただ介入を控えるようにのみ要請した。

なぜなら、アズラエルにはアシュレイのように高度な未来予測の確率計算を行うことなどできなかったからだ。

 

 

こうして、いつか起こるだろう楽しみを予約したアシュレイはその後プラントに移り住み、可愛い女の子を手当たり次第に食べ散らかしながら生活していた。

ラクスの救出もアシュレイにとっては気まぐれでしかなく、そこそこ美人だったからペットにしただけのことである。
ただ、そろそろアズラエルから接触があるだろうと思ったから、あらかじめ用意しておいた回線を待ちつつ、ラクスをいじっていた。

 

 


『……こちらアズラエル、西方の大いなる者、応答を願います』

ラクスと広間で戯れだしてから30分ほど経ったころ、アズラエルによるアシュレイへの接触があった。
すべて彼女の予想通りである。

「聞こえるわ、その様子だと契約は成立みたいね」
「ええ、まさかこのような事態になるとは想像もつきませんでした。つくづく恐ろしい方ですね、貴女は」
「そうかしら? 何も全知全能じゃなくてもこのぐらいはできるわよ」
「お戯れを……我々ではスパコンを100台並べてもできませんよ、そんな正確な確率計算」

「そうね、そうかもしれないわね。ところで、こんなゆっくり話している暇はあるのかしら?ずいぶん辛そうじゃない」
「分かりますか?……そうですね、単刀直入に言わせて頂くと、『助けてほしい』と言ったところでしょうか」


ようやく話の本題に入るアズラエル。
アシュレイとしても性急すぎる会話よりは楽しめる会話の方が好ましいので、彼女としてはこれは別にかまわない。

……ペットはそれが気に入らないらしいが。

じゃれついてくるピンクブロンドのペットをあやしながら、アシュレイは話を続けた。

「ま、いいわ。あたし自らが助けてあげるから、それ相応のものは頂くわよ」
「地球は渡せませんよ」
「分かってるわよ。事前の約束通り、プラントの半分と言ったところよ」
「では境界については後ほど……」

契約が成立しそうなところで、アシュレイはストップをかける。

「そうじゃないわ」
「はあ?」

思わずアズラエルも間の抜けた声を出してしまう。


「だから、プラントに住んでる人の半分、『女性』を頂くって言ってるの」
「いえ、さすがにそれはちょっと……」
「じゃあ契約は無しね」
「ま、待って下さい。分かりました、奉げさしていただきます。ですが、明文化はできませんので暗黙の形でどうでしょう」
「それでいいのよ」

満足げに頷くアシュレイ。通信の向こうではアズラエルが渋面になっていそうだが、彼女にしてみれば女でもないアズラエルのことなど心底どうでもよかった。

 


「じゃ、そろそろ助けに行ってあげましょうか……このまま行くか、転移で行くか……」
「で、できれば普通の方法でお越しください!」

アシュレイが悩みだしたところで、あわてた様子でアズラエルが待ったをかけた。

「普通って何よ?」
「人間にも可能な方法で来て下さい。人外の謎の生物に頼ったとなれば、地球連合の威信は地の底に落ちてしまいます……ザフトのMSを奪取するなどでこれませんか?」


アズラエルの問いかけに、アシュレイは考える。


「モビルスーツ……。うん、結構よさそうね……ラクス、なんかカッコいいMSって知らないかしら?」
「ええ、知っていますわ……!アシュ様にぴったりの機体!」

ラクスはアシュレイの役に立てるということで、嬉しさいっぱい、幸福絶頂といった感じになっている。


「早速お連れいたしますわ!」
「じゃ、あなたも頑張って1時間ぐらい粘りなさいよ」
「ありがとうございます」


こうして、アズラエルによる救援要請はアシュレイに受け入れられた。

 

 

 

 

 

1時間後
アラスカ JOSH-A

激戦の続くJOSH-Aでは、サザーランドの巧みな指揮によりメインゲートはいまだに死守され続けていた。
とはいえその犠牲も大きく、連合軍側には全く余裕はなかった。


「アズラエル様、3時間持たないかもしれません。地下のシェルターへ……」
「無駄ですよ。ここが陥落すればシェルターの意味などありません。それに、そろそろ彼女が来てくれるはずです」
「……」


サザーランドにはアズラエルの言う『彼女』がどういった存在なのかが全く分からなかったが、それでもこの状態を挽回できるようにはとても思えなかった。

『彼女』がユーラシア連合軍による大援軍の符号なのだとしても、正直なところここまで追い込められたJOSH-Aを守りきることなど不可能に思えるのだ。

とはいえ、サザーランドにはアズラエルに命令する権利もないし、アズラエルより自らの方がものを知っていると自惚れる気もなかったので黙っておくことにした。

なんにせよ、助かる時は助かるし、助からない時は死ぬだけなのだから。

 


それから約15分後。
突如レーダーを見張り続けていた管制官が大声を上げた。

「司令長官! 謎のMSがザフトの戦闘艦や護衛MSを次々に蹴散らしながら高度を急速に下げています!」
「何!?」


その知らせをサザーランドは上手く理解できなかった。
地球連合軍は現時点で所有しているMSをすべて極秘裏にパナマに移送したはずであったし、ザフトがまさか同志討ちをするなどとも考えられなかったからである。

サザーランドが混乱している横で、アズラエルはガッツポーズをしていた。

「助かりましたね」

と、呟きながら。

 

 

 

 

 

「セイ、セイ、セーイッ!!」

アシュレイが操るフリーダムがビームサーベルを振り回すたびに、彼女の周りでは大小さまざまなザフト兵器が爆散していた。


「それ、それ、そーれッ!!」

アシュレイがビームライフルを乱射するたびに、アシュレイの周りではこれまた大小さまざまなザフト兵器が爆散していた。


通常ではありえない進入角度で強引に大気圏へと突入しているため、機内のアラートは警告音を目覚まし以上の音量でかき鳴らしていたが、人外の代表選手ともいえるアシュレイには全く問題が無かった。


「うりゃうりゃうりゃりゃー!」

JOSH-A上空に来てからはそれこそまさに絢爛無双。絢爛豪華と国士無双を合わせてまさに絢爛無双。
アシュレイの独擅場であった。

海上、地上、空中を問わずやたら目ったら切って、張って、畳んで、転がして、分解して、吹っ飛ばして……。
ザフトにとってはまさに地獄絵図であった。

 

「アシュ様、そこ! そこですわ!」

しかも恐るべくことにアシュレイの乗るフリーダムの隣にはラクスの乗るジャスティスがあった。
彼女は彼女で、混乱状態に陥っているザフトの戦線に大穴を空けていた。

 

 

 


2時間後

バッテリーの切れる様子を見せない2機を前にザフトの部隊は戦意を失い、撤退戦を始めた。
とはいえ、ザフトは大気圏外から強襲降下した部隊がほとんどであるため、撤退できる場所もルートもない。

彼らはアシュレイとラクスによってことごとく蹴散らされた。

 

 

 

 

 

 

 

CE71年5月5日
ニューヨーク 地球連合本部

JOSH-A攻防戦から4日後、連合本部ではアズラエルの呼びかけで連合における重鎮たちが勢ぞろいしていた。
彼らにしてみても先の戦闘には疑問が多かったので、彼らもすぐに集まっていた。

 

「皆さんお集まりのようですね。今回集まっていただきましたのは他でもない、JOSH-A攻防戦における真相、そして今後に関する重大な決定を皆さんにお伝えしようと思ったからです。」


アズラエルの声が会議場に響き渡る。聞いている人々も興味を持って聞いているようだ。


「先の戦闘は、はっきり申し上げますと、全く以て予想のできなかったものでした。それ故に、JOSH-Aにいた私たちは敗北を覚悟していました。そこで私は、悪魔に契約を頼みました」


アズラエルの発言に、会議場は困惑に包まれた。

悪魔とは何の比喩なのか?契約とは?そもそも1つの契約程度でなぜ戦局を逆転できたのか?
その疑問符を感じ取ったアズラエルは、口を開く。


「この悪魔、とは比喩ではありません。実際に見ていただきましょう……どうぞ、お越しください」


その言葉とともに、それまで何もなかった空間に突如少女が現れた。
背中に黒の大きな翼を生やし、頭には角が付いている。部分部分は確かに悪魔らしいのだが、全体的には美人な少女にしか見えなかった。


「こちらが私が縋りました悪魔、アシュレイです」
「こんにちは」


その言葉に会議場は怒号に包まれた。

非科学的だ!正直に話せ!そいつはどこから現れた!

しかしその五月蠅さも、アシュレイが口を開くまでであった。


「黙りなさい」

その大きくない一言で、部屋の温度は20℃も下がり、人々は口を閉ざし、震えだした。
命令対象ではないアズラエルでさえも顔を青くしており、声を震わせた。


「わ、分かりましたね?彼女はまさに我々の手の届かない、コーディネーターでもない、人外の上位存在です。私は彼女にプラントの半分を差し出す代わりに助けを頂きました。皆さんの中で彼女に反対する方はいますか?」

誰一人口を開かない。皆彼女の存在感に呑まれていた。


……と、一人の男が椅子から立ち、ややヒステリックな調子で叫んだ。

「み、認めませんよ! 僕は! ど、どうせあなたの一人芝居でしょう! 彼女が人外の上位存在である証拠などないではないですか!?」

その言葉を聞き、アシュレイの口が少し笑みを浮かべた。


「そう、じゃあ少し見せてあげましょうか」

彼女がそう言った途端、特別な動作もしなかったのに突然叫んでいた男性――ジブリール――が悲鳴を上げた。


「ひ、ヒィーーッ!! ぐあ、グアアッ!? ッ!?」

ボキ、ベキ、グキ、ゴリュリ
そんな音を立てながら、あまりの痛みにうずくまっていたジブリールの体が変形していく。


「ッ! ッ!? ッ!! ……グヘッ!」
10秒ほど続いた後、その変化は終わった。

周囲の人間が恐怖に竦んでいる中、ジブリールは立ち上がる。


「こ、これはッ!?」

「あら、なかなか可愛いじゃない」


ジブリール|(♂)はジブリール|(♀)に変化していた。
これにはアズラエルもジブリールも呆然としている。

だがアズラエルはそんなことには微塵の興味も示さず、会議室の面々に問いかけた。


「それで、これからザフトを私一人で片づけてもいいんだけど、その場合プラントをどう分けましょっか?」

『すべて奉げさせていただきます!』

こうして、アシュレイは民主的に自らの領土を手に入れることとなった。
後日正気に戻った地球連合側も、まずはアシュレイがザフトの残党を打ち破る様を観察し、その様子如何でアシュレイと敵対するか否かを決めることとなった。

 

 

 


CE71年5月12日
アラスカ JOSH-A

その後の会議の結果、アシュレイがプラント攻勢を開始するのは6月に入ってからとされることが決められ、アシュレイに嘆願され、彼女も了承した。

その間、地球連合は諸国民の注意をプラントから地球国内に向かせ、いざアシュレイがプラントを制圧した暁にはプラントが最初から無かった物のように扱えるよう下準備を進めていた。

メディアにはJOSH-A攻防戦のことには触れさせず、中央アジアやベーリング海峡における地球連邦軍との戦闘にのみ注目するようにさせていた。

 


地球連合に必要な約25日間を稼ぐため、アシュレイには特別に1つの場所と1人の人間が奉げられていた。
場所とは、現在シークレット・ゾーンに指定され、報道関係者はおろか、軍人でも一部の人間にしか進入が許可されていない基地となったJOSH-A。その地下施設である。
地上部分はいまだに破損状態がひどく、アズラエル財閥をはじめとする大手企業による復旧工事が行われている最中である。

現在、アズラエルとサザーランドはJOSH-A復旧の責任者であると同時に、アシュレイに対する外交役も押し付けられており、彼らは胃薬を片手にアシュレイに対するご機嫌伺いを欠かせていない。

しかし、それでも2人は自分たちがまだ幸運な人間に位置していると考えていた。
奉げられた人間…………ジブリールよりはずっとましな生活を送れているのだ、と。

 

 

 

アシュレイにプラント攻勢を6月まで待って欲しいとアズラエルが伝えた際、アシュレイは対価を要求した。
悪魔である彼女からしてみれば至極当然の要求である。

とはいえ、何か対価をよこせ、と言われたところでアズラエルらにはアシュレイが何を欲しがっているか知る由もない。そこで、駄目もと半分、冗談半分でアズラエルは言ってみた。


「ジブリール嬢と戯れる、というのでは如何でしょうか?」と。


アシュレイはそれで良い、と答えた。
アズラエルは笑顔で固まってしまった。

 


ニューヨークの地球連合本部に戻り、交渉の成果を報告したアズラエルはジブリールに対して憐みの眼差しを送った。
他の出席者も同様の視線をジブリールに送った。
ジブリールは納得しなかった。

……当り前である。

 

「何で! 僕が! あの悪魔のもとに! 行かなければならないんですか!」


短く、くすんでいた銀髪は伸ばされ、輝きを増し、さらさらとしていた。
背は低くなっており、その代わりに胸と腰回りが出るようになっていた。
声もかつてのようなヒステリー抜きにして少し高くなっており、音色は美しく、透き通っていた。

ロード・ジブリール。
今はかつての面影をわずかに残すにとどまる、完全なる美少女である。


「何僕の顔を見てるんですか!?あなた方は知らないでしょうけどね、この顔で住民届を変更するの難しかったんですからね! 顔は違うし、性別も違うし、染色体が違うからDNA鑑定も不一致だし、なぜか年齢は若返ってるし
……そんなことはどうでもいいんです! アズラエル! あなた私があの悪魔の玩具となっている間に、地球連合での主導権を握ろうとでも考えたんでしょう!」


よっぽどアシュレイの元に行くのが嫌なのか、普段の冷静さをもかなぐり捨てた様子でアズラエルに吠えかかるジブリール。
残念ながら容姿がかわいすぎて迫力は感じられない。


「ジブリール嬢「嬢って呼ぶな!!」、その件に関しては申し訳ないと思っています。
ですが、このことは地球連合全体に関わることなのです。
あなたが望むのなら今まさにここで、私たち全員があなたに対して土下座をすることも辞しません。
もし望むのであれば、アシュレイ殿の元より帰還した際には地球連合安全保障理事の常任理事に就任させてあげましょう。
しかし、アシュレイ殿の元に行かないという選択肢は許されません。
これは地球連合の総意でもあります」


アズラエルの言葉はジブリールに対して絶望を与えた。
自らの味方であるはずのユーラシア連邦の代表ですら、アズラエルに同意をしていたのだ。ここで何を言ってもこの決定が覆らないのは明らかであった。

ジブリールは、弱弱しくこぼした。


「僕は、あちらでどうなるのですか……?」
「それは……分かりかねます」

 

翌日、ジブリールは住まいをブリュッセルからJOSH-Aに移した。
エレベーターに乗った瞬間、彼が足元の影に引きずり込まれてどこか異世界へ飛ばされた様子を見たアズラエルとサザーランドは、深く冥福を祈った。

 

 

 

 


CE71年6月1日
アラスカ JOSH-A

アズラエルとサザーランドが見送る中、3人の少女たちがエレベーターから現れる。
もちろん、アシュレイとラクス、そしてジブリール嬢の3人である。

この25日間の間に3人に何があったのかをアズラエルとサザーランドは知らない。
しかし、見た限りではかなり濃厚な毎日が送られた様子である。


「アシュ様、いよいよですのね?」

「アシュ様~、僕、アシュ様のために頑張りますから……!」


……かなり濃厚な毎日が送られたようである……!


「ふふふ……2人には期待しているわ。特にガブリエラは初陣だし、期待できるわよね……?」

「はい! 僕、アシュ様の役に立てるよう、いっぱい訓練しましたから!」

「「…………」」


ジブリールの豹変ぶりに思考が止まってしまったアズラエルとサザーランド。
2人には目の前の会話が理解できなかった。

そんな2人を面白そうに見ているアシュレイ。
この25日間加速空間で2人を調教していた彼女にしてみればこの程度の人格の変化など当り前に過ぎないため、目の前の二人の驚きようは滑稽以外の何物でもなかった。


「……あ、あの、アシュレイ様。こちらの方は……?」

「あら、あなたもよく知っているジブリールじゃない。もっとも今はガブリエラに名前を変えてるけど」

「で、ですよね……あの、彼は今後どのように……?」


思わず尋ねてしまうアズラエル。
順当にいけば、契約期間は切れたのだからジブリールはユーラシア連邦に戻ることとなる。
しかし、目の前にいるジブリール|(の成れの果て)がユーラシアに戻り、アシュレイのもとから離れようとするとは到底思えない。

となると、問題となるのはユーラシア連邦自体の意思となるだろう。

ユーラシア連邦にとってジブリールの損失はかなりの痛手だ。
ややヒステリックな面があるとはいえ、ジブリールの経済・政治力はユーラシア連邦にとって無視し得ないものがある。
地球連邦降伏後のパワーバランスを考える上で、ジブリールは是非ともユーラシアにいてもらわなければならないのだ。


その一方で、アシュレイという戦力未知数の存在との敵対もユーラシア連邦は可能な限り避けたかった。
今だ未知数の戦力とはいえ、JOSH-A攻防戦を単体で終結させたアシュレイの戦力は見過ごすことができない。戦後のパワーバランスを考えるならば、アシュレイとの敵対も避けたいはずである。

 

ちなみに、アズラエルからしてみればどっちでも良い話である。
ジブリールが地球連合から消えるならそれはそれで|(同情はするが)良いし、ユーラシア連邦がアシュレイと敵対するというのならばそれでも良い。
どう転ぼうともアズラエルにとって損はない。

 

そんな事を頭の中で考えていると、アシュレイが口を開いた。


「そうね……、せっかく育ったんだから貰っていくわ」
「アシュ様……!」


かるーく答えるアシュレイと、喜色満面、喜びでいっぱいといった表情でアシュレイに抱きつくジブリール……もとい、ガブリエラ。
そこから少し離れた場所では、ラクスが可愛い妹を見るような眼差しでガブリエラを見ている。


(……一体あの後何が起こったのでしょう?)

疑問には思ったものの、アズラエルは口には出さなかった。
きっと自分には想像も付かないような行為がジブリールに加えられたのだろうが、好き好んでそんな恐ろしいことを考えようと思うほどアズラエルは自虐的ではないのだ。

ちなみに、最初からアズラエルの半歩後ろに佇んでいるサザーランドはずっと我関せずを貫いている。
賢い男だ。

 

 

 

 

「……それじゃ、そろそろ行きましょうか。」


アシュレイがそう呟くと、突然今まで何も無かった空間に3機のMSが現れた。
フリーダム、ジャスティス、それに見慣れない機体が1機。


「そちらの機体は?」

一応、尋ねておくアズラエル。
まともな答えは期待していなかったが、不明機のままでは不味かろう。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれました……! ガブリエラちゃんの専用機、キャピタリズムよ!」


とりあえず、機体名のみ判明した。


「……あの、一体どこから?」

「当然、私が作ったに決まってるじゃない。霊体エネルギー使用、超小型反重力エンジン搭載だから継戦時間に制限はないわ。実体弾も存在確立の限界に挑戦しているから、PS装甲も無駄よ!」


聞かなきゃ良かった……と、アズラエルは思った。
故に、聞かなかったことにした。


「そうですか、素晴らしいですね。ではプラントの方はお任せしました」

「ま、2日も掛からないでしょうけど」

 

その後2言3言話したアシュレイら3人は、マスドライバーなしで宇宙へと旅立っていった。

アズラエルとサザーランドはユーラシア連邦をどう宥めるか考えつつ、司令部へと戻った。

 

 

 


翌日

地球連合軍は緊急発表を各地で一斉に行った。

臨時ニュースということで、人々の目はテレビの画面に釘付けである。


画面には3人の男性が映っている。
地球連合安全保障理事会理事長、地球連合軍宇宙軍総司令官、そしてムルタ・アズラエル。

3人を代表して安全保障理事会理事長が口を開いた。


「今から約1週間程前、月面のプトレマイオス基地からプラントにて巨大彗星、及び巨大人工建造物の連鎖的衝突が発生したとの報告がありました。
プトレマイオス基地から直ちに無人偵察船を派遣しましたところ、当該宙域にてデブリベルトの生成が確認されました。
生存者は絶望的と見られております。そこで今から2時間ほど前、地球連合軍はザフトの実質的壊滅と結論付けることとなりました。
地球連邦との戦争はまだ続いておりますので、戒厳令の解除はできませんが、連合国各国の方々に一つの戦いが終わったことをお伝えいたします。
次に、ザフト制圧地域の方々にお伝えいたします。すでにお気づきだとは………………」


そこまで聞いたところで、街中に歓声が響いた。
突然すぎてなかなか自覚できないが、終わりの見えぬ戦いに終末が見えたのだ。

 


地球連邦各国やザフトの駐留地域では慌ててプラントに対して通信がとられたが、返ってくるのはノイズばかりであった。
その一方で、地球連合軍との前線では連合軍による圧力が日に日に増していった。

 

 


プラントがまだ存在し、そこに人々と1つの悪魔がいることを知っているのは地球連合のごく限られた人間だけである。

そして、今プラントがどのようになっているのかを知るものは誰もいない。